逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は一昨日の積雪予報が嘘のような冬晴れになりました。

天気予報は確かに便利だけど、ここ最近は情報に縛られ過ぎて窮屈さを感じる時がある。

要らぬ心配だと思いながらも、やっぱり聞いた以上は頭の片隅にお天気マークが並んでしまう。

あえて知るつもりがなくても、目や耳に止まってしまう生活環境にいるのだから仕方ないとは思うけどね。

でも、お天気に合わせた楽しみ方を持っている人は、どの日も有意義に使えるのかもしれないよね。

先日、これからは密度の濃い時間を過ごそうと先生と話した。

限りある命だからこそ美しいとするか、どうせ最後は同じなのだから無理することないんじゃない⁈と思って生きるかは本人次第だけれど、少なくても老いた先に見えるゴールテープは明るい色を選びたいなぁ。

そして先生と二人並んでテープを切れたらもっといいのになぁ(^^)

美月

ポストが指を噛んだから…美月

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見えない世界…美月

数日、あまりの寒さに体力を奪われてしまい、少し怠け者になっていました。

まあ、精神的怠け者は昔からですが、思考回路を凍結させてしまうほど北風が冷たくて、お経を唱えるように「北風小僧の貫太郎」を復唱しています。

毎年、冬ともなると、そもそも寒さが苦手なのはどうしてなのだろう???と考えることが多くなる。

でも、夏の暑さには人一倍強いのに、北風にちょこっと頬を撫でられただけで急に弱気になるんだよね。

やっぱり私の遺伝子は南の島から届いたものなのか?などと占い師紛いにルーツを辿ろうとするけれど、確かに母方の出身は沖縄の小島だったと聞いたことはあるけれど、そんなものは誰にも通じるものであって、よほど土着した農民でない限り、皆が流れ者だったと思うけどね。

だけど人は不思議なもので、遠い過去に遡ってまで自分の存在を探ろうとするし、1000年レベルで幸せだった自分がどこかにいたことを願ってみたりするものなんだよね。

私だってね…先生と出逢ってからロマンチックな逃避することもあるけれど、でもね、どの時代に先生と共に生きてきたとしても、てこれからの未来、いつかは先生と離れ離れにならなければいけない運命が辛い。

誰にも平等に与えられる死という儀式であっても、二人の仲を裂くものを尊いものにできるほど私は人間が上等ではないから、何としても遠ざけたくなるのだけれどね。

私に限らず、愛する人を思う気持ちが健康ブームの火付け役かもしれないなぁ・・・。

つい先日のこと、私なんて居なくなっても誰も悲しまないという人がいた。

その言葉があまりに率直過ぎて、私が悲しくなってしまい、思わず視界が滲んでしまった。

年配の女性は大病を患っているそうで、死を意識した毎日を過ごしているうちに、自分のことをまるで他人のことのように客観視するようになったと話してくれた。

そのことを誰かに話したかったのだと、何度も何度も繰り返しながら、自分の思いを伝えられる人に出逢えてよかったと話してくれた。

私達の姿を見ていた同僚が、後に「さっきの人、頭おかしくなかったぁ!?」と聞いてきたけれど、私にはどの人よりも彼女はまともだと思っている。

この世の中には住む世界が違う人がいるらしいけれど、同じ世界に住んでいても相手の心が見えないければ異国と同じなのだろうね。

異人さんに連れられていった青い目をした人形は海を渡ったわけではなく、すぐそばに居ながら一人見えない場所で迎えに来てくれるのを待っているのかもしれないね。

美月

日々思うこと…美月

日々、思うことがある・・・呆けたくないと・・・。

忘れたくない、手離したくない想い出が沢山あるのだから、最後まで私でありたいと思う。

毎日、外回りしていると、初めての人との出会いに学ぶことが多く、

個人的利益に関係なく、ああなりたいなぁ・・・(^^♪、こうはなりたくない!!!と思う人もいれば、置物のように顔は付いているけれど、肌から感情が滲み出てこないコケシ人もいる。

先日出逢った86歳のお爺さんは前者で、今も俳句、エッセイ等、文章を書くのが好きで、毎月、どこかに投稿しては脳を成長をさせることを楽んでいる。

日本の山450座制覇し、それも国鉄職員だったことから電車に乗っての登山だったと聞いた。

まあ、国鉄職員さんといっても、電車を動かすと言うよりは大金を動かす仕事だったらしいけれどね。

山の本を二冊出版し、そのうちの一冊を頂戴したけれど、登頂を目的とした登山というよりは、道中を楽しんでいる様子が野鳥、植物、石仏の登場によく現れていて、私のような素人でも十分楽しめる作品になっているんだよね。

