逢瀬に向かう車窓から…美月

昨日は先生が仕事だったので、今日は都会の秋を探しに出かけます。

本当なら今日も仕事だったみたいだけど、今日という日を作ってくれた先生には大変、感謝しています。

でも今日出かけられなくても、私が先生に逢いたいと思っていることを、いつも忘れないでいてくれていることが一番嬉しいことなんだけどね。

それにね、私は先生のことになるとものすごく大袈裟女になるけれど、先生はウザいと思わず(いや、思っていても…)、受け入れてくれている。

飲み会の帰りにメールの返事がなくても、疲れて居眠りしてるだろうと思っていながらも、ホームから落ちたんじゃないか?新幹線で乗り過ごして名古屋にいるんじゃないか?と心の中がザワザワしてしまう。

まあ、普通に考えたら五月蝿いでしょ(汗)

でも、先生は、心配させて悪かったね…と言ってくれるから、いい気になって取り越し苦労を押し付けてしまうんだけどね。

先日、伺った家の御主人が、遺影の中で和かに微笑む奥様について話してくれたけれど、「こんな顔、子供や孫には見せても、俺には見せたこと」がないと言っていた。

「所詮、他人だから仕方ないのだろう」と言うけれど、そうじゃないことに気づけないことを哀れに思った。

笑顔というのは一人で作れるものではないからね。

相手の顔が笑っていないと一人ぼっちで楽しくないよね。

孤独は自分が作る世界なのだと改めて感じた出来事だった。

私は数え切れないほど先生の写真を持っているけれど、写真の中で微笑む先生を見ているだけで幸せな気持ちになる。

でも、どんなに沢山の微笑み写真を持っていても、生の先生の笑顔には敵わないなぁ~。

だから今があることに感謝してる。

先生と出逢えて、今日を愛することに気づけたことが嬉しいなぁ(^_^)

