夏の終わり…美月

茹だるほどの暑さから一変、気持ち悪いほど涼しくなった。

曇り空に雨の日が続いているけれど、一人夕暮れ時に月を探せば、何処にも見つからず、寂しい思いで家路につく。

先日、先生と一緒に赤い電車に乗り、生まれ育った町を通過した。

懐かしい駅は高架化され、踏切からまっすぐ伸びる商店街の姿を見ることは出来なかったけれど、この時期になると無性に昔が恋しくなる。

夏の夕暮れともなると、昼間は閑散としている商店街も賑わいを見せる。

何も人間ばかりが暑さに耐えているのではなく、狭い間口の軒先に申し訳なさそうに置かれた鉢植えの花は色褪せ、葉は下を向き、下段の方になると黄色がかって枯れていた。

風向きが変わると一斉に葉を揺らし、喉が渇いたと言わんばかりに貧しい眼差しで人目を求めると、愛などなくても習慣化した水やりで育った植物が不平不満を漏らすことは一切なかった。

今では玄関先の鉢植えでさえ「ガーデニング」と称して楽しまれているようだけど、昔は威勢がいいのはアロエくらいで、どこの家でも一鉢は常備薬として置かれていたんだけどね。

蝉の声が遠くに聞こえた。

銭湯を出ても空はまだ青かった。

シッカロールと蚊取り線香の匂いが入り混じると、お香のような香りがした。

夏の終わりは夕陽の長さで感じ取った。

また次の夏を待たなくてはいけないと思うと泣きたくなるほど切なくて、線路の向こうに沈む夕日をいつまでも眺めていた。

こんなこと・・・誰にも話したこともないから、私の頭の中の映像を見せることはできないけれど、きっと話したところで「三丁目の夕陽」のシーンと被って描くだろうから、私の世界とは違ってしまんだろうね。

そういえば・・・私は母から昔話を聞いたことがなかった。

疎開に行った先で地元の子供に苛められて泣いていたこと、苛めっこを姉(叔母さん)がやっつけてくれたこと。

夜、布団の中に入ると「空襲で死んでもいいから、お母ちゃんの傍にいたい」とめそめそ泣いて叔母さんを困らせたこと。

「悲しいこと、辛いこともあったけど、パパに会えたからからみんな消えちゃった」と言っていたこと。

私は一度も母に怒られたことがないことも、最近になって気が付いた。

母は父のことしか話さなかったけど、私も先生のことを話し出したらキリがないのは同じだよね。

毎日、オウムのように同じ事を何度も繰り返し書いているけれど、こんな私につき合ってくれる皆様には大変感謝しています。

読んでくれてありがとう…美月


幸せなこと…美月

先日のスマホ購入から、近年の時の流れの速さを思い知らされる昨日、今日です。

昔は十年一昔と言ったものだけど、今は五年も経つと生まれて消えてしまうものも沢山ある。

それほど世の中の移り変わりが激しい時代でありながら、最近、自分の立っている位置がよくわからないでいる。

もちろん人生を過ごした長さで見方は変わってくると思うけれど、若者達さえ時代に着いて行けないと言われると、私はどこに向かって行けばいいのだろうかと考える。

まあ、結論としては、時代の流れが速かろうが遅かろうが、先生に着いて行くだけなんだけどね(^^♪

昔、男の三歩下がってついていく女が望ましいと言われていたけれど、最近の男性は女性を守る力(強い意志)がないので、女は恐くて男の後ろを歩かないのが現状かなぁ〜(^_^;)

貞淑な女の代名詞のような言葉だけれど、本来は『何かあったら、(俺が守るから)お前だけでも逃げろ』という意味を持っているそうです。

先月になるけれど、昼間から飲んだくれの集まる横須賀の居酒屋で、「男の中の男」というべき男性に出逢い感動しました。

年の頃は70歳半ばといったところかな・・・。

少し派手めな奥さんらしき女性と静かにテーブルを挟んで昼食がわりにビールを飲んでいました。

小柄で痩せてはいるものの、その眼つきたるや・・・短刀のように鋭く、一瞬の隙もありません。

まあ、完全にあちらの人なのでしょうが、奥さんがちょっとした弾みでビールをこぼしてしまったのですが、無口で気難しい旦那がズボンのポッケからずっとハンカチを取り出し、黙ってテーブルの上に広がるビールを抑えていました。

