コメントありがとうございます…美月

ゆなさんへ…

ゆなさん、コメントありがとうございます。

いつもながら・・・
長話になりそうなのでコメント欄では書ききれないと思い、こちらでお答えしますね(^^♪

>毎週の様に、お泊りで出掛けていらっしゃいますが、御家族は不審に思われないのですか?

私達も出逢った頃はW不倫でした。

仕事帰り、週に一度の逢瀬と月一度、土曜日は午前中から逢っていました。

それも先生が時間を作ってくれたおかげです。

二時間もかけて自宅に帰る先生を見送る駅のホームは切なくて、今でも思い出すと泣けちゃいます。

先生の奥様が亡くなられて今年で5年目となりますが、
それから赤いスカイライン登場と共に千葉に行くようになり、現在のようなスタイルとなっています。

ご質問の回答としては・・・

私と主人は現在一緒に暮らしてはおりません。

主人が実家に住んでいるのか? 愛人宅に住んでいるかわかりませんが、
自営の会社があるので、毎日、両親と顔を合わせていることは間違いないと思います。

ただ私が週末、家に居ないことは主人も知っています。

そして、私に先生の存在(プロフィールは知らなくても…)があることも知っています。

先生と出逢ったばかりの頃ですが、私が告げたからです。

この先、どうなるかわからない恋を証てしまうリスクは大きなものですよね。

でも、私は主人のように浮ついた気持ちで先生を愛している訳ではないし、
先生にも主人の浮気の腹いせに恋をしていると思われたくなかったんですよね。

主人との不仲は先生に出逢う為の必要条件であり、不幸な出来事も幸福への架け橋だったと思えるのです。

まあ、こんなことを平気で考える頭のおかしな女だから主人に嫌われても仕方ないですし、
先生は先生で、私と出逢ったが為に、常に時限爆弾を背負って生きている状態だったと思います。

心の離れた者同士が一緒にいても何も生まれません。

それではいっそのこと離婚してしまえばいいと思ったことは何度もあります。

でもね…私一人で三人の子供を育てるには経済的にも精神的にも無理だと思ったので現在のスタイルを維持しています。

子供の為に働くことを惜しむつもりはありませんが、生活に追われれば必死に守ろうとした子供達の笑顔さえ見る時間を失ってしまいます。

それでは誰も幸せになれない・・・。

人が新な道を歩む時、その先に幸福を想定して歩き出すものだから、今はまだその時ではないと考えていますが、そろそろ荷物整理はしておかないといけないだろうと思っています。

一昨年、主人の父親と大喧嘩をして会社を追われる身となりましたが、五十を過ぎての転職でありながら、現在の職を全うできているのも先生の支えがあってのことだと感謝しています。

そんな子供達も大きくなり、一番下の子供も来年で二十歳になります。

主人、主人の両親、妹夫婦も・・・いずれ私が出ていくだろうと思っていることと思います。

体裁を何より大切に思う義父母ですが、間違っても私にお金が流れて行かないように、それだけは許せないと考えているでしょうからね。

私と主人は元々どの夫婦よりも喧嘩の少ない関係でしたが、今となっては喧嘩の必要性さえ無くしました。

このような流れを経て現時間が存在しているのですが、唯一心痛むことは、この幸福時間が得られなくても、たとえ死であれ先生から奥様を引き離す出来事がなければよかったと思っています。

