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紅殻格子の日記(189)  同窓会

紅殻格子の日記(189)  同窓会

不義理しがちなのですが、久しぶりに大学時代の友達10名ほどと飲み会をしました。

もう私は55歳なのですから、集まる人間も皆五十路半ばの年寄り連中です。

しかし集まって個室に入ると全く昔と変わらぬ世界に戻ります。

それぞれ社会的な地位のある連中ですが、こういう馬鹿になれる時間が楽しいのかもしれませんね。

一人4500円で3時間飲み放題・・学生の頃は千円札1・2枚を握って飲みに行ったのですから、少しは物価も上がったのかと思います。

女性陣も皆元気でした。

学生の頃はまるで土から掘り返したばかりのジャガイモのようでしたが、今はなかなかに洗練されてお洒落になっています。

まあ、彼女達自身も相当に頭のいい連中ですし、旦那や子供もある意味でエリートなのですから当然かもしれません。

でも残念なのは、そういう連中が集まると、どうしても何か不幸探しが始まることです。

あいつはどうしている? 彼女はどうなったの?

自分が幸せであることを実感する手っ取り早い手段です。

私はほとんど自分のことは語らず、ずっと聞き役に徹しています。

たぶん私がいくら話しても誰もわからないと思うからです。

幸せは絶対的であって、決して他人には理解できないはずですよ。

毎週のように房総へ行って、美味い酒と旬の食材を楽しむなんて理解できるはずがありませんよね。

だから同窓会は結局孤独になります。

それでいいんだと思います。

時々逢うだけでは、誰も現在の自分を理解できるはずがないのです。

美月は私がこういう飲み会に出ると不機嫌になるのですが、それは大きな間違いだとわかってもらいたい。

私の現在を一番知っているのは美月に他ならないからです。



雨の休日…美月

毎日、時間に追われて仕事をしている。

一日のスケジュールは二日前に決められているので病気にもなれない。

そんな毎日を過ごすようになって一年半が経つけれど、自由のない労働により風邪にも負けず、虐めにもめげず頑張っていられるのかな⁉︎

でも健康の源は先生の存在なんだけどね。

42歳で出逢った頃は更年期障害の出始めで体調が優れない日も多かった。

でも病は気からとは良く言ったもので、先生に逢いたいが為に、少々のことなら先生のことを思い出せばメラメラと免疫力が上がってくるのがわかるほどです。

まあ、大袈裟だと言いたいだろうけれど、これは真実です(^^)