お店の人の手を煩わせまいとする姿勢が見えたけれど、店の人は店の人で、このお二人にかなりの気を遣っているようで、さっとおしぼりを取り出すと、これまた黙って片付けてしまう。

「馬鹿!何やってるんだ!!!」などと、落語の夫婦の掛け合いのような言葉は一切なく、女に恥をかかせるような男は、男としてみっともないと思っているバリバリの硬派でした。

きゃあ〜かっこいい!!! 今、思い出しても、惚れ惚れするなぁ〜(^^♪

そんなイイ男の傍にいる女もまた自然とイイ女になるのは当然かもしれませんね

奥さんはお会計を済ませると、店の人にそっと心づけを渡していました。

食の細そうなお二人なので支払いは僅かでした。

それでも混み合う時間にゆっくりと席を使わせてくれる店員さんの気遣いへの感謝なのだと思いました。

それもね、旦那さんに気づかれないように、こっそり渡している奥さんの姿を見て、またまた感動してしまいました。

えげつない話ですが、支払い金額の倍以上の心づけだったと思います。

この店を訪れるたび、旦那さんに気持ちよく飲んでもらいたいからだとすぐにわかりました。

多分、この二人は馴染みの店以外、出向くことはないと思いますが、他の店でも同じような振る舞いをしているのでしょうね。

自分の地位や名誉をひけらかすことなく、誰に対しても平等に接することができる男性はかっこいい(^^♪

これは全て私が想像した世界なのですが、先生と同じ世界が同時に広がったので間違ないと思います。

人間観察は見たままだけではなく、そこから広がる過去、現在、未来を想像するから無限に楽しい。

都会にいる時は、いつもこんな遊び方をしています。

ある意味、神経衰弱に近い感覚なのかもしれませんが、だからこそお題がなくても(サプライズ)、会話が途切れることはありません。

こんな遊びを一緒に楽しんでくれるのは、世の中広しと言えども先生以外いないでしょうね。

本当に素敵な出会いだと思います。

それを何より幸せなことだと感じています。

美月

ネバーるネバーる…美月

東浪見にいる間にもスマホの調子が悪くなり、最終的にはインターネットに繋がらなくなってしまった。

帰りにAUショップ立ち寄ってもらい状態を説明したけれど、肝心なIDとパスワードが入力できず、結局、Appleの連絡先を教えてもらい持ち帰ることになった。

AUショップのお兄さんの心温まる対応に感動しつつ、それでも気持ちが晴れない私に向かって、「連絡先がわかってよかったじゃないか」と先生が言ってくれました。

私・・・こういう一言が嬉しいのです。

世界の中心で愛を叫んでくれなくても、清水の舞台から飛び降りてくれなくても、小さな思いやりの積み重ねが愛を育てるのだと思います。

だから愛は尊いのかもしれませんね。

結局、昨日、地元のAUショップにてiPhone6plusを購入しました。

ショップに四時間近く・・・自宅に帰り、新しいスマホに息を吹きかけること3時間。

最近、これほど頭の裏表を同時に使ったことがなかったので、最後は頭がショート寸前でした。

でも、今夜も各種設定に追われ、こんな時間になってのブログ書き込みになりました。

閑話休題

今朝のおはようメールに「喉と頭が痛い」と書かれていました。

急に涼しくなったので体調を崩しがちになるのは誰もが同じかもしれませんが、「喉」と言われると心配が膨らみます。

もちろん、どこの部位であろうと先生が調子悪いと言えば一大事なのですが、
喉と食道は繋がっているので必要以上に神経質になってしまうのかもしれません。

金曜日は日帰り出張で大阪、徳島に行くと教えてくれました。

土曜日はお父さんのご自宅の片づけを弟さん夫婦とするそうです。

そして日曜日には四十九日が控えているので、今、無理をして欲しくはないのですが…(>_<)

今年の誕生日を迎えて、健康に良いことをしようと話し合いました。

だってこんな素敵な出会いはないもの・・・一日だって長くそう思っていたいもんね。

ただし・・・

「もしもために…将来に備えて…」と、近年「リスク・マネジメント」が高い評価を得ていますが、
先のことを考えすぎて「今を生きる」ことから遠ざかってしまっては元も子もなくなってしまうでしょ。

だから、あまりストイックになり過ぎず楽しみながら健康生活を送りたいと思います。

追伸…

銀行の待ち時間に雑誌を読んでいたら、「あなたは○○恋愛?」と当てはめていくコーナーがありました。

世の中にはいろいろな形の恋愛もあるものだと感心しながらも、偏屈者だもん、右に倣って矢印↓なんて辿りませんよぉ〜。

…で、私達の恋愛を例えるとなんだろうと考えました。

答えは↓

噛めば噛むほど味が出て、混ぜれば混ぜるほど美味しくなるネバーる恋愛続行中です。

えへへ、先生、「俺は納豆なんかになりたくない!!!」と怒るかなぁ・・・(^^ゞ

美月

誕生日…美月

8月23日は先生と私の誕生日だった。

誕生日だからというわけではないけれど、東浪見で海を見ながら乾杯をした。

子供のように浜辺ではしゃぎ、波と戯れ服をびしょびしょにしながら笑いあった。

それだけで十分、幸せな一日だった。

先生の食道癌手術から三年…
一般的に癌が消滅してから5年経過までに再発しない場合、治癒とみなすとされている。

一年、二年と誕生日を迎えるたび、先生の身に何事も起らなかったことに安堵しつつ、再発率の一つの目安として三年後を早くクリアしたいと思っていた。

二人が同じ日に生まれたことに意味を見つけることはしないけれど、この日を二人で迎えらえることが何より嬉しい。

今も先生が定期健診に行くたび、祈るような気持ちで結果が出るのを待っている。

でも癌に限ることではないんだけどね。

先生のこととなると過剰反応になってしまうけど、でも想いが過ぎることに文句をいうような先生ではないので、年々執着心が強まっているような気がする。

出逢った頃、二人合わせて84歳だった。そして今年は106歳になった(*^_^*)

若い頃、50代の恋など想像もできなかったけれど、先生に出逢えて私の人生は素晴らしいものになった。

だからmore・・・もっともっと傍にいたい。

そしていつか、二人揃って天に召されていければいいなぁ・・・。
美月

久しぶりの浅草③…美月

ゆっくりとしたお昼ご飯を済ませると、「久しぶりに東洋館に行ってみよう」と先生が言った。

東洋館に初めて行ったのは三年前だった。

先生の食道癌が見つかり気持ちも沈みがちだった頃、偶然?同じTV番組を観ていて「東洋館」の存在を知り、今でも現役で頑張っている懐かしの芸人さん達の芸を間近で見たいと出かけて行ったのが最初だった。

「笑い」がストレスを解消し、病気を遠ざけることはさまざまな研究で明らかになりつつあるよね。

「笑い」でNK細胞が活性化するらしいけれど、肉体的なこと以上に、先生と二人肩を並べて笑えることが嬉しかった。

久しぶりの東洋館はお盆休みの影響もあってか、大変混み合っていた。

…と言っても、座席は疎らに開いているのだけれど、東洋館ではこの状態を「満員御礼」と呼ぶらしい(^^♪

芸人さんの額から飛び散る汗が目視できる距離感は、舞台と一緒になれる楽しさを倍増させてくれるね。

毎週のように訪れる馴染み客の突込みに、芸人さんはタジタジになるけれど、でも、この人達が居てくれるからこそ舞台に上がれるのだとわかっているかのように、舞台の袖に引っ込む際は必ずといっていいほど「ありがとう」と口パクし、握手をするように優しく手を振りながら戻っていく。

以前、「いつかは東洋館の嫌われ者になれるといいな…」と言っていた先生の心に再び火が付いたかなぁ(^^♪

今回、取りを務めたのは、大好きな内海桂子師匠だった。

ネタとしては三年前とほぼ同じなんだけど、芸人を越えた名人ともなると同じネタがお客の心を舞台に誘う。

「よっ、待ってました!」の世界です。

今年で93歳になる桂子師匠ご自慢のやっこさん踊りが始まると、心が震えてきて泣けちゃいそうになった。

波乱万丈の人生を生き抜いてきた強さの影には、涙あり笑いあり、数えきれないほどの苦楽があったと思う。

それでもへこたれず、常に前を向いて歩いていく姿を目の当たりにして、私は自分の小ささが恥ずかしかった。

桂子師匠の言葉
今も浅草で都々逸などを披露しています。 ゲストの方と漫才をやることもあります。
同じネタでも全く違う雰囲気になるし、相手を思う心ひとつで、最高にも、最悪にもなる。
それが芸も人生も、面白いところね。

