鬼の霍乱…美月

先週末から本調子ではなかった先生ですが、昨日、病院で診てもらった結果、インフルエンザA型でした。

…ということで五日間は出勤停止だそうです。

先生がインフルエンザにかかったのは何年ぶりだろう?

出会った年にインフルエンザだありながら、赤い顔でマスクをして会いに来てくれたのは今から12年前のことだった。

それから鬼が、いやいや先生がインフルエンザにかかった記憶がないなぁ~。

ちなみに私は四年に一度、インフルエンザにかかってしまう。

でも、寝ているのは二日ほどで、結局は仕事に出てしまっていたけどね。

こんな罪人が多いから、世の中にインフルエンザが萬栄するのだと思う。

病院の診察待ちに先生からメールが来て、藪医者なのに院内が混んでいると怒っていた。

それから30分ほどして再びメールが届いた。

「インフルエンザA型だって!五日間会社は休み(^^)」

…と、小学生のように喜んでインフルエンザ報告をしてくれた。

おまけに…「今週は東浪見に行くよぉ~♪」と追記あり。

う〜ん、普段より元気そうに感じるのは、私の気のせいかなぁ~(^^;;

まあ、先生が元気じゃないと私までしょんぼりしてしまうからいいんだけどね。

何より軽く済んで良かったなぁ。

こうして先生と楽しい時間を過ごせるのも元気だからこそだよね。

忙しないとついつい忘れがちになる健康の大切さだけど、
もう若くもないのだから、お互いの健康を気遣いながら年を数えていきたいね。

余談ですが…

そろそろ節分ですね。

昔から年の数だけ豆を食べることで、年齢と同じ数だけ福を体に取り入れるというのが福豆を食べる意味だそうです。

でも、今は昔より長寿の時代です。

80〜90食べなくてはならない方もザラにいると思いますが、こうなると拷問ですよね。

きっと、この風習は、日頃、虐められてきた嫁の仕返しから来たのかもしれませんねぇ。

鬼ババアに思いっきり豆を撃ち、一年間の恨み辛みを晴らす…なんてね(^^)

美月




紅殻格子の日記(145)  悪魔ネコのその後

紅殻格子の日記(145)  悪魔ネコのその後

拾ってから三か月が過ぎ、お陰様で愛描ルナはすくすくと成長しております。

寝静まった夜中に流し台の生ゴミを漁り、ソファで爪を研いでボコボコに穴を開け、
壁紙は剥がし放題、棚の上に置いた酒瓶を落として割るし・・・まあ、悪行三昧です。

私や美月に対しても噛み癖が治らず、死語で言えば「鼻つまみ者」となっています。

折角「ルナ」と言う可愛い名前をつけたのですが、「ノラ」(野良)に変えようかと真剣に考えています。

脚の骨折も今では本当かわからないぐらいで、助走なしで1.5メートル、助走をつければ2.5メートルは軽々と飛翔する始末です。

大人しければ可愛いんですけどね。


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これも出逢いなので、ノラをモデルに『野良猫』と言うタイトルで小説を書こうかとプロットを練っています。

ところが考えれば考えるほど、ノラが美月に似ているのか、美月が主人公の話になってしまいます。

不思議なものです。

162.jpg


ノラのお里が知れてしまうアクビ画像ですが、美月も似たような・・・


先生、いつもありがとう(^^♪

「○○さん、この仕事を始めてどの位になるの?」

今朝、会社に着くと、他愛もない雑談中にそう聞かれ、必死に記憶を辿ると、去年の明日は、今の会社の面接日だったことを思い出した。

昨年末は、毎日、寒空の下、与えらえた地域を全軒訪問しながら営業活動をしていた。

長年の感で営業の分別は付くけれど、インターフォン越しに明るい声が聞こえれば自社のお客様宅で、暗い声の場合、ライバル会社の顧客であることがわかってしまう。

初心であれば素直に追いかけられるものを、自分で駄目だと決めつけてしまうのだから経験というのは達が悪い時もある。

それでも営業範囲は会社の近くを与えられたのはいい、知名度的にも文句ないけれど、殆ど前任者が周っているので新規顧客獲得となるとじっくり丁寧に話す機会が必要となるんだよね。