先生のお母さん、奥さん、お父さんと、先生が愛する人達と別れる姿を私は見てきました。

いつの時も、最期の時を迎えた報告を最初にもらったのは私かも知れません。

先生の深い哀しみに触れるたび、何もできない不甲斐なさを感じました。

「こんな時、連絡する相手がお前しか居ないんだなぁ…」
と嘆かれたこともありましたが、私には先生しかおりません。

でも一人ぼっちだった私にとって二人きりになればことはプラスであり、これ以上の幸せはないと思っています(*^^)v

あっ、またまた話が横道にそれてしまいましたが・・・

結論として、不倫でありながら好き勝手に暮らせているのは、
先生を愛せる幸せに後悔しない思いが強いからではないからでしょうか。

先生が食道癌を患ってからというもの、ますます先生に対する独占欲が高まっておりますが、
好きになったら命がけ…それほどまでに惚れられる男に出逢えて私は幸せです。

最後に・・・

私は桜が大好きです。

桜のように艶やかに咲き潔く散る、そんな生き方が日本人の気質と合っていると言われていますが、花びらが舞い落ちると可愛い若葉が芽吹いてくるんですよね。

以前は潔く散れたら本望だと思っておりましたが、五十を過ぎると物の考え方に欲が深まり、
美しい花の後に新たな命(時代)が始まる、まさに熟年世代への応援花みたいだなぁ〜と勝手に思っております。

運転者標識に若葉マーク、もみじマーク(枯葉?)がありますが、私は先生の車にサクラマークを付けたいなぁ(^^♪

ゆなさんの恋も時の流れと共に変化していくと思われますが、
現在も、そして未来も、お二人にとって素晴らしい時間となりますように心よりお祈りいたします。

美月



紅殻格子の日記(153)  寂しくて、寂しくて

紅殻格子の日記(153)  寂しくて、寂しくて

避妊手術を受けさせるため、先週からルナを獣医さんに預けています。

たった一週間の入院なのですが、私も子供も、年寄り猫のニャンピも、静まり返った家で寂しさを堪えています。

暴れん坊の厄介者なのですが、いなければいないで火が消えたような寂しさです。

最近、また美月と『男はつらいよ』の初期版を観て泣き笑いしています。

寅は後期へ至るほど善人になっていきますが、一作、二作目は柴又へ戻っても相当な悪として描かれています。

死語で言うなら、「鼻つまみ者」です。

私と美月はよく上野不忍池の屋台で昼から酒を飲みますが、香具師の世界は向こう側の世界だと実感しています。

決してこちら側の世界とは相容れない境界があります。

向こう側の世界とは、日常に厄災をもたらす存在であるとともに、実は遠い憧れであることを忘れてはいけません。

フーテンの旅暮らしとまで行かずとも、会社をさぼってぶらぶらしたいと誰もが一度は思いますよね。

相対する世界は常に憧れなのです。

だから寅が恋するのは堅気であって、リリーとは最期まで上手く行かないわけです。

境界――この概念が私と美月には共通して見えるのかもしれません。

即ち、人を分類して定義付けしてしまう。

それは自分の世界に入ろうとする者を遠ざけていくことですね。

だから普段から友達などいるわけもなく、天上天下唯我独尊と世の中を斜に構えて醒めた目で見ているのです。

ところが私と美月の場合、全く同じ能力を有する者が、同じ境界内に存在を認め合ってしまったわけです。

二人にとってこちら側と向こう側の境界がほぼ同一線だということでしょう。

・・・はあ、それにしてもルナがいないと寂しいなあ。

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逢瀬に向かう車窓から…美月

今週末は東浪見で過ごします。

お日様が輝くと青い海が一層恋しくなります。

春風吹けば神黄に輝く菜の花の鼻にツンと来る香りと蜂の羽ばたきまで聞こえてきます。

春は冬眠ってしていた想像力が目覚める季節でもあるのかな?

