食いしん坊バンザイ…美月

夏が終わると東浪見の宿も人影が疎らとなり、廃墟に近い物静かな空間へと変わっていく。

空を眺める人ならば深々とした夜を望むだろうけれど、星の輝きが美しければ美しいほど頬の緊張は増すばかりです。

夏生まれの二人なので寒さは大の苦手ですが、東浪見の空に魅せられてからというもの、冬を楽しめるようになりました。

まあ、東浪見に向かう意欲の半分は美味しいものに惹かれて行くんだけどね。

今回の晩御飯も最高にテンションが上がりました。

メバルは先生が捌いてくれたものを美酒で煮付けて、
久留里の名水で作られた豆腐は、ネギをみじん切りにして醤油とおかかと七味を少し混ぜて漬けておいたタレで食べた。

斉藤さんのキュウリ(ブランド名)とトマトはやっぱり長生町産、それと絶対、外せないのは、みのりファームの玉子です。

そして藤平さんの福祝で乾杯とくれば、老舗料亭に負けないほど贅沢な気分になります。

まあ、今までにも何度となく書いているけれど、しつこく何度も伝えたい先生と私の大好物達ですので今後ともよろしくお願いします。

こんなに回数を重ねても、それでも先生と買い物して料理を作って仲良く食べることが、どんなことより楽しいし嬉しい。

夏になればトウモロコシに噛り付く私に、お前は安い女だなぁ~と先生は言うけれど、贅沢というのは値段では計り知れないものですよね。

もし金銭感覚だけで人生の豊かさを感じるようであれば、どんな美しい景色も霞んでしまうと思います。

そんな人のことを、開きめくらというそうです。

子供の頃、物事の本質が見えずにいると、お前は開きめくらか!と、父によく叱られました。

まあ、今は先生が父の代わりとなっておりますが、人にはない感性の持ち主だからこそ(意地悪?)、私は先生から離れることができないのだと思います。

だって…先生ほど愉快な人はいないんだもん(^^)

美月




逢瀬に向かう車内から…美月

今週も東浪見で過ごしてきます。

前回の豊富な食材の感動を抱いて東浪見へと向かう車内で、旅案内のポスターを見ては私の方が美味しいものを食べていると心の中で呟いています。

来週は師走に突入ということもあり、気持ちにざわつきも現れてきましたが、先のことを考え過ぎて今を台無しにしたくないので、それはそれ、これはこれと割り切ってみたいと思います。

昨日は仕事で大きな病院に行き、担当医師にご面談を頂くまでに三時間近く待ちました。

もちろん待つのも仕事なので不満はありませんが、次の予定が入っていたのでハラハラしましたが、なんとか間に合い一日のスケジュールを滞りなく終えることができました。

面談を待つ間、色々な人達をぼんやり眺めていました。

大病院ということもあり、ご夫婦で訪れる方々も多くいました。

大病を患っている患者さんの元気のなさは当然といえば当然かもしれませんが、その隣で必死に心の痛みと戦っているご家族の姿を見ると、食道がん検査の為、NTT病院の待合室で先生と並んで診察待ちをした日のことが思いだされました。

12年という月日の間には喧嘩をし音信不通の時間もありました。

喧嘩も互いの歩み寄りには必要悪であっただろうとは思いますが、でもね、大切な人と一生の別れを経験した人達と向き合い、花に飾られた四角枠の中の笑顔に香を焚き、そっと手を合わせるたび、もう喧嘩はしたくないとつくづく思います。

そもそも五十を過ぎて大きな声を上げないといけないようでは、少々頭の回転が鈍いのかもしれませんね。

人生を分割することはできませんが、年代別に時代を作ることはできます。

五十の生き方が還暦過ぎに反映されると思うと、残された時間を如何に有意義なものに変えられるか、毎日が真剣勝負ですね。

まあ、文章にすると堅物な人格が見え隠れしますが、長年、お付き合いくださっている皆様には、私の自己中(ワガママ)は十分ご承知いただけていると思いますので遠慮はいたしません。

えへへ、毎日ハッピーDAYになりますように、笑う門に福をじゃんじゃん呼び込みましょうね(^^)

