二人っていいなぁ〜…美月

毎日、人身事故の影響で運転見合わせ、もしくは遅延状況のメールが届くたび、またか…と思いつつ、大切な命が一つなくなったことより、スズメが近所を飛ぶように特別視することのない自分に気付く。

電車通勤する前は、先生の乗っている電車が止まってないか?

遅延に伴い車内にギュウギュウ詰めにされて嫌な思いをしていないか?

はたまた事故の背景に何があったのか?

何故、死を選ばなくてはならなかったのか?

残された家族は…

と、色々と思いを巡らせては、悲しい選択をしなければならなかった故人の無念に切なさを感じた。

でも立場変われば人変わると言うけれど⁈、通勤で電車を使うようになってからというもの、駅のホームで電車を待つ間、何事もなく会社に着ければ良いと、毎朝、思う。

一日のスケジュールが決まっているので変更は出来ないし、よほどのことがない限り遅刻や急な休みはもらえない。

だからこそ元気を心掛けているけれど、朝の感情のアップダウンが、体力、気力を削ぎ取ってしまうんだよね。

そんな時、何故か先生からメールが届く。

何でもない時間に、何でもないようなことだけど、先生からのメールが私の心を開いてくれる。

こんな時ね…二人っていいなぁ〜と思うんだよね。

みっちりとした人間関係が苦手な私が、初めて欲した相手が偏屈者の先生というのも可笑しな話だけどね。

でも、先生のおかげで命拾いしてると思うと嬉しいよね。

だからね…毎日、一通のメールが届いたら、命を落とさずにすんだ人もいるかと思うと切なくなるんだよね。

毎日の暮らしの中の小さなありがとうに感謝できることは幸せなことだと思っている。

「ありがとう」の積み重ねが私の歴史になっていると思うと、ちょっぴり誇らしい気持ちになる。

先生、いつもありがとう(^_-)

美月

紅殻格子の日記(163)  『野良猫』 第二章

紅殻格子の日記(163)  『野良猫』 第二章

男の動きが止まった。

ベッドに胡坐をかいて背を丸め、射精した避妊具を男根から外す姿が如何にもみすぼらしい。
何もそこまで毛嫌いせずともいいのだが、麻美には昔から底意地悪く男を値踏みする癖があった。
絶頂の余韻を楽しむかの表情をつくりながら、冷徹に男と別れる算段を考え始めた。

ベッドで煙草を燻らせながら、麻美はバスルームから出て来た男に話しかけた。

「ねえ、奥さんとは上手くいっているの?」

「えっ、ああ、まあね・・でも子供がいるから一緒にいるようなものだよ」

男は一瞬顔を曇らせたが、何かを取り繕うように素っ気なく答えた。

「遊び人なのね」

「そうでもないさ・・でもお互いに家庭があるんだから、できればこれからもスマートに大人の世界を楽しみたいね」

男が気障にそう答えた時、突然鞄の中でスマホのバイブ音が鳴り始めた。
慌てて鞄を開けた男は、顔を強張らせながらスマホを懸命にチェックした。

「奥さんからの連絡?」

「い、いや、家内とはほとんどメールなどしないからね」

麻美の想像が図星だったのか、我に返った男は再びスマホを鞄に投げ込んだ。
麻美はベッドから跳ね起きると、上半身を反らしてバストとヒップのラインを強調したポーズをとって見せた。

「あたしの身体と奥さんの身体、どっちが好みかしら?」

「そ、そりゃ君さ・・家内の身体なんか、ぶよぶよに弛んで無残なものだよ」

再び萎えた男根を半ば勃起させて、男は麻美の身体を執拗に撫で始めた。

(どこまで下衆な男なの?)

自分の妻を醜いと蔑んでまで麻美の身体を欲する神経が、最低の部類に属する性欲豚であることを証明していた。

つづく…


逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は夕暮れ前の電車に乗っています。

私が少し仕事だったので夕方に逢えるようにしてもらったのですが、本当ならね、明日、逢えるのだから我が儘を言わなくてもよいものでしょうが、少しでも先生と過ごす時間を長くしたいと思ってしまいます。

逢いたい理由なんてないんだよね。

ただ一緒にいる時間が幸せで、常に先生の匂いが届く近さにいたいと思っています。

先生の匂いに惹かれるのはフェロモンなのかなぁ?