「春よ来い♪」の歌詞に出てくる歩き始めたみいちゃんではないですが、心の蕾も早く咲きたいとウズウズしているようです。

そして…春はどの季節よりも今があることに感謝します。

桜時間は先生の暦ですが、また今年も二人で桜を愛でることができる。

様々な気苦労の多い俗世間ではありますが、桜の下にいる間は、ここが私達の西方浄土なのですよね。

死して何処に行こうとも、決して離れることなく寄り添っていたい。

人という字を支え合うと解釈するより、私は男女が仲良く寄り添う姿が浮かんで見えます。

月に住むウサギも牡牝2匹で遠い未来を眺めています。

絶対、お餅つきなんてしていないだろうと、幼稚園の頃から思い続けて早50年の月日が経ちますが、今も裸眼は健在です。

先日、訪問先で左足を思いっきり捻挫してしまいました。

亡きご主人様との思い出を語られる奥様の心があまりにも美しく、微笑むご主人様の遺影が奥様の言葉に合わせて頷いているように感じました。

ついつい話に惹き込まれてしまい、正座を崩すのを忘れた為に、立ち上がった瞬間、よろめいて捻ってしまったのですが…

バキバキと骨の鳴る音と共に痛みより先に頭頂部に浮かんだのは先生の顔でした。

それも、ものすごく怒った顔が信号機のように三つ並んでチカチカ点滅してしました。

こんな時くらいどうして心配そうな顔して出てきてくれないのかなぁ〜と思いながら、先生との約束を思い出しました。

先生より先に死んだりしない。

私は愛する家族を泣く泣く見送った先生のことを知っています。

お母さん、お父さん、奥さん、愛犬…奥様のご両親を含めたら、沢山の哀しみを背負っているのですよね。

さぞかし重く苦しいことと思いながらも、私は何もして差し上げることはできませんでした。

だから私の為に涙を流してほしくないと考えています。

まあ、世の中というのは思い通りにいかないもので、特に人の生き死にともなると予想もつかないような結末も沢山あります。

だからこそ先のことを恐れるあまり、何もできない今を過ごしてはいけないと思います。

あっ、またまた話が外れてしまいましたが、捻挫した足を労わりながらも、今日も心のままに東浪見に向かえることがとっても嬉しい。

だって先生に逢えるんだもん。

まあ、毎週のように車内で惚気ておりますが、日々ハートマーク必須の呪いメールを送られている先生の苦労に比べたら小さいと思っていただけれと幸いです。

では、皆様も心穏やかな週末をお過ごしくださいね。

美月

心の在り方…美月

月曜日、お客さまの家を訪問した際、ついつい情話に気を取られ、長時間、正座のまま急に立ち上がったため、
強烈な足の痺れに襲われて、左足首、甲、指先を捻挫してしまいました。

目から火が出るとは、まさにその通りです。

車の運転は右足が使えるから辛うじて会社に帰れたものの、一歩間違えたら骨折したかもしれないと思うとぞっとします。

この際、仕事はどうでもいい・・・労災で何とかしてもらおう!!!

でも、先生に逢えないのは辛い・・・辛すぎるよね。

怪我や病気をしたら先生に逢えなくなるのだから、気を付けないといけないなぁ・・・。

数日、ルナちゃん足で過ごした。

出逢った頃、骨折した足が痛々しかったけれど、今は可哀想な猫を返上して、悪チビルナと呼ばれている。

そんなルナちゃんだけど、今回、避妊手術を受けるため、一週間ほどのお泊り入院です。

あれほど五月蠅がっていた先生も、静かな部屋が戻ると、ルナちゃんのことを心配してくれています。

昨日の先生の記事で幸せについて問われていたけれど、私はね・・・ルナちゃんは幸せだと思ってるよ。

それは何故かと尋ねたら・・・私が幸福だからでございます・・・です。

私は先生に出逢えて幸せだと思っているし、先生と出逢わずして心満たされることはなかったと思っている。

だからね・・・先生と出逢ったルナちゃんが不幸な訳ないんだよね。

猫と人間は違うって??? そんなことはないよね・・・。

生き物すべて肌の温もりに安らぎを求めているのだからね。

どちらにしても人と比べて幸福を計るものではないから、自分らしく生きたいものだよね。

先生と出逢ってから夢の幅は広がった気がする。

田舎と都会、住み方は様々だけど、いつ、どこにいても変わらないのが心の在り方だと思います。

美月












紅殻格子の日記(152)  幸せとは?

紅殻格子の日記(152)  幸せとは?