日々、一期一会で故人と、その家族と向き合っているけれど、死に際の奇跡に感動することがある。

もちろん、どの話も裏を返せば科学的に証明できるものが多いのだけど、でもね、一つの物語を作れるのは故人への思いが強いからだと思うんだよね。

意識のない人が虚ろな目から光を放ち涙を流して息を引き取る。

その涙は感謝の気持ちだろうと伝えれば心は救われる。

一人旅立つ夫や妻が無事にあの世へ着けるようにと、遺影の前に好物を並べて祈りを捧げる家族の姿に、私は心の中でそっと手を合わせる。

中でも愛用の眼鏡には目が止まる。

ずっと前のことだけど、先生が亡くなったら、愛用の眼鏡が欲しいとメールに書いたことがある。

一生日陰でいる覚悟で、それでも息を引き取る瞬間まで添い遂げたいと思っていた頃のことだけどね。

眼鏡がなくて黄泉の国まで辿り着けなくては可哀想だと、毎朝、眼鏡を磨いているという奥さんの愛情の深さは、看病疲れで痩せてしまったか細い首筋から察することができる。

恐山のイタコではないけれど、私の耳に聞こえてくる亡き人の声を伝えることで救われる人がいるのであれば、亡き人の愛用品に力を借りて物語を聞いてもらう。

ペテンであることは十分わかっているし、修行を拒む愚人の言葉にどれほどの深みがあるかわからない。

でも念仏がわりの戯言でも、泣いてくれる人がいるならそれでいいのではないかと思う。

そう思えるのも、先生の作品には人間の良いところ悪いところが描かれていて、物語というのは読む人にとって現実でも仮装世界でも同じではないかと思うからなんだけどね。

それにね…私は愛する人と離れ離れになる悲しみ、苦しみを知っているからね。

たった少し、ちょっとしたことで喧嘩をして、先生が居ない時間を何度か経験しただけで絶望的な気持ちになった。

この世の終わりですよ。

世間のこの世は継続していても、私のこの世は消えてしまった。

えっ、またまた大袈裟だと…(´-`).。oO

とんでもない、一度だって本気で恋をした人間であれば、私の気持ちはよくわかってくれると思います。

だから今を…

一緒に過ごせる時間を大切にしなくてはいけないよね。

美月







子の日記(188)  台風21号

子の日記(188)  台風21号

台風21号が先週末から今日にかけて日本を縦断しました。

被害に遭われた皆様には心よりお見舞いを申し上げます。

今朝、首都圏の在来線はほとんど運転見合わせになると確信していた私は、のんびりと家でテレビ朝日の『羽鳥慎一モーニングショー』を観ていました。

するといきなり中継になって、濁流に流されながら立木につかまる人を救助する映像が流れました。

場所のテロップすらなく、出演者がこれは何処なのだろうと騒ぎ出しました。

羽鳥氏も映像の詳細がわからないのか、ただ消防隊の救助の模様を実況するだけです。

すると石原良純が、京急の鉄橋が見えるから多摩川の下流だと言い当てました。

その瞬間、大半の出演者は流されそうになっているオジサンの素性がわかったのか、若干各人の発言がトーンダウンするのが見てとれました。

「何であんな濁流の真ん中にいたのかしら?」と女性が発言を繰り返しますが、誰もそれには答えようとしません。

救助された髪が長く髭面のオジサンがアップで映し出された時、この映像を放送していいのか誰もが不安になったかと思います。

それは明らかに多摩川の大田区側の河川敷で暮らしているホームレスの人でした。

多摩川の河川敷では、ブルーシートと段ボールで家を作って住んでいる人が数人います。

多くの人が電車の窓から彼等の暮らしぶりを見ているはずです。

満員電車から見る自由人の暮らしは大変優雅で、誰もが心ならずも憧れると同時に反面教師として、複雑な心境で眺めているのではないでしょうか?

私と美月は、更に彼等が空き缶回収で現金収入を得ていることを知っています。

土曜日になると自転車にたくさんの空き缶をバランス良く積んで川崎を走っています。

だから川崎市にはほとんど空き缶が落ちていません。
大変立派なリサイクル活動であると毎週感心するばかりです。

その映像が流れた時、真っ先に同業の何人かが死んだのではないかと思いました。

しかし現在まで多摩川での死亡に関するニュースはないので安堵しています。

それにしても彼等の今後の生活はどうなるのでしょうか?

明朝、通勤の途中で確認してみますが、ブルーシートの家は水浸しで流されてしまったでしょう。

行政は彼等に仮設住宅を提供してくれるのでしょうか?

彼等は間違いなく違法者ではありますが、懐の深い、肝の太い、福祉行政を是非ともお願いしたいところです。


逢瀬に向かう車窓から…美月

今週はずっと天気が悪くて、おまけに週末は台風が接近するとの予報も出ていますが…

雨にも負けず風にも負けず、愛一筋に先生の元へと向かいます。

勉強や仕事もこれほど熱心になれたら今の私は居ないだろうけど、まあ、全ての出来事が先生に出会う為の予兆であったと思い良しとしよう(^-^)

先週に続き、今週も東浪見で過ごします。

前回のアサリの醤油漬けの出来が良かったので、今日も楽しみにしています。

でも、美味しいのには訳があってね、アサリ本来の旨味もあるけれど、味にムラがでるといけないと、貝が一つ一つ開く瞬間に鍋から引き上げるのだから、高級料亭にもない職人技だと感心した。

もちろん先生の仕業だけど、改めて食に対する執念に驚かされた。

…と同時に、これでは友達はできないだろうと思った(^ ^)

私達の趣味の一つに人間観察があるけれど、その中でも集団で行動する熟年世代に着目している。

生まれも育ちも違うはずなのに、一色単になれるのだから戦後教育がよく染み付いていると思う。

私達は少々?変わり者なので、短時間であれば英雄になれても、長期戦ともなると個性が邪魔して列から離脱してしまう。

先生は同世代と同等に数えられたら廃人になるだろうと予想してるけど、今どき流行りの老害を撒き散らすより良いだろうね。

二人で選んだ食材で、二人並んで台所に立つ。

こんな何処にでもある風景も、真面目にやれば小さな山一つ越えたくらいの感動が見つかる。

幸せも不幸せも、全て我が心にあると先生は言う。

年老いて他人任せの人生にならないよう、我が心の故郷と伴に小さな星くずを広い集め続けていきたいね(^-^)