でも、アメリカの研究ではフェロモンを人間は認知できないそうだけどね。

じゃあ〜フェチかもしれないなぁ。

先生に対する執着と性的興奮はフェチ以外のなにものでもないようが気がするけど…どうかな(^-^)


この時間の車窓の景色を、数えきれないほど見ながら先生に逢いに行った日々が懐かしい。

逸る気持ちを抑えて仕事を切り上げ、急いで支度して電車に飛び乗り先生に逢いに行っていたんだよね。

一緒にいられるのは短い時間だったけど、それでも思い出が詰まっているよ。

出逢った日も、何気ない平日も、喧嘩した夜も、そして今、この瞬間も、先生のことを思う私がいる。

見かけはかなり古ぼけてしまったけれど、真っ赤な夕陽に負けないほどの熱情は健在です。

昔、先生の庭に咲いた熱情という薔薇を復活させたいなぁ。

先生に初めてもらった花の写真だからね。

この先も、私の心に咲く薔薇が色褪せぬようにね。

美月

追伸…そんなに薔薇が観たいたら、ちゃんと手入れに来い!と怒られちゃうよね。

そろそろ刈った草も伸びているだろうなぁ〜(~_~;)

紅殻格子の日記(162) 高齢者の性の不一致

紅殻格子の日記(162) 高齢者の性の不一致

5月18日(木)10時からのNHK総合『クローズアップ現代』は面白かったですね。

とてもNHKが取り扱うテーマに似つかわしくない上、コメンテーターの田原総一朗が暴走して大変でした。

NHKも変わってきましたね。

番組の主旨は、高齢者になった男と女の性差です。

男は80歳過ぎても性欲があるのに、女は閉経後性欲を失うため、老後の性の不一致が問題化していると言うことです。

一般の老夫婦の悩みから介護者の性被害まで実に深刻な問題を扱っているのに、田原総一朗が隣席の女性コメンテーターにしつこく絡んでくれました。

田原「奥さんがセックスしたくないなら、性欲のある男はどうすればいいんですか?」

女性コメ「それは・・手と口でしてあげるとか・・」

正確には思い出せませんが、司会のNHKアナウンサーが絶句するほどいい内容でした。

さて、この問題は難しいですね。

80歳になってもエロサイトを見るほど男は性欲に支配されているそうです。

それが老妻にも話せないほど真面目で自制心があるので尚更心に鬱屈していくわけです。

男にとって自分の性欲を果たすということは、人生の幸不幸を左右する大切な問題であり、本来結婚というものはそこまで踏み込んで決めるべきですね。

私は性欲の強い女が大好きです。

美月がどうかと言われると困るのですが、性欲が表に出てこない女はつまらない。

喘ぎ声の一つも立てない女とはセックスする価値もありませんし、不感症の女とは絶対に一緒にいたくありませんね。

だってセックスしてもつまらないから。

昔、不倫した女がそうでしたね・・一生つきあうのなら矯正しようと頑張りますが、一時的な女にそこまで努力する時間もないわけです。

一生の楽しみを棒に振ることになりますから、是非若い方は男も女もスケベになって欲しいところです。

いい加減に書いていますが性は本当に大切ですよ。

そのためにはきちんと二人の性が良くなるように話合えることなのだと思います。

お互いの性を矯正し合いながらベストな方法を模索することです。

それができないのなら、性欲を叶えてくれる他のパートナーを探すべきでしょうね。

浮気とか不倫とか言われても、性の幸せを享受できた方が絶対にいい人生を送れますよ。

無事でよかった…美月

水曜日、先生は食道癌の定期健診のため、今となっては通いなれた病院に行ってきた。

人間ドックで食道癌を見つけてくれた牧山先生のご縁で、内視鏡手術の名医に手術をしてもらってから約5年が経った。

牧山先生とも心が通う間柄となり、患者の信頼が若い医師を育てていくのかもしれないね。

今となっては先生の主治医として君臨する若い医師の未来が明るいものになるといいなぁ・・・。

日々、保険調査で病院を訪問しているけれど、お医者さんの世界は特殊だからね。

同じ病院に勤務していても、ライバル意識の高い医師はいっぱいいて、男の小競り合いというのは女以上に面倒な気がする。

今回の検査も無事クリアすることができてほっとしている。

一般的に言われる5年生存率、再発率をいちよう超えたことにはなるけれど、

癌経験のない人でも50代ともなると体調管理に気を付けなくてはいけない年齢だよね。

私はね・・・先生が無事でとっても嬉しいけれど、

なんだか先生は・・・あまり嬉しくないというか、五年前も死ぬのがそれほど怖くなかったというんだよね。

死を真剣に意識した者でなければ気付けない死生観があるだろうと思う。

私のように、命そのものというよりも、先生だけに執着してしまう者にはわからないだろうけれど、