ルナが発情期を迎えたらしく、鳴き声が涸れるほどミャーミャー騒いで困っています。

そりゃ、生き物として最も重要な生存証明なのですから必死です。

切なくなります・・でも家の外に出すわけにはいきません。

申し訳ない思いが溢れてきます。

もし山中で拾わなければ、死んでいたかもしれませんが、生きて子孫を伝えることができたかもしれません。

あの時、家に連れ帰ったのは本当に正しかったのでしょうか?

美月は単純に「助けてあげた」と考えるかもしれませんが、幸せとは一体どういうことなのでしょう?

そう考えると、占い師や宗教家、人生相談など何も考えていないと思いますね。

一体幸せとは?

死なないことなのか、金に困らないことなのか、会社を経営することなのか、家族が楽しく過ごすことなのか、自分の道を究めることなのか・・・

全人類共通の「幸せを測る物差し」がなければ判定することができません。

ルナはどう思っているのでしょうか?

美月はどう思っているのでしょうか?

皆さんはどう思われますか?

答えはないのですから、逆に皆死んでいく時に幸せでいられるのでしょうね。

だから結果的には皆幸せなのです。

「幸せを見つける」と言う言葉は、幸せを意識して現状の苦しみを麻痺させることに他なりませんね。

西方浄土のお釈迦様は仏教ですが、地獄の水先案内人である閻魔様も仏教ですか?

まとまりのない話で済みません。



紅殻格子の日記(151)  ネコパンチ

紅殻格子の日記(151)  ネコパンチ

千葉の山で足が折れた猫を拾って5ヶ月が経ちました。

時の流れは速いものですね。

お陰様でルナは元気に暮らしていますが、我が家に13年住みついているニャンピと言う猫とは未だに諍いが絶えません。

ルナは一緒に遊びたいのですが、激しく動き回る子猫を老猫ニャンピは鬱陶しく思っているようです。

ニャンピ必殺のネコパンチ炸裂です。

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逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は俗世界探検です。

花の香りに守られてばかりいると俗物に対する抵抗力が弱るので、たまには敢えて雑菌の中に飛び込むのも良いかなぁ〜と思っております。

でも、以前と比べると息づきが早くなったかな?

千葉の里山は杉の宝庫で、花粉を怖がっていては歩けません。

真っ赤なスカイラインが黄色のドット柄に飾られ、山道をすり抜ける赤豹みたいです。

先週、田舎道を走行していたら、珍しく子供達の姿がありました。

小学校の中学年くらいの男の子達の横をゆっくり通り過ぎると、「あっ、赤い車だ!かっこいい〜」と感激の声をかけられました。

「馬鹿にされているみたいだ」と先生は恥ずかしがっていましたが、軽トラが主流の田舎道で真っ赤っかの車に出会えば殆どの人が驚き怪しみますよね。

ちなみに乗っている私達も、スカイラインとの初めての対面でドン引きしたくらいですからね。

そんなことも遠い日の記憶となりつつあるのも、毎週のように東浪見に連れて行ってもらっているからですね。

馴染む時間は暦を数えて計るものではなく、どれだけ密度の濃い時間を過ごせたかではないでしょうか。

だから私は結婚記念日が嫌いです。

離婚しなければ自動的にカウントされてしまう「結婚して何年」という制度。

節目を祝われて恥ずかしい思いはないのか?

それなら肌を重ねて、互いの愛を激しく求め合った回数で、ゴールド婚、シルバー婚とした方が祝う方もスッキリして良いような気がしますが…(^-^)

今日も私の意地悪心は健在であり、心健やかであれば体も元気です。

皆様、季節の変わり目で体調管理の難しい春待ち頃です。

くれぐれもご自愛くださいね。

では、行ってきます。

美月


先生、ありがとう…美月(^_-)-☆

先生の書いてくれた記事が嬉しくて、自分達のブログなのにウキウキして読んでしまう。

この記事がいつまでも上位置でいて欲しいから、更新するのを止めちゃおうかなぁ〜(^^♪

…とも思ったけれど、

せっかく頂いたありがたい言葉に、感謝の気持ちを残したいから仕方なく更新することにしました(^_-)-☆

先生、本当にありがとう・・・。

こんな私のことを双子のようだと言ってくれて、確かに誕生日は一緒だけど生き方はまるで違っているよね。

ペンの似合う先生と勉強嫌いの私では月とスッポンだと思う。

それでも先生を思う気持ちだけは、月よりも遠く、スッポンよりも、一度噛み付いたら離しません。

ずっと以前のこと、TVのアンビリーバブルという番組で「天国の階段」という話を観た。

不倫の話だったから、先生への思いと重なって鮮明に記憶されているのかもしれないなぁ・・・。

今から60年くらい前の中国の貧しい村で二人は出会った。

女はよその村から来た美しい16歳のお嫁さん。

男はまだ6歳だった・・・でも、その時から彼女に一目惚れしたんだよね。

そして女は26歳の時、夫に先立たれ4人の子供と暮らしていた。

生活は貧しく頼れる者は誰もいない。

そんな時、二人は再会し恋に落ちるんだけど、村には二人の噂が広がり村八分にされてしまうんだよね。

そして二人は子供達を連れて村を出ることとなった。

誰もが心中したものと思った。

中国も日本も当時は同じ、あっ、今もかな・・・不倫はご法度だもんね

村人達には悲恋だけが遠い記憶の中に残った。

でもね、二人は死んでいなかったんだよ。

誰も登らない険しい山で生きていた。

上るのさえ一苦労の山道、男は山の反対側の村に降りられる階段、6000段を作ったんだよ。

家族の生活を支える、天国に上る階段は生きるために作られたんだよね。

そして今も女86歳・・・男76歳・・・山の上に二人で暮らしていると当時の放送で言っていたけど現在はどうなっているのだろう?、

死んでしまえば苦しみから解放されるのかもしれない・・・。

でもね、今ある苦しみ以上に、たとえ相手が死であろうとも、どうしても離れたくないと想えるほど愛せる人に出会えた二人に感動してしまった。

愛する者を殺してはいけないよね・・・心中することは、その人のことも放棄してしまうことなのだからね。

今もどこかで誰かが一人、孤独な死を迎えようとしているかもしれない。

人生にたった一人でいい。

本当の自分を曝け出せる人に出会えたのなら、人は生き方を大きく変えることが出来るのかもしれないと想ったよ。

もちろん私には死を選ばなくてはいけない人達の深い悲しみ、苦しみを理解することは出来ない。

ただね、良い出会いによって救われることがあることを知らずして、この世を、そして大切な命を落としてしまったことを切なく想うんだよね。

私は先生に出逢えて沢山のことを教えてもらった。

もしも出会えてなければ・・・今の私は居ないと想っているよ。

だから、どんなことがあっても先生と生き抜いていきたいと思う。

先生が寅さんの話を書いたので・・・私も一つ。

先生に熊本に連れて行ってもらった際、偶然、旅館のテレビで寅さんの「ハイビスカスの花」が放送されていた。

初めて二人で観れた寅さん映画、それも寅さんとリリーの話でね・・・。

お互いに昔から寅さんファンであっても、現実として一緒に映画を観たことがなかったから嬉しかったことを思い出すよ。

同じ世界を見て、同じように涙が溢れる・・・。

そして、私は先生の流す涙の暖かさに誘われて、もう一人分、泣いてしまった。

感動の瞬間を二人同時に感じられたことが、私にとって素晴らしい旅行の思い出の一つとなっている。

いつも何気ない想い出の中に楽しそうに笑っている先生がいるよ。

だからね・・・先生のことを思うたび、私まで嬉しくなってしまうのだろうね。

美月


紅殻格子の日記(150)  幸せな朝

紅殻格子の日記(150)  幸せな朝

今週も房総一ノ宮町、九十九里浜南端の東浪見へ行って来ました。