追伸…私が育った商店街は、歳末大売り出しともなると福引を行なっておりました。

賞品は、なんと現金。

紅白の垂れ幕に大きく書かれた福引のタイトルは…

「ドバドバじゃんじゃん現金つかみ取り」でした。

私はこの街の子供に生まれたおかげで、性格が湾曲したのではないかと思っています。

美月

何気ないことだけど…美月

今夜の金スマでゴルゴ松本さんの命の授業をやっていた。

昔から漢字は苦手だけど、言葉の持つ力が大きいことは、二人の趣味にしているキリスト看板探しにも通じている。

戒めを与える言葉もあれば救いの言葉もあるけれど、私は先生の何気ない言葉が好きです。

何気ないことだけど…

先日、遅いお昼ごはんに出かけた先生からメールが届いた。

いつも同じ課の人達と昼食を取る先生だけど、仕事で遅くなったので一人で食べることになったみたい。

そんなことがメールに書かれていた。

昨日は11月にも拘わらず、初雪が舞い降りた。

雪で視界が悪くなるから運転気を付けて!と朝のメールに書かれていた。

真夏の日差しが眩し過ぎる日も、水分補給を忘れずにと…最後に一言添えてくれる。

先生は美しい言葉を自由自在に操れる人だけど、何気ない心の声は真っ直ぐに届くんだよね。

何でもないメールだと人は言うかもしれないけれど、私のことを思い出しメールをくれる先生の心が嬉しくて、今も出逢った頃のようにドキドキしながらフォルダーを開く。

この世の中に当たり前のことなど何もないもんね…。

みんな何処かで繋がっている。

小さなことの積み重ねが大きな感謝となることを知っている人は幸せだと思う。

先生…いつもありがとう(^^)

美月


タコタコタコ…美月

タコタコタコ

土曜日はあいにくの天気だったけど、雨に心落ち着く時もあるんだよね。

晴れているとね、ちょっと足を延ばして予定を重ねてみたりと行動範囲が広がることで時間に追われたりするんだよね。

気忙しい一週間の後は、のんびりとした時間を先生と楽しみたいと思ってる。

今週はまさにそんな休日を満喫できてよかったなぁ。

それにね、食いしん坊の私達だから、美味しいものとの出会いは感動にまで結びつけて確かめ合う。

今回のスペシャル食材は、富津で上がったタコだった。

大きなタコを丸ごと一匹買って、先生が捌いて塩茹でにしてくれた。

先生は何でもできる器用な人なので、初めての獲物も上手に食べさせてくれるし、私は料理をする先生の背中をウットリして見ている。

あっ、時には、ガンバレ!ガンバレ!と応援もするけれど、まあ、私の掛け声がなくても先生はドクターXばりに失敗しないんだけどね。

軽く火を通したタコは弾力といい甘みといい、日本酒が進むこと、本当に最高だった。

とっても大きな栗が売っていたので茹でて、銀杏はフライパンで乾煎りして二人してリスのようにチマチマと殻を噛んで仲良く食べた。

翌朝は睦沢産の新米でタコ飯をタコ刺しをおかずに食べた。

合わせて、たっぷりの鰹節で出汁をとり久留里の名水で作った豆腐の味噌汁を添えて、それと神レベルに美味しいみのりファームの若鶏の玉子で作った目玉焼きと君津産のキュウリ、長生町のトマト…。

どれも東浪見に通うようになってから、丸三年かけて二人の舌で吟味した最高食材だからね、どんな高級宿よりも満足な朝ご飯だし、朝から満腹になるまで美味しいものを食べられることに喜びを感じてる。

お腹いっぱいで満足顔の先生を見ると、幸せだなぁ~と思う。

こんな幸せを何年経っても変わらず与えてもらえてもらえて嬉しいと思う。

休日の過ごし方で人生の価値が深まっていくね。

来週どうする?
何処に行こうか?
何して遊ぶ?

こんな会話が似合うおじさんとおばさんが居てもいいよね(^ ^)

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

先週の土日は先生が会社の人達と海釣りに出かけた為、二週間ぶりに先生に逢える。

一週間逢えないだけでも長く感じるのに、二週間ともなると日にちの感覚が失われる。

メリハリのない時間というのは、ざるで水を汲むようなものかもしれないなぁ。

でも、先生と出逢っていなければ、12年間の楽しい思い出は持てなかったんだよね。

いやいや、そうなればまた違う人生があって、思い出も別に用意されるんだよ!と言ってくれる人もいるだろうけれど、私に限っては無いと思う。

だからと言って毎日空ばかり見て暮らすこともないから、多少の努力はするかもしれないよね。

思い出作り

思い出は作るものなのか?

