紅殻格子の日記(149)  再婚

紅殻格子の日記(149)  再婚

家内が亡くなって早いもので四年半が経ちます。

三人の息子も上の二人は片づき、浪人生の三男と二人で生活する毎日です。

三男が中学三年生の時に家内が亡くなり、以来父子家庭ですが、何とかここまでやって来られたと自分でも感心しています。

今日は我が社(古い言葉ですね)グループの部長会議で、夜は40名ほどの懇親会がありました。

私はこの年になっても宴会部長を拝命しているわけですが、最後の一本締めの際、「今年は再婚します」と個人的な目標を申し上げました。

軽い盛り上げのつもりだったのですが、「どうして?」「聞いていない?」などと私に詰め寄る人まで現れて大混乱となりました。

別にいい男ではありません。

社内には40歳から50歳の独身女性がゴロゴロおり、彼女達をどうにかしてやろうと思う人々が、いきなり候補者を一人失ったかと騒いだのです。

まあ、お見合い世話焼き爺や婆がたくさん社内にもいるわけです。

それは年収1,000万円を超えていますし、両親も亡くなっていますし、三男もそろそろ自立する年齢ですから・・まあ、条件的にもてない方がおかしいでしょうね。

でも私はそのような女性達に一切興味が湧きません。

性的な欲望など微塵も感じたことがありません。

それは、おそらく彼女達が真剣ではないからでしょう。

幸せは自分でつかみ取るものです。

でも老齢な女性は、決して自分を捨ててまで冒険することはありませんよね。

このままの生活を維持しつつ、もしかすると転がり込んで来る幸せを蟻地獄のように待っているのです。

リスクをとらずしてリターンはないのです。

そんな都合のいい話があるわけないですよ。

美月は初めて会った時、私を会社の前で刑事のように張り込みしており、出て来たと同時に車で拉致しました。

まあ顔は強張っていて、かなり興奮していましたかね。

でもそれが正しいのです。

もう12年のつきあいですが、美月があの時躊躇っていたら、彼女をここまで愛することはなかったと思います。

感動です。

もっと人は素直に自分の気持ちを表出するべきです。

年を取れば尚更だと思いますね。


逢瀬に向かう車窓から…美月

今週末は東浪見で過ごします。

少しずつ日の出が早まり、朝を待つ小鳥達の囀りで目覚めました。

灰色のキャンパスに描かれることのない歌声は、春の訪れを知らせてくれているのか、とっても楽しそうです。

千葉に行くようになってから、日頃、見逃していた野鳥にも感心が持てるようになりました。

私の住む街にも野鳥が沢山いたのですが、今まで知らなかったのですから勿体無い時間を過ごしていたと思います。

花や鳥、空と雲、自然を楽しむ二人歩こう会結成から三年ほど経ちましたが、何もない里山から得られた感動は都会のネオンに負けないほど輝いています。

先生と出逢っていなければ、決して見ることのできなかった安らぎの世界です。

人気の芸能人がある宗教に出家したそうですが、心の支えを得ることと後ろ盾を構えることは違うと思います。

人に頼ることは悪いことではありません。

でも、頼る順序を間違えてしまうと大切な人達の心を傷つけることになると思います。

まあ、この世との縁を切る覚悟で真道に進むのですから、過去の俗欲などに未練はないでしょうけどね。

最近、お金の価値についても考えていますが、月曜日の憂鬱を回避する為にも、労働の対価についての幸福を得るにはどうしたら良いか?

そんな小難しいことを酒を飲みつつ語り合い、いつの時代も未来に希望を抱く呑気なgo-goカップルに幸せあれです。

追伸

go-goカップルをイクイクと読むか、55歳とするか、ご自由にお選びください(^-^)

