紅殻格子の日記(174)  怪談

紅殻格子の日記(174)  怪談

真夏の夜の怖い話です。

しかし怖いかどうかは私の感性ですから、読者の皆様がどう感じるかは保証できません。

先日、私はたまたま徳島でクルーザーに乗る機会があり、タイタニック張りに舳先で海辺の光景を楽しんでいました。

最中、一点心に引っかかる神社と出くわしたのです。


IMG_6262.jpg

鳥居の背後は切り立った山になっており、燈篭の位置からしても、どうやら海からしか参拝できない造りになっています。

対岸は小さな漁村で、神社との間には100メートルほどの水路です。

そもそも神社があるところは島で、神社は何かを封じ込めるかのように世間から隔絶されていました。

ピンと妖怪アンテナが反応しました。

どうしてそんなところに神社を造らなければいけないのか?

何か世間から引き離さなければならない意味があるのではないか?

早速家に戻ってスマホの位置情報から調べると、その神社は阿波井神社という名前であることがわかりました。

そして出て来たのがこの画像です。

阿波井神社

この古写真を見た時にぞっとしました。

「大正十三年 阿波井神社社頭ト精神病患者」と書いてあります。

近代日本精神医療史研究会というホームページによると以下の解説がついていました。

3.2 阿波井神社と阿波井島保養院(徳島県)

阿波井神社が建っているのは、小鳴門海峡を挟んで四国本土と対峙する島田島の海岸近くの高見である。

古くから精神病者が参籠する場所として知られ、海岸での水行と神社での参拝が精神病治療として行われていた。

この地に近代的な精神病院を建設する話が具体化したのは、1923(大正12)年に参籠精神病者に対する処遇のひどさを非難する投書が所轄警察署に届いてからだという。

病院建設の主唱者の新開誉一は、東京や京都の最新の精神病院を視察して建設構想を練った。

その結果、1927(昭和2)年、「精神病院としては近畿以西において他を凌駕する」阿波井島保養院が設立された。

興味深いことに、保養院が設立されたあとも、水行と参拝が入院患者の日課とされていた。

だが、1948(昭和23)年、阿波井島保養院を視察したGHQの軍政官は、この病院での宗教的な治療法は非人道的で、宗教の強要であるとして水行と参拝を禁じた。

小林靖彦が阿波井島保養院を訪れたのは1977(昭和52)年7月である。

その当時、病院設立当初の木造建築はほぼ取り壊されて、鉄筋コンクリートの建物に置き換わっていたと考えられる。

現在は「鳴門シーガル病院」と改称されている。

どうでしょうか?

この阿波井神社は古くから精神病患者が信仰する神社で、その酷さを見かねて精神病院が近くに設立されたと言うのです。

かつての水療法です。

またいつか四国のお遍路について書きたいと思いますが、私は世間から追い出された人々が宛てもなく巡回して死ぬのを待つのが遍路であると考えています。

きっとその中には村から弾き出された精神病患者もいたのだと思います。

怖いと言うより、人間の残酷さと儚さを感じてしまいます。

正直、ショックでした。

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プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
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(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
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