サーフィンの東京オリンピック会場、釣ヶ崎海岸に臨む「グランビュー 一ノ宮」の10階に泊まりました。

朝、そのベランダに椅子を設え、美月と二人で海を眺めながらお茶を飲みました。

大きな弧を描きながら遥かに続く九十九里の砂浜と丸みを帯びた水平線、裏山から聞こえる小鳥の囀り、穏やかな陽射しに抱かれながら隣にいる美月と会話を楽しみます。

幸せな時間です。

忙しく名所旧跡を旅するより、私は何よりもこの幸せな時間を愛しています。

人生の最も大切な一時です。

それを伴に楽しめる美月がいてくれるから、桜のつぼみのように幸せは更に膨らんでいきます。

前夜、二人で『男はつらいよ』の第一作を観て泣き笑いしました。

この作品はもう五回以上観ているのですが、二人で観ると毎回違った発見に感動します。

その中でたまたま寅さんの「猫の肉」と言う台詞を受けて、美月と私はほぼ同時に『マクドナルド』と言い合ったのです。

人間の賢さは、「頭脳の回転率×知識量」で決まると思っています。

私は非常に早熟で、小学校の頃から百科事典を愛読し、学習塾に通ったこともなく慶應大学に現役で入りました。

一方美月は高卒で、私の学歴に出逢った頃から負い目を感じていたかもしれません。

しかし頭の回転率は全く同等です。

それは昔から薄々わかっていたのですが、「やはりそうだったか」と改めて嬉しく思いました。

誕生日が同じ同い年、二人とも裕福ではない下町スラムに育ち、どこか世の中を斜に構えて嘲笑う性格です。

双子のように似ているのも、おそらくほぼ同等の能力を持っているからだと思います。

奇跡のような出逢いです。

そして私は内向的で美月は社交的な性格・・二人は同じ磁力を持った磁石のように惹かれあったのです。

美月と出逢えて良かった。

私はグランビューのベランダで海を見ながら、美月という伴侶を得られたことが、人生の何よりの幸せだったと思いました。

極楽浄土


逢瀬に向かう車窓から…美月

三月の声を聞くと、電車内も段々と明るい色へと移り変わります。

重いコートを脱いで…と、昔の流行歌が唄い、春の季語のように使われていましたが、今やユニクロのライトダウン登場で冬着も軽くなりました。

でも、昔も今も春になると心を反映するように選ぶ服も華やいできますね。

今週も東浪見で過ごします。

先週、早咲きの桜の開花を楽しみに出かけたのですが、まだ三分咲き程度だったので今週あたり見頃だと思います。

私達のお花見は、誰も居ない無名の名所ばかりなので陽射しの柔らかいせせらぎまで聞こえてきそうです。

本当なら自宅の庭で四季を楽しみたいところですが、週に一度、静かな時間を過ごす楽しみとして東浪見を聖域として維持していきたいとも思います。

人間は愚かなので、ついつい何かと比べながら自分の立ち位置を確かめたりします。

上を見たらキリがないけど、下を見てもキリがない。

ホント、ストライクゾーンが広くて、殆どの人が真ん中に入るように世の中の仕組みはできているようです。

昔は、そんな投げやりな生き方を否定しましたが、最近はね…それでいいんじゃないの、とハンドルの遊びが広がったように思います。

少々若い頃は先生と喧嘩したこともありますが、今年で55歳ともなると、喧嘩している時間を勿体無いと思ってしまうんですよね。

本当なら見えただろう景色、笑いあっただろう場面、愛しいと思った瞬間、離れたくない思い…二人で過ごせたら新たな宝物となった思い出達を得られなかった後悔。

雨降って地固まると言えるのは若い頃だけであって、老いて嵐に直面すれば、足元緩み転倒し、骨折から認知症にまで発展してしまいます。

だからね、年を取ったなら、お互いの手を取り歩幅揃えて歩ける人と旅に出たいと思う。

人生は一本道ではないのだからね。

先生と42歳で出会えたのも、私にとっての折り返し地点だったのかもしれないなぁ。

前半に学んだ成功や失敗を糧に、後半は実りの多き時代と変わりつつある。

この先、もっと良くなると信じて歩けるのは、あなたがいてくれるからです。

先生、いつもいつも優しくしてくれてありがとう(^-^)

美月






プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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