では、行ってきます。

美月










先生、ありがとう(^^♪

昨日、先生が書いてくれた記事を読んで何度も泣けちゃった。

ううん、泣きたくて読み返すのかもしれないなぁ〜・・・。

先生の言葉はいつも突然に、それでいて自然と流れてくる。

一年に一度、何かしらの記念日に幸福の言葉を送られる人がいるかと思うけれど、

私達は記念日を特定しない代わりに、毎日が記念日みたいなものになっているんだなぁ。

私がいることを喜んでくれる人がいる・・・こんな嬉しいことはないよね。

人には様々な生き甲斐があると思うけど、

私が望む幸福とは、私の存在を認めてもらえることにあるのかもしれないと先生と出逢ってから思うようになった。

相田みつをの「あなたがいるだけで…」という詩がある。

この詩について過去に何度か書いたことがあるけれど、私はこの詩が一番好きで事あるごとに意識している。

あなたがそこに ただいるだけで

その場の空気が あかるくなる

あなたがそこに ただいるだけで

みんなのこころが やすらぐ

そんなあなたに わたしもなりたい

でもね、私の理想は「みんな」という大勢を対象としたものではなくてね・・・

最後に一言添えるとしたら・・・

たった一人でもいい、そう思える人に私は逢いたい。

…と思っていたんだよね。

先生と出逢う前は、そう願えることさえ奇跡のような気がしていた。

大袈裟だと言われるかもしれないけれど(大袈裟なのかなぁ?)、

でもね、人間同士、心を分かち合える人と巡り逢えることは非情に難しいことだと思ってきた。

時間を重ねればいいというものでもないし、理解しようとする姿勢でもないんだよね。

もちろん相手に対する尊敬や思いやりは必要だけど、理屈でなんとかなるものでもないのが縁というものかもね。

縁を繋いで丸12年が経っている。

ふと振り返れば、丸一年目であっても、今と同じ気持ちだったことを思い出す。

最期の時まで先生の傍にいる・・・。

それがこの素晴らしき出逢いに相応しい終わり方だと思っているからね。

美月

紅殻格子の日記(148)  今年の桜は

紅殻格子の日記(148)  今年の桜は

何とか今年も桜が観られそうです。

食道癌を宣告された時、後何回桜の花が観られるのか不安でした。

大切な花暦。

改めて自然の尊さと有難さを肌身に感じました。

でも一人で花を観てもつまらないでしょう。

上野のおでん屋『多古久』の亡くなったお母さんが語ったように、愛する人と花を愛でる喜びはこの上ない幸せです。

毎年・・そう美月とは喧嘩をしたりもしますが、12年も花を一緒に観ているのです。

季節を伴にできるなんて幸せです。

年を取ればパートナーとより友達と花見をした方が面白いかもしれません。

歩こう会で皆と一緒に花見酒に興じた方が楽しいかもしれませんね。

でも私には一緒に花を観るのは美月しかいません。

一緒に年を重ねられるのは美月しかいないのだと思います。

それが最後に送られた神様のプレゼントなのかもしれませんね。

一年は梅の花から始まり、沈丁花、桜、菜の花、梨の花、薔薇、向日葵・・何も新しいものではありません。

でも美月と観る花は、毎年新しく違った美しさを醸してくれます。

去年は河津桜だったから今年は染井吉野ではありません。

小湊鉄道飯給駅(いたぶ駅)の桜は毎年鮮やかな花を咲かせますが、私達が変化しているため決して同じではありません。

是非、皆様もわざわざ遠くへ出掛けるのではなく、庭に咲く花を一輪の花を一緒に愛でて下さい。

あ、それと宣伝ですが、春は千葉の小湊鉄道へお出掛け下さい。

石神地区の菜の花や飯給駅の桜、上総大久保の桜・・とても素晴らしいですよ。

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都会の楽しみ…美月

土曜日は、ご招待枠でサッカー観戦してきました。

試合前にはビュッフェスタイルで会食した後、なでしこJapanの佐々木監督のトークショー&写真撮影会。

その後、鹿島アントラーズ対浦和レッズの白熱した試合をハーフタイムまで観て帰ってきてしまいました。

試合途中で帰るとは…、サッカーファンに怒られてしまいそうですが、昔からスポーツ観戦の楽しみ方が今一つわからないんですよね。

そんなことで帰りにフランスパンを買って、先生の家で酒盛りとなりました。

持っていったドライ納豆は、日頃食べているものより噛むと濃厚で、口の中に納豆の旨みが拡がりました。

私としては先生と話している時間ほど有意義なものはありません。

話題に事欠くことがないのは、2人とも意地悪だからでしょうかねぇ。