特別な言葉ではないけれど、桂子師匠が語れば深い味わいのある言葉となる。

いつか私も、こんな風に思ったことを素直に伝えられる人になりたいなぁ・・・。

美月

追伸…

桂子師匠の出番が終わると、拍手喝采を浴びながら静かに幕が閉じた。

下りた幕の隙間から舞台を覗き見ると、桂子師匠の足袋だけが見えた。

白い足袋は拍手が鳴り止むまでその場に立ち尽くし、舞台中央から動くことはなかった。

私は芸人ではないので「取りを務める」ということが何を意味してるか深くは知らないけれど、お客様を持てなす心(感謝の気持ち)をもっとも大事にできる人に与えられる上座(神坐)なのかもしれないね。

紅殻格子の日記(73) 人間嫌い

紅殻格子の日記(73) 人間嫌い

前回、美月がこう書いていました。

「先生は老若男女の様々な生き方を、まるで生きている人のように作り上げることができるのだから、どうすればお得な人間関係を形成できるか、意図も簡単に思いつくだろうことを私は知っている。だけど、私には素顔のままで接してくれるから、喧嘩になることもあれば嫌われることも多々ある」

まあ、的を得ている様で得ていないところもありますね。

曲がりなりにも小説を書くというのは、人物を創り出すことに相違ありませんね。

そうなると主役から脇役まで、短編であれば十数人にも及ぶ人物を設定しなければなりません。

たった一行しか出て来ない通行人であっても、私はその人の一生を考えて創り上げます。

生まれた年月から育った家庭環境、そして今はどんな暮らしをしていて何を考えながら生きているのか・・それを細かく決めて小説の中に配置していくわけです。

もちろん主役級になれば、私はその人物の一生を共に生きてしまうほどの作業になります。

言葉を換えれば、私は想い描いた人生を小説の中で何百通りも実現していることになるのですね。

例えば『妄想の座敷牢』というブログの中に、『プリン』というサラブレッドの生産牧場が舞台の童話を載せていますが、私は牧場に携わったことなど一度もありません。

全部いろんな資料を背景にして創り上げているわけです。

司馬遼太郎が『坂の上の雲』を書く時に、古本屋街の神保町から日露戦争の資料をトラック一台分買って帰ったという逸話があるほどです。

それがプロなのです。

自分の経験だけに頼るなら、人は小説を一冊だけ書くことができるでしょう。

しかしそれでは何篇も書けるはずがなく、小説家はいろいろな人間を創り上げるのが仕事なのかもしれませんね。

私も人間を何度も創っては殺してきましたが、その結果としてどうなったかと言うと、人が嫌いになりました。

不遜な言い方ですが、8割の人間は見切ってしまえるのです。

そんな人間といくら話をしても、全て想像の範囲内にあるわけですから面白くも何ともありません。

だから美月が言うような「お得な人間関係」など結んでも意味がないわけです。

その人からは私の想像以上のものは何も出て来ないわけですからね。

だから小説にも使えない人物が大半なのです。

まあ、美月はそれを超えていたということでもあります。

つきあってすぐ、一緒にカップル喫茶へ行ってくれる人などそうはいませんからね。

久しぶりの浅草②…美月

浅草寺を一通り楽しんだ後は、お昼ご飯を食べるべく、以前、二度ほど行ったことのある中華料理屋へと向かった。

そういえば朝から何も食べず、電車に飛び乗ったんだよね。

中華料理店で頼むメニューは殆ど決まっているけれど、塩味で淡白な味付けのものを好んで食べるようになった。

中華に限らず、外食メニューの殆んどは先生が選んでくれるので、私は食べることだけに専念できる(笑)