それでは人が大勢居るところに出向き、まずは顔を覚えてもらおうと地域にある公園やゲートボール場を探したけれど、都会には多少の人が集まれる広場もなければスーパーマーケットもなかった。

結局、庭の手入れをしている人、家の周りの掃除をしている人、散歩中の人…とにかく外にいる人に声をかけて歩いていた。

こんな古典的な営業をしなくても、土日のフェアーに出席すれば、僅かな粗品を貰いに人が蟻のように群がってきていた。

でも、私には先生と過ごす時間を削るほどの魅力が感じられなかった。

フェアーに参加しなかったので自分で立てた目標数字まではいかなかったけれど、二か月で六軒ほど契約に結び付けることができた。

ちなにみ一か月で三軒契約がアルバイトさんのノルマだったのでクリアはしたけれど、でもね…本当に毎日、寒くてねぇ(^^ゞ

北風と真っ向から立ち向かうと手は悴んでしまうし、おまけにチラシをポスティングする際、何度となくポストの口にへバーデン結節の指を挟んでしまい痛みで心は萎れてしまうし、このままではいけない、何とかしなくては…と毎日のように魘されていた。

そして昨年の明日、今の仕事の面接に行き、その日の帰りに良い返事を頂けたので、その翌日にはあっさり会社を辞めてしまったんだけどね。

辛い二ヵ月間だったけど、これが春なら気持ちも違ったかなぁ?