今日、出逢った面白人物を思い出しては想像世界を膨らませます。

日頃、どんな仕事をしているのか、性格まで診断します。

二人の意見はほとんど同じなのですが、トランプの神経衰弱のように一致することを楽しんでいるのかもしれませんね。

まあ、安上がりな遊びです(*^^)v

幼い頃からこの安上がりな遊びを一人で楽しんでいました。

店番の楽しみといったら人間観察しかなかったのですが、テレビを観るより面白かった。

42年間、一人遊びに慣れ切っていたところで先生との出会いがありましたが、二人になって意地悪度はパワーアップしています。

まあ、「憎まれっ子世に憚る」とはよく言ったものですね。

あっ!、先生がえばっていると言ってるんじゃないですよぉ〜。

人よりちょこっと偉そうなだけですヽ(^。^)ノ

美月

春一番…美月

春一番というと聞こえがいいけれど、今日はほのかに香る梅花が気の毒なほどの突風が吹きました。

春を思わせる陽気に思わず頬もほころびますが、天気予報を見ていたら首元がスース―してきました。

二月半ばではありますが、春はまだ遠いようです。

明日は初めてのサッカー観戦に連れて行ってもらいます。

もちろん先生にですが、先生以外の人に誘われたらサッカーは観に行かないと思います(^^ゞ

鹿島アントラーズと浦和レッズの試合ということなので、白熱したゲーム&応援が見れるかと思うと今から楽しみです。

でね・・・明日のおつまみに「ドライ納豆」を買ってきました。

これがどこを探しても置いてなくて、結局、カルディコーヒーで見つかったのですが、JAきみつで買ったものと少し違うような気がします。

三袋買ったのだから、一袋開けて食べてみたらといいだろうと思われるかと思いますが、やっぱり最初は先生と食べたいので明日までお預けです。

小さなことから大きなことまで先生と一緒に楽しみたいからね。

先日、ご主人様を亡くされた奥様のところに、死亡訪問(お手続き)で伺ったのですが、子供のいないご夫婦だったからか、何でもお二人で楽しんできたそうです。

市営団地にお住まいでしたが、最期はご主人様の切なる希望で在宅介護をなさったそうです。

五階の窓の外には大きな桜の木が立っていて、窓辺に置かれたベットから桜の開花を楽しみにしておられたそうです。

無念にも桜の花を見ることはできなかったけれど、最後はとても穏やかな時間を過ごされたそうです。

そして奥様が一言・・・

「一人がこんなに寂しいと思ってもみなかった」というと、大きな涙がぽろぽろと零れてきました。

葬儀では気丈に振る舞ってきたけれど、春に似た陽だまりが奥様の心を弛めてくれたのかもしれませんね。

私には奥様の気持ちが痛いほどわかります。

寂しさは形を変えた愛情の証です。

そして当たり前の毎日などないのですから、愛する思いを告げられる今に感謝しないといけないと思いました。

まあ、私の場合、少々しつこい傾向にあるので、少し愛して・・・長く〜愛していようと思っています。

美月

サリーさんへ…

サリーさん、コメントありがとうございます。

そうですか、8年もお付き合いいただいているのですかぁ・・・嬉しい限りです(^^♪

それから・・・

父の実家は協和町で農家をしているのですが、よく覚えていてくれましたね。

干し納豆は父の好物なので、暇があると茨城の道の駅まで車を飛ばして買いに行きます。

でも、干し納豆とドライ納豆は似て非なるもので、サリーさんも機会があったら一度食べてみてくださいね。

う〜ん、私が納豆好きなのも、茨城県民の血が流れているからかもしれません。

毎年、お盆になると田舎に連れて行ってもらった想い出は、今も鮮明に記憶されています。

都会に住んでいた私にとって、青空と田んぼと畑以外、何もないところが魅力でした。

あれ?今、東浪見で過ごす時間を変わらないかな(^^♪

広い縁側に座って食べる採りたて茹でたてのトウモロコシの美味しさは今も忘れられません。

死ぬ前にもう一度食べたい・・・最後の晩餐の献立は、茹でトウモロコシと煎餅で決まりです。

いつか自分の畑で昔ながらのトウモロコシと先生の大好物の枝豆を育てて、蚊取り線香を焚いた幅広の縁側に座り、月を眺めながら晩酌がしたいという私の理想の風景は、父の実家で過ごした夏の夜の想い出から来ているのだと思います。

どこまでも長く連なる田んぼの先に明るく光る街、東京が見えました。

母は東京を見ながら、「早く帰りたい」と毎年のように言っていましたが、花火の煙の向こうに見える東京の夜景がまるで蜃気楼のようで、いつか消えてしまうのではないかと思うと胸の奥がキュンとなったことを思い出します。