先生にはいつまでも元気で生きていてほしいと思ってしまう。

どうしても離れたくないんだよね・・・理由なんてないんだよね・・・。

独りぼっちになるのが寂しいからではなく、先生が居ない世界なんて面白くないもんね。

でもね、生きているのに心が死んでしまっている人が多い世の中だから、

本当のところ、あの世とこの世の違いはないのかもしれない。

それなら、どちらの世界であっても、傍にいたいと思ってしまう。

訳のわからない理屈だけど、人を好きになるというのは、少々狂気的なのかもしれないね。

美月

紅殻格子の日記(161)  『野良猫』 第一章

野良猫

紅殻格子の日記(161)  『野良猫』 第一章

ベッドが軋んでいる。

覆い被さった男が乳房を揉みしだき、息を荒げて激しく腰を撃ちつけてくる。

「気持ちいいか・・気持ちいいだろう?」

担ぎ上げた両脚の間から男は顔を覗かせ、何度も同じ台詞を問いかけ続ける。

「ええ、凄く気持ちいいわ」

藤野麻美は男の興奮を陰部で受け入れながら、次第に醒めていく自分の心と身体を感じ始めていた。

(哀れな男・・)

馬ほどに鼻の穴を広げて呼吸を荒げ、顔面が引き攣るほどの必死な形相で、男は麻美の快楽を征服しようと腰を振り続ける。

「ど、どうだ、亭主なんかよりずっと気持ちいいだろう?」

「ああ、いいわ・・あなたの方がいい・・」

麻美は男の動きに合わせて腰を揺すり、口をわざと半開きにして喘いでみせた。

心が次第に凍りついていく。

(世の中には、この程度の男しかいないのかしら?)

男の阿呆面を心の中で笑いながら、麻美は冷静に自分が置かれた不遇を自嘲した。

この男とは出会い系サイトを通じて知り合った。そして初めて会った今夜、食事もそこそこにラブホテルへ直行したのだった。

元からさほど期待はしていなかった。

そもそも出会い系サイトを利用して、極上の男に巡り合える可能性など皆無である。
だがサイト使って麻美は三十人近い男を漁ったが、セックスに長けた男ぐらいなら、十人に一人ぐらいの確率で出逢うことができた。

ところが男はセックスでも外れだった。

女泣かせを自称した男の男根は、麻美の子宮口を突くこともできない粗品だった。
この先つきまとわれては面倒なので、今夜は一夜限りの夢だとはっきり教え込まなければならない。

つづく…

逢瀬に向かう車窓から…美月

花々の彩りが眩しい季節となりました。

駅までの道のりも、よそ様のお家のお庭に綺麗に整えられた春色の花々を観賞しながら歩けば気分上々です。


あいにくの雨ですが、五月晴れを期待してお出かけの方が沢山います。

本当なら予定を変更して明日に延ばしたいところでしょうが、こんな時、他人様とのお出かけは辛いですね。

そもそも私は先々のスケジュールが組めない女で、予定日が近くなるほど行きたくなくなります。

特に人に誘われた場合は籠の鳥のように自由を奪われた気分となります。

まあ、遊ぼっ!と、自分から誘うことは子供の頃から滅多になく、現在では先生以外の人に希望を伝えることはありません。

きっと楽しみにするほどの予定なんてなかったのでしょうね。

出かけた帰りに「はぁ~やっぱり行かなければよかったなぁ~」と心の中で何度か呟いたことがある人なら気持ちはわかってもらえると思いますが、ようはね、後悔を繰り返すのが面倒くさいんですよね。

でも、先生と出逢ってからの私は非常にアクティブで、先生と「またね!」と手を振り終わった一時間後には、来週末に期待しています。

ちなみに、一時間後というのは、楽しかった出来事を振り返りながら、二度、先生に恋する時間です。

えへへ、先生好きには堪らないひと時ですねぇ~(^_-)

毎日、人の死と向き合い、配偶者さまのお話と自宅に残された遺品と合わせて故人様の生涯を振り返る。

先生と出逢う前なら簡単に判断できたかもしれないけれど、今はね、人の生涯(幸せ)というのは誰にもわからないものだと感じている。

ただ、亡くなる前のほんの短い時間であっても、幸福に感謝できる瞬間があれば幸福な人生だったとしてよいだろうと思う。

だから、故人様は幸せでしたね!とご家族にお伝えします。

本当にそうかしら…と聞き返す方には、「大丈夫、幸せでしたよ」と繰り返し伝えます。

私は霊媒師でもなく、僧侶のように厳しい修行もしておりませんので、お亡くなられたご本人さまの気持ちなど一切わかりません。

ただね、死んでまで、尚、故人さまの幸福を願うご家族の愛情の深さ、尊さに、ご本人様の幸せだった時間が見えてくるんですよね。

長い人生、幾度となく出会いと別れがありますが、たった一人でもいい、自分がこの世から居なくなったことを、心から悲しんでくれる人に出逢えたら幸せな人生だったと思っています。

