二人さんぽ…美月

土曜日は、大好きな京急に乗って夕暮れの街を歩いた。

先生と私、お互いの存在を知るずっと前から京急に乗り、同じ夕陽を、同じ切なさを見ていたように思う。

何か、特別な想い出話を引き合いに出さなくても、望郷への思いに癒される瞬間がある。

視線を重ねた延長線上には、懐かしい人達が今も生きているようで、
赤い電車の車窓から子供の頃の自分達を探しているのかもしれない。

忘れられない想い出がある。

忘れたくない想い出がある。

いつしか互いの大切な想い出が一つになって自分の記憶になっていく。

京急に乗る時、私達は二人県人会を楽しんでいるのかもしれないね(^_-)-☆

美月

京急沿線

逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は横浜まで出かけます。

横浜といってもお洒落な街の片隅に昭和の面影が残されていて、鼻息荒い港湾労働者のしょんべん臭さが灰色のブロック塀に染み付いています。

最近では野毛も華やかになり、綺麗な顔をした男女が路上で酒を酌み交わし明るい未来を語りますが、昔を知る先生から見ると別世界のようです。

行き場を失った小銭族は、唯一残された聖地、ゴールデンセンターの地下の立ち飲みで息を潜めていますが、やっぱりねぇ〜立ち方、飲み方が様になっているんだよね。

どの道にも年期の違いはありますが、足腰に負担のかからない立ち方は習得したい技の一つです。

出逢ったばかりの頃はこんな風に田舎と都会の楽しみを持てるようになるとは思ってもみなかったなぁ。

でも、漠然とだけど、いつの頃からか、小坂明子の「あなた」の歌詞とメロディーが頭の中に流れていて、いつか先生と暮らせるなら…花と実のある生活がいいなぁ〜と思うようになった。

私は大好きなトウモロコシの畑を一度は持ちたいと思っているし、先生は一年の三分の1以上食べている大好きな枝豆の畑を持ちたいだろうと思う。

しつこい性格者は好きなものに対して徹底的な拘りを持ちたいよね。

今年も二人の好物が口に運べる季節が来た。

夏は美味しい野菜が沢山あって買い物カゴの中も色とりどりで綺麗だよね。

食べ物に、そして先生に感謝して、今年も旬の食材を味わえる幸せを噛み締めよう。

ありふれた日常なんて一生のうち1日もないのだからね(o^^o)

美月


紅殻格子の日記(102) 二十三夜待ち 第3章

紅殻格子の日記(102) 二十三夜待ち 第3章

そんな小鶴を見かねて、子守り奉公に雇ってくれたのは睦沢家に嫁いだ若奥様だった。

睦沢千代、三十三歳。
村長の跡取り息子の嫁、子守りする赤子の母親、そして小鶴がお世話になった尋常小学校の女先生でもあった。

千代は千葉県茂原町の出身で、女子師範学校を卒業した後、月海尋常小学校へ赴任してきた。
小鶴は就学前だったが、初めて千代を見た時の衝撃が今も忘れられない。

瓜実顔の整った容貌で、映画女優に負けない清楚な美貌が今も印象に残っている。
田舎では珍しい白いブラウスにスカート姿で溌剌颯爽と歩く姿に、集落の男達は農作業を忘れて誰もが振り返った。

だが所詮は教育も碌に受けていない男達である。
モダンな千代を眩しげに眺めるのが精一杯で、いざとなると話をするどころか、恐ろしくて視線すら合わせられない始末だった。

そんな高根の花だった千代を射止めたのが睦沢和馬だった。
和馬は睦沢家の総領で、将来は多くの小作を差配する村長を約束されていた。
今年三十五歳になる和馬だが、所謂お大尽の倅らしく、世間知らずでどこかぼんやりとした人物だった。

だが玉の輿である。
活発な千代だからこそ、和馬のように鷹揚な男が似合うのかもしれない。
二人は二歳になる一人娘に恵まれ、集落の誰もが羨む仲睦まじい夫婦に小鶴は見えた。

千代がどん底の生活を強いられていた小鶴を救ったのは、然もすれば窮屈で退屈な大家の嫁である身を紛らわすため、話し相手になる小鶴を傍に置こうとしたのかもしれない。
 
よく千代は小鶴の髪を撫でながら言う。

「小鶴は賢い娘だからきっと大切にしてくれる殿方が現れるわ」

南天に昇る澄んだ月がゆらゆらと歪んで見えた。

(嘘よ・・)

男と見紛う色黒の容貌と継ぎ接ぎだらけの着物ともんぺ。
誰が好んでこんなに貧しく醜い女を娶ろうとするだろう。
せいぜい振り向くのは、色欲に目が眩んだ父親のような碌でもない男しかいない。