でもねぇ、先生がね、毎日、毎日、こんな私のことを心配してくれたんだよね。

「おはよう」のメールはもちろんのこと、お昼時間にも「大丈夫か、寒くないか?」と声をかけてくれて、おまけにね…お金の心配までしてくれた。

先生の言葉があれば、何も怖くないし、鬼に金棒だったなぁ(^^♪

そんなことを思い出しながら、転職しようと決めた公園内のベンチに座り、昨年と同じ今日(1月26日)の青空に現在までの出来事をつらつらと描いてみた。

苦労したなどとえばれる様なものはなく、不幸を背負って生きてきた訳でもない。

人様の苦労と比べたら、屁のカッパ程度の所業でしかないけれど、振り向けば想い出の中にいつも先生が居てくれたことが嬉しかった。

現状を知る人から私を見れば、会社を追われ、仲間を失い、夫や夫の両親、兄弟からも見放された哀れな女であるべき存在でなくてはいけないのだと思う。

それでも私は笑っているし、先生と過ごす「今」を何より大切にしたいと思っている。

前を向いて、未来を明るい日と読めるのも、先生のおかげです。

そう思ったら、なんだか泣けてきちゃってね。

思わず先生に心情をメールしたら、「どうした、急に?」とメールの返事が返って来た。

昨年のことを思い出していたら、先生の気持ちが有難くてメールしたよ!と送り返したら、

「しあわせなら態度でしめそうよ!」と可愛い返事が返ってきた。

私の大好きな先生は、カッコいい台詞だって幾らでも選べるはずなのに、小説文章は使わない。

いつも生の声で優しさを届けてくれる。

出逢いの数だけ物語はあると言うけれど、一冊の本から溢れる思いを伝え続けていきたいと思う。

二人揃って84歳を迎えられる日までね…。

追伸…

42歳で出逢えたので、過去の42年間に負けないほど充実した時間を二人で過ごしたいと思っている。

だから84歳は一区切り、二人の未来は永遠に不滅ですヽ(^。^)ノ

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は大好きな東浪見で過ごします。

昨日は関東のあちこちでも雪予報がでていて、一昨日から昨日の夜まで空を見上げては溜息をついていた。

たとえ大雪となり、一週見送ったとしても、次週があると思えばいいのではないかとも思う。

先生はとっても可愛い人だから、テルテル坊主に頼ろうとまでしていた。

そこからテルテル坊主の由来は何だろう?と問いかけられたので、昔、昔の雨乞いの生け贄の身代わりではないかと答えた。

生け贄ときいてテルテル坊主を作る気持ちが薄れたのか、天気予報を観ながら天気予想をしていた。

そんな先生が愛おしくて、一緒に過ごせる時間を大切にしてくれる思いが嬉しくて、思わず一人にやけてしまった。

まあ、私はおまけ程度で空と海を眺めながら煩わしい日常から解放されたいからかもしれない。

でも、行きたいと思ったら無用な理由を付けず、子供のように駄々を捏ね、行きたい行きたいと言ってもいいのではないかと思う。

昨日、伺った家のご主人は年末ギリギリまで中東出張していて晦日に帰ってきた。

我が家に着いた安堵感からか?インフルエンザを患ってしまい、お正月は何もせずゆっくり寝正月で過ごそうと決めたそうです。

辛いながらもお屠蘇無しで新年を祝った。

二日目、薬を飲ませようとご主人の部屋のドアをそっと開けると、布団の中で微笑みを浮かべながら安らかに眠る姿に安堵し、そのまま起こさず部屋を出た。

しばらくして食事を運ぶと、さっきと一寸も変わらず微笑むご主人が眠っていた。

検視の結果、奥様が最初に部屋を覗く以前にご主人は帰らぬ人となっていたんだよね。

死亡原因は心筋梗塞とされていたけれど、解剖してまで死因の特定はしなかったと言っていた。

私より4つ下の働き盛りの超エリートなご主人だった。

専業主婦であることを、短い時間の間に四度主張した奥様自慢のご主人だった。

子供を持たない彼女が、この先、どうして暮らして行くのかわからないけれど、結婚前はご主人と同じ職場で働いていたキャリアがあるのだから生活面では困らないと思う。

命の終わりに保証はないものだと日々痛感してる。

昔、明日という字が前向き過ぎて嫌いだったけど、明るい日と書いて明日と読む、この字の組み合わせが今は好きになっている。

これも先生からもらった恩恵があってこその感情なんだろうね。

沢山の思いは色紙のように数連なり、どの色も思い出により染められている。

色のある暮らしが心の豊かさの証なのかもしれないね。

では、楽しく出かけてまいります。

美月

紅殻格子の日記(144)  初詣に行けず

紅殻格子の日記(144)  初詣に行けず

新年と言えば初詣、神社やお寺へ行って一年の平安を祈願しますね。

ふと初詣の起源は何かと気になりウィキペディアを読んでみると、どうやら鉄道会社の集客宣伝が始まりであると描かれていました。

江戸時代はそもそも恵方参りで、元日に居住地から恵方にあたる社寺に参拝したそうです。

ところが明治以降、鉄道の発達により庶民の行動範囲が広がると、方位とは関係のなく、沿線の寺社へ参拝客を集めたい鉄道会社が初詣に変えてしまったと書かれています。

まるでバレンタインやハロウィンと似たような感じですね。

ですから別に初詣へ行かなくても罰などあたりませんし、鉄道会社や寺社仏閣の宣伝に釣られて寒空に辛い思いをする必要もありません。

まあ、そうだとしても、正月の風物詩として初詣したいと言う気持ちは誰にでもあると思います。

そのような心情から、今年は美月と東京と千葉の寺社を10ぐらい行ってみました。

ところが、長い列を作って参拝する人々を見ただけで、手を合わせるどころか、その場から早く逃げ出したい気持ちに駆られてしまいます。

工場のベルトコンベアでもあるまいし、行儀よく整列して神様仏様に祈ること自体が馬鹿馬鹿しく思えてなりません。

そもそも神仏はお金を出さないと願いを叶えてくれないのでしょうか?

祈ると言う行為は、人間がどうすることもできない自然の厄災を避けるためのものであって、金銭を以って神仏に取り入るなど、国
家公務員倫理法にも抵触する収賄なのだと思ってしまいます。

そしてやたらと増長した神主・坊主連中の高慢さを目にします。

参拝させてやっている的な、お守りを売ってやる的な・・参拝客を大声で叱責するような光景も目にしました。

本当に坊主は頭が悪いから始末に悪いですね。

先日、美月と話していて気づいたのですが、どうしてお経は現代語で読まないのでしょうかね?

キリスト教の聖書は現代語訳ですが、お経も祝詞も全然聞いていてもわからないわけです。

人々を感化するのが宗教であれば、その有難い教えを平易な日本語で唱えさせるべきでしょう。

「南無妙法蓮華経」であれば、「私は法華経の教えに帰依します」と言えばいいんですよ。

そう考えると仏教や神道などは、教えによって人々を救おうとする意志がないことになります。

きちんと人の道を説かず、大衆を馬鹿にして、お題目だけ唱えれば救われるなんて見くびっていますよ。

鎌倉時代はそれで良かったかもしれませんが、漢字が読める現代人にも同じスタンスでいるのは失礼千万ですね。

だから寺社は遠くない将来に滅びることになりますよ。




えこひいきな執着…美月

一月も半ばとなると、お正月ムードもすっかりと薄れてしまいますね。

結局、今年もしっかりとした初詣はできないままでしたが、(お守り買ったり、おみくじ引いたりね…)
これも毎年のことなので、変化なしは平和な証拠としましょうかね。

でも年間通して数えたら、誰よりも寺院に足を運んでいるのですから、ある意味、信心深いと言えるのかもしれませんよね。

最近の傾向として「寺離れ」がありますが、お寺に限らず、現代社会は様々なものとの離れがあるように思います。

若者の車離れもそうだしね・・・。

昔の人間と比べると現代人は執着心が軽くなったのかなぁ・・・。

これこそ「ゆとり世代」の特徴ともいえるけれど、「捨てる=美学」のような現代ってどうなのかなぁ?と思う。

確かに綺麗な包装紙を取っておいても、殆どまとめて捨てるしかないケチな宝の持ち腐れだけど、
でもね・・・物を大切に思う気持ちが悪とされてしまうのは少し寂しい気持ちになるよね。

私の知り合いは、何か一つ買ったら、必ず何か一つ捨てると言っていた。

おかげでお家はいつ行ってもモデルハウスのようにピカピカだけど、なんとなく落ち着かないんだよね。

そんな私だけど、そろそろ必要なものとそうでないものをしっかりと見極めようと思う。

大好きなものだからこそ、ずっと長く使えるように大切に扱わないと・・・。

そんな物との付き合い方ができる年齢になったのだからね。

美月

 

逢瀬に向かう車窓から…美月

寒さが一段の厳しくなってきましたね。

大寒波が近づいているからか?空気が凍っているようで、時折、頬を突き刺す木枯しが行く手を阻みます。

そんな朝ではありますが、今日は横浜まで遊びに行きます。

その前に先生のお家に行き、悪チビルナちゃんに躾けを教えてきますが、猫に物を教えるほど根気のいる仕事はないかもしれません。

私が思うには…本来、猫は何でも知っていて、何でも出来る有能な生き物なのだと思います。

だからこそ一度言うことを聞いてしまうと、人間に舐めらることを悟り、猫協定で取り決めを作り断固として脳無しぶりを見せているのだと思います。

まあまあ猫がその気ならいいでしょう。

可愛さを武器に甘えるのも3歳までです。

ルナちゃんと出会って3ヶ月、生まれて5ヶ月、そろそろ英才教育を始めても良い頃かと思います。

ちなみに先生はというと、日頃はルナちゃんに手を焼いているものの、私がルナちゃんを躾けていると非常に気の毒がります。

可哀想に…と良し良しするのですから、まったく両親の役割というものは猫育ても子育ても同じですね。

ふと車内に眼を向けると、子供の姿はありません。

最近は子供は家の子、大人は風の子とばかりに、お年寄りの方が外遊びを喜ぶ傾向にあるようで、電車内の囀りもウグイスではなく耳障りなカラスの鳴き声があちこちから聞こえてきます。

まあ、私もカラス声ですが、夏冬通して元気なのは都会のカラスの特権です。

老いて尚、世に蔓延る逞しい精神こそ、長生きの秘訣とばかり、今日も二人で我儘な時間を過ごそうと思っています。

人生、楽ありて生きうる価値を噛み締める。

さぁ~、酒だ、酒だぁ~、酒持ってこいっ(^-^)