もちろん自論ではありますが、自論の数が多くなればなるほど家族からは煙たがられている私ですが…50歳を過ぎて自分の考えが持てないと下流のゴミ溜め同様、要らないものだらけの老後になってしまうのは怖いことです。

今、高齢者の間で流行りの終活ですが、スタートは早ければ早いほど良いと思います。

う〜ん、成人式のキャッチコピーに、こんなのはどうかなぁ〜⁈

20歳になったら終活を…

終末を想定することで、どの瞬間も大切にできると思うからね(^_-)

では、行ってきます。

美月

紅殻格子の日記(160)  『野良猫』 予告

紅殻格子の日記(160)  『野良猫』 予告

『黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月』と言う私的ブログをお読みの方はご存知だと思いますが、昨年千葉の山中で野生の子猫を拾いました。

可哀想に両脚の骨が折れていて瀕死の状態でした。

一生介護する覚悟で拾って帰ると、猫の骨折は回復が速いと獣医が言っていた通り、今では家の中を所狭しと飛び回れるようになって困っています。

家が次々に破壊されていくからです。

もう半年以上飼っていますが、元々が人との接触がない山猫なので、未だに私に噛みついたり引っ掻いたり生傷が絶えません。

飼い主という存在を知らぬ野生の野良猫です。

しかし時にその奔放さが魅力的であり、逆に飼い主が服従させられている妖しいエロチシズムに恍惚とすることもあります。

そんな野良猫に手を焼きながらも、これをテーマに作品を書く意欲を掻き立てられたのも事実です。

さてさて、どんな作品になるか皆様も見守って下さい。

『妄想の座敷牢』も同時更新していくつもりです。

お楽しみに。

ルナちゃん


紅殻格子の日記(159)  差別

紅殻格子の日記(159)  差別

私の祖父が横浜の港湾で働いていたため、実家は本牧付近の路地裏にありました。

猫の小便臭い車も通れない路地で、六畳一間、洗面所と炊事場が共用のアパートが何軒も建っていました。

勿論、風呂がある家などは少なく、近所に銭湯が3軒もありました。

地方では考えられないかもしれませんが、都会のスラムはそんな感じでしたね。

家に風呂がなかった私は毎晩銭湯に通いました。

刺青者やあちらの筋の人も多く、子供心に怖かったことを今も覚えています。

近所に木村さんと言う家があって、そこの兄さんと良く銭湯で一緒になりました。

中学生だった私より一回り年上だった思います。

彼は黒人米兵と日本人(木村さんの奥さん)との混血で、チョコレート色の背中に中途半端な刺青を入れていました。

木村さんの奥さんはその時日本人の亭主がいましたから、結婚する前にできた連れ子だったのだろうと思います。

学校へ行ったのかわかりませんが、当然彼はぐれたのでしょう。

私の目の前に現れた時はヤクザのチンピラでした。

でも私にはいろいろと親切にしてくれました。

スラムから進学校の私立中学に通っている子が珍しかったのかもしれませんね。

確か「俺みたいになるな。まともな暮らしをしろよ」と良く言ってくれていました。

まるで森村誠一の『人間の証明』と、山田洋次の『男はつらいよ』を足して二で割ったような、向こう側の世界に住む人でした。

戦後、貧しかった時代の落とし児なのでしょうが、おそらく向こう側の世界にしか居場所がないことを、周囲の日本人から悟らされたのでしょう。

消すことができぬ黒い肌を怨んだ彼の心情を思うと、差別という意識は人間の生には永遠につきまとうものかもしれません。

恥ずかしいことですが、その意識は間違いなく私にもあります。

しかし問題なのは、差別の意識を恥じるのではなく、昨今は声高に堂々と主張する輩が増えてきていることです。

確かに向こう側の住人は恐ろしいのかもしれません。

だからと言って理由なく排除するのではなく、共有する部分を探していく勇気が必要なのだと思います。

いつの頃だったか、銭湯でも街でも、彼の姿が見られなくなりました。

風の噂で、誰かを刺して地方へ逃げたと聞こえてきました。

今も生きているのか・・忘れられない思い出です。



ゴールデンウィーク(続編)…美月

日差しが高い位置から注ぐ時間ともなると、何処からともなくネービーバーガー、海軍カレー店の前に観光客の列が連なります。

以前のドブ板通りに見られない光景だったのですが、ブームが定着する背景にシチュエーションポイントの高さはあるかもしれませんね。

でも…ここは横須賀。