つづく・・・

ローカル線の旅…美月

今夜はBS朝日新・にほん風景遺産という番組を先生と観ていた。

一緒にといっても、離れた場所で同じ番組を観ながら、文句たらたらのメールでの会話だったけどね。

春の房総横断!ローカル線の旅  ~小湊鐵道・いすみ鉄道 海山めぐり~

うん、タイトルはかっこいい(^_-)-☆

房総横断の旅というものだから、てっきり馴染みある風景に会えるかと思い楽しみに観ていたけれど、一時間の半分もネタが持たなかった…残念。

確かに名所と呼べるほどの観光スポットはないけれど、何もないからこそ自由に感性を遊ばせることができると思うんだけどね。

日曜日・・・人けのない大海原を覗いたら、真下に可笑しな生き物たちが並んで海に浸かっていた。

岩に生えた海藻がまるで髪の毛みたいでね・・・

びしょ濡れのムック一族が海に向かってお祈りしているみたいだった。

面白くて可笑しくて・・・もしかしたら動くのではないか?

そんな想像を膨らませながら、先生と二人、いつまでもムック達を眺めていた。

何でもないような光景だけど、先生がいれば百科辞典を捲るように、次から次へと知りたい世界が広がっていく。

また、知らないことに出会えた喜びが、二人の想い出となり、感動へと繋がっていくんだよね。

本当に「二人」というのは面白い組み合わせだよね。

現代社会において一人上手は沢山いるかもしれないけれど、二人上手になれる関係は少ないかもしれないなぁ。

二人の良さを知らずして、否定論を並べてきた若い頃の私は、今思うと・・・不幸だったのだと思う。

不幸というのは過ぎてから気が付くもので、幸福とは今を大切に思う気持ちじゃないかな(^^♪

髪長族

美月

灰になるまで恋を…美月

土日は大好きな東浪見で過ごした。

排気ガスだらけの町をすり抜け、青い海を渡ると私の気持ちも澄みきった空のように晴れ晴れとする。

普段、それほどストレスを抱えていると思わない(思わないようにしてる!?)けれど、海の上を逆方向に渡る時の絶望感を考えると、どれほど日常が辛いものになっているのか察することが出来るよね。

最近は日の入りも遅くなったので、晴れた日はビール片手に海まで散歩に出かける。

潮風に吹かれ、寄せては返す波の音に心癒され、隣には大好きな先生が座っている。

私、幸せだなぁ・・・と思う。

先生に出逢えて本当によかったなぁ〜と思う。

今、この瞬間が永遠であるかのような幸福感が胸の奥から湧きあがってくるんだよね。

この二日間、ブログネタになるような出来事があったんだけど・・・

今夜は満月だからね…ただ先生ことを大好きな私の心だけを映したい。

昔・・・若い頃、恋をした。

恋とは知らない者同士が自分のことを知らしめる弁論大会のようなものだと思っていた。

発表が終われば、いずれは語ることも少なくなり、審査の結果、幕は閉じる。

そんな他愛もないやり取りを恋だと思っていたこと自体、他人事だったのかもしれない。

大人になって先生に出逢った。

酸いも甘いも噛み分けてきて、若い頃の何倍も純粋に恋に向き合えるのは人生の儚さを知ったからだと思う。

人生は時間の使い方によって長くも短くもなったりする不思議な世界だけど、どちらに生きたとしても終わりがくることは間違いないんだよね。

そう思うと・・・愛する人と少しでも多くの時を過ごしたいと思う。

喧嘩をする時間があるなら、名も知らぬ小さな花の名前を二人で調べて過ごしたい。

愛する人に「愛している」と伝えることを忘れないでいたいなぁ。

きっと言わなくてもわかってくれているとは思うけれど、その時々の愛しているを伝えたいよね。

そして二人でいられる時間を慈しみながら、呼吸が止まる瞬間まで先生に恋していたいと思う。

美月

至上最長の研究…美月

やっと一週間が終わったぁ〜。

ゴールデンウィークで時間の感覚が狂ってしまったので、月〜金曜日までの長いこと。

それでいて先生と過ごす時間は、相変わらず新幹線並みの速度で通り過ぎていくんだけどね。

んっ?相変わらずなのかなぁ〜?

年を重ねるほどに欲深くなっているのか? 「待て︎!!!」ができなくなってきている。

いや!、待とうと思えば待てるんだけど、待つ意味がわからなくなってきているのかもしれない。

先日、史上最長の研究が明かす 「幸福な人生の秘密」という番組を、偶然、テレビで観ることができた。

ハーバード大学の研究で、75年という長い年月に亘り大勢の人々を追い続けた結果、幸せな人生の秘密というのは、密度の濃い人間関係にあると言っていた。

私は先生と出逢ってからというもの、二人の時間を重ねることで幸せになっていると実感している。

もちろん先生がいるだけで幸福度が増すのは当然であると思っているけれど、ロバート先生曰く、年をとるにつれて幸せになっていくことのは「社会情動的選択性理論」に基づいていると説明していた。

人は人生の残日数が減るにつれ、「限られた時間」を意識する。

その結果、より自分を幸せにする選択をするようになり、自分の幸せに繋がらないものは切り捨てていくというもの。

そうだよねぇ・・・(^_-)-☆

年を取ったら荷を軽くすることで優先順位が見えてくる。

だから、より深く幸せを感じられるようになるんだね。

明日は東浪見の海を見ながら静かな時間を先生と過ごそうっと・・・。

無意識の中の選択でも、幸福になるすべを知っているんだね(^_-)-☆

美月

紅殻格子の日記(101) 恋愛円の集合

紅殻格子の日記(101) 恋愛円の集合

恋愛と言うのは、漠然としたイメージですが、円の集合で、二つの円が重なり合う部分に似ていると思います。

夫婦にしても、カップルにしても、それぞれの人生のどのぐらいを共有し合っているかは区々(まちまち)なのでしょう。

また、その共有面積は、一緒にいる時間によって広くなったり狭くなったりするはずです。

或いは、二つの円がピタッと重なる二人もいるでしょうし、どちらかの円がもう一方を内包している二人もいるでしょうね。

この話には結論がないことを予めお断りしておきますよ。

さて次は、Aさんという男性とBさんと言う女性を登場させてみましょう。

Aさんには奥さんと子供がおり、独身のBさんと不倫しているとします。

そしてAさんの頭の中は、家庭が40%、仕事が40%、そしてBさんのことが20%という構成だとします。

一方、Bさんの頭の中は、Aさんのことが60%、仕事が30%、両親のことが10%としましょう。

さて、このままの生活が変わらないとしたら、二人の将来は一体どうなってしまうでしょうかね?

つまりそれぞれが求める円の集合部分の構成比が異なるわけですね。

Bさんは60%の人生を賭けてAさんを愛しているのに、Aさんはたった20%しかBさんへの想いがないわけです。

二人の関係はこれからも続くと思いますか?

答えは「どちらでもない」です。

ここで大切なことが欠如しているのに気づかれた方はおられるでしょうか?

はい、欠けているのはそれぞれの円の大きさです。

つまりAさんの円がBさんの3倍あったとすれば、面積は等しく重なることになります。

もしBさんがAさんの円の総面積を見切っていなければ、「この人は私を人生の60%も愛してくれている」と誤解するでしょうね。

私と美月がどうかと考えますと・・私が70%、美月が60%でバランスがとれる各々の円の大きさなのだと考えています。

何故かと言うと、このところ美月と喧嘩しても私が連敗しているからです。

是非皆さんも心を整理する手法として考えてみられたら如何でしょうか?

(ちなみにこれはどこかの恋愛占いとかではなく、私が自分で考えている遊びです)



