二個一…美月

土曜日は、先生のお父さんの携帯電話を解約する為、AUショップに行ってきました。

しばらく電源を入れていなかったというから着信履歴は見なかったけれど、持ち主を失った迷子の電話はどこか寂しげだった。

世の中に、どれほどの迷子電話がいるのだろう!?

昔、「便りがないのは元気な証拠」と言ったものだけれど、今は手紙がスマホに変わっているんだね。

お父さんの携帯の解約ついでに、先生の電話も新しいスマホに切り替えた。

iPhone6 PLUSとIpadをセットで購入し、一躍、今どきの人の仲間入りをした。

でもね、2人ともAUのお兄さんの説明が半分しかわからない・・・(^^ゞ。

とても親切なんだけど、そもそも喋っているネット単語がわからない。

まあ、中年あるあるなんだけど、でも二人で一人程度の理解力しかないのだろうねぇ・・・(^^ゞ

ここ数年、時代の流れが早すぎて、着いて行けないことが増えてきた。

でね、先生に「私たちって二個一だね」と言ったら、「二個一」は死語だと言って怒っていた。

それでは一心同体、唯一無二の存在が言い?と聞くと、これまた答えない(^^♪

昔は「老いては子に従え」と言われたものだけれど、この年になって改めて、この言葉の意味の深さを知ったなぁ・・・(^^ゞ

えへへ、でも先生のことだから、老いても子供にも私にも従わないだろうと思う。

まあ、そこが先生の可愛いところだからいいんだけどね(^_-)-☆

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は先生と都会デートです。

このところの週末は雨だかりだったから、久しぶりの青空に心が浮き立ちます。

まあ、先生に逢いに行くという前提あってのウキウキだけどね。

どんなに空が蒼く澄んでいても、先生が居なければ空も見えないよ。

下向き歩きで躓いて、転んだ拍子に百円拾ったとしても、ちっとも嬉しくない。

それでも、先生の「頑張れよ」の一言で、「飛びます、飛びます」とコント55号ばりにテンション上がるのだから、恋というのは不思議なものですね。

今日も大切な人と、心のこもった時間を大事に過ごそうと思う(^^)

美月

一年生…美月

2日間の研修が終わり、今日は配属先で初仕事だった。

あいにくの雨の中、社会人一年生のように緊張しながら電車に乗り、駅から営業所まで足早に歩けば、いつしか社会人になったような気持ちになってくる。

会社のドアを開けて、大きな声で挨拶をする。

そこには外回りに向かう準備に追われる10名ほどの人がいて、笑顔で対応してくれたことに一安心する。

所長さんからの話を聞き一連の流れを説明されたけれど、今すぐにも「自分の足で歩きましょう」という感じだった。

営業職にはそれぞれの個性もあって、結局のところ手取り足取り教えられてという世界ではないけれど、営業経験者でない限り、絶対に人は育たないだろうなぁ・・・。

でも、人なんて変わりは幾らでもいるのだろうね。

今までそう思ったことはなかった。

少なくても自分が教える立場であった時は、人が入るたび心配事はないか?困っていることはないか?常に頭にあったけれど、
一般的会社組織では、人は人でしかないのだと改めて感じた。

だからこそ日常の人間関係が大切なんだよね。

転職に限らず、人生の節目において応援してくれる人の存在は大きいね。

私は残念なことに夫婦愛を持ち合わせていないけれど、先生の存在のおかげで気持ちを切り替えることができる。

「人生は一度きりなのだから、どうせなら笑って暮らした方がいいよね」というけれど、「笑える」というのは、そう簡単なことではないと思う。

気持ちというのは確かに持ちようだけど、笑いたくても笑えない状況にある人に、「朝日に向かって走れ〜」といっても無理だよ。

年を取ればとるほどに、日を重ねれば重ねるほどに、先生に出逢えたことに感謝する毎日です。

えへへ、私の誇りは先生だからね・・・少々のことではへこたれないよ。

明日もまた一年生、新しい社会に入れば、どんな皺くちゃババアでも一年生になれるんだね(^^♪

美月



研修…美月

今日は仕事の研修に行ってきました。

研修は一人キャンセルが入り、私と24歳のYさんと二人で参加となりました。

Yさんのお母さんは、48歳だそうですが、親子ほど年の離れた

久しぶりに人に教えられる立場となり、改めて今までの人生を振り返ると、情けなかったり、恥ずかしかったり…(^^ゞ

でも、ちょっとした嬉しい偶然がありました。

配属先が各所にある中で、Yさんと同じ場所に勤務地で、そして彼女の名前「●●未来」さんですが、なんと苗字が先生と同じでした。

えへへ、まるで先生との未来が明るいものとなるような・・・(^_-)-☆

もちろん勝手なこじつけですが、先生大好きな私にとって、先生関連の出来事が嬉しいなぁ〜。

おみくじで言えば大吉を引いた気分です(^^♪

Yさんのお母さんは48歳だそうですが、親子ほど年の離れたYさんと、これから職場の仲間となるかと思ったら可笑しかった。

Yさんは幼い子供三人を抱えるシングルマザーで、ご両親の応援を頂きながら、これから慣れない仕事と子育ての両立で頑張るそうです。

そう思うと・・・私はダラシナイなぁ。

彼女は社員で働くそうですが、私は一日4千円しか働かなくていいのだろうかと思ってしまいます。

仕事を辞めてから(いやいや、辞める前から…)、先生のお世話になりっぱなしなのですが、先生と休日を過ごしたいと思うと仕事選びも限られてしまいます。

自由に仕事を選べない・・・そういう年齢だと身に染みて感じながら、まあ、今まで生ぬるい社会に浸かっていたツケが回ってきたと思えば致し方ないよね。

まあ、少し慣れたら、Wワークも考えようかと思っているけれど、今は一つ一つ変化に対応していくだけで精一杯といったところです。

都会と違ってローカル線の単線に複雑なものはなく、どこまでもまっすぐと伸びています。

目で追うほどの変化のない風景の中を、コトコトと走る電車の後ろ姿が小さくなって見えなくなるまで先生と二人で眺めている。

私はそんな時間に幸せを感じてる。

美月

好きになったら…美月

昨日、今日と東浪見で過ごした。

三週連続の休日田舎暮らしだけど、本当に何する訳でもないのに楽しいことが飛び出してくる。

紅葉狩りのピークに小雨が降り、観光客が疎らなイベント会場は、どこか寂しげで冬の訪れを間近に感じさせる。

それでも私達の秋は、色鮮やかで美しい姿をしていた。

上総大久保駅と向合わせで聳え立つイチョウの木は、夫婦イチョウと名付けられるほど、二本仲良く寄り添っている。

11月22日は良い夫婦の日らしいけれど、あいにくの仲良し夫婦を見かけることはなかった。

ハイカー、日帰りバスツアー、養老渓谷一の賑わいを見せる三連休を、ご夫婦で参加された方もいたけれど、二人でも一人のような…生きてるようで死んでいるような…まあ、どちらも主体性を持たない関係というのは見ていて面白いね。

私は昔から並んで歩くのが苦手だったけど、やっと自由を謳歌できる大人になったのに、お金を払ってまで引き回される旅を選ぶ勇気はないなぁ~。

確かに、あちこち行けて、あの値段となると、お得感盛り沢山な気分になるのかもしれないけどね。

でもツアー客見学を趣味としている私達の目に映る光景は、ゾンビ行列であり、意志を持たずに歩くと感動も薄れるのか?、声のトーンが低めで視線も下向きになる。

こんなことを言える私は、今が幸せだからだよね。

私には先生がいて、一緒に楽しめる時間があって、先生がいるだけで私の幸せの殆んどが成立してしまう。

一人は寂しいんだよね・・・二人がいいの。

先生と出逢ってから、得意だった独りぼっちが嫌いになったし苦手になったよ。

きっとね、人を馬鹿にしたような物言いに腹が立つ人も多少はいると思う。

うん、偉そうなこと言っていても、独りぼっちになれば絶望するし、生きていく力さえ失ってしまうかもしれない。

でもね、最近はそれでいいと思うようになったんだよね。

私は臆病者だから自分を傷つけることを極端に嫌うけれど、失う怖さがあるうちは、本気で欲しい物を求めることができないと思っていたんだよね。

だけど、先生に出逢って言わずにはいられないことが沢山になったら、一つ一つ伝えていくうちに心の中が澄んできた。

好きな人に好きだと伝えられることが、どれほど幸せなことなのか・・・ちゃんとわかるんだよね。

今まで捻くれていたのも、惨めな自分を隠すためであって、本当は仲睦まじい姿を羨ましくて仕方なかったこともね。

先生のおかげで「ありがとう」と「しあわせ」をいっぱい言えるようになったよ。

それにね、臭い台詞も嫌いじゃなくなったしね。

でも、「愛している」なんて物足りないなぁ・・・。

やっぱり本気で人を思うなら、「好きになったら命がけ!」だよね(^_-)-☆ 

美月

夫婦イチョウ

取り留めのない話…美月

昨日は実家の父のところに行ってきた。

会社を辞めて車がなくなってしまったので、どうしようか?と思っていたけれど、父と弟の計らいで車を貸してもらえることになった。

しばらく現状で頑張ってみると伝えたからか、惨めな思いをしないようにと、中古とはいえ一年落ちのダイハツタントを用意してくれた。

弟にお礼の電話をしたら、「どんなことでも協力するから、何でも言ってくれ」と言ってくれた。

84歳の父に心配をかけることになるとは、本当に情けない限りだけれど、でもね、父親というのは、いくつになっても力強い存在なんだよね。

一昨日は、元会社の同僚のお父さんのお通夜に参列した。

お付き合いのある近しい店の社長さんが来たり、もちろん義父母、主人、そして社員が揃ってきたけれど、目を合わすことなく、お焼香を済ませて帰って来た。

辞職は自分の意志で決めたことだから後悔はないけれど、この先も、何かあると気まずい思いをしなくてはいけないのは避けられないよね。

でもね、先生が応援してくれたから、背筋を伸ばして向かうことができた。

今思うと、会社を辞めるのって、本当に大変だったなぁ・・・(^_-)-☆

だからかな!? 
来週から新しい会社の研修があるんだけど、労働意欲が湧いてこない。

まあ、元々が働き者ではないので、隙あればのんびりしたいと思ってしまう。

ただね、おんぶに抱っこしてもらって、先生、父、弟の優しい気持ちが痛いほど嬉しくて、嬉しいからこそ何かしなければと思えるんだよね。

でも、今回、本当に言葉の力に助けられたなぁ。

今まで伺っていたお客様からも、辞めるにあたって沢山の言葉をもらった。

心優しい人は、言葉の選び方も温かいんだよね。

その反面、透き通った心から語られる言葉は、どんなに悠長であっても記憶に残らないものだしね。

そう思いながらね・・・今回、改めて、私は先生以外、親しい友人がいないのだと思った。

先生と出逢えてから、初めて自分以外の人と長時間一緒にいても苦痛を感じることがないことに気が付いた。

どんなに長い時間いても傍にいると心地いいし、またすぐ逢えるとわかっていても、離れると思うだけで寂しくなる。

だから遅咲きではあるけれど、世間でよく言われる、友人との時間を大切にしたい人の気持ちも多少なりわかるようになった。

でも、偏屈な意見かもしれないけれど、私は誰かの中途半端な存在になりたくなかったので、海面に浮かぶクラゲでいいと思っていた。

「お前が悪いから、息子(夫)がダメになるんだ」と主人の父から言われた時は、腹は立ったけど、でも、その通りだと思ったよ。

だからね、「その通りです」と豪語しちゃった(^^;)

こんな嫁、可愛くないよね…それもわかっている。

でもね、自分の心に嘘をつくような言葉だけは使いたくないんだよね。

心にもないことを言ってしまったら、私が私じゃなくてもいいわけでしょ・・・。

そうしたらね、生きている意味を失ってしまうよね。

あっ、こういうことを言うとね、世間では大袈裟だと言われちゃうんだけど、でもね、人に嫌われてもいいから、自分を見失いたくはないと思っているだけです。

えっへん、実は私・・・生まれてから一番、喧嘩した人が先生になります(^^♪

一番喧嘩した人が世界で一番好きな人になるなんて、本当に思いも寄らないことが起きるものだね。

でもね、喧嘩した後、親しい人と離れ離れになることが、こんなにも寂しくて悲しいものだと感じることができた。

そう思うとね…喧嘩して腹も立たない関係というのは、完全に相手を馬鹿にしていたことになるのかな!?

いや、違う・・・きっとジャンル違いの生き物だったのかもしれない。

始めて出逢った人間の男に恋をした人魚姫の気持ち・・・どれほど切なく恋しかっただろうなぁ。

あっ・・・先生のことだから、どうせ狸が人間に恋をしたと言いたいでしょうが、えへへ、狸は仮の姿です('ω')ノ

美月

口癖…美月

今日は親しい人のお父様の葬儀(お通夜)に参列させていただきました。

会場の一角に「想い出コーナー」として、故人の思い出のお写真や愛用品が飾ってありました。

直接、お会いしたことはなかったのですが、読経の中、ご焼香をするだけが葬儀ではないと思いました。

始まる前、そして終わった後も、故人を偲ぶ大切な時間が葬儀本来の意味なのかもしれませんね。

どんなに位の高いお坊さんのお経であっても、愛する人との別れを惜しみながら、幸せだった時間に感謝を込めて溢れる涙ほど尊いものはないと思いました。

日頃から仲の良いご夫婦だと聞いていました。

結婚50年の記念にと、写真屋さんで撮影したお二人の仲睦まじい姿が今も目に焼き付いています。

遺影には、その時の写真が使われていました。

故人の口癖は、「幸せだなぁ、楽しいなぁ」だったそうです。

お父さんの隣で楽しそうに笑うお母さんの顔、幸せは日常の中にあるものなのでしょうね。

焼香を済ませ、仲間を待つ間、先日の先生のメールを思い出し、思わず涙が溢れてしまいました。

遺影に使ってくれと送られてきた写真には、先生の隣に私のワイングラスが映っていました。

先生は、「ワイングラスを切り取ることなく、風景そのまま遺影にしてくれ」と言っていました。

繊細な感性が先生の魅力だけど、小さな想い出の中にも印象深い言葉が刻まれていて、何かあるたび引用しては泣いてしまう。

最近、めっきり涙もろくなったなぁ。

一般的に年を取ると感性が鈍ると言われているけれど、先生は私が今まで経験したことのない新しい世界を沢山見せてくれるから、視野が広がった分、感動の鮮度を保つことが出来ているんだろうね。

今まで見てこなかったものに触れられるのは幸せなことだし、それを大好きな先生と一緒に見ることができるんだから楽しいよ。

幸せな言葉が口癖となって、愛する人のもとへと届く日常がいいね。

美月


紅殻格子の日記(83) 永住先

紅殻格子の日記(83) 永住先

美月が先日、私が千葉に別荘を3軒持つと言ったと感心していましたが、まだまだそれは千葉の何処に永住するかが定まらないことを意味しています。

三十代の頃は、神奈川県の葉山に別荘が欲しいと思っていました。

伊豆・箱根は勿論、会津の温泉地に別荘を建てたいと考えていた時期もありました。

年を取るにつれて人生の選択肢が収斂されてきたのだと感じますね。

人生には無限の選択肢があります。

それを毎秒毎秒進む道を選んで生きて行くのが人間です。

そして自分が選んできた樹形図が一本の連続線となった時、人は死ぬわけです。

つまり無数にあった選択肢は、年と共に少しずつ狭まって行かなければならない。

でもそれは必ずしも悪とは言えません。

千葉県へ行くと、私達は必ず久留里の喜楽飯店(テレビ出演も多い名店・・ということにしておきましょう)でマーボ麺とイカラーメンを食べます。

毎回です。

もっといろいろな店で様々な美味しい物を食べればいいと思うでしょう?

でも私は好きなものは無限に持てないと確信しています。

食べ物でも男女関係でも同じですよ。

確かに若い頃は経験することも大切ですが、好きな食べ物を見つけたら、できる限り食べていたいと思うんじゃないですか?

すると無数の選択肢は自ずから減って行きます・・それが老いることなのでしょう。

でもそれは決して哀しいことではありません。

むしろ好きなものだけに囲まれた生活は、真に満ち足りた喜びなのではないでしょうか?

私には浮気と言う選択肢はありません(きっぱり!)。

そんな面倒なことをするぐらいなら、一分でも多く美月と一緒にいた方が楽しいからです。

こうして人生は一つに収斂されて、一粒の甘露となって年月をいたわってくれるのかもしれませんね。

ですから千葉で別荘を3軒持つと言っているのは、まだ実は終の棲み家を見つけられずにいることに他なりません。

千葉までは決まっているのですが、その先はまだまだいろんな経験を重ねて選んでいくのでしょう。

楽しいね…美月

今週末もあいにくの雨だったけれど、雨でも楽しい東浪見生活で気分はリフレッシュ(^^♪

もちろん東浪見(土地)が何かしてくれる訳ではないけれど、水が合うのかもしれないなぁ〜。

どうも北に上がると・・・調子が悪いんだよね。

まあ、元々寒いのが苦手なのもあるけれど、、四季を通して東浪見で過ごすうちに、永住したいと思うようになった。

ちなみに先生は、山と海と町と・・・「千葉に三軒別宅を持ったらいいんじゃない!」とサラリと言っている。

えへへ、普通は別の県で別荘を数カ所持つ人がいるだろうけど、同じ県に三つとは・・・どれだけ千葉LOVEなんだろうね(^^♪

先生のそういうところ好きだなぁ・・・何物にも囚われない自由な発想が好きだなぁ。

最近、田舎暮らしに憧れて、移住を希望される人も増えたけれど、憧れだけでは長続きしないのが田舎暮らしだと思う。

まあ、田舎暮らしに限らず、住み替えはメリットだけでなくデメリットも付いてくるよね。

誰も居ない山奥は静かでいいけれど、季節によって風景も様変わりすれば、暮らし方も違ってくるでしょ。

それに年を取ると適応能力も衰えてくるだろうから、あまり年老いてからの引越しは辛いだろうと思う。

そうなるとね・・・年金をもらえる年まで待つのは難しいかもしれないなぁ。

では、いつか? 今でしょ!となればいいんだけど、今すぐに動くのは無理だから、できる限りの準備はしておきたいと思う。

えっ、じゃあ〜何を準備するかというとね…健康的な体作りです(笑)

何をするのも体が元気じゃないと頭も心も働かないからね。

昨夜、目が覚めて、先生の寝息を数えながら、肌の温もりに心が和んだ。

幸せというのは、何度味わっても新鮮な感動があるんだよね。

でも、数えあげたらキリがないほどの幸福を、私はしょっちゅう忘れてしまっているのかもしれない。

先生から貰った大切な想い出を忘れてしまったら悲しいよね。

だから何かの形で残しておかないといけないのだと思う。

それがブログであり、毎晩のメールに刻まれているんだろうね。

ふと気になったので、私が送信したメールで「幸せ」と入れて検索してみた。

10年間で1122通のヒットで堂々の第一位。

そして第二位は「楽しいね」だった。

私は、私から見ても幸せなんだなぁ〜としみじみ思った。

もちろん先生のおかげだけどね。

幸せは自己満足に過ぎないけれど、自分を満足させられないで人生は語れないよね。

美月

秋の日に思う…美月

枯葉が舞う季節になると、三年前の秋を思い出す。

先生の癌が見つかってから、手術を迎えるその日まで、ずっと空ばかり見て過ごしていた。

運転中も空に道が続いているような気がして、ひこうき雲が白線に見えたりね。

大きな雲が掌に形を変えると、先生を連れて行かないで…と頼んだよ。

天に誰がいる訳でもないのにね。

そうわかっていても、見えない自然の力に期待してしまったり、下された現実を好転させる理由を一生懸命探したりね(^^;;

あの時のことを思い出せば、私は今があることが嬉しくて、今日も先生と過ごせてよかったと、毎夜寝る前に思って目を閉じる。

多少、辛いことがあっても、「先生がいるんだもん、いいじゃん」・・・と、子供じみた駆け引きをして、安心感を手に入れたりもするし、嫌なことがあれば先生のことを思い出して、脳内チャネルをお笑いモードに変えてみる。

それでも、たまに先生の居ない夢を見ることがあるんだよね。

隣に眠っていたはずの先生が、何処を探しても見つからなくて、「夢なら早く醒めて!!!」と叫んで、目が覚めてほっとする。

先生は癌発覚以前から、常に死を意識して生きている人だと感じてきた。

現に出逢ったばかりの頃のメールには、浮かれた心の反面で生と死を意識した話題も多かったしね。

昨夜も、遺影にしてくれと・・・お気に入りの写真を送ってくれたし、死に際の希望はその時どきで違ってはいるけれど、私が先生を見送るストーリー仕立てで描かれていることは十年経っても書き直されていない。

たった一度の人生だから…と誰もがわかっていても、口に出して「一度きりの人生」と繰り返す裏には、「死」を意識する=最悪を想定して残された時間を充実させることにあるのだろうね。

えへへ、先生のことを書いていると、気難しい男の特徴を並べているみたいだけど、先生は自分を弱い人間だという。

だから何かに縋って生きなければならないのだという・・・。

それが九十九里浜であってもいいだろうというんだよね…。

昔話に出てくる日本人が山に神を感じたように、何に神を重ねてもいい、それぞれの人が大切に信じるものなのが神なのだと…。

だからね、九十九里浜を毎日、肌で感られる場所に先生と住みたいと思っているんだよね。

月の大きな夜には、金波銀波に姿を変えた龍神様が目の前に現れる。

慈愛する神の傍で眠れたら、心と体は浄化されるよね。

そうしたら・・・先生、間違いなく長生きするでしょ(^^♪

未来予想図は思わないことには叶わないし、願なければ夢も見れないもんね。

まあ、願いごとが多いのも困るけど、順序立てて夢見たら、希望はいつか現実になると信じてる(^_-)-☆

美月


プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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