昼呑み、立ち呑みならともかく、ハンバーガーに行列とは何だか不思議な光景です。

いつもなら昼呑みのプロ集団のいる店に行くのですが、あまりに色が濃すぎて完全健康体でないと雰囲気に飲み込まれてしまうので今回は見送りました。

酔っ払い同士の喧嘩や絡みは日常茶飯事で、何かあれば直ぐに逃げられる体勢でお酒を飲まなくてはいけないのは辛いからね。

でね…今回は可愛らしく串揚げ屋さんで昼呑みしました。

以前から一度は行ってみたいと思っていたのですが、ソースを二度付けしてはいけない掟以外、具材は小さくカットされていて食べやすく、食べ終わってから次を注文すればよいので、常に熱々が食べられるところが嬉しいですね。

カウンターでウーロンハイを飲み始めると、中年夫婦らしきカップルと4人家族が入ってきました。

夫婦らしきカップルは、ご主人が生ビール、奥様はストローでジュースを飲んでいましたが、二人ともソッポを向いて静かに串カツを食べていました。

この時、ふと思ったのですが、飲みに行っても「乾杯!」とグラスを傾けるカップルって少ないんですねぇ。

私達の場合、店飲み、家飲みに関係なく、二人揃って席に着き、心を傾けてから飲み始めます。

長年、何気なく交わしてきた「乾杯」ですが、改めて先生の思いやりに感謝です(^^♪

カップルに続いて視線を送ったのは4人家族です。

両親は40代、娘さんと息子さんは高校生だと思います。

息子さんは学ランを着用していましたが、制服と会話から陸上自衛隊(高等工科学校)の生徒さんだろうと思います。

余談ですが、先生と私は気になる人物について其其がプロフィールを想像し、絵合わせのように一致点を照合しながら、一人の人物の人生を創っていきます。

もちろん相手に確かめたことはないのですが、ほぼ間違いないのではないかと思っているのですが、
だからこそ他人の話でもリアルな現実となり、私達までドラマの一員として会話に参加しているような感覚になるのだと思います。

久しぶりに会った家族は、最初はぎこちなく席に座っていたのですが、息子さんが母親に一枚の写真を見せて演習の出来事を話し始めました。

寮生活をする息子に会うため、ゴールデンウイークを利用して家族で横須賀を訪れただろうことは東北の方言でわかりました。

写真には三台の演習用戦車が映っていました。

一台の戦車を指差し、咳きたてるように演習の様子を語り始めた息子を見つめる母の眼差しはどこか切なく映りました。

演習の大変さもさることながら、入学してからというもの、この子がこんなに喋った日はなかったのだろうか?

そう思うと、親元から離れて寮生活をしている息子を心配する母の思いは複雑だったと思います。

ガタイのよい父は息子の話を聞きながら、盛り合わせで注文した大量の串揚げの串を息子の方に向けなおし、「いっぱい喰え!」と言わんばかりに顎で合図していました。

親が離れて暮らす我が子を思う気持ち、子供が親に心配をかけまいと明るく振る舞う様子に、先生と私まで泣けてきてしまいました。

…と、同時に・・・

この店に来る前に、一人、海を見ながらお弁当を食べていた学生さんのことを思い出しました。

同じ制服を着ているということは、彼も高等工科学校の生徒さんなのでしょうね。

なぜ一人でいたのか? 彼の両親は逢いに来なかったのか?…来れなかったのか?

そう思うと愚人ではありますが、人並に親となれた先生と私は、彼の身上を察し無性に泣けてしまいました。

前回の観艦式に参加させていただいた際にも、海上自衛隊の若者たちの凛々しい姿と対象に、子供の安全を祈る親御さん達の切なる思いに泣かされてしまいましたが、青い空の下、志高く風波の上に立つ若者一人たりとも死んでほしくはないのです。

戦争に限らず、自分より若い人が死んでしまうのは辛いのです。

でも、アメリカのお母さんも同じ気持ちでしょうね・・・。

北朝鮮、韓国、中国、そして日本・・・どの国のお母さんも我が子を思う気持ちは一つです。

日本人は平和ボケしていると言われていますが、それは「平和」とは何かを知らないからかもしれません。

だからこそ、もっと高度は平和的意識を一人一人が持たなくてはいけない時代なのだと思います。

美月



プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
ご訪問ありがとうございます
現在の閲覧者数:
想い出の引き出し
画像をクリックするとアルバムが開きます
ブログランキング
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR