幾つになってもデートの前は・・・美月

大型連休の初日、家族は皆、それぞれの休日を楽しんでいる。

家に一人残された私はというと、溜まりに溜まった段ボール箱を束ねて、空き缶とペットポトルを仕分けして、隣組の班長になったので区費を集めに行ったりと、何一つ自分のことではないことで一日の半分が過ぎてしまった。

段ボールを潰して紐をかけるのも指先への負担は大きくて、途中テーピングしながら作業していたけれど、ふと思えば、子供達は私より大きな大人となったことを思い出し・・・止めた。

冬を越して殺風景なベランダに花でも植えようかと思っていたけれど、息が出来ないほどの強風に根負けし、近くにあるショッピングモールへと腕時計の修理に行くことにした。

先日、昔の仕事仲間と食事会をしたのだけれど、退職&就職祝いに貰った腕時計を嵌めていこうと思ったら動かなくなっていた。

でも、せっかくの好意なのだから嵌めて行ったけど、内心、秒針が動いていないのがバレるのではないかと冷や冷やしながら、「私って小さい女だなぁ〜」と苦笑していた。

電池がなくなっていたみたいで、一年の保証期間が付いているので無料で交換できるだろうと言われたので預けてきた。

せっかく来たのだからウィンドーショッピングでもしようかと店内を歩いていると、目に付くのは先生の似合いそうな物ばかり。

…続いては、キッチン商品を見ては東浪見で使えそうなものを探したりしてる。

あっ!!!これ以上、道具を増やすと、「それなら炊飯器を買おう」と、先生に言われそうなので慌てて手から離した。

二人で調理道具を選ぶカップルは幸せなのだろうなぁ・・・と思いながら、
「えぇ〜ん、先生がいないとつまらな〜い」、一人上手だったはずの私が、すっかり甘えん坊になっているのに気が付いた。

明日は先生と東浪見に行くんだけどね。

一緒にビデオも借りて、夕食の買い物をして、喜楽飯店でラーメン食べて、お気に入りの日本酒を買って、久留里の名水を汲んで…「一週間」の歌ではないけれど、同じことの繰り返しであっても、先生と一緒に過ごせる時間が私には新鮮なんだよね。

まあ、出逢ってから十年以上経つと、女としては古びてしまったけれどね。

あっ・・・そろそろ髪も染まりそうなので、今夜はこの辺で・・・(^^♪

美月

もう少し待って…美月

昨日、今日と先生は飲み会です。

今にも降り出しそうな空を見ながら、先生が家に着くまで雨が降らなければいいと思う。

そう思いながら、自分のこととなると小雨程度なら傘をさすのも面倒になってしまうんだけどね。

毎日のように病院面談に行くと、病と闘っている人の多いことに驚かされる。

大きい病院ともなると、元気な人でも体力消耗するのに、病気を抱えて受診する人達はもっと大変なのだろうね。

先生も経過観察中なので他人事とは思えなくて、みんなが先生に見えてしまうんだよね。

風邪は万病のもとというから、先生が雨に濡れないように天気予報が外れることを期待する。

自分勝手は誰の心の中にもあるんだね。

愛する人を思う気持ちは我儘だけど、依怙贔屓のない恋は恋じゃないような気がするんだよね(o^^o)

美月

紅殻格子の日記(98) 二十三夜待ち②

紅殻格子の日記(98) 二十三夜待ち②

確かに眼前に広がる月景色は美しい。
だが月海は、これといった名産品も名所名跡もない貧しい寒村である。

(月餅なら美味しいけど、月の光じゃ腹の足しにもならないよ)
 
丘陵に囲まれた狭隘な田畑と山林しかない月海集落では、若者が働ける大きな工場や商店はおろか、村人の糊口をしのぐに十分な農地すら拓くことができない。

せいぜい農家の跡継ぎが食べて行けるのが精一杯で、次男三男は口減らしで東京や横浜へ出なければならなかった。

(子守りの仕事にしたって・・)
 
十五歳になる小鶴は、代々月海集落の長を勤める睦沢家で子守りとして奉公している。
だがいつまでも子守りが続けられるはずもない。
いつかは集落を出て他所の村へ嫁がされる日がやって来る。

薄の穂を手折って小鶴は簪のように髪に挿してみた。

(女なんて・・いくら勉強ができても、貧乏で器量が悪い娘は一生幸せになれない)
 
利発で賢い娘だと、村の古老達は小鶴を可愛がってくれた。
だが頭を撫でながら古老達は決まって最後にこう言った。

「この先苦労も多かろうが、へこたれてはいかんぞ」

家は小作で貧しく、父はだらしない男だった。
金もないのに博打好き、その上酒飲みでいつも母を怒鳴り散らしていた。
家計を助けるため、母は昼間の農作業に加えて夜は内職に精を出さざるを得なかった。

女の幸せは男次第だ。

何一つ化粧もせず、野良着姿で婢女のように仕える母に、小鶴は他力本願にも似た女の宿命を腹立たしく呪った。


逢瀬に向かう車窓から…美月

久しぶりの都会遊びに出かけます。

まあ、都会と言っても一流ではなく、頑張っても二流…いや好みでいえば哀愁漂う三流の地がしっくりくるんだけどね。

昨日は昔の仕事仲間と女子会をした。

会社を辞めてから半年も経たないけれど、昔という表現が当てはまるほど、遠い記憶の中の出来事のような気がした。

今回の女子会は、先週、私が出かけた先のお客様の家の近くで、三軒隣の家の前に親しみある車を見つけて、偶然を喜びあい会おうということになった。

偶然とはいうものの、実は仕事仲間とすれ違うことがあるんだけど、以前と違う車から手を振っても気づいてもらえないことがちょっぴり切なくて、いつしか手を振らずに見送ることにした。

今の職場には、気をつけてね…と声を掛け合う仲間はいない。

でも、寂しさを感じないのは、みんなが一人なのだと察するからだと思う。

仲間外れというのは、仲間から外れている自分が悲しいのであって、一人が嫌だということではないのかもしれないね。

元々、社交的な人間アレルギー持ちの私には初めて体験する世界だけど、朝からつまらなそうな顔が並んでいるのを見ると、私の心までどんよりしてしまうので、出社後はtouch and goで外に出るようにしてる。

まあ、なんだかんだとありながらも、先生がいれば鬼に金棒だからいいんだけどね。

先日、奥様を亡くされたご主人とお会いして遺影を見ながら思い出話を話してもらった。

奥様はとても優しいお顔で微笑んでいた。

世界遺産ツアーで旅行に行った時の写真で、奥様の隣にはご主人が写っていたと言っていた。

この写真にしなければよかったとポツリと呟く声に、「これからも奥様は、ずっと隣にいると思いますよ」と告げると、シワシワの目から真珠のような玉の涙が幾つも溢れ落ちた。

愛は目に見えないと誰かが言っていたけれど、目に映る愛の形があるのなら、それは涙なのかもしれないと思った。

熊本、大分の地震で多くの大切な命が天に召されていく姿を見つめながら、今も懸命に試練と向き合う人達が心身ともに健やかに過ごせる日が1日も早く来ますようにと願わずにはいられない。

美月

紅殻格子の日記(97) 二十三夜待ち①

紅殻格子の日記(97) 

二十三夜待ち①

春の夜長にお読みください。

 夜半、南東の空に下弦の月が昇る。

 房総丘陵が夜空より暗く沈み、臥竜の如くうねりをつくり寝そべっている。

氷のように冷たく青い月光が、晩秋の澄んだ夜気を透過し、山の斜面に広がる薄の穂を仄白く浮かび上がらせる。

 いつもならすでに寝静まっている山奥の集落だが、今宵ばかりは、女達が老若集って降り注ぐ月の光を愛でている。

 二十三夜待ち。

 旧暦の九月二十三日は、江戸の昔から続く月待ち講から、飲食を共にして月の出を待つ風習が日本中に根づいている。

 ここ、房総半島の中程に位置する月海集落でも、深夜の月の出から夜が明けるまで、女達が村外れの月讀神社に集まって、一睡もせず長話するのが習いになっていた。

 昭和十九年、戦局は厳しさを増していると聞く。
都市部では食料が逼迫し、増産のために中等学校以上の生徒五百万人が動員されたらしい。

まだ食料にゆとりがある農村では、決して贅沢とは言えぬが、古くからの娯楽が細々と続けられていた。

月讀神社の社殿からは、暗い世相故に尚更か、月見を楽しむ女達の笑い声が明るく響いていた。

 月讀神社は月海集落に江戸時代からある神社である。

 そもそも月海と言う地名は、付近にそびえる小高い月出山に因んでつけられた。

その山裾から昇る月が、低く連なる丘陵の稜線を照らすと、幾重にも重なる浜辺の白い波頭を想わせるからだと古老は言う。

 高滝小鶴はフンと鼻で笑った。





愛があれば・・・美月

最近、また一つ楽しみが増えた。

本当に先生と過ごす時間は楽しいことがいっぱいあり過ぎて、夢や希望が現実世界を侵略する日も近いだろうと予想してる。

千葉に向かえば寺社巡り、野鳥観察、里山散策、花もあれば海もある。

自然と戯れながら大地の恵みに感謝しつつ頬張る嬉しさは、都会では決して味わうことのできない至福の境地です。

見るもの出会うもの全てが興味深くて、色々なことをもっともっと知りたいと思ってしまう私に対して、
「そんなに欲張っても時間がないよ」と先生はいうけれど、どれも削れないし削りたくない。

だからね、あと100年ほど寿命を延ばしてみたいと思うんだけど…かと言って、仙人みたいな質素な暮らしというのもどうかと思う。

あっ、また話が逸れちゃった。

いつも東浪見に行く時は、前日に私がツタヤで寅さん映画を借りていたんだけど、ここ2度ほど先生と出かけにツタヤに立ち寄って、一緒に観たい映画を選んで高速道路に乗る。

こんな時間が何より嬉しくて、何でもないような時間を先生と過ごせる贅沢に心が浸るんだよね。

高速を下りたら棚に並べられた野菜から旬の息吹きを感じれば、再びこの時を先生と共に迎えられた喜びに溢れる。

野菜を買ったら喜楽飯店でいつもと同じお昼ご飯を食べて、地酒屋さんでいつもの美酒を買い、いつものように店の前から湧き出る名水をポリタンクいっぱい汲ませてもらったら、次は睦沢町の道の駅でトマトと玉子を買う。

ちなみに千葉に通い始めた頃より水が体に馴染んできているのか、今となっては何処の名水より美味しいと感じてる。

それから魚屋さんに行って、その日に上がった魚を見て楽しみ、本日の酒の肴を真剣に吟味する。

宿に着いたら、まずは軽く一杯ひっかけて、二人並んで夕飯を作り、借りてきたビデオを見ながらゆっくりと晩酌を楽しむ。

テーブルの上には二人の好物ばかり並んでいてね、箸休めに二人でお風呂に入って、天気が良ければ天体観察に出かける。

波の音を聞きながら、二人寄り添い夜空を見上げれば、煌めく星々に永遠の誓いを立ててみる。

こんな何気ないことが私にはかけがえのない幸せで、こんな休日スタイルが持てるのも先生のおかげだと蒼い海を渡るたび感謝してる。

歌の文句ではないけれど、愛があれば、愛さえあれば…どんな願いも叶えられるような気がするんだよね。

美月

紅殻格子の日記(96) 本物を知る喜び

紅殻格子の日記(96) 本物を知る喜び

熊本の地震被害の恐ろしさに愕然とするばかりです。

熊本城が崩れているのをテレビで観て可哀想で涙が出ました。

街中から見えるお城は熊本の人々のシンボルです。

一刻も速い修復をお願いしたいものです。

さて、代用品という言葉を今の若い人は知らないかもしれません。

戦中、戦後の貧しい時代、本物が手に入らないので、様々な代用品の開発が盛んになりました。

砂糖の代わりにサッカリンやチクロ、麦やトウモロコシを使った人造米、バターの代わりのマーガリン、魚肉ソーセージ、カニカマボコ・・食品ではいろいろありますね。

考えてみれば、加工食品と名がつくものは皆、代用品なのかもしれません。

インスタントラーメンだって、本来は中華料理屋でつくるラーメンの代用品です。

そもそも代用品は、家庭で料理するには、希少か高価、手間がかかり過ぎて手に入らない物の代わりだったわけです。

勿論、前回書いた千葉県の小湊鉄道の蒸気機関車もインチキな「代用品」です。

何故ならエンジンはボルボ型ディーゼルであり、煙突からの煙は発煙装置でわざわざ作っているのです。

日本酒にしても、醸造用アルコールを添加して量を増やしたものは、本来は純米酒であるべき日本酒の代用品に違いありません。

特に情けないのはビールです。

発泡酒やら第3のビールなどが、本物のビールよりもスーパーの棚を占拠している有り様ですね。

デフレが長く続き、日本人は価格に対して敏感になっているのかもしれませんが、そんなに値段は違いませんよ。

どうせ飲むなら本物を飲みましょうよ。

でもコーンスターチなんかが入っているのはインチキビールですから、是非エビスビールを飲んで頂きたいものですね。

先週は美月と房総へ行ってきました。

筍の季節です。

久留里の喜楽飯店さんで採りたての筍を貰いました。

嬉しかったですね・・房総へ行く時は必ず立ち寄って昼飯を食う店です。

月に二回ぐらいしか行けませんが、常連として顔を見知ってくれているのが有難い。

その筍を糠で茹でて一晩置いて朝食べたら実に美味かったです。

パック入りの水煮もありますけど、本物の上手さは手間ひまがかかっているから美味しいのかもしれませんね。


やっぱり二人がいい…美月

久しぶりに先生と逢えて、今まで胸につかえていた思いが一気に飛び出した。

仕事上のトラブルに対しても、日頃の生活にしても、私は誰にも話すことはない。

決して我慢強いからではなく、準追って話すのが面倒なだけなんだけど、そう感じてしまうのも、日頃から阿吽の呼吸が掴めるほどの身近な友達がいないからだと思う。

ドラマでも前回の続きから話すのは簡単だけど、一話から話すとなると映像の助けが得られなければ、よりリアルな解説が必要となってくるよね。

先生の素晴らしいところは、全部言わなくても私の気持ちを想像できることなんだよね。

だからね、話終わる前に悔し涙がこぼれちゃった。

どの仕事も大変だと思うけど、仕事以上に難しいのは人間関係かもしれない。

私の上司は私のことが嫌いなのだと思う。

なぜなら私も最初から彼のことが嫌いだったからだと思う。

こんな形で以心伝心を出したくないけれど、まさに相手の考えていることが言葉を使わなくてもわかるんだよね。

でも先生に話したらスッキリしちゃった。

まったく単純なんだけど、たった一人でいい、自分のことを話せる人がいるだけで心は満たされるよね。

美月






逢瀬に向かう車窓から…美月

久しぶりの電車に乗り、久しぶりに大好きな場所で週末を過ごせると思うと、朝の目覚めも健やかで空の色が何色であっても心がときめく。

前回、東浪見に行ったのは、確か三週間前だった。

確か…と書いてしまうほど、遠い出来事のような気がする。

一年間、楽しみに待った春なのに、桜は見事に散ってしまった。

何かに期待する生き方は止めようと、子供の頃に思わなければならなかった出来事は記憶に残っていない。

でも潜在意識の中でネガティヴ思考は息づいていて、時折、顔を出しては孤独の地へと心を誘っていく。

先生と私は似ていると思う。

そう感じるところは、日の当たらない部分なのではないかと思う。

先生を見ているとネガティブな性格も悪くないと思うようになった。

思慮深くて慎重で、控えめで奥ゆかしく、心優しいからこそ傷つきやすい。

本来であれば、ありのまま生きればいいんだけどね…どこかで負けられないと思ってしまうんだよね。

いや、もっとかな?

負けず嫌いなのではなく、きっと根っ子にネガティヴ魂があるから、誰よりも負けるのが怖いんだと思う。

でも、世の中って本当に不思議なもので、毎日、新しい出会いがあっても、一緒に居て心地よい人に出会えることは滅多にないんだよね。

自分が育てた子供達であっても、三人三様みんな違うし、みんな違っていいんだけど朝から夜までべったり過ごせる我慢力を私は持ち合わせていない。

だから余生を送るなら、誰にも気兼ねのいらない一人暮らしがいいとずっと思っていた。

好きな物を好きなように食べて、行きたいところに黙って行ける自由な時間を楽しみたいと思ってきた。

でもね、先生と過ごす時間が長くなればなるほど、先生となら私の望みは無理なく叶えられることなのだと思うようになったんだよね。

二人だけど一人のような、二人羽織でもちっとも苦しくない呼吸のリズムが心地いい。

二人暮しをしたら…できれば喧嘩なんかしないで暮らしたいけど、でもね、たまに喧嘩をするなら、どれほど先生のことを好きか考えながら、恋人気分で泣き濡らしてみるのもいいなぁ。

電車の中の風景も春色に変わってきた。

重いコートはもういらないね。

蝶のように軽やかに 花のように美しくに 今日1日を穏やかに過ごせますように…。

美月



熊本で大きな地震がありました。

益城町を中心とした大きな地震に驚いています。

現地の皆様は本当に大変だと思いますが、是非体をご自愛下さるようお願いします。

私と美月は熊本を旅した時、益城町辺りを車でぐるぐる回ったことがあり、沢山の思い出を頂きました。

暗い中で不安でしょうが心より皆様の安全を祈念しております。

紅殻格子
プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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