美月



炭坑のカナリア…美月

今年酉年ということで、新年早々、鳥に夢中になっている。

先生も鳥について書いているけれど、鳥を知り学ぶことから自分の無知を認められるのだから、
先生と言う人は私が思う以上に幅広い感性を持ち合わせていると思った。

そんな先生が「鳥」をテーマに新たな小説を考え始めたということで、私も鳥についてあれこれ考えてみた。

まあ、私の場合、最初に頭に浮かんだのが、子供の頃、お祭りで売られていた色付きのヒヨコだけどね。

あの鳥が・・・まさか!卵を産むにわとりになるとは思いもしなかった。

私のピーちゃんは、私の布団の中で静かに息を引き取ったけど(^_^;)、
友達の家のピーちゃんは、生き物好きのおじいちゃんの助けもあり、立派なにわとりへと成長させた。

でも、羨ましいとは一度も思ったことがなかったけどね(^^♪

鳥に想いを巡らせているうちに、炭鉱のカナリアの存在を知り、2日ばかり鬱鬱としていた。

昔の話だけど、新しい炭鉱を見つけると、有毒ガスが漂っていないか確認する為、まずカナリアを放ったらしい。
カナリアが無事に帰ってきたら、「危険はない」と判断し人間が中に入る。

我が身を犠牲にしてまで人間を救うカナリアの存在が切ないよね。
だってね・・・何が切ないかというとね・・・自分が実験台になっているとも知らず、ただ無垢に死んでいくんだよね。

そしてね・・・何も知らず飛び入るカナリアを、犠牲にせざるを得ない人間もまた悲しい生き物だよね。

まるで昔話に出て来る男と女のようだね。

愛する男の為に黙って飛び立つ女の後ろ姿に、遠くまで飛べる羽は生えてはいない。

…まして渡り鳥のように元の地に戻れるほどの浮力もなく、
しばらく飛んで堕ちた先に獣達の餌食となってしまう定めと知りながら、この身を犠牲に愛を貫く女がいた。

女は言った。

「お前だけを愛している」とあの人が言ってくれたから、それだけで私は十分幸せだったと…。

男の嘘など飽きるほど見てきた女が、偽りの温もりとわかりつつ真実の愛を一人守った。

私は幼い頃、こんな女達の生き様を食い入るように見て育った。

「こんな女にはならないでね」・・・と銭湯の湯船に浸かりながら、器量の悪い三十女が私に人生を教えてくれた。

もちろん、私は人の為に命を張るほど馬鹿な女ではないとわかっている。

でも、父の為ならこの命差し出しても構わないと、我が子の前で平気でいうキチガイ染みた母親に育てられた影響が今になってでてきているのかもしれない。

カナリアが無事暗闇から出て来る姿を待ってくれていた人間がいたと思いたい。

力尽き弱りながらも、小さく囀るカナリアを、どんな鳥より愛おしいと思ってくれた人間が一人くらいいてくれたと、私は心からそう思いたい。
  
美月



紅殻格子の日記(143)  謙虚に無知を受け入れる

紅殻格子の日記(143)  謙虚に無知を受け入れる

今日、本屋へ行って野鳥図鑑と樹木図鑑、そして野草の図鑑を買ってきました。

房総半島を横断するようになって三年、都会ではなかなか目にしない動物や植物と出逢うことが多いからです。

ところがお恥ずかしい話、それが何であるか特定することができません。

例えば、道脇の小さく可憐な花に心惹かれても、花の名前がわからず、もどかしい思いをしたことがありませんか?