まあ、今となっては初心なセンチメンテルを忘れつつありますが、東浪見に行くたび、あの日の心を取り戻しているのかもしれません。

サリーさんのおかげで、母と過ごした優しい時間を思い出すことができました、ありがとう・・・(*^^)v



紅殻格子の日記(147)  未成熟

紅殻格子の日記(147)  未成熟

まあ、今夜は批判覚悟で偏見を書くことにしましょうか。

私が勤める会社にもたくさんの独身女性が働いています。

四十歳ぐらいから五十代半ばまで、昔ならば婚期を逸したと言われた女性達も古参として多くいます。

その半数は縁がなかったなどと語れるような女ではなく、妻子ある男に熱を上げたりして人生を浪費した挙句、捨てられた人々です。

また残りは、最近出家で話題になっている宗教などをしている人々でしょう。

哀れですね・・既に子を生む能力を失っているため、いくら過去の過ちを反省しても、失ってしまった結婚のチャンスは二度と訪れません。

老人会のお友達にはなれるかもしれませんが、人間として己の家族を持つことができない女性達です。

勿論結婚して子供ができないご夫婦とは違い、自らの始末でその道を選ばざるを得なかったことは明記しておきます。

私も家内を亡くしてから独身ですので、会社では彼女達を指差して「どうだ、彼女?」とか同僚に言われます。

はっきり言って論外です。

私ぐらいの歳になると、当然ながら結婚・子育てを経験しています。

家族を持つことが人生にどれほどの影響を与えているか考えたことがありますか?

端的な例を挙げると、無条件に誰かを思い遣る心ではないかと思います。

私は毎晩子供の夕飯をつくりますが、そういう女性達は「優しいんですね」と言います。

結婚されている方はわかると思いますが、別に「優しさでつくってあげている」わけではありませんよね。

それは本能的な好意であって、慈善事業を敢えて好んでいるわけではありません。

でも無条件に愛する対象を持たなかった人にとっては、奇特なボランティアにしか見えないわけです。

私に言わせれば未成熟な人々ということになります。

人間が生まれてから老いて死ぬまでに、家族を持つという自然なプロセスが人生にどのような意義を生むのか?

無条件に愛する存在があるかないかで人生がどう変わるのでしょうか?

そんな当たり前のことを経験せず死んでいく恐ろしさに私は堪えられません。

大概そういう人達は未成熟ですから幼稚です。

私は貧乏人でしたから金持ちには死ぬまでやっかみを抱いていると思います。

それと同じ原理なのではないかと思いますね。

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ドライ納豆…美月

元々、大豆大好き先生ですが、最近はドライ納豆に嵌っています。

東浪見に向かう途中、木更津東インターを下りるとJAきみつに寄って新鮮な野菜を買うのですが、
そこで見つけたドライ納豆に病み付きだそうです。

私の父は茨城出身なので干し納豆は何度か食べたことがあるのですが、ドライ納豆は初めて食べました。

東浪見の夕食には、細かく砕いたドライ納豆とシラスをネギで合わせて酒の肴にしていますが、
これがまた日本酒にあうことヽ(^。^)ノ

お酒、ドライ納豆、湯豆腐、お酒、ドライ納豆、湯豆腐・・・と無限のループに嵌っています。

この湯豆腐に使っているお豆腐も昔ながらの固めの豆腐で、茹でると大豆の旨みが出てきて溜まりません。

大きな豆腐ですが、美味しいねぇ、美味しいねぇと毎回豆腐を褒めながら、
二丁ぺろりと平らげてしまうのですから、素晴らしい豆腐との出会いに感謝です。

これに春先は空豆、初夏ともなると枝豆を添えているのですから、どれだけ豆好きなのか・・・(笑)