それとも…振り返って初めて足跡に気づくものなのか?

私の場合、うーん、私が先生に出逢えたパターンで考えると、楽しい未来を描いて行動するので思い出は作られるものだと思うんだよね。

でも、残念なことに先生と出会えなかったパターンだと、自らの意志を持たず行き当たりばったりの時間に起こった思い出は全て上書きの為、数に限りがあるでしょ。

昔、目方でドンというテレビ番組があったけど、思い出も重い方が品数揃っていいと思うんだよね。

もちろん楽しい思い出ばかりではないけれど、幸せと不幸ってね、数え方で違ってくるんじゃないかな⁈

自らを不幸だと語る人の話を聞いていると、小さなマイナスをカウントしていることが多いんだよね。

そんな人の話をうとうと聞きながら、途中で自分のことに当てはめて時間潰ししているうちに、あれ?それなら私は不幸枠に属するではないかと焦ったりもする。

でもね〜人と比べなければ幸せも不幸もないのかもしれないよね。

そうなると幸せも不幸も自分が作り上げているのだと結論に近づいてくる。

あっ、なるほどねぇ〜、じゃあ〜自分可愛い私だから、大好きなことして幸せを手に入れようと考える。

そう…単純だからこそいいのです。

難しく考えても結論が出せない人は、考えれば考えるほど迷いが生じる。

不慣れなことして自らを闇に落とし入れてしまわないようにしないと大切なものまで見失ってしまうよね。

私が先生に出会えなければ、子育て崩壊、人生破綻していたんじゃないかなぁ。

不倫という縛りの中で出会ったけれど、全ての不倫が悪とは限らない。

先生がいれば…

先生がいてくれたら…

未来に描く幸福の形が今を生きる鍵となる、そんな生き方に私は愛着を感じている。

美月

紅殻格子の日記(137)  二十三夜待ち 第20章

紅殻格子の日記(137)  二十三夜待ち 第20章

蝉の声がけたたましい。

小鶴の息子は、月讀神社の眼前に広がるゴルフ場に目を遣り、退屈そうに軽くクラブを素振りする動作をして見せた。

「なかなかいいゴルフ場だね」

「ここは一面、薄の野原だったんじゃ」

小鶴は吐き捨てるように言うと、暫し真昼に遠き昔の夢を見た。

二十三夜の青白い月明かりの下、執拗に睦み合う千代と清一の姿は、まるで雌雄の龍が絡み合う神聖な営みに見えた。
月光を遮る木々の葉影が、月に照らされた二人の肌に模様を描き、縄文人が施した刺青のように妖しく隈取っていた。

遠く月讀神社から、呪文にも似た女達の念仏が聞こえてくる。

「南無、二十三夜様」

「南無、二十三夜様」

「南無、二十三夜俗諦勢至菩薩」

「南無、二十三夜俗諦勢至菩薩」

陰暦二十三日の夜、月待ちをすれば願い事が叶うとされていた。

だが千代と清一の願いは叶わなかった。

否、あの戦争の時代、二人は駆け落ちしてまで一緒になろうとは思わなかったに違いない。
生きるだけで精一杯だったからだ。
せめて二十三夜だけでも、二人で過ごせる時間が与えられることを感謝していたのかもしれない。

(酷い時代だった)

あれほど才色兼備だった千代が、画家として大成したかもしれない清一が、人生を最期まで全うすることなく命を絶った。
時代と境遇を怨みながら、花火のように持てる命を刹那の逢瀬に輝かせたのだ。

それが千代と清一にできる生の成就であり、暗い世相への抵抗だったのかもしれない。
清一が描いた天女の下で千代が縊死したのも、人間が生来持つ愛を貫けない時代や境遇に対する無言の抗議だったのかもしれない。