先日、いつものように房総半島を横断する際、カラスを威嚇する大きな鳥を見ました。

1メートルぐらいはありそうな茶色の羽根を広げて悠然と飛んでいました。

美月に鷹じゃないかと聞かれましたが、残念ながら私には鷹と鷲とを見分ける知識がありませんでした。

無論、オオタカ・イヌワシ・トビ・ノスリぐらいの名前は知っていますが、それがどのような色や形態、鳴き声なのかまで詳細を知らないわけです。

ただこの鳥は、上空に舞い上がって「くるりと輪を描いた」上に、ピーヒョロロと鳴いたのでトビだと80%ぐらいの確信は得ることができました。

今日図鑑を見ると、羽根の模様や尾の形など間違いなくトビでした。

しかしこれがキノコ採りをする人ならば確実に死んでいるわけで、今年55歳になるのに改めて己の無知さを思い知らされました。

会社では「物識り爺さん」と呼ばれる年齢となって、落語に出て来る町内のご隠居みたいな気になっていましたが、全然駄目です。

もちろんトビは海辺で昔からよく見ていますが、見ているようで見ていないのです。

一つ二つの特徴をつかんで、それを以ってトビとイメージしているだけであって、
その姿を描けと言われたら幼稚園の子供並みに羽根を茶色で塗りつぶしてしまうでしょう。

あの羽根に描かれた白い模様の美しさを見逃してしまうでしょう。

自然の造形を前に、謙虚にひれ伏さなければいけません。

おそらく学者と言う職業は、トビに一生をかけるぐらいの観察眼が必要なのでしょう。

そんなわけで明日から車に図鑑を乗せて書庫をつくろうと思います。

世の中知らないことばかりです。

慢心せず、いつまでも知識欲を持ち続けましょう。

紅殻格子の日記(142)  二十三夜待ち 第22章

紅殻格子の日記(142)  二十三夜待ち 第22章

昭和三十二年の春だった。

蕎麦屋の主人夫婦が仲人となって、寛三と小鶴はささやかな結婚式をあげた。

「寛三、いい嫁をもらったな。お前もこれで一人前だ」

蕎麦屋の主人は結婚の餞に暖簾分けを許してくれた。
寛三はこつこつ貯めた金と主人の支援で、横浜の港湾労働者が暮らす街で小さな店を開いた。

僅かに四人がけのテーブル席が五卓あるだけの店だったが、寛三が打つ蕎麦と行商で鍛えた小鶴の接客で繁盛した。

小鶴は幸せだった。
やがて二人の子供を授かり、小鶴はおんぶに抱っこで店へ出て働いた。
寛三は心配してくれたが、小鶴は働いていないとこの幸せが夢になりそうで怖かった。

やがて東京オリンピックを契機に、モータリゼーションと言われる車社会が到来した。
自動車の普及が進み、船や鉄道が主流だった貨物輸送もトラックやダンプへと変わって行った。

小鶴はそこに目をつけた。

自家用車と違って、大型のトラックやダンプの運転手は、昼飯を食べるのにも駐車場探しに苦労する。
そこで街から離れた国道沿いに、大型車用の駐車場を持つ支店を出してみた。

するとこれが大当たりした。
蕎麦以外のメニューも豊富に揃えて店の数を増やし、今では関東圏で百店舗を超える外食チェーンにまで成長していた。

寛三は五年前に鬼籍に入った。

「あの時・・お前と一緒になって本当に幸せだった・・」

「それは私も同じですよ」

寛三は亡くなる間際、小鶴の手を握って涙を流した。
小鶴も子供のようにわんわん泣いた。

時代もあるし、持って生まれた境遇もある。
だが人生は自分でつくるものだと千代は教えてくれた。

運命など後出しジャンケンのようなものだ。
一瞬一瞬で下す判断の累積が人生だろう。
ボロアパートで寛三の胸に飛び込んだ勇気は、それまで小鶴が積み重ねてきた人生の結論なのである。

空が仄かな赤みを帯びて、房総の山々へ影を落とし始めていた。

「母さん、そろそろ横浜へ戻らないと、夜の会食に間に合わなくなりますよ」

「もうこんな年寄りが銀行との会食に出なくてもいいだろうが?」

「それは困りますよ。メインバンクの頭取は母さんと話をするのを楽しみにしているんですから」

「外房の勝浦辺りへ出れば、のんびりと今晩泊まれるホテルが空いているじゃろう」

「我が儘言わないで下さいよ、母さん。あなたは従業員五百人を抱える企業の会長なんですよ。
まだ現役で頑張って貰わないと、従業員達が路頭に迷ってしまうんですよ」

いい年をした息子に懇願されて、小鶴は渋々車に乗り込んだ。

「やれやれ」

月出山の山頂に大きな満月が姿を現した。
それは幼い頃に観た月と何一つ変わってはいなかった。

閉幕


プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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