紅殻格子の日記(79) 『徒花の会』

紅殻格子の日記(79) 『徒花の会』

徒花(あだばな)の意味を御存知でしょうか?

咲いても実を結ばない花のことです。

『徒花に実は生らぬ』などとことわざで使われますが、いくら美しい花を咲かせても実を結ばぬ徒花では仕方ないという悪い喩えになっています。

不倫は徒花です。

実を結んではいけない恋なのかもしれません。

しかし私は思うのです。

実を結ぶことが目的の恋など本当に正しいのでしょうか?

結婚して子供を産んで孫の顔を見て死ぬ・・このブログへ訪れてくれる人はそれで満足な人生と割り切れる人なのでしょうか?

私は美月と出逢って「愛する」と言う美しい花を初めて見た思いでいます。

結婚には地位や経済力、親類縁者との相性など条件と誤魔化しがつきものです。

でも不倫は違う。

好きになったから一緒に居たいだけなんですよ。

実生を目的に栽培した花が結婚であるならば、より純粋で美しい道端の花が不倫なのではないでしょうか?

実など結ばなくていいじゃありませんか。

自分の感情に対して素直に生きるのが徒花ならば、その美しさを精一杯愛でてあげようではありませんか。

前置きが長くなりました。

誰にも話せない徒花の恋を是非私達に語って下さい。

当ブログのオフ会として、『徒花の会』を立ち上げます。

大袈裟な会ではなく、休日に昼から酒を飲んで語り合いましょう。

10月4日(日)13時、東京の上野近辺で私達は飲んでいます。

参加頂けるもの好きな方がいらっしゃるなら、コメントで「管理者だけに表示を許可する」にチェックを入れてご連絡下さい。

詳細をご連絡します。

まあ、私達も期待をせず軽いゲストとしてお待ちしております。

どこまでも歩いていけたら…美月

先週の土日は東浪見&大多喜と、まるでBSのローカル線の旅さながらの休日時間を楽しんできました。

14番目の月を楽しみたいと思っていたけれど、あいにくの雨が窓の外を曇らせて海も霞んで見える。

都内で逢瀬を重ねていた頃は、地図に傘マークが被ると気持ちまで暗くなったけれど、車で出かけるようになってからは雨を呪うこともなくなった。

二人の好きな物だけが並んだ食卓に、飲むほどに舌に馴染む日本酒が添えられたら、あとは時間を気にすることなくのんびりと過ごす。

寅さん映画を観ながら、泣いたり、笑ったり、時に怒ったり…。

おいちゃん、おばちゃん、サクラの気持ちが痛いほど伝わってくると、お節介にも参加型視聴者となった私達は、画面に向かって寅に説教したりと忙しい。

思えば、これこそお茶の間の楽しみだったんだなぁ・・・。

今はテレビを観ながら食事をするスタイルは嫌われるみたいだけど、昔は、テレビ=一家団欒といってもいいほど、大切なコミュニケーションツールだった。

でも、「家族」を美化するあまり、本質が見えないまま幻想に取り憑かれてしまう。

出逢ったばかりの頃、私達は仮想世界の住人だった。

でも、いつしか現実世界と仮想世界が逆転していた。

先生の存在が仮想世界では収まり切れないほど進化したのだと思う。

未来に向けて色々思うことはあるけれど、でもね、何年経っても基本はブレていないんだよね。

先生と腕を組んで歩ける至福があればいい。

地球と月が引かれ合うように、いつまでも先生と二人、どこまでも歩いていけたらそれでいいんだよね。

美月

中秋の名月…美月

夜空の一番高いところで蒼い月が輝いている。

「中秋の名月」に絆されて月を見上げるほど初心ではないけれど、今夜の月は今しか見れないと思うと切なくなる。

丸くなくてもいいんだよね…見えなくたっていいんだよ。

月が空にあると思うだけで、雨の日も泣かずに頑張れる。

一人ぼっちの夕暮れは、疲れた体と心を癒やすように、ほんの少し車を停めて月を眺めて息を整えた。

夜になると寂しさがこみあげてきて、サウンドオブサイレンスを聞きながら、歌に感情をすり替え涙した。

そんな時、小っちゃな共通性でもいい、同じ気持ちを持つ人が私に話しかけてくれたらどんなにいいだろうと思った。

どこにいるかわからないけれど、いつか…そんな人に出逢えたら、私は躊躇わず恋に落ちるだろうと思っていた。

だけど、捻くれ者の願いなんて嘘臭くて、儚い夢で終わるのだろうと思いながらも諦めることが出来なかった。

私は先生に逢いたかった・・・。

だって一生に一度くらい、本気でしつこい女になりたいじゃない。

「あなたがいないと生きていけない」なんて…

誰かに聞かれたら顔から火が出るほど恥ずかしい台詞だって、平気で言える相手に出逢えたらどんなに幸せだろうと思うでしょ。

心の中を覗かれたって隠すものがないくらい、あけっぴろげな恋がいいんだよね。

そう思っていたけれど…

恋ってね、深まるほどに愛着が湧いてくるものなんだね。

先生と手を繋いで歩いているとね…初めて逢った日より幸せな気持ちになるんだよ。

一日一日と想い出を重ねるたび、油絵のように深みを増すのが熟恋かなぁヽ(^。^)ノ

美月


シルバーウィーク③…美月

朝、目覚めると、窓の隙間からベランダで洗濯物を干しているオバサンが見えた。

53歳、私は立派なオバサンだけど、果たしていつまで「オバサン」という括りの中に収めていいのか?
最近のオバサン枠は、昔より幅広くなった分、言葉使いに困るよね。

早起きのオバサンだなぁ〜と思って時計を見たら、すでに9時を過ぎていた。

そういえばお腹も空いている。

ここは横浜、本牧通り、清々しい秋風に誘われて、散歩がてら朝食を食べに行こうとなった。

東浪見の朝食は他と比べることができないほど充実しているけれど、都会には都会の朝ごはんの楽しみ方があるよね。

小一時間ほど歩いたけど朝食向きの気の利いた店が見つからず、本場インド人経営のカレーセットを食べることにした。

以前、朝カレーダイエットというのが流行ったけれど、焼き立てのナンは美味しすぎて、お皿からはみ出してしまうほど大きかったのに欲張って食べたので、お腹はぽんぽこ狸になってしまった。

これではダイエットどころではないよね(^^;)

家に戻ると、先生が体重計にのり出した。

おまけに私にまでのれと・・・苛めだよねぇ(^^;)(^^;)(^^;)

先生、身長180cmで体重59キロ (洋服を着て、お腹いっぱい食べた後に…)

私・・・身長158cm 体重は→「記憶にございません」

ヒント!!!

二年前に煙草を止めてから5キロ太ったままの体重を維持しています。

だからぁ〜何キロだ!と、しつこく気になる方もいるでしょうが、いずれ写真付きでお知らせできるよう頑張ります(^^♪

朝食を食べて家の片づけをして、タヌキ腹を減らすため出かけることにしました。

先生の家から一山越えると元町にも中華街も歩いて行けるのだから、都会というのは歩きがいがあるね。

でも、前日に引き続き、中華街は大型連休中の東京駅新幹線ホームくらい混んでいたので、やっぱり怖くて入れなかった。

大して有名でもない店の前にも長い列ができていて、順番を待つ無表情な眼差しは、意志を持たないゾンビのようで怖いんだよね。

じっとしていると後ろからがぶっと喰われちゃうんじゃないかと思ってしまうのは、ゲームのやりすぎかなぁ・・・(^^♪

中華街に拘ることはないけれど、昨日のリベンジで美味しい中華を食べたいと思っていたので、それではと馬車道にある周富輝さんのお店(生香園)に向かった。

二時を回った店内は、一つ、二つと、席が空き始めたので、長蛇の列に並ぶことなく座れたので助かった。

広東料理がベースなのかな? 
それでいて日本人の舌によく馴染む味付けで、久しぶりの美味しいものに先生と二人感動しました。

えへへ、あれだけお腹いっぱいだったのに、歩いてお腹空いたのか?と言われると、実はお腹はいっぱいのままだった。

でも、美味しいものは食べられちゃうんだよね。

先生は「苦しい、苦しい」とお腹をすりすりと擦りながらも、箸を休めることなく海鮮やきそばを口の中に運んでいたもん。

また行きたいと思うお店だったなぁ・・・。

もちろん喜楽飯店のマーボメンとイカラーメンとは比べものにならないけどね。

まあ、比べる対象ではないというのが正しいかなぁ。。。(^^♪

美月

シルバーウィーク②…美月

今夜は月が綺麗だね。

秋の月の想い出は物悲しく、たとえ幾つになっても、最後は母と歩いた銭湯の帰り道に辿り着いてしまう。

煌々と輝く月を見ているとね・・・私にも子供の頃があったのだなぁ〜と、しんみり思い出すんだよね。

パソコンを立ち上げる間、朧に霞む月を眺めていたからか・・・変な出だしになってしまいました。

では…昨夜の続きと参りましょうか(^^♪

先生の実家は、すでにガスを止めてしまっているので、ちゃんとしたご飯は作れなかった。

まあ、作れたとしても、よほどの大ご馳走が作れる人ならまだしも、汗水垂らして一日働いた労働者が、何も手間暇かけて自宅で夕食のおかずを作る必要などないほど食べるものに不自由のない場所なんだよね。

現代言葉でいうところの「コスパに優れた街」なのだけど、さすがに9月も半ば過ぎとなると水風呂はきついので、先生が銭湯に連れて行ってくれました。

もう一度・・・

先生が銭湯に連れて行ってくれましたぁ〜・・・(^^♪

銭湯はね、健康センターとは似ても似付かないもので、本来、癒しやノスタルジーなど求めてくるような場所じゃない。

生活の一部であり、トイレみたいなもの。

…なければ困るものが家に揃ってないのだから、世間では少々肩身の狭い思いが今も心に残ってる。

そりゃあね・・・昔の銭湯は良かったよ。

天井が高くて壁一面に描かれた富士山の上まで雲のように湯気が上がっていくのが見えるんだからね。

夏ともなれば大きな扇風機が音を立てて回っていて、濡れた毛はただで乾かせるし、汗疹の予防に鼻筋に塗られたセメントみたいな薬剤(アセレス)だってカピピカピに乾いちゃう。

ちなみに、冬になると昔のパーマ屋さんにあったお釜で髪を乾かすからお金がかかるでしょ。

確か、三分で10円だったかな? 

でも、毎日三人分ともなるとお金が勿体無いので、嫌いな弟と頬をくっつけてお釜の下に並んで座っていた。

たった10円を惜しんでも、毎日、お風呂上がりにマミーを飲ませてくれたんだよね。
本当はね、コーヒー牛乳が飲みたかったんだけど、「夜、眠れなくなるからダメ」と言われて飲ませてもらえなかった。

ある日、「フルーツ牛乳ならいいよ」と言われたので、マミーより容量の大きなフルーツ牛乳を飲むようにしたら、「お腹が痛くなるといけないからママが半分貰ってあげるね」と、さも優しい人のように微笑みながら、母が半分飲んでしまうんだよ。

今になって思えば、母はコーヒーが嫌いだった。
そして弟は物心付くまでマミーしか飲まなかったし、飲み終わるまで私の顔を一切見ることがなかったことを思い出した。

でも、私は母と半分こするのが嬉しかったなぁ・・・(^^♪ 

久しぶりの銭湯の湯は本当に熱かった。
あんまりにも熱くて入るの止めようかと思ったくらい熱かったなぁ。

でも、せっかく来たのだからと意地になり、大量の水でうめながら、足をバタバタさせてお湯を掻き回しているうちに、懐かしさが込みあげてきて泣けちゃった。

昔のお湯も熱かっただろうと思うけど、昭和30~40年代の銭湯は物凄く混んでいたんだよね。
一番混雑する午後7~8時台だと湯船の中にも人がいっぱいで、空いているカランを探すのも一苦労だった。

冬は銭湯に行くにも家から出るのが辛くて、毎日、行きたくないなぁ〜と炬燵から首だけ出して渋るんだけど、でもね、白い息を吐きながら煌く星を見上げて歩く夜道の気持ちよさは、なんとも言えず清々しかった。

銭湯育ちの自慢なんて、どこまで話せる話じゃないよね。
「私の家から歩いて通える銭湯が四軒もあったんだよ」と言っても、「すご〜い、羨ましいなぁ〜」などと言ってくれる人などどこにもいないのだからね。

でもね、先生から昔話を聞いた時、先生の実家辺りの風景が自然と浮かんできたんだよね。
もちろん匂い付きでね。

幼い頃から同じ時間を過ごしてきたわけではないけれど、見知らぬ間の想い出さえも共有できたら素敵だと思った。

そして、このたび、想像は現実のものとして目の前に現れた。

実際の風景に二人の想い出を嵌め込んでみたら、まるで子供の頃から一緒に時間をやり直しているような気がしたよ。

あまりの熱さに耐えきれず、「先に出るよ」と男湯から先生が声を掛けてくれた。

番台に座るおじいさんが、「旦那さん、今さっき、出て行ったよ」と私に教えてくれた。

それは懐かしい父と母のやり取りだった。

こんな風に誰かと生きたことなど一度もなかったけれど、どんなことがあってもずっと先生の傍にいたいと思う。

大好きな月と共にね…。

美月

シルバーウィーク①…美月

昨日、今日と先生のホームグランドである横浜辺りを散歩してきました。

これぞ大型連休の醍醐味でしょうか、元町、中華街は大変な混雑で、人の頭を追いかけているだけで目が回りそうだった。

久しぶりに美味しい中華が食べたいと言う先生に連れられて、意気込んで中華街に向かったのはいいけれど、遠くからでもハッキリと確認できる人々の蠢く姿に根負けし急いで退散しました。

空腹の体を引きずりながら一山超えて下界に下りれば、先生の実家のある本牧通りに辿り着きました。

何軒か先生お薦めのお店を覗いたけれど、どこも混んでいたので昔からあると言う「不味い中華料理屋」で昼食を取ることに…。

まあ、先生が口をとがらせて不味いというほど衝撃的な味わいではなかったけれど(味がない)、どんなに美味しい料理を出されても平日ランチのような忙しない食事をするなら、味覚を誤魔化してでも居心地の良さを確保したいと常日頃から思っている。

昼食を終えて先生の実家で一休みすることにして、100円ローソンでウーロンハイを買って帰った。

昼食で飲んだ分と合わせて、お酒が体に染み込んでくると場所を替えて飲み直すのが億劫になるし、夕涼みがてら商店街を歩けば、懐かしい匂いが立ち込めてきて帰りたくなくなる。

…ということで、急遽、先生の実家に泊まることにしました。

お煎餅屋さんで量り売りの煎餅(のりせん、柿の種)を買い、総菜屋さんでコロッケ、イカリング、ウズラフライ、焼売、マカロニサラダを買って、酒屋さんで日本酒を選んだ。

花屋さんの前を通ると、オレンジ色の薔薇に目が惹かれ、仏壇の花瓶の高さに茎を揃えてもらった。

ラーメン、うどんなどを製麺し販売している店の前に置かれた揚げ煎餅を見つけると、先ほど煎餅を二種類買ったにも拘わらず、どうしても諦めらめが付かなくて、先生に懐いて買ってしまった。

再び100円ローソンに立ち寄り、辛子とソース、焼酎と氷を買って路地を曲がると、下町ならではの生活感溢れる匂いが立ち込めてきた。

そして主を失いひっそりと静まり返っていた家が、買物に出る前に付けていった玄関の灯り一つで息を吹き返した気がした。

まるでマッチ売りの少女のラストシーンのように、四人揃って食卓を囲む幸せな時間を家は見ていたよね。

家に心があるならば、誰よりも主の帰りを待ち望んでいただろうと思う。

整理されつつある部屋に置かれたゴミの袋の山が別れの時を物語っていた。

カレンダーに記された予定表を見つめる壁時計の秒針が、幾分、遅く感じられたのは愛着という名残りが心を揺さぶるのかな。

それとも私の目が先生の心を通して見ていたのかな・・・。

お父さんとお母さんが座っていたように、先生と私は卓袱台を挟んで座り、BSテレビで笑点を見ながら最後の晩餐を楽しんだ。

二人の笑い声の合間に、窓のすぐ傍で秋の虫が合いの手を打つ。

きっと近所に住む野良猫も、普段静まり返った家の賑わいが不思議で何度も様子を見に来たのだろうと思う。

んっ? もしかしたらお父さん、猫に声を掛けていたのかな?

何かを確かめるように、先生の顔をまじまじと見つめる黒猫の瞳が、どこか寂しそうに映ったのは気のせいだったのかなぁ…。

つづく…

美月

上総十二社祭り…美月

先日の鳥居写真は、常宿から眺める景色に立つ鳥居です。

先週、日曜日は上総十二社祭り(玉前神社)に出かけてきました。

バランスの取れた朝ご飯を食べてから、宿に車を置かせてもらったまま東浪見駅まで歩き、一つ先の一宮駅まで念願の外房線に乗って行きました。

20、30分歩いて駅に着くと、朝食でたっぷり使った長ネギ効果か、体がじわじわと汗ばんできたので水分補充しようと思ったけれど、さすが無人駅です…券売機もないのですから、もちろん自動販売機はありません。

でも、一時間に一本の電車を待つ間、駅脇の森から涼しい風が吹いてきて自然の心地よさを感じることができました。

忙しない日常では、よほどの突風でない限り風の姿に気付くことができないけれど、森の中を走り抜けた風は人工の風の何倍も清々しい。

風一つとっても感動できるのは、都会のネズミの特権かなヽ(^。^)ノ

上総十二社祭り

十二社祭りは、玉前神社の祭神である玉依姫が上陸したと伝えられる太東崎に、その一族である神々が年に1度集まることに由来するといわれています。
大同2年(807)頃から始まったといわれ、神輿を担ぐ人々が裸に近い姿で波打ち際を走ることから「裸祭り」の名前で親しまれています。
13日(例祭)の昼過ぎに各神社を出発した神輿が釣ヶ崎の祭典場へ集まり、御霊合わせの儀式を行った後、順番に各神社へ戻っていきます。

そうです・・・上総十二社祭りの舞台は、いつも私達がはしゃいでいる海岸であり、二人並んだ影の映る鳥居は神様の通り道です。

東浪見に通うこと三年ですが、カレンダーの巡り合わせが悪く、今まで見ることは出来なかったけれど、今年は例祭と休日が重なったので、子供神輿も賑わっていました。

海岸で馬に乗ることはあるけれど、町中の参道を駆け抜ける馬の優美な姿は普段見ることができないので、パカラッ パカラッとアスファルトに響く馬の足音が近づいて来た時には心が震えてしまった。
 
玉前神社で秋祭りを楽しんだ後は、一足早く神輿が集結する釣ヶ崎の祭典場へ向かった。

またまた外房線に乗って一駅・・・

帰りは電車の時間を調べていたので待ち時間は少なかったけれど、本数の少ない電車がゆっくり到着すると、まるで子供のようにワクワクしたなぁ(^_-)-☆

海岸にはカメラを構えた人達が神輿の到着を今か今かと心待ちしていた。

薄曇りの空の下、9基の御神輿が波打ち際を駆け抜けると、想像を遥かに超えた人間の輪の美しさを目の当たりにすることができた。

先生と並んで歩くようになってから沢山の感動に出逢うことができた。

どの思い出も甲乙付けがたいけれど、それでも日記の締めの言葉は同じになる。

先生が一緒だから楽しいんだよね。

先生と一緒だから歩ける道があるんだよね。

美月

上総十二社祭り

上総十二社祭り1

上総十二社祭り2

無事でよかった…美月

今日は先生の定期健診だった。

三年前、人間ドックの結果が期限を過ぎても送られて来なくて、何かあったのではないかと心配しているところに病院から電話があった。

再検査の結果、食道癌が見つかり、手術が決まるまでの間は毎日が長く感じられて、それでいて時間が早く進み過ぎることに躊躇いを感じた。

先生の癌を見つけてくれた医師の紹介で、内視鏡手術の名医とも出会い、
深い傷を負うことなく癌を切り取ることはできたけれど、再発の不安は常に頭の片隅にあった。

時同じくして、有名芸能人の食道癌発覚が見つかったり、
神経を尖らせているからか?やたらと「癌」というフレーズが耳に刺さってくる。

不安材料を知識で補おうと食道癌について調べても、良い結果が出ている事案ばかり探しては「安心」を求め続けた。

先生は大丈夫・・・

先生だけは絶対大丈夫…そう思って疑わない。

好きな人のことになると、病気に対しても依怙贔屓してしまうものだと思った。

でも、時折、哀しい結果に涙する人の声を開いてしまった夜は、体を小さく小さく丸めて眠った。

三年目の夏が過ぎて・・・

私はあいかわらず先生に笑わされている。

ううん・・・私だけではなく、先生は人を笑わせるのが上手だから、先生の周りには笑い声が絶えないだろうと思う。

お金持ちになりたいとも思う。

自由を謳歌したいとも思う。

でも、先生が元気でいてくれたら、これ以上の幸せはないと思ってる。

一病息災に倣って、健康に注意し長生きしたいね。

だって…こんな素晴らしい出逢いってないでしょ・・・。

だからね、先生と二人、この世にどっぷり執着していたいんだよね。

美月
先生と私

紅殻格子の日記(78) 不倫市長

紅殻格子の日記(78) 不倫市長

大阪府柏原市の中野市長が、愛人との不倫問題で苦境に立たされているようです。

大阪府柏原市議会は14日、大阪維新の会に所属する中野隆司市長(58)が女性と不適切な交際をしていたとする週刊誌報道をめぐり「市民に動揺や不信感を与えた」として、市長の問責決議案を全会一致で可決した。
決議は「倫理的かつ道義的に市長としての資質を問われる問題だ」と指摘。
「市政の混乱を招いた責任は大きい。強く猛省を促すとともに、責任を強く問う」としている。
週刊誌は、既婚者の市長が「別の女性と交際している」とする記事を掲載した。
(産経WESTより)

マスコミや市議会の論調は、不倫するような市長は倫理的・道義的な責任をとって辞職すべきだとしています。

つまり一般人は未だに不倫は悪であると考えていて、公職にあるべき者として失格だと言っているわけです。

しかし不倫と市長としての能力は全く関係がありませんよね。

そもそも不倫を悪とする考え方が徹底的に古いですし、本当の愛を求められなかった化石のような爺婆が、嫉妬の声をヒステリックにあげているとしか思えません。

逆に好きでもない人間と同居してセックスする方が、余程人間として問題があると思いますけどね。

遊びは別として、既婚未婚に囚われず、真剣に人を愛することの何が悪いのでしょうか?

人間ですから結婚を誤ることもあります。

その失敗を取り返そうとするのは当然であって、失敗だと知りながら現状肯定してしまうのは倫理的・道義的に正しくありません。

このブログに集う方はわかって頂けると思いますが、相変わらずそんな愚か者達が大手を振って歩いているわけですよ。

まあ、この市長はただの遊び人かもしれませんが、我々再びの愛を真剣に育む者にとって、本当に愛することもできない愚か者からとやかく批判される筋合いなどありません。




幸せな時間…美月

毎回、東浪見に行くまでの道のりは、ほぼ同じことの繰り返しです。

久留里のJAで夕食の買い物をします。

四方八方、所狭しと旬の食材が並べられた店内は、生活感漂う夫婦が仲睦まじく、時には意見し合いながら忙しそうに買い物をしている。

私達はどんな風に見えるのかな(^^)

買い物客もレジのお姉さん?も、疑い深く私達を見ているけれど、そもそも野菜を選びながらベタベタしている男女など、都心のドンキホーテくらいでしか見かけないと思えば、異質な者の存在に躊躇するのは当然かもしれないよね。

8月半ばより生落花生が登場したのでトウモロコシには遠慮してもらい、加えて花ニラと梨と栗と秋のラインナップが食卓を華やかに彩ってくれている。

二人で選んだ食材を一緒に調理し、一つ一つ味わいながら「美味しいね」と顔を見合わせ微笑みあう。

平凡かもしれない、でもこんな幸せな時間はないと思ってるよ。

女の幸せってね、大それたことじゃなくて、ふとした瞬間じわぁ~と心があったかくなる感覚だと思うんだよね。

世間で言えばそろそろ不燃ゴミの日にこっそり出されたって仕方のない年齢になって、愛する人の傍で笑っていられるだけでも幸せなことなのに、花を愛でるように大切に思ってもらえて本当に嬉しい。

金曜日は先生の定期検診があるけれど、結果が出るまで現実を怖れながらも、先生の身体に何事もなく三年目を迎えられたことに感謝したいと思う。

「いつまでも一緒だよ」

…と出会ったばかりの頃、先生が言ってくれた言葉だけを信じてここまできた。

だからね…これからも信じて傍にいたいと思っています。

美月

追伸…

今朝のメールで、昨日の記事に貼った画像(浜辺に書いた字)がなんて書いてあるかわからないと、先生からご指摘を受けました。

「好きになったら命がけ」と答えたら・・・

「う〜ん、50過ぎてヤンキーも嫌だなぁ〜 」と返事がきました。

えへへ、先生って、とってもお茶目な人だなぁ〜ヽ(^。^)ノ

プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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