粗食な夕食のおかげで朝ごはんの美味しいことといったら、ザ、日本人であることに誇りさえ感じます。

納豆は健康に良いとわかっていても、納豆は苦手という声をよく耳にします。

その点、臭みの無いドライ納豆はどなたにも美味しく召しあがっていただけると思いますので、
ぜひ一度、シラス&ドライ納豆を試してみてくださいね。

日本酒にあうのですから、ご飯のお供にぴったりの逸品になります(*^^)v

美月



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暑さに向かう車窓から…美月

二週連続で東浪見に向かっています。

青く澄んだ空と寄せては返す白波を見ていると、都会の煩わしさから開放されます。

私程度の仕事でも頭が疲れるのだから、先生はもっと大変だと思う。

特にお金が絡む仕事となると頭を休めたら見落としてしまう駆け引きもあるからね。

先週は睦沢町にある妙楽寺さんの護摩業に参加させてもらった。

炎が立ち込め大日如来が白煙に包まれていく姿はまさにイリュージョンだった。

護摩焚きが終わると住職の説法があった。

人間社会にはどうにもならないことが沢山あり、どんなに努力しても叶わないことが多々あるという。

生きている限り悲しみや苦しみから逃れることができない定めと知りつつも、何もせずにはいられないからこそ人は仏に手を合わせるのだと感じた。

日頃、有名どころの寺院を弄ぶ私達にとって、静かな里山の純真な説法に感動したよ。

住職の話を聴きながら、仕事で伺ったご主人のことを思い出していた。

その家に着くと般若心経が流れていて、お近くの寺のご住職でもおいでなのかと思った。

それでも約束の時間に伺ったのだからとインターフォンを押すと、すぐに奥様の声が返ってきた。

部屋に通されると後飾りの上段で微笑むご主人さまの横から般若心経が聞こえた。

お手続きの間、切れ間なく流れてくるテープレコーダーに録音されたお経に耳を傾けると、途中で息切れしたり間が空いたりする。

また咳払いと何やら雑談まで聞こえてきたので、思わず奥様に尋ねてみた。

テープレコーダーの声の主は、ご主人さまの本人であり、このテープはご近所さんの奥様が持ってきてくれたものだと教えてくれた。

ご主人はお寺の子供で兄は僧侶となったが、自分は集団就職で都会に出てきて奥様と知り合い所帯を持ったと言っていた。

子供が小さな頃から少年野球の監督を勤め、交通巡視員、ボランティアと人の為に何かできることを喜んで引き受ける人だった。

田舎の外れの貧しい地域で肩を寄せ合い暮らす高齢者にとっては、葬儀一つとっても苦渋の決断をしなくてはならない厳しい現実がある。

そんな人達の為にと、ご主人さまは僧侶に変わって仏事のたび般若心経を唱えて回っていたという。

お布施は夕食のおかずだったり、田舎から送ってきたリンゴや野菜だったり…。

ご主人がご近所さんに良くしてくれたおかげで、毎日、大勢の人達が自宅に訪れ線香をあげてくれるという。

笑いあり、涙ありと語り継ぐ中で、大切な人を亡くされた奥様に対し、心から寄り添い悲しみを共有してくれる人間同士の魂の触れ合いに、私はこれこそが宗教の根源ではないかと思った。

喜びや悲しみを分け合いながら、今日を慈しみ共に過ごす相手は大勢でなくてもいい、私は先生が居てくれたら本望だと思った。

全てのものを大切に思う気持ちから育まれた教えがある。

心の人と書いて心人(信心)ってどうかな(^.^)

それはね、人種や宗派に分かれるものではなく、大喧嘩の材料になるものでもなく、ただ直向きに愛することに感謝できる心を養う業(毎日)の中に教えがあるように思うんだよね。

偉そうに屁理屈を並べましたが、私は大好きな先生のもとに向かいます。

では、行ってきます(^.^)

美月






紅殻格子の日記(146)  日本酒

紅殻格子の日記(146)  日本酒

美月が描いた通り、先週インフルエンザに罹って丸々一週間、会社を休みました。

しかし週の後半にはタミフルのおかげですっかり回復しており、ズル休みしているような罪悪感に苛まれました。

一週間も家にいるのは大変です。

米TVドラマの大作『ゲーム・オブ・スローン』を最初から観たのですが、それでも時間を持て余してしまいました。

その反動か、週末は元気モリモリで東浪見へ行って来ました。

千葉の久留里にある小さな造り酒屋、藤平(とうへい)酒造は、私が最も愛する日本酒を造ってくれています。

『福祝』という銘柄をつくっているのですが、そのバリエーションが毎週のように増えて行くほど研究熱心です。

中でも一番愛しているのは、「播州山田錦五割磨き 純米吟醸」の『福祝』です。

私と美月が東浪見のリゾートマンションへ着くや、20分で720mlが空になってしまいます。

これは私のための日本酒だと言い切れます。

三十年前の日本酒ブームから飲み続けていますが、最初は広島の『酔心』やメジャーになる前の『上善如水』から始まり、『菊姫』
の山廃や『銀盤』、『田酒』と言った濃厚へ趣味が変わり、辿り着いたのが『福祝』なのです。

もちろん『獺祭』や『十四代』も呑みましたが、呑み方のコンセプトが変わってしまったのかもしれません。

美味しい酒を選んで呑むのではなく、造り酒屋を一緒に育てて行こうという感じです。

最近日本酒は女性も好むようで、私の会社にもこの銘柄が好きだとか語る浅はかな酒好きがいます。

しかし本当に極めれば、自分が好きな酒を造らせるまで行かなければ駄目です。

そのためには造り酒屋と親密になり、『紅殻格子』と書かれたラベルを貼らせなければいけないのです。

自分の酒です。

小さな造り酒屋なら、100本ぐらいオーダーすれば造ってくれそうな気がします。

酒はそんなものでしょう。

ワインでも自分の好みをブレンドさせてつくらせたりしますからね。

それが究極じゃないんですか?

今年は大好きな枝豆も自分で栽培しようと思っています。

もうそろそろ専門家の能書きに頼らず、自分が好きなものは自分でつくりましょうよ。

そんな幸せは他にありませんよ。

プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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