美月

お月見…美月

先生も書いてくれましたが、素晴らしいお月見をすることが出来ました。

灯りの乏しい時代には、月は神のごとし夜を明るく照らしてくれていたのでしょう。

海に出て潮風と波音を浴びながら、水面に浮かぶ月を愛でる。

元々、海洋民族だった日本人、月を信仰することは自然なことと言えるかもしれませんね。

東浪見の宿は全室オーシャンビューになっていて、少し高台に建つ10階のベランダからは水平線まで覗くことができます。

ベランダに椅子を並べて、少し冷たい夜風に当たり月見酒を交わす。

想い出話をしたり、普段、隠れている感情を晒して、泣いたり笑ったり。。。

他愛もない話をしながら、今、この幸福に感謝する。

都会は物があり過ぎて、大切なものまで埋もれてしまう。

月明かりで遠くまで見えないけれど、隣に座る人の心を透かして見せてくれる。

こんなにも心穏やかな夜を過ごせるのも先生のおかげだと感謝してるよ。

海に浮かぶ月のように、私の瞳の中の月も揺れていた。

頑張って来たつもりはないけど、先生が居てくれることが幸せで、幸せを感じると気が緩んで泣けてきちゃう。

いつまでも二人並んでお月見ができるように健康には気を付けようと思う。

だって、こんな素敵な人生、滅多にないもんね(^_-)-☆

美月


紅殻格子の日記(190)  月を観る

紅殻格子の日記(190)  月を観る

11月3日(文化の日)、久々に雨にたたられない休日、しかも三連休で、千葉へ向かうアクアラインも少し渋滞していました。

甲羅干しでもしないと身体に苔が生してきそうな10月でしたからね。

天気と同じで旅行者の顔も晴々していました。

美月と私はいつも通り東浪見へ向かいながら、房総半島の秋を探してあちこちに立ち寄りました。

青空に熟柿が映える山里の秋。

何も渋滞するいろは坂を越えて日光へ行かなくても、こんなに身近に秋を満喫することができるのです。

ただ銀杏は台風の影響で葉が随分落ちてしまっていました。

夜、九十九里浜から上がる月は見事でした。

ずっと穏やかな海の沖合まで一筋の光の道が拓けます。

036.jpg

この画像は昔撮影したものですが、浜辺に立つ鳥居から光の道が続いていくように見えました。

まるで神が上がってくる道のようです。

モーゼが海を割ったというのも、あながち嘘ではないような光景です。

東浪見に上陸した神様は、地元の伝承では記紀の山幸海幸に登場する玉依姫命であり、これが一宮にある玉前神社のご祭神となっています。

リゾートマンションのベランダから美月と月を一時間ぐらい眺めました。

大好きな日本酒を飲みながら、月にまつわる他愛もない話を延々と続けます。

まるで昔の月待ちみたいなもので、夜中まで話は尽きることがありません。

都会ではゆっくりと月を愛でる場所も時間もありませんよね。

ぼんやりと月を見ながら夜長を過ごすなんて贅沢ですよ。


逢瀬に向かう車窓から…美月

スカイブルーの背景に光の反射が眩しい朝です。

今日は東浪見で過ごしま〜す。

もうそろそろ数えきれないほど通っているけれど、通えば通うほど好きになる九十九里です。

うんうん、海はいいねぇ〜(^-^)

先週は台風のせいで先生に逢うことができなかった。

相手が天気であろうと、お前のせいで先生に逢えないのは悔しい‼︎と、灰色に渦巻く空を睨みつけては恨み節を唸らせていた。

付き合い始めて三カ月のカップルではないのだから、少しは大人になれと思うよね。

でも、黄昏時ともなると時間を無駄にはできないんだよね。

本当なら好きなものだらけにしたいところだけど、まだ自分のためだけに働けている訳ではないから社会の矛盾と戦っている。

すると、どうでもいいことでストレスなんかがかかってくるから、不本意でありながら腹を立てたりすることもある。

東浪見で海を見ていると心が空っぽになるからいいんだよね。

偉大なる自然を目の前に人生を見つめ直す人がいるけれど、私は、先生の隣で海を見ている私しか見えていない。

月の砂漠の歌詞ではないけれど、そこに誰の存在もなく、この世で先生と二人だけになれる場所が九十九里なのかもしれない。

今夜は満月で、天候も今のところ良さそうだから、海に浮かぶ月に出逢えるかもしれないなぁ。

何度観ても心が震える感動が月の光に隠れている。

そして泣きたくなるほどの感動も、小さな火種をきっかけに大きく燃え上がるのを待っているのだろうね。

追伸…九十九里の記事を書いて満足している私の周りの殆どの人は、色づく始める鎌倉に向かうらしい。

人生いろいろ、日日是好日です(^^)

美月



過去さえも…美月

先生から温かいお指摘を受けました、わたくしヤキモチ妬きの美月です。

どうして先生のことになると、過去さえ消してしまいたくなるんでしょうね。

もっと言えば、先生の思い出の全てを奪ってしまいたくなる。

信じている、信じていない???

そんなことは一切関係なく、先生の目に止まるもの、手にするもの全てが疎ましい(^-^)

そうです、神の時代から恋する女というのは、天地全能の神ゼウスの妻、ヘラになってしまうのです。

ヘラの仕打ちたるや閻魔様より恐ろしいけれど、ヘラがヘラでいられるのもゼウスの許しがないとできないことでもあるんだよね。

ずっと前にも書いたけど、
男と女性では恋愛に対するスタンスが異なると言われていて「男はフォルダ保存、女は上書き保存」と例えられたりするよね。

だから今一緒にいる人が世界一好きな人であって、昔の恋など思い出し、若かった頃の自分を懐かしく思う…なんてことは一切ない。

少なくても先生と出逢ってからは、過去を振り返る時間が勿体無いし、いつも先生のことを思っているから感情に余白がない。

たまに振り返るのも、先生との思い出ばかりで、なかなか遠い過去に辿り着くことができないし、時系列で並べても文字だけの年表のように白と黒で味気ないなぁ。

今は自由の身になれたけど、こんなにも思いが強過ぎる女を長きにわたり飼い続けてくれている先生の怖いもの知らずには脱帽です。

ヘラのように、いつまでも先生に恋していきたいなぁ。

最後は輝く星になれたらいいけれど、星が駄目なら双身歓喜天のように抱きあったまま石になってしまいたいなぁ(^-^)

歓喜天

追伸…色恋ごとの殆どを許してくれる先生だけど、こんな恥ずかしい姿で石にされるのだけは嫌だそうです(^^;;



プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
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(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
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