逢瀬に向かう車窓から…美月

春を待ちきれず、南に向かう人々の頬も仄かに桃色に染まっている。

もしかしたら私の冬嫌いは、木枯らしの中、苦虫を噛んだような顔をして歩く、人間の姿を見なくてはいけないからかもしれない。

春になれば蕾が花開くように口元は綻び、ウグイスと共に歌の一つも唄いたくなる。

幼い頃、真冬ともなると外遊びもできなかったので、動きの悪いレコードプレイヤーに傷ついたソノシートをのせて「春よ来い」を繰り返し聴いていた。

繰り返しといってもリピートさせているのではなく、
薄っぺらいソノシートの傷ついた溝に、針がつまづいているだけのことなんだけどね。

春よ来い 早く来い

春よ来い 早く来い

春よ来い 早く来い

いつも二番に入る唄い出して後戻りしてしまうものだから、未だ二番の歌詞はよくわからないまま凡そ五十年の月日が経ってしまったけれど、今も梅の花が花開く頃になると淡い想いに心ときめきます。

春が好きです。
夏は日暮れが長いから、もっと好きです。

こんな私の独り言を知っている人は少ないけれど、この十年は春を迎える喜びを大好きな人と分かち合うことができて本当に幸せだと思っています。

美月

春の足音…美月

土曜の夜はあいにくの雨となり、星空の浪漫を楽しみことは出来なかったけれど、
二人の好きな物ばかりが並べられた食卓に、休日ならではの至福を味わうことができました。

目で見るよりも舌で季節を堪能したと思う食いしん坊の二人の晩酌は、里山を横切る線路のようにどこまでも続きます。

今回は先生が鯵を捌いてなめろうを作ってくれました。

新鮮な魚と味噌と香味野菜を叩き合わせれば、口の中いっぱいに海の恵みが広がります。

一箸ずつ丁寧に口に運んでは、ちびりちびりと酒を飲み、また一箸と・・・極上のつまみとなって酒の旨みを際立たせてくれる。

こんな時、二人揃って酒飲みでよかったぁ〜と思える瞬間です。

もちろんお酒を飲まなくても、夫婦や恋人で嗜好を共有できればいいと思うけれど、ほろ酔い気分でまったりと戯れる夕べが私の幸福時間です。

日々生活に追われていると、心穏やかに過ごせる時間はなかなか持てないもので、何もない空間に身を置いてしまわないと小さなことが気になってしまう。

だからといって他人の陣地で寝泊まりする旅館ともなると、使わなくてもいい気を遣ってしまう小心者には不向きなんだよね。

休日旅をどう楽しむかは人それぞれだろうけれど、私達には別荘感覚がベストなんだろうなぁ・・・。

もちろん知らない町を旅したいとも思っているんだけど、今のところ何もない千葉の魅力に憑りつかれているので、当分は房総族でいたいと思ってる。

青い海を渡った先には菜の花ラインが広がってきました。

寒気が苦手な二人には、房総の短い冬が丁度いいように思います。

美月

紅殻格子の日記(89) ずいぶんと間が空いてしまいました。

紅殻格子の日記(89) ずいぶんと間が空いてしまいました。

『FALLOUT4』というゲームに嵌ってしまいご無沙汰をしておりました。

実家の解体工事や子供の受験もあり、縷々流された日々を送っていました。

この土曜日と日曜日は東浪見の「グランビュー一ノ宮」へ美月と出かけます。

のんびりと一日を過ごせればと願っています。

そう言いながらも、密室のマンションで激しいセックスをするのでしょうねえ。

お隣さんに申し訳ないぐらい美月は乱れます。

老夫婦が隣室で泊まっていたら、かなりの回春効果があるんじゃないかと思います。

まあ、本当に女が熟してトロトロになるのは五十代でしょうか。

乾いてしまった男女は、もっと自分が興奮することを真剣に考えるべきです。

私達も東浪見で一緒に遊べるご夫婦やカップルができれば、もっと人生が楽しくなると思うのですがね・・・。

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偶然の積み重ね…美月

昨日、今日と立て続けにお亡りになった方の生年月日が、私に関係ある数字ばかりで驚いている。

昨日は先生と私の誕生日、そして今日は長男、次に伺ったお宅で次男、そして最後は母の誕生日だった。

もちろん生まれた年は違うのだから単なる偶然に驚いているだけで、数字の配列から因果関係を模索しようとは思わないけれど、
偶然も度々重なりあうと、何かの黙示録ではないか?などと考えてしまうのが素人だろうと思う。

でも、この偶然をどう捉えるかによって人生も違ってくるのかなぁ?

それならポジティブに物事を考えた方が未来は明るいよね。

先生と誕生日が同じだけど、特別感で満足を得るというよりは、大好きな人と同じものが一つ増えて嬉しいと思う。

小さな共通点を積み重ねながら、お互いの価値観を大切にできる関係がいいよね。

美月

Back to the Future…美月

新たな仕事に付いてから、毎日が慌ただしく過ぎています。

これではいけないと思いながら、覚えなくてはいけないことの数と忘れてしまう数のバランスが取れていないような…(^^ゞ

さすがに50歳を過ぎての転職二回は厳しいものだとつくづく思いながら、新たな職務を覚えるうちに、前回の仕事(葬儀屋さん)が、今更ながら脳裏に刻まれていることに気づきます。

記憶の仕組みって不思議ですね。

不思議なことがもう一つありました。

10月末に会社を辞めてから、12月の忘年会で会った仲間達と土曜日久しぶりに会いました。

少し遅い新年会という名目ではありましたが、「おめでとう」の乾杯もない・・・ごく普通の女子会でした。

まずは、私の再就職を発表しました。
 
勤めて二ヵ月で退社となると、辛抱の足りない女だと思われたかな!?

でもね、みんなからすれば内心は嬉しいことのようでした。
 
自分達が我慢して働いているのに、私が幸せであっては不都合なのでしょうね・・・。
 
私が新たな職場で働いていると知ると、話題は会社の不満へと変わっていったのですが、なんだか昔話を聞かされているような、まるで小学校の同窓会に出席しているような、とても遠い時間の回想をしている感覚になりました。

それでも同世代です、ストレスで心身ともに疲れたというものだから、それなら転職を考えたらどうかと勧めてみたのですが、私とは違うから???50を過ぎて今更新しいことに挑戦はできないと言われてしまいました。

それとね・・・小さな会社の肩書きなどどこにも通用しないのに、それでも歴史(肩書)を捨てるのは辛いのでしょうね。

立場に頼らなければ自立できない人生は儚いと語り合った仲間達でしたが、年を取るということは危険回避を学ぶことにあるように思いました。

う〜ん、そう考えたら・・・私はまだまだ我慢のできない子供なのかもしれません。

そう思えるのも、先生の何気ない優しさがあってのことですが・・・(^^♪
 
朝、大都会のビル風に向かって歩いていると、高校卒業して右も左もわからないまま社会の窓をくぐったた日のことを思いだします。

あっ!社会の窓といっても、Hな意味ではございませんよ。
 
ちなみに・・・ 男性のズボンのファスナーのことを指す「社会の窓」ですが、この言葉は昭和23年から放送されていたNHKのラジオ番組『インフォメーションアワー・社会の窓』に由来しているそうです。

社会のさまざまな問題の裏側を探るという内容で、「普段見られない部分が見える」といった意味合いから「社会の窓」と言われるようになったようですが、そういえば最近はファスナー開けっぱなしの男性もいませんね(^^ゞ
 
最近、ブログネタに「死語」が続いていますが、そのうち全ての文字列が死語だらけにあるかもしれません。
 
はぁ・・・先生のいる未来に戻らないと。。。(^_-)-☆

美月

想い出の中…美月

先生の実家の解体がほぼ終わったとの知らせがあり、今日、先生は見に行ったのだろうなぁ・・・。

きっと寂しい思いをしただろうと思うと、私までセンチになる。

まあ、「センチ」になるなど死語だと思うけれど・・・思い出の中で使えば今も輝いている言葉は沢山あるんだよね。

ここ三年は週末を東浪見で過ごすことが増えたけれど、月一あたりで都会散歩をしている。

でもね、最近は都会散歩していても、テレビや雑誌などで取り上げられてしまうことも増えたので、ミーハー(←死語)だと思われたくないあまり感動が薄れているように感じる。

少し前は私達の気付きが、しばらくするとテレビで紹介されたりしたんだけどね。

もちろんテレビや雑誌で紹介されたものに価値がないとは言わないけれど、撮り鉄(電車写真を撮る人)も他人が紹介したアングルでカメラを構えている姿を見かけると、自分で見つけたらもっと楽しいだろうと思うんだよね。

都会散歩もそうだけど、古びた街のラーメン屋さんに昭和の面影を垣間見たり、路地裏の生活音に人の温もりを感じたりね。

私が何より幸せだと思う瞬間はね・・・私が立ち止まると同時に先生の足も止まっていて・・・二人して同じ方向を見ている時に、あぁ〜幸せだと思う。

感性の一致とまでは言わないけれど、似ているのかなぁ?

先生の実家に行った時のこと、路地裏に猫のおしっこの匂いがした。

たったそれだけのことなのに、二人の記憶を辿るのに十分過ぎるほどの手がかりとなった。

言葉では言い表すことのできない哀愁は、同じ思いを持つものしか共有できないものかもしれない。

けれど、同じ場所で生まれ育ったとしても、私の思いを知る人は少なく・・・私と違う人格が認められて暮らしていた。

先生の出逢った時、懐かしい思いがいっぱいになった。

今になって思えば・・・私は私に再会したような気持だったのかもしれないなぁ・・・。

あっ、段々と文章に乱れが・・・(^^ゞ

頭がおかしくなったと思われちゃうかな?

でもね、私が半分言わないうちに、先生は私の思いを組み立ててしまう。

私よりも私のことを知っている人がいるなんて不思議に想うけれど、だから先生の傍は居心地がいいのだろうね。

追伸…

はあぁ〜先生のこと好きだなぁ・・・何度言っても飽きない、先生のことが大好きなんだよね(^_-)-☆、

美月

これもあれも・・・出会い…美月

土日は先生とのんびり過ごすことができて、ちょこっと古めではあるけれど「命の洗濯」ができてよかったなぁ・・・(^^)/

それにしても「命の洗濯」なんて誰が考えた言葉だろうね。

江戸のことわざ辞典にも早くから見え、古くから一般的に使われていたようだけど、これ以上、言葉の選択肢がないほど、先生と過ごす時間は心が洗われる思いがする。

でも、今回はのんびりの中にも滅多にないことが二つあった。

一つは久しぶりに立ち寄った大多喜のショッピングセンターで、憧れのミュシャの版画に出会った。

まあ、怪しいといえば怪しい画商ではあるけれど、どの道、不動産屋と画商に「正直者」という言葉が似合うかといえば???であるけれど、先生は即決(8万円)で買ったのでした。

先生が買った理由に本物偽物は問題ないらしいし、物の価値というのは、持ち主がどれほど大切に思えるかによって違ってくるものだもんね。

それに100万円の血統書付きの犬も捨て犬も、飼い主の思い一つで幸福を手にすることができるし、不幸のどん底に落とされてしまうことだってある。

私もね・・・そういう意味で言うと、捨て犬(捨てタヌキ)だったのだから、先生に拾ってもらったおかげで、このブログも書けているんだなぁ〜(^^♪

そして、もう一つのサプライズは。。。

じゃじゃじゃじゃ〜ん!!!