紅殻格子の日記(136)  愛描ルナその後

紅殻格子の日記(136)  愛描ルナその後

千葉の山奥でルナを拾って丁度一カ月が経ちました。

脚が回復して悪戯ネコになりつつあることは前回ご報告しましたが、既に悪戯を通り越して不良ネコになりつつあります。

牝ネコですからスケ番ネコと言ってもいいでしょう。

ルナ&美月2

ご覧下さい。

これが飼い主を睨みつける変わり果てたルナです。

美月も学生時代は相当悪かったと聞きますが、それに勝るとも劣らぬ悪ネコの本性を露にした一枚です。

ルナ&美月3

この写真はテーブルの上に飛び上がり、置いてあるティッシュを引っ張りだそうとしているところです。

ちなみに後ろに写るボロボロの壁紙も悪ネコの仕業です。

美月も同じですが、躾を覚えさせるためにはかなりの忍耐と努力が必要なのだと痛感しています。

ルナ&美月4

最後の写真は私の手にまとわりついて噛みついているところです。

子猫で歯が尖ったままなので、爪でのひっかきとともに、私は生傷が絶えることがありません。

しかも三毛猫は性格がしつこいこともあり、一度火がついたらいくら怒っても止めてはくれません。

これも美月と大変似ています。

一度身体に火がついたら、なかなか私の男根を離してくれません。

相当モザイクがかかると思いますが、ルナとそっくりである証拠写真を載せておきます。

ルナ&美月1

愚痴になりますが、悪ネコと悪女を飼育する大変さを皆様にお伝えした次第です。

しかしネコは化けると申します。

ご同輩、粗末に扱うと代々祟られることになるのでご注意下さいね。

秋も深まり…美月

先週よりめっきり秋めいてきましたね。

色付く木々を見ていると美しさもさることながら、枯れ落ちる葉の舞い落ちる姿に我が身を重ね、このままではいけないと焦りを感じる今日この頃です。

長年勤めた仕事を辞めて一年、先日、久しぶりに仲間と夕食会をしましたが、前回、あった時から半年経ち、みんな随分と老けたなぁ~と思いました。

…ということは、私も同じように年を取っているわけで、思えば去年は週に二度エアロビに行き、週に一度ヨガに行きと時間を有効に使えていたのですが、今は家に帰るだけで精一杯の気力体力しかなく、このままではいけない、このままではいけないと呪文のように唱えている毎日です。

ただ一つ、昨年より改善されたこともあります。

それは頭の回転が意外とスムーズで、老いてはきているものの短時間の集中力は昨年より向上しているように思います。

これは毎日、新しい場所に行き新しい人と出会う、そして病院に行き、私の数百倍勉強を重ねてきたドクターと面談する緊張感が脳を刺激しているのだと思います。

時には質問内容が難しくて、回答を頂いても文章に変換するのに四苦八苦することもあるのですが、長年、先生の傍に置いてもらっているおかげで、肩書き上人を恐れることなく破天荒ぶりを発揮しています。

ルナちゃんが先生のお家に嫁いで1カ月が経とうとしています。

小さな子の成長を見守りながら中秋(おばさん世代)を楽しめるのは嬉しいものですが、この先、晩秋、初冬…と厳しい時代を乗り越え、やがて穏やかな春を迎える日まで慎んで過ごしていこうと思っています。

…とは言え、控え目には生きられない性分なので時折大騒ぎすることもあると思いますが、一息つきたい秋だからこそ、月を眺めながら物思いにふけるのもいいかもしれませんね。

それでも月の影に先生の顔を浮かべると、デレデレと三日月眼になってしまう私です。


美月







紅殻格子の日記(135)  トランプ氏当選――格差の時代

紅殻格子の日記(135)  トランプ氏当選――格差の時代

アメリカ大統領選でトランプ氏が勝ったことをメディアがこぞって大騒ぎしています。

世紀の番狂わせみたいなことを言っていますが、多くの人は密かにそれを期待していたのではありませんかね?