まあ、中華であっさりというもの可笑しな話だけど、先生と味の好みが似ていて本当によかったなぁ。

多分、どんなに好きな相手であっても、味の好みが合わなければ互いに辛くなるだろうね。

お酒を飲まない人はお酒を飲む人の気持ちを理解することは難しいだろうし、美味しいという気持ちを共有できることは、とても幸せなことだと感じてる。

出逢ったばかりの頃、今よりお互いのことをよく知らなくて戸惑うことも多かった。

一つでも多く先生のことが知りたくて無我夢中で恋してたけど、知れば知るほどに先生の面白さが見えてくる。

以前、書いた作品の中に、先生そっくりの登場人物(主人公)がいた。

先生が自分自身を客観的に見つめて、詳細な描写で人物像を描いていくんだけど、私が見ても(読んでも)先生そのものだった。

本人曰く…
「気難しい男を書いていると、ああ、これが俺なのかなと考えてしまう」と言っていたけど、おまけを付ければ、主人公の何倍も気難しいと言ってあげたかった。

でもね、先生にはいつまでも気難しくあって欲しいなぁ〜(^^ゞ

そもそも職人はなぜ気難しいか?と考えてみたら、答えはすぐに見つかる。

物を作り上る過程において一切の妥協を許さない(許せない?)気質が、私生活において「こだわり」という形で現れるのだと思う。

だから気難しいのと我儘とは似て非なるものだよね。

先生は老若男女の様々な生き方を、まるで生きている人のように作り上げることができるのだから、どうすればお得な人間関係を形成できるか、意図も簡単に思いつくだろうことを私は知っている。

だけど、私には素顔のままで接してくれるから、喧嘩になることもあれば嫌われることも多々ある。

でも、そういうのって人間らしくていいよね。

私は昔から喧嘩をしても仲直りできたことが殆どない。

ごめんね、いいよ…と素直に言えたら仲直りできるとわかっていても、謝りたくなるほど心底執着できる人に出逢えるまでに時間がかかってしまった。

先生に出逢えてよかったなぁ・・・と数えきれないほど呟いているけれど、好きなものを好きと言い続けられるのって幸せなことだよね。

美月

久しぶりの浅草…美月

昨日は浅草にある東洋館で漫才を見ながら大笑いしてきました。

朝、起きた時は何の予定もなかったけれど、昔のアメリカドラマ(奥様は魔女)のママそっくりなド派手な外人さんに釣られて電車に乗ると、「外人さん→観光地→浅草」とありきたりな連想ゲームのような図式が浮かんできた。

「そうだ、浅草に観光客を見に行こう!」と先生の発案で、赤い電車に揺られ浅草へと向った。

お盆休みということもあってか、よその国からお越しの方々から遠くにお住まいの同国の人達で仲見世はとてもカラフルだった。

浅草はずいぶん歩いているので特別目新しいものはないけれど、千葉でお寺周りするようになってからというもの、浅草寺の屋根の勾配一つとっても、お江戸との格の違いを見せつけられるよね。

浅草寺で名物のおみくじを引いた。

先生は念じた通り「凶」を出し・・・私は「小吉」とお粗末な結果となってしまった。

※ 浅草寺のおみくじは「観音百籤(かんのんひゃくせん)」というものです。
おみくじは比叡山延暦寺の良源僧正(慈恵大師または元三大師ともいう)によって日本に広く普及されたとされ、浅草寺にも伝えられました。
「浅草寺のおみくじは凶が多い」とよく言われますが、古来の“おみくじ”そのままです。
また凶が出た人もおそれることなく、辛抱強さをもって誠実に過ごすことで吉に転じます。

まあ、どん底から始めたら上に上がるしかないもんね。
人を頼らず自らの努力で道は開けるものだから、確立に振り回されることもないしね。

浅草寺のおみくじの凄いところは、凶の場合、ことごとく「あれもダメ、これもダメ」の連発で、何もする気が起きなくなるほど厳しいけれど、先生は思い通り「凶」が出たことが嬉しかったらしく、どこか私を可哀想な人扱いしているようだった。

ちなみに「小吉」の概要は、「努力すれば叶うこともあるでしょ」といった感じだったかな。

占いにしてもおみくじにしても当たるも八卦当たらぬも八卦と言うけれど、殆どの場合、受け取り方次第で心が前に向いたり後ろ向きになったりするものだと思う。

犬が西向きゃ尾は東は、もう古い。

犬が西向きゃ尾はあっちこっちが正しいらしいね(^^♪
(コント山口君と武田君談です)

美月

一蓮托生…美月

とげぬき地蔵商店街を流して歩き、巣鴨駅から上野駅までJRに乗り移動する。

なんといっても短い距離の間に色々な物がギュッと詰まっているのが東京の面白いところで、東京の一日は千葉で過ごす何倍も時間が加速していく。

子供の頃、見るもの聞くものが新鮮だったし、初めての出来事に出会う機会が沢山あった。

大人になると「経験」によって処理できることが多くなり、 その分、新鮮さや感動が薄れるから時間が短く感じられると思っていたけれど、現代時間の流れの速さが中年女を再び少女に変えてくれるのが都会の魅力かなぁ…。