大多喜から東浪見に向かう途中の道を、お尻フリフリしながら横断し、山へと戻る子クマに遭遇しました。

…ちなみに先生は、クマのことは他言してはいけないと何度も言ったけれど、決して私の頭が壊れたのではなく、あれは間違いなくコグマだったよ。

では、なぜ千葉にクマが…と考えると、クマと出逢った真実が抹消されてしまいそうになるけれど、でもね、クマはクマで・・・決して幻ではないんだけどね。

はあ・・・証拠って大切だね。

クマだけに限らず、千葉の山の中を走っていると、野性の猿に出会うこともあるし、優雅に空を舞う野鳥の姿、大きなシカが交通事故にあったり、イノシシの存在を身近に感じることができる。

もちろん目の前に現れたら危険だし、作物を荒らされれば農家の被害は大きなものであると思うけれど、人間と野性動物が共存できる社会がいいなぁ・・・。

千葉は広大な敷地を持っているのだから、ジュラシックパークのような自然動物保護地区を作ったら、生態系の中で弱肉強食のバランスが上手く取れるような気がするけれど・・・(^^ゞ

今朝のニュースで、幻の深海魚と言われる「リュウグウノツカイ」が、新潟県佐渡沖の定置網に生きた状態でかかったと言っていた。

生きたまま捕獲されるのは非常に珍しいという。

でもね、このニュースを観て、東浪見の海で月夜に泳ぐ金と銀の龍は、本当にいるのだと確信してしまった。

えへへ、頭のおかしな人は、ある意味、とても幸せ者なのです。

信じるものは救われるのではなく、信じることから始まる世界があることを・・・身を持って体験している先生と私です。

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

三週間ぶりに東浪見に向かう車窓は、空色が気にならないほど心が澄んでいます。

今週は新しい会社での仕事を二日経験したからか?ものすごく色々なことがあったように感じてる。

五十を過ぎての再再就職は、気力体力ともにしんどい部分もあるけれど、それでも以前の仕事に比べたら精神的には安定しているよね。

まあ、どれほどの仕事をしてきたか?というよりは、自分のことだけに責任を持てれば御の字としてもらえる環境が今は心地良い。

でも、そのうちに何でも自分の思い通りにしたいと思うようになったら、その時が再びの転職時になるのかな(^^)

今回の転職も先生のおかげで閃いて、せっかく閃いたのだからダメ元でチャレンジすることにしてみた。

応募するにあたり、初めて派遣会社に登録をすることになった。

その派遣会社は、若かりし頃、初めて勤めた会社にいた女性の派遣先と同じだったこともあり、小さな偶然を大きなバネに変えてみた。

適性検査となるのか?登録の際の簡単なテストは惨敗に近い成績で、改めて能力の低下に愕然とした。

先生にそのことを話したら、「元々詰まっている頭ではないのだから気にすることはないだろう」と、変な励ましをもらったけれど、満面の笑みで両手を広げて撫でられたら、恥ずかしさで巣穴に隠れてしまいたくなるので、私には丁度いい応援です。

仕事のことは追々書いていくとして、とりあえず今日明日は先生とのんびり過ごせたらいいと思ってる。

列車は急ブレーキをかけて停車し、安全確認後に発車となった。

よく人生は線路を走る列車のようなものだと例えられるよね。

路線を切り替えない限り、あなたの人生は変わらないとも言われてるし、人生を変えたければ自分を変えろと、松岡修造さんなら言うかな⁈

もちろん線路の上を走る以上、抜け道に逃げることはできないけれど、でもね、人生半分過ぎて思うことは、多少の路線変更があっても切り替えポイントを通過する時点で、終着駅までの時間と距離を修正しているのではないかと思う。

私の望む世界は決まっていたんだよね。

私はずっとずっと前から先生に逢いたかった。

そして偶然出逢えたら、永遠に離れたくないと思ってしまうだろうこともわかっていた。

人生なんて難しいこと一つもないね。

好きなものは好き…。

それだけのことを大切にできたらいいと思うんだよ。

美月

新連載のお知らせです

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「妄想の座敷牢」〜官能小説家 紅殻格子の世界〜にて、
『妻の娼婦像』 がスタートしました。

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隠されていた絵を見て敬一は愕然とした。
こんもりと形の良い乳房とくびれたウエスト
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妄想の座敷牢6

「妄想の座敷牢」〜官能小説家 紅殻格子の世界〜

プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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