この流れは、既にイギリスのEU離脱、フィリピンの暴言大統領、韓国の朴大統領騒動とここ数年ずっと続いているわけです。

格差社会と言われて長い年月が経ちますが、それが具体的なムーブメントとして英雄待望論へと現れてきたに過ぎません。

日本は平和なように見えますが、税金の無駄遣いがヒステリックに弾劾されること自体、このムープメントの予兆になっているのだと考えます。

貧困は昔からあるわけですが、この動きの根源は、当然シリア難民が民族大移動のように欧州へ流れた危機感にあります。

つまり世界的な平等・平和主義が崩壊したことに他なりません。

豊かだからこそ他者への施しができるのです。

しかし施しを望む人が門前市をなし、最後は堪え切れずに拒んだ結果、彼等が暴動を起こして家財道具を盗んで行くかもしれません。

自国の富や生命を分け与えてまで、民主主義や世界平和、貧困救済をする意味がないと気づいたのでしょうね。

元々アメリカはモンロー主義やベトナム撤兵など引き籠りする傾向が強く、これでしばらくは世界の覇権争いから身を退くこととなります。

さて、安倍首相が談話で、強固な日米同盟などと言っていましたが、既にどのぐらい時間稼ぎができるかは計算していることでしょう。

例えば防衛面を考えると、トランプ氏によって、日米安保という空想の防衛システムが事実上壊滅してしまったわけです。

負担を増やす云々以前に、アメリカ軍は東アジアに有事が発生した場合、本気で日本を助ける気がないことを明言したわけですから。

自分の命がかかった時、本当にこんな助っ人を頼りにできますか?

一度不信感が芽生えてしまうと、おそらく長い期間にわたって拭い去ることはできないでしょう。

すると核兵器保有を含めて、軍事力増強という過激な自衛論が台頭してきます。

駆けつけ警護どころではなく、北朝鮮からの大雨が降っても傘がなくなるのですから大変な騒ぎになりますよ。

実際、自衛隊関係者の会合に出掛けた際、有事にアメリカが助けてくれると思っている人間は馬鹿だとはっきり言っていました。

海自は現在4隻のヘリ空母を揃えており、これに垂直離着陸型の戦闘機を搭載すれば、帝国海軍時代の立派な中型空母になるわけです。

このように現場では着々と自衛の軍事力を強化させており、時間稼ぎのために日米安保という空想の防衛システムを延命させたいところでしょう。

私は昔から有事にアメリカが中国と戦うわけがないと思っていましたが、図らずもトランプ氏が平成の黒船となって、日本人の蒙昧を吹き払ってくれるのではないかと期待しています。



一食入魂…美月

久しぶりに東浪見で過ごせて心も身体もリフレッシュしました。

本当なら…命の洗濯ができました!と書きたいところだけど、古い言葉を使うと先生は私のことを年寄り扱いするので、横文字の言葉を絡めながら現代話を綴ります。

でもね、私は先生以外の人に昔言葉は使わないんだけどね(^^)

今回も夕食の為だけに全エネルギーを使ってきました。

まさに一食入魂です。

まあ、高速代と宿代をかけてまで美味しいものを食べたいという熱情はどんな趣味より楽しい時間の使い方です。

だから東浪見行きの私達に「時間を潰す」というような曖昧な空間はなく、最近の日の入り時刻ともなると1秒の間に一時間が詰め込まれているようなはみ出した焦りさえ感じてしまう。

もっと優雅にいかないものかと思うけど、時間を意識しているからこそ真剣に遊びたいと思うんだよね。

東浪見に通うようになって一年毎に楽しみが増えてきた。

山里の色合いや匂いで季節を味わうことができるようになった。

星空の美しさを感動と呼び、どこまでも続く海を見ながら無知な自分を小さな貝に乗せて泳がせる。

自然というのは無口だけれどね、翻訳してくれる先生がいるから不自由さ感じない。

本当に先生と一緒にいると楽しいんだよね。

あまりに楽しすぎてしまって、一人の時間とのギャップが激しいけれど、そんな時は沢山の写真を見ながら思い出の中に浸ってる。

それも、いつも一週間前の思い出にね。

だって、出会ってから楽しいことばかりで思い出グランプリは出せないからね。

遠い青空を回想するよりも、雨も嵐も雷も…今を飾る空色に大好きな先生を映して遊べば、恋しくて切なくて泣きたくなる。

きっと、この先、何年経っても先生を思う気持ちは変わらないだろうなぁ~。

こんな時、あの世があったらいいのになぁ~と思うんだよね(^.^)

美月










プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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