「私も80代を楽しみたいから、○○さんと見習いたいなぁ・・・」と伝えたら、
「何でもいい、始めるなら早い方がいい」とアドバイスをもらった。

定年になってからでは遅すぎるし、そもそも待って始めることなど本当にやりたいことではないからだって。。。(^^♪

同世代の老人を可哀想だと言っていた。

私が出会った元気なご老人達を翳してみると、呆けない秘訣が見えてくるような気がした。

歩くこと、走ること、体を動かすことを日課としている。
俳句など活字遊びで思考回路を鍛えている。
何事も不思議に思い面白がれる純粋さを忘れない。
予定を立てて行動する。  
勉強をすることを喜びとし、老いたことをくよくよ考えない。

こんな感じで足し算すると…、
井の中の蛙大海を知らずに倣い、威張った人、優柔不断な人はボケやすいかもしれないなぁ・・・。

あとはね・・・
「ありがとう」という言葉を身近な人に気持ちよく使える人は老いても錆びない心の持ち主だと思う。

お爺さんとの出会いで私が一番見習いたいことが見つかった。

ボロは着てても心は錦・・・どんな花より綺麗に咲こうっと!!!

いつまでも元気でいて欲しい人がまた一人増えたよ(^^♪

美月

忘れてしまっていたなぁ…美月

今日、お客様の家で領収書を書きながら、ふと気が付くと・・・母の命日を忘れていたことに気が付いた。

20年前の1月18日・・
灰色の空から粉雪が降りそそぎ、すべてを凍らせるほど冷たい風が吹く中を、寒さ一つ感じることなく・・・ただただ黙々と歩いて向かった母の元。

耳の奥底に残る父の言葉が、ずっと以前にどこかで聞いた台詞のように遠くに思えて、
このまま、どこまでも歩いていけたら、すぐ目の前にある現実さえ幻想の世界へと誘ってくれるのではないか?

そんなことを想いながらも、どこか他人事のような不思議な感覚に、初めて「死」の秘密に触れたような気がした。

以前の仕事は土日以外、日付を意識しながら毎日を過ごしていたけれど、最近はトイレに貼られたカレンダーも見ているようで見ていないことが多くなった。

それがなんだと言われたら・・・何とも返しようがないけれど、でも、いつか日にちなど気にする必要のない日が来るのかな!?

まあ、一般的にいうと、年金支給日を数えながらの暮らしであれば日付は大切だけど、テレビ番組を追いかける程度であれば曜日さえわかれば十分なのかもしれないけどね。

土日、東浪見で過ごす時は、きまって寅さん映画を二本持っていく。

初期の作品を二人で観るようになってから二周目になるけれど(中には三周目のものもある)、これがまた不思議なことに見るほどに面白くなってくるから面白いなぁ(^_-)-☆

一度、二度目では気が付かなかったシーンもあって、最近は間違い探しクイズではないけれど、見落としたシーンを二人同時に見つけた時は、中秋の桜を愛でるほどの悦びがある。

本当に何でもないようなことが何よりも尊くて…こんな時間がいつまでも続きますようにと願っているよ。

もちろん神仏ではなく、先生に願いを込めてるんだけどね。

しつこい女は嫌われるのが世間一般らしいけれど、本当にしつこい女というのは、そうそういるものではないと思うよ。

えへへ、好きになったら命がけってね…一度憑いたら離れないってことだよね(^^♪

美月

紅殻格子の日記(88) 冬の風物詩

紅殻格子の日記(88) 冬の風物詩

2016年1月18日、未明から朝方にかけて関東地方平野部に雪が降りました。

そのためJRや私鉄各線が遅れて通勤時間帯はパニックでした。

まあ、毎年ニュースネタになる冬の風物詩です。

大概の人は朝の交通情報を見ながら作戦をたて、如何に早く会社へ辿り着けるかタイム・トライアルするわけです。

私も今朝は運転状況を分析していつもと違う路線を使いましたが、すっかり裏目に出て一時間半の遅刻となってしまいました。

まあ、混雑が酷い路線は駅への入場規制で二時間待ちもあったらしく、それに比べればまずまずかと皆さん自己満足しているのではないでしょうか?