備えあれば…美月

先ほど関東でも大きな地震がありました。

震度は4だったのですが、体感的には震度5強ほどの揺れを感じました。

昨日のことですが、車で買い物に出かける際、駐車場に長さ6メートルほどの南北に延びる亀裂を見つけ、気になっていた矢先の地震だったので怖い思いをしました。

今も熊本の人達はこれほどの恐怖の中にいるのかと思うと、自然現象とはいえ早く以前のような穏やかな暮らしが戻ってくれることを願わずにいられません。

こんな時、最初に浮かぶのは離れて暮らす先生のことです。

災害時は何処でどの程度の被害をもたらしているかわからないので、メールの返信だけが頼りです。

今回はすぐに返事が返ってきたので一安心しましたが、遠く離れて暮らす家族をお持ちの方は何かあるたび心配になるでしょうね。

昔・・・「天災は忘れた頃にやってくる」と言ったものですが、

ここ数年は悲しみの記憶が新しいうちに次の記憶が塗り重ねられていくような速さで災害が多発している気がします。

これも偉い学者さんが自然の摂理を一連の流れと解釈すれば、ここしばらくは警戒が必要となるのでしょうね。

…とはいえ地面を抑えて暮らすことは出来ないので、せめて最低限必要な水と食料だけは備蓄しておかなくちゃと思っています。

美月


逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は大好きな京急沿線のお散歩に出かけます。

今の仕事を始めて3カ月が経った。

まだまだ覚えることも沢山あって大変だと思いながらも、少しずつ肩の力が抜けているのを感じてる。

いつ首を斬られるかわからない派遣社員なのだから、呑気なことを言っている場合ではないんだけどね。

派遣社員の多い職場だから、あちこちで派遣切れの心配を耳にするけれど、正直言えば、この先も仕事に未練を持つことはないだろうなぁ。

もちろん金銭的なことを考えたら、「そんなことは言ってられないでしょ‼︎」と誰にも言われるけれど、だからと言って感情まで縛られたくないんだよね。

えへへ、この生意気さが私の原点なのかもしれないなぁ〜。

年を重ねて穏やかになりつつあるんだけど、黙って人に従うようになったら家畜と同じだと思ってる。

生きるも死ぬも時の流れに任せてしまえば、私が私でなくてもいいだろうと大袈裟に思ってしまう。

偽善者面が板についてしまう前に、ドブ臭い町の匂いを嗅ぎながら、遠い昔の「こんちきしょう」に会いに行きたいと思うんだよね。

偶然にも同じような匂いの中で育った先生と出会えたのは嬉しいことで、履歴のかけ離れた二人だけど、パズルのピースを埋めるように一つ一つの感性に共通性を感じてる。

若い頃は互いのパズルを見せ合いながら、自己の世界に身を置いていたのかな?

今、私達は一つのパズルを二人で完成させようとしていると思うと、今更ながらに先生と出会えた偶然を奇跡と置き換えてもいいんじゃないかと思う。

縁は異なもの味なものというけれど、まさにその通りだよね。

いつか離れ離れにならなければいけない思うだけで泣けてくる。

だから最期の時まで、しつこいくらい先生のことだけを思い続けていきたい。

私の欲深さを誰よりも知っているのは先生だから、今さら好き過ぎて愛想を尽かされることはないと思っていいよね。

美月

愛され上手…美月

土日はのんびり東浪見で過ごした。

ゴールデンウイーク中は、先生と一緒の時間が沢山あったのに、なぜか楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまう。

その反動もあり・・・今週の長いこと・・・(^^ゞ

でも、東浪見に行っても、特別なイベントを用意しているのではなく、夕暮れ時、海を散歩しながら一日の終わりを二人で見守る。

そんな何でもないようなことが、私にはかけがえのない時間であり、生命に感謝する瞬間なんだけどね。

桜も終わり木々の緑が眩しくなる頃になると、帰路につく途中、上総牛久駅前にある蕎麦屋さん立ち寄ることが多くなる。

二人とも蕎麦は冷たさを食べるものだと思っているので冬場は足が遠のいてしまいがちになるけれど、これからの季節、昭和のまま時間の止まった店内も、トロッコ列車の発車時刻ともなると賑わいをみせるだろうね。

このお店のお母さん、とってもお話が好きで、食事中、お客様の傍に座ると、あれやこれやと話題を振ってきては会話を楽しんでいる。

「どちらからいらしたんですか?」

…と言う問いに、

「週末、時間が許せば、のんびり東浪見で過ごしいるんだ」と伝えると・・・

「それは幸せねぇ・・・旦那さんに感謝しなくちゃダメよ」

…と、何度も何度も繰り返し言っていた。

自分でも幸せを実感しているけれど、苦労を重ねてきたお母さんに言われると本当にその通りだと思った。

それはね・・・今に限ってのことではなくて、恋愛全般にいえることだけど、遊びにはお金も必要になってくるよね。

出逢った時から毎週のように外で逢えるのも先生のおかげです。

私はただ・・・逢いたい・・・逢いたい・・・逢いたい・・・と、思いの丈を先生に思いっきりぶつけるだけ。

そんな私のわがままを、先生はずっと変わらず聞きいれてくれている。

先日、金スマに出演していた三浦友和さんの言葉が印象深く残っているよ。

「こんなに長く続いていてうまくいってるのは何だろうと考えた場合、やっぱり相性じゃないかと。

お互いにいるのが心地いいよねっていう…それ以外に答えようがない」

と、語っていた姿がとても自然で、テレビを通して夫を見つめる百恵ちゃんの幸せそうな顏が浮かんでくるようだった。

だけどね・・・先生の存在のおかげで、意地悪女の私でありながら人の幸福を心から願ったりすることもあるんだよ(^^♪

女というのは七変化が得意な生き物で、相手の男性次第で人生の彩りはガラっと変わってくるよね。

それは条件の整った幸福感とは違って、 心から愛する人に愛される喜びを感受する能力は女性の方が高いのではないかなぁ!?

「女」の「子」と書いて「好き」という字になるように、女は昔から愛され上手は幸せ上手なのだと思うんだよね。

美月
プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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