美月

紅殻格子の日記(187)  同行二人・・そしてまた一匹

紅殻格子の日記(187)  同行二人・・そしてまた一匹

同行二人とは。
四国巡礼の遍路などがその被る笠に書きつける語。弘法大師と常にともにあるという意。

美月と毎週末を過ごしながら、常に私の人生が彼女と伴にあるのだと実感しています。

房総・横浜・上野・横須賀・大塚・・・飽きもせず同じ店や場所を順繰りに渡り歩くだけですが、皆様から心温まるお接待を頂いています。

お遍路さんと何一つ変わりません。

狭い範囲かもしれませんが、常に私達を見守ってくれている人々がいます。

それは二人のどちらかではなく、同行二人として受け入れて貰っているのです。

私達はこうして二人共通の新しい故郷をつくろうとしているのかもしれませんね。

地縁血縁ばかりが故郷ではありません。

故郷は心の拠り所であり、海外やインターネット上にも存在するのではと思います。


さて昨年の10月15日に千葉山中で拾ったルナが家に来て丁度一年が経過しました。

後足を四か所骨折していた子猫が、お陰様でこんなに大きく成長しました。

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すぐに死んでしまうのではないかと思った可哀想な子猫でしたが、今は家と私の体をボロボロにするほどの元気猫になって暴れています。

本当に出逢えて良かった。

恩着せがましい気持ちなど微塵もなく、ルナのお陰で私と美月のお遍路さんも楽しくなるばかりです。

ルナを拾った時、これは大変なことになったと先々の心配ばかりしていました。

車で連れて帰れるか? 骨折を直すのにいくらかかるのか? 
悪い病気を持っていたらどうするか? 
昔から飼っている猫と喧嘩しないか? 
ペットの葬儀にいくらかかるのか? 

でもルナは教えてくれました。

何事も自分の意志で不安にも幸福にも変えられるのです。

何て名前をつけてあげようか? 
ルナは美月との「子は鎹」になってくれるだろうか? 
曲芸を仕込んだら稼いでくれるか? 
70歳まで生きてルナの面倒を看てやろう。

心のベクトルは気持ちの持ちようで幸福にも不幸にも振れるのです。

だから幸せは自分の心でつくるものなのです。

決して与えられるものではありません。

どんなに苦しくても、試練を与えて貰っていると考えることです。

能天気なほどポジティブに生きていくことこそが、人生を楽しく花開かせる唯一の方法なのです。

美月は次に翼の折れたトンビかキジを私の家へ持ち帰ろうと画策しています。

まあ、それも楽しいかもしれませんね。

逢瀬に向かう車窓から…美月

先週は都会遊びを満喫しました。

羽田空港の到着ロビーで先生を待ち、スーツ姿で颯爽と登場した先生にうっとり(^^)

それから先生の家で粗末でありながら好物を並べて、土曜の午後のテレビを流し見ながらのんびりとお昼ごはんを食べました。

夜ごはんは、先生の馴染みの中華料理店へ行き、改めて中国人の情けの深さに感動しました。

パパのお父さんが中国から来ていて、観光に連れて行くので日曜日の昼の営業を休んでいると言っていた。

私達が行くのはいつも日曜日なので、パパは先生が来てくれて迷惑をかけるのではないかと夫婦揃って心底心配してくれていたことを知った。

先生の顔を見るなり…

「あぁ〜今日話せてよかった」

「もし店が閉まっている時に来てたら迷惑かけちゃったと思ってずっと心配だった」

と、小さなことにはしゃぐ幼稚園児のように何度も繰り返し言っていた。

私は…正直、パパとママの姿に感動してしまった。

私は人に懐くことができず、お寺に鎮座する仏像のように下向きに微笑み、一定距離を保って人々と接している。

そんな私の姿を偉そうにと思う人も多く、特に上の者からはよく思われていないことも知っている。

ただ人情の厚さは幼い頃の環境で学んできた。

商店街という狭いルールの中で中国人や韓国人とも肩を並べて商売をしてきたから、田舎の人よりは国境の壁は低いと思う。

そして、昭和の横浜という異界に育った先生は私以上に中国人を身近に感じているのだろうね。

だからこそパパやママは先生の肩書きなど一切関係なく同志として接してくれている。

そして先生も、職場が遠くなっても、兄としてこの店を見守り続けているのだと思う。

世界情勢を見れば不安や恐怖で心が揺れるし、一方的に映し出される他国の情報を見る限り日本人ほど礼儀正しく人情に厚い人種はいないと思ってしまう。

でも、先日の先生の記事ではないけれど、自由を謳歌した後に敗北を認めざるおえない責任のない生き方が増えつつある現代で、もう一度、人情について見直さなくてはいけないのかもね。

守るべき人さえ守れる自信を失いつつある日本人ではかっこ悪いよね。

あれ?何だか選挙演説みたいになってきちゃったけど、私は先生愛し党です。

今週末は天気が優れないようですが、空が何色でも心穏やかに過ごせる東浪見で至福の時を過ごしてきます。

皆さんにとっても良い休日になりますように…。

では、行ってきます(^^)

美月

追伸…パパの店には決まって日曜日の昼間に行くのですが、今回は土曜の夜に行くと先生が言うので、珍しいなぁ〜と思いながらの出来事に、やっぱり先生の妖怪アンテナは凄いなぁ〜と感動しました(^ ^)



紅殻格子の日記(186)  裁き

紅殻格子の日記(186)  裁き

先日、社内のエレベーターに乗り合わせたSさんが珍しく私に声をかけてきました。

Sさんは私より五つ六つ年上で、還暦を迎えたであろう女性です。

部署が違うのでそれほど親しくはありませんが、お互いに本社で三十年以上生き残ってきた古参社員の顔見知りです。

「紅殻さん、子供さん達はみんな手が離れたの?」

「いえ、上の二人は就職して家を出ましたが、まだ三男が大学を浪人して家に居ます」

「そう・・それならいいわね・・・私は人生の方向性を間違っていたみたい」

そんな話をしたこともない人からいきなり切り出されて、しばらく会社の廊下で立ち話につきあうこととなりました。

「奥さんや子供、孫がいる同年代の人は、守る存在があるから還暦を過ぎても生き生きと働いているわ。でも私には誰かのために生きるという目的がないの」

「・・はあ」

私が勤める会社では、六十歳を過ぎると形だけは定年となりますが、六十五歳まで契約社員のような立場で働くことができます。

仕事はそれまでと余り変わらないのに、給料だけは大幅に減らされてしまうため、モチベーションがかなり落ちてしまうと言う話は聞いていました。

そしてSさんはずっと独身で過ごしてきており、話の筋から考えると、今は還暦を過ぎて一人で暮らしているのだとわかりました。

つまりSさんは仕事への意欲を喪失し、同時に老後独りぼっちになる不安を抱えているのだと想像できました。

「でもSさんは昔から趣味を謳歌していましたよね。まだまだやりたいことがいろいろあるんじゃないですか?」

「ううん、だから方向性を間違ってきたと言うの」

結構美人でナイスバディなのですが、三十年も前から一人でインドやネパールを旅行するような女性でした。

当時、若い人達はみんな結婚して子供ができて生活に精一杯でしたから、いつまでも独り者で遊び周っているSさんを羨ましくも腹立たしく思っていました。

アリとキリギリスです。

そのキリギリスの代表選手みたいなSさんが、その人生を間違っていたと後悔しているわけです。

しかしみんなが憧れるほど自由奔放に生きて来たSさんの敗北宣言に、私は馬鹿じゃないかと腹が立ちました。
キリギリスの結末は童話からも明らかです。

キリギリスになることは、独りぼっちの野垂れ死にも含めて、当然そこまでの覚悟があって実践できるわけです。

偽のキリギリスは自分の過去も否定してしまうため、結局人生全てが不幸になってしまいます。

しかし本物のキリギリスは不幸な末路であっても、過去の楽しさを最期まで宝石のような輝きとして心に刻んでいるはずです。

それに自分が生きるモチベーションのために、家族や子供をを求めるのは幼稚過ぎると思います。

「頭が悪いんだよ」と私は心の中で呟き、長くなりそうな話を途中で切り上げました。

さてさて、現在独身の皆様、還暦後の独りぼっちは相当堪えるみたいです。

結果はわかっているのですから、早目にいろいろな手を打った方がいいと思いますよ。


逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は出張帰りの先生をお迎えに羽田空港に向かっています。

泊まりの出張で疲れているところに、テンションの高い私の出迎えは精神的にキツイと思うけれど、せっかくの休日を少しでも長く先生と一緒に居たいから許してもらいました。

最近のハイブリッド恋愛は愛情と自由を混雑させているけれど、昔気質の私としては好きな人を束縛する為なら自分の自由を投げ出してしまう。

そもそも私の自由って、先生の傍にいることだから無理や我慢がない。

だから幾らだって先生に貼り付いていられるんだけどね。

こんな女の我儘を許してやれる男の度量というものがなければ、好き好き好きは続かないよね。

何気ない時間、ふっと大好きな人の笑顔を思い出せば口元の緊張がゆっくりとほどけていく。

早く逢いたいと思う。

そんな思いの繰り返しが愛を育てているのかなぁ(^-^)

美月

紅殻格子の日記(185)  マンネリ

紅殻格子の日記(185)  マンネリ

もしかすると、それは至高の喜びではないでしょうか?

何故なら、数多くの選択肢を経て定着した生活様式は、そこに止められない居心地の良さがあるから繰り返すからです。

三週連続で房総の東浪見へ行って来ました。

食料調達はこの三週ともほとんど変わりません。

野菜ではJA味楽囲で買う栗・生落花生がメインの秋食材であり、それに久留里『紀平豆腐店』の豆腐と手作り油揚げ、斎藤さんがつくった胡瓜、睦沢の道の駅で売っている長生トマトと『みのりファーム』の卵、一宮にある『魚平』の魚介類・・この選択からぶれることは決してありません。

たまには別の食材を買ってみようかとも思いますが、今以上のパフォーマンスが得られるかわからないため、このマンネリ化した食材に落ち着いてしまうのです。

換言すれば、これが私達にとって最強なのだと思います。

しかしマンネリと言っても、少しずつ美味しさ改善はしているつもりです。

栗は食べ比べてみると、大きくて茶色が濃い方が断然甘くて美味しい。

先週買った栗は、三週の中でもベストでしたね。

毎回のように『魚平』でアサリを購入するのですが、先週は『蜆の醤油漬け』に倣ってアサリの醤油漬けをつくってみました。

小さなアサリでしたが、これはまだ工夫する余地はあるものの美味でした。

料理もそうですが、アサリの斑紋について発見がありました。

一つとして同じ模様がないと言われるアサリですが、遺伝要因が強いため、兄弟のアサリは数多くいるのだと思います。


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美月と二人でこんな馬鹿なことを毎回笑いながら、マンネリ化した週末リゾート生活を送っています。

でも別荘を持つ人の心理は私達と同じだと思います。

観光地を旅することも楽しいですが、週末の生活習慣を確立することも大切ですね。

私達は結婚しているわけではありません。

だからこそ毎週決まった生活をすることが大切だと思えるのです。

どこかに錨を下ろさなければなりません。

それが東浪見でのリゾート・ライフと言うマンネリの正体かもしれません。






大多喜祭り…美月

昨日は東浪見の帰りに大多喜祭りに立ち寄りました。

東浪見に通うようになってから、大多喜町のスーパー「オリブ」で買い物をするようになりました。

今では久留里に続く親しみ深い街となっています。

昨年に引き続き、今年も藤岡弘さんの参加により祭りは賑わいを見せていました。

私達は物事を斜めに見る癖があるので、祭りの進行にいちゃもんを付けながら楽しんでいたけれど、田舎の祭りというのは毎年同じであることに喜びがあるように思った。

朝起きれば、母親が忙しそうに祝いの料理を手掛けている。

開け放たれた窓に揺れる半纏にまだ汚れを知らぬ真っ白い足袋。

いつも隣で神輿を担ぐ仲間が今年も笑顔で足並みを揃える。

誰一人として欠けることなく、何も変わらない穏やかな日々に幸福を感じることができるのも地元の祭りの良さかもしれないね。

私も、今年も先生と祭り見物ができて嬉しいと伝えた。

先生は、死んだ後に家族や知人に大多喜祭りを楽しみにしていたと思われるのは心外だと怒っていた(^^)

えへへ、大多喜祭りだけじゃないよね。

春の菜の花も夏のヒマワリも秋の紅葉も冬枯れた山里の風景も、私は先生と一緒に観れて幸せだと、毎年、毎年思ってる。

こんな時間がいつまでも続きますように…と思う。

二人の時間が積み重なるほどに、切なる気持ちは深まるばかりです。

美月


プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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