さて、私は今朝東急の目黒線で通勤したのですが、おやっと思うことがありました。

ご存知の通り、目黒線は各駅にホームドアが設置されているのですが、今朝は一々停車する度に停車位置を直す運転をしていました。

つまり目標停車位置の手前で一旦電車を停め、微調整程度再び電車を動かしてホームドアの位置に合わせていました。

不思議だと思って調べてみると、目黒線はホームドアがある位置に自動停車する仕組みになっているそうです。

ところが雪や雨の日はブレーキの制動が悪くなるので、停まる位置が変わってしまうかららしいです。

なるほどと思いつつも、一回で停まれないので電車は遅れるばかりでした。

大変便利で安全なのでしょうが、科学の力を以ってしても、完全なシステムというものはありえないのだと感じましたね。

どんなに科学が進歩しても、東京タワーのてっぺんから紙を落としたら、地上の何処に落ちるかは正確に推測できないと聞いたことがあります。

テクノロジーのみに頼るのは万全ではありません。

人とテクノロジーが上手くかみ合ってこそ、最善のパフォーマンスが生まれるのではないでしょうか?

さてさて、すると車の自動運転・・「やっちゃえ」と言われても、そればかりに頼るのは絶対にいけないと思いますね。

逢瀬に向かう車窓から…美月

青空が気持ちよい朝、今週も東浪見泊です。

一月も半ばですが、思い思いのスタイルで、お出かけする人達の話し声で電車の中は大変賑わっています。

先生と出会えなければ、思い出の半分は見ることのなかった時間。

一人の人との出会いが、これほどまで人生を揺がす影響力を持っているとは思ってもみなかった。

女心が芽吹き始めた頃、運命の人は3人いるのだと、恋愛マニアのクラスメートに聞いたことがある。

1人目で人を愛する事を知る。

2人目で本当の愛と失う辛さを知る 。

そして3人目で永遠の愛を知るらしい…(^^)

もっともらしいけれど、それではいち早く三人以上の恋人を持ってしまったクラスメートの将来の姿はシスターかと思ったら、二度離婚した後、今だ恋人募集中だと風の便りに聞いた。

まあ、はじめの一歩をいつから数えるかは自由だからいいんだけどね。

でも、私は遠い昔も現在も、心から愛せる人に出会えるのは奇跡だと思っている。

星屑を散りばめた夜空にどんなに思いを寄せても、一つも手のすることはできないような、近くに見えても遠くて大きな存在が愛だと思っていた。

そもそも私は人に愛される尊さを備えていないし、多少?威張って見えても、ロシア人形マトリョーシカのように実在は殻を被ったカリメロみたいなものだからね。

でもね…先生が私を褒めてくれるたび、私は私を好きになることができた。

まあ、褒められることなど滅多にないけれど、人に心を読まれて嬉しいと感じられのは先生が初めてだった。

だから、私にとって先生は初恋の人で、出会いの素晴らしさを教えてくれた恩人です。

あれれ…出だしは熟年女子グループの愚痴バトル風景を書こうとしたのに、また、いつものように惚気話になってしまったね。

私の今日は青空です。
みなさんの今日も晴れるといいね。

美月

紅殻格子の日記(87) DAVID BOWIEを悼む

紅殻格子の日記(87) DAVID BOWIEを悼む

別にイギリス人とは親戚でも何でもなく、葬式の常連コメンテーターだった森繁久彌を目指すわけでもないので、標題はいささか恥ずかしく感じてしまいます。

しかし17歳の時、『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』というへんちくりんなアルバムに針を落として以来、私は40年弱もBOWIEが張った蜘蛛の巣にひっかかったままなのです。

美月と同様、私は好きな物には執拗な性格ですので、同じ曲を繰り返し繰り返し聴き続けているうちに40年経ってしまったという感じです。

しかも私がきちんとBOWIEのアルバムを理解して聴くのは、『Space Oddity』から『Scary Monsters』までぐらいで、それ以降の作品はあまり好きではありません。

だから先週BOWIEが亡くなったと言っても、私にとっては既に1980年に彼は創作活動を中止しているのかもしれませんね。

ただ先の土曜日、東浪見のリゾートで、寝る前に何故か久しぶりにBOWIEを美月と聴いた後だったのでさすがに吃驚しましたがね。

私が初めて九十九里浜へ行った時、ウォークマンから流れていたのは『Ashes to Ashes』という曲でした。

これはBOWIEの作品の中でも大傑作なのですが、ここまで九十九里浜を愛するのも同曲がいつもシンクロしているからでしょう。

好きな物と好きな物が組み合わさって相乗効果のように心を揺さぶるのです。

つまり心に残る音楽は独立してあるのではなく、何らかのシーンや情景と絡み合って刻まれていくのでしょう。

それにしてもBOWIEは恰好良かった。

78年ぐらいの日本公演をNHKの『ヤング・ミュージック・ショー』で初めて観た時は興奮しました。

当時、ビデオを持っている人は僅かで、テレビのイヤホーンから音を取ってラジカセでテープに録音しました。

それが精一杯でね。

まるで外国版『PlayBoy』の黒マジック塗りを太陽に透かして見るようなドキドキ感がありましたよ。

それほど好きだったなあ。

否、軌跡はしっかりと残っているのですから、私は今までと変わらずBOWIEを聴いていくのでしょう。

生きていようが死んでしまおうが、何らBOWIEは変わらないんだと思います。

合掌。

生きている限り…美月

先生の人間ドックの結果が届いた。

年末年始を挟んでの郵送なので、少し遅くなるかなぁ〜と思っていたけれど、無事届いてよかった。

でも、検査結果に「十二指腸粘膜下腫瘍」が注意事項として記載されていたらしいんだよね。

嫌だなぁ・・・(>_<) 

どうして病名というのは、如何にも重々しい書き方になるのだろうね。

逆流性食道炎にしても、患っている本人が平気で口にしているけれど(中には自慢げに話す人もいる)、よくよく考えてみると凄い状態を想像するよね。

戒名ではないけれど、文字数が長ければ長いほど重くとらえてしまうから、今すぐどうのこうのではないと言われても、一度、怖い目にあった分、心配は二倍になるんだよ。

今は時間が取れなくて先生の作品を出版社に提供していないけれど、以前、二足の草鞋を履いていた頃は、「締切」という言葉を会話でもメールでもよく使っていた。

締め切りを作品の提出日とするか?自分への打ち切りとするか?で考えると、先生の場合、納得できたことなどなくて、私がいいんじゃないのぉ〜と感動しても、おもちゃの箱から飛びだした人形のように思考が踊り出してしまうと収集を付けたがらなくなる。

締め切りに追われるというよりは、頭の良い人というのは、パラレル思考で物事を同時に並行して考えることができるから、ある意味、自分の能力が厄介になるのかもしれないなぁ〜と低能者は思う。

だからね、先生がどんなに偏屈者でも納得がいくし、滅多にお目見えできない人と出逢えて本当に幸せだと思ってるよ(^^♪

人は命ある限り、何かに追われて生きているのかもしれない。

先生にとっての締め切りは命終わる時まで…そして私の締め切りは先生が終わる時まで…。

美月

幸福との落差…美月

土日は充実した幸福の中で過ごした。

こんなに幸せな瞬間があるだろうかと思えるほどの夜空の星の美しさに魅せられて、なんだかねぇ・・・気が抜けちゃっています。

人間ってあまりにも偉大なものを前にすると、小さな自分が情けなくて消えてしまいたくなるのかな。

旅から戻ると急に寂しくなったりするけれど、私はいい年をして先生と離れるとホームシックになります。

それは以前よりも強くなり、最近は週の半ば頃まで下向き状態が続いてしまいます。

千葉からの帰り、蒼い海の上を走っていても行きのような爽快感はありません。

もうすぐ楽しい時間が終わってしまうと思うと、出逢った当時の駅のホームでの別れの時を思い出し切なくなります。

このブログの常連さんは、私がしつこい女だということを十分理解してくださっていると思いますが…

共に過ごす時間が長くなればなるほど、好きで好きで好きで…となると思うんだけどね。

まあ、先生は深い海のような人だから、どこまで潜っても底が見えないのだけれど、
見えない部分が心を遠ざけるのではなく、磁石のように見えない力で引っ張られてしまう。

そんな先生に対して嫉妬している部分もあるし、嫉妬が尊敬という形に変わるのも、私がどんなに努力しても手の届かない存在だからかもしれないなぁ。

そうなると・・・先生って人間じゃないのかもしれないよね。

有りがちで無さそうな話で語れば、神様が姿を変えて降りてきたとなるけれど、そんなくだらない事を考えても怒られないのが作家である先生の先生たるところなんだけどね。

月灯りに照らされた海の道を、二人並んで歩いて行けたら幸せだなぁ・・・。

美月


プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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