ただし最近は都会の刺激にどっぷりつかると、頭がのぼせてしまうのか?鶯の待つ東浪見に帰りたくなる。

静と動に跨り、どちらも捨てがたい・・・と思う気持ちは、若くはないけれどさほど老いてもいない中年世代の思考と相俟っているのかなぁ(^^ゞ

上野といえば桜のイメージが強いけど、毎年7月8月の不忍池は水面が見えないほど大きな葉で覆われ、桃色の大輪を咲かせています。

今年は野外ステージ近くに「ハス観察ゾーン」が設けられ、蓮花を間近で見ることができました。

千葉で見る田園風景は素晴らしいけれど、蓮で言えば、私は不忍池の蓮が世界で一番好きです。

また・・・「大袈裟な!」と言われるだろうけれど(んっ?そういえば最近、大袈裟なこと言っていなかったね)、先生と出逢ってから不忍池の蓮を見て過ごした想い出の蓄積が、蓮の花への想いをより一層強めていきます。

泥水が濃ければ濃いほど、大輪の花を咲かせる蓮の花。

一蓮托生…
先生が蓮の花を翳してくれた日の感動が運命を共にする喜びを教えてくれたんだね。

美月

美味しい中華…美月

昨日は古巣の上野で楽しいひと時を過ごした。

その前に先生が「美味しい中華が食べたい」と言うので、大塚にある「上海チキン」でお昼ご飯を食べに行った。

本当にいつ行っても期待を裏切らないのがこの店の凄いところで、エビとイカとふんだんに使った春巻きは、いつ食べても舌が唸る美味しさです。

いつもなら春巻きを必ずおかわりするけれど、昨日のアンコールメニューは、イカとセロリの炒め物でした。

イカはニンニク風味の衣を付けて揚げてあり、セロリは茎ではなく葉の部分を鷹の爪、ニンニクでさっと炒め、鳥ガラスープの塩味で合わせた逸品は、今も思い出すとヨダレがでてきちゃう(^^♪。

そして、この店の看板メニューである担々麺は、濃厚なゴマのコクと爽やかな香草や山椒の風味で、なんとも表現のしようのない一体感が止み付き度をアップさせる。

中華の名店と呼ばれるところ数々あれど、かけがえのない逸品を持つ店は少ない。

確かにオールマイティを求める客も多いだろうけれど、私達のような好きなものに固執するマニアタイプの人間にとって、自分好みの逸品との出会いに最高の喜びを感じてしまう。

ただし、一度気にいってしまうと、羽ばたく冒険心をあっさりと捨て、狭い世界に孤立してしまうというところが玉に瑕かな(^^)/ 

三日間飲まず食わずの浮浪者が、四日目でやっと飯にあり付けたむしゃぶりよりもまだ食べることに集中できた。

おかげでお腹はまん丸となり、身重の体を抱えるようにしてチンチン電車に乗り込み巣鴨へと向かった。

巣鴨商店街はいつもより静かだった。

まあ、午後の一番日の高い時間に、お年寄りが外に出たら命取りだからね。

…といいつつも、実は私達の何倍もパワフルな年配者多いのも日本の社会現象となっているよね。

いざっ!社会の窓は今も開かれているのか・・・赤マムシの看板がやけに目に付いた。

赤マムシにどれほどの威力があるのか試したことはないけれど、最初に赤マムシを煎じて飲もうと思った人は何をヒントにチャレンジしたのだろうか…???

とげぬき地蔵(高岩寺)の門をくぐると、たちまち線香の匂いが立ち込めてきて、一気に参拝ムードが漂ってくる。

ご本尊のとげぬき地蔵(延命地蔵菩薩)は秘仏なのでお会いすることはできませんが、こちらお参りに来る方々のメインイベントは、洗い観音様にご挨拶することかもしれませんね。

洗い観音に水をかけ、自分の悪いところを洗うと治るといわれているけれど、必要以上に頭をごしごし洗う人が多いと感じられたのは、私が意地悪女だからかなぁ(^^ゞ

いつまでも元気で長生きしたいと思いつつ、最後はぽっくり逝きたいと願う心の葛藤は、寿命が延びた現代であっても昔とさほど変わらないのかもしれない。

一心に願う人の背中を見ながら、先日、先生が書いた記事にあった言霊の話を思い出した。

思い続けることで願いが叶うと信じれば、私は先生と同じだけ生きられたらいいなぁ〜と思う。

美月
プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
ご訪問ありがとうございます
現在の閲覧者数:
想い出の引き出し
画像をクリックするとアルバムが開きます
ブログランキング
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR