逢瀬に向かう車窓から…美月

真夏を思わせる陽気に車内も南国ムードです。

間違いなく綾小路きみまろのファンだろうなぁ~と思われる中高年の笑い声が、エアコンの風に乗り車内隅々の冷所を埋めていく。

これから歩きに行くのなら、ウォーミングがてら立っていればいいものを、どうでも良い会話しながらも、瞳は獲物を狙う猛獣のようにギラギラと輝いているから恐ろしいね。

人の振り見て我が身を正せば、自然とお腹に力が入るね。

女は幾つになったら定年を迎えるのだろう?

彼女達の話を聞く限りは、妬みや嫉妬があるうちは女なのかなぁ。

…と他人ごとのように語っているけれど、先生曰く、私と彼女達、同系色で境が見えないらしい。

永遠の42歳を目指していたけれど、いつの間にか10年が経ってしまった。

でも、私のシワの一本一本に幸せが詰まっているんだけどね。

私は良く笑うようになった。

「ババアみたいな笑い方するな」と先生に言われるほど笑顔が声に現れてしまう。

でも、私を笑わせているのは先生なんだけどね。

赤ちゃんのほっぺには敵わないけれど、愛する人が付けてくれたシワには幸せな思い出がいっぱい刻まれているんだね。

美月

男と女…美月

今日は一日行ったり来たりと落ち着かない時間を過ごした。

やっとのことで事務所に戻ると、鬼の形相で月末の請求書作りに追われている事務員さんからヘルプ!の要請があったので、仕方な〜くお手伝いすることにしてあげた(^^♪

いつものように先生から帰りのメールをもらってウキウキしながら返信すると、何処からともなく機械の衝撃音が…。

それからしばらくして仕事を終えた社員が、事務のK子ちゃんが事故にあったと大騒ぎしながら階段を上ってきた。

うちの事務所の前の大通りは事故が多く、普段から道路を横切ることを禁止しているんだけど、優先道路を横切ろうとしたトラックに直進車が衝突し、その反動で二台の車が信号待ちをしていたK子ちゃんの車に突っ込んだきた。

奇跡的にK子ちゃんは無事だったけど、車はおしゃかになってしまった。

日頃から負けん気の強いK子ちゃんだから、事故を起こした運転手に食って掛かっていたけれど、駆けつけた内縁の夫を見つけると抱きついて泣いていた。

普段は彼のことを馬鹿にしているのに、やっぱり心を許せる人の前だと女は女らしくなれるのだと思った。

そう思うと・・・女というのは男によって作られるのではないかと思う。

良い男がつくれば良い女が生まれるのかな・・・???

なるほど!!! 

気難しい男が作ったから、私は気難しい女になってしまったんだろうなぁ(^^♪

追伸…

今夜は坂本龍一さんからメールが届いた。

どうも先生になりすましているようだけど、添付写真を見たらやっぱり先生そのものだった。

はて・・・私は長い間、坂本龍一さんとつき合っていたのかなぁ〜!?

…と錯覚するほど、先生⇔坂本龍一そっくりだった(^_-)-☆

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麦畑…美月

去年から休日はのんびり千葉で過ごすことが多くなりましたが、先日、初めて麦畑の美しさに感動しました。

今まで意識して見ることがなかったのか? それともタイミングが悪く、実りの時期を外れていたのか?

黄金色に輝く麦の穂が、風にそよぎ気持ち良さそうに揺れている。

そして田植えを終えた水田は、まるで空を映したように青く輝いていた。

生活の糧として作られた田畑は、この先も世界遺産に登録されることはないだろうけれど、美しい日本の原風景に心が揺れました。

…と、同時に農家の人が我が子を育てるように手間をかけて育ててくれたお米や麦を、もっと食べないといけないなぁ〜と思いました。

もちろん自然の恵みを尊び、作ってくれた人への感謝の気持ちを忘れてはいけないけれど、儲けがでなければ商売は成り立たないもんね。

外国産と比べると多少の値段の違いはあるかもしれない。
でも一軒でも多くの農家が存続できるように、私達消費者が共存することも大切だと思う。

元々野菜好きだったけれど、千葉に行くようになってから新鮮野菜が並んでる陳列棚の間を歩くと嬉しくなるんだよね。

野菜を見ながらヨダレを垂らす人はそうはいないと思うけれど、先生と私はキリギリスのように青菜を頬張って食べています。

バランスの取れた青汁もいいけれど、やっぱり野菜はしっかりと噛みしめて味わう方が私は好きです。

えっ・・・何しに千葉に行っているのかって???

晩ご飯を食べに…と、先生は申しております。

美月 

出逢えてよかった…美月

色々あった先週だったけれど、休日は先生と海を見ながら過ごせて心が落ち着いた。

海はいいね…。

歌の文句ではないけれど、海は広くて大きくて、それでいて寄せては返す波の音が優しく背中を撫でてくれる。

どこまでも果てしなく続く九十九里の砂浜を先生と歩くのが好き。

昔から九十九里を愛する先生が、若い頃、付き合っていた女性を連れて行くと別れると、ジンクス交じりのことを言ったことが何度かあった。

なぜ・・・別れてしまうのか? 
はっきりした理由はわからないけれど、九十九里に限らず、先生は何を考えているのか読み取りにくいところがあるにも関わらず、何を思っているのか口に出すことは少ない(^^♪

でも、感動を共有できたら言葉は必要なくなってしまうんだよね。

同じ景色を見ているだけで、先生の心が震えているのが伝わってくる。

綺麗だね。。。

うん、綺麗だ。。。

たったそれだけの言葉で、目に見える全てが互いの心で写し絵となっているのがわかる。

生まれてから数多くの出会いを経験してきたけれど、一人でいるより二人の方が心地良い関係が築けるなんて思ってもみなかった。

こんな気持ちになれたのは先生が初めてです。

今日は大きな地震がありました。

地震発生と同じくしてスマホの緊急地震速報が鳴り終わると、すぐに先生から「大丈夫か?」とメールが届きました。

私が返信したメールが届いていなかったのか?
酒席からメッセージ機能を使って連絡をくれた先生の優しさに心がじんわりしました。

何度言っても言い足りないほど、先生に出逢えてよかったと心の底から思っています。

美月

逢瀬に向かう車窓から美月

一日、一日と光の幅が広がると、いつもの電車内も寝ぼけ眼で気だるい顔した若者が少なくなる。

日の出に目覚め、日の入りになると眠りについていた頃は、太陽の恵みに抱かれ、生きることだけに専念して暮らしていたのだろうね。

そんな純粋な生き方ができる世の中ではないけれど、せめて休日くらい愛する人と心穏やかに過ごしたいと思う。

赤い車で海の上をそよぎ希望の地に降り立てば、今日も二人でいられることが、何よりも幸せなことだと感じて止まない。

黄昏時の三日月は一番星を従えて空高く昇っていくよ。

いつまでも限りなく、どこまでも遠くに…。

美月

旅立ちの時…美月

先生が公私ともにお世話になった会社のOBさんが亡くなり、先生はとても寂しそうです。

こんな時は傍にいて、想い出話を一緒に語れたらいいのにね。

私は親しいものを失った時、いつも先生に助けてもらっている。

救われているといった方が正しいなぁ・・・。

死は必ず訪れると知りながら、いざ目の前の現実となると足元が竦んでしまう。

でも、悲しみを分かち合ってくれる人がいてくれることで、少しずつ心は癒されてくるものだと感じています。

最近、巣立ちを迎えるムクドリを見かけます。

以前、巣から落ちてしまったムクドリを飼ったことがありました。

名前はムックと名付けました。

それでも残念なことに、餌を食べらえるようになって、歌を唄うようになって…「ムック」と呼ぶと頭の上に止まるようになったのに、突然、死んでしまった。

ムックとは10日ほどの短い付き合いだったけれど、もう二度と逢えないのだと思うと哀しくて切なくて・・・。

私の飼い方が悪かったのではないかと自分を攻めたり、もっと出来ることがあったのではないかと思うと、今更ながら野鳥の飼育方法を調べては、後悔する課題を見つけている。

後悔は自分を否定することではなく、大切な記憶を忘れたくないと思う心の表れなのかもしれないね。

私が悲しい時、先生はいつも同じ目線で話をしてくれる。

だからね…ムックには一度も逢っていない先生だけど、先生と一緒に飼っていたような思いが今もあるんだよね。

最初はね…元気になったら野生に帰そうと思っていた。

でもね、飛び立ったところで、自然界で生きていけないことを育ててわかった。

ムックの親だと思われるムクドリは、ムックが鳴いても助けに来てはくれなかったなぁ。

ベランダにムックを離して置いても、目の前の電線に止まっているのに傍に寄ってきてくれなかった。

何時間もこっそり隠れて様子を観察していたけれど、親や兄弟の声に合わせて健気に鳴くムックを見ていたら、切なくて涙がぽろぽろと零れてきた。

自然の摂理とは無情だね・・・。

それから間もなくして、朝、いつもなら日の出と共に「おはよう」の挨拶をする可愛いムックの声が聞こえなくなった。

鳥の突然死は、突然ではないらしいことを知ると、またまた切なくなった。

ムックも餌は食べていたし、元気な素振りをしていたけれど、群れて生きる物たちは、最後まで弱った姿を見せないらしい。

なぜってね、弱っているのを仲間に悟られると、群れからはじき出されて外敵に襲われることになるからなんだね。

それが鳥の習性なのかもしれないけれど、自分の弱さを隠す為に全てのエネルギーを使い果たして死んでしまうなんて悲しいよね。

夜はね、一人で眠るのが寂しいのか?体から離して鳥籠に入れると、ぴぃぴぃといつまでも泣くんだよね。

仕方なく鳥籠ら出して手に乗せてあげると、安心した顔でこくりこくりと眠っていた。

野性でも巣立ちを終えた雛は、夜は家族と一緒に眠るんだって…。

先生はムックは幸せだったといってくれた。

うん、私もムックと出逢えて本当に幸せだった。

幸せだったからね…、ムックのことを思い出すたび、今でも涙がこぼれてきちゃうんだね。
美月

「妄想の座敷牢」〜官能小説家 紅殻格子の世界〜


紅殻格子の日記(63) 愛犬ボコとの会話

殻格子の日記(62) 愛犬ボコとの会話

ボコ、今夜は久しぶりに君と話したくなるような月夜だよ。ほら、いつも散歩していた公園の桜がもう満開だ・・・え、まだ家に帰りたくないって? 本当にわがままな犬だな。何、飼い主に似たんだって? ふん、わかったよ・・・君とは雨の日も風の日も散歩しながら、12年間休まずこうして一緒に言葉を交わしてきたんだね。
ゴールデンレトリバーの愛犬ボコが死んでしまった。
犬にも言葉はある。心を表現する鳴き方と表情、そして動作がある。
大好きなおやつが欲しい時は、じっと円らな瞳で飼い主を見据えて甘えるような鼻声で訴える。一つの感情に対する表現がいつも一定であれば、人はそれを犬の言葉として理解してやることができる。
早く散歩に連れて行って欲しい時の忙しい鳴き方、お気入りの玩具を取り上げられた時の唸り声、いたずらして怒られた時のしょんぼりした表情、番犬として来客に吠える時の誇らしげな顔、我慢できずにウンチしてしまった時の申し訳なさ気な仕草、大好きな水遊びをする時のぶんぶん横振りする尻尾・・・
ああ、切ないよ、ボコ。
毎晩一緒に散歩しながら会話する友がいなくなってしまった・・・今夜は月が明るいね。どこからか金木犀の香がするよ。雪が積もると歩きにくいなあ。後ろから車が来るから気をつけて・・・もしかすると妻や子供よりも君と話している時間の方が長かったかもしれないね。
死んでしまう数日前、君は動けなくなって鳴くこともできないほど衰弱していた。君が亡くなっていた朝方、僕は眠っている最中、わん、わんと二度君が吠えたのを間違いなく聞いたよ。慌てて起きて駆け寄ると、君は穏やかな表情で息を引き取っていた。
「僕は幸せだったよ。ずっと一緒にいてくれてありがとう」
最期に君が話してくれた言葉がそうだったと僕は今でも信じているよ。

先生の親友

「妄想の座敷牢」〜官能小説家 紅殻格子の世界〜




油絵の恋…美月

先生は私と出逢うずっと前から小説を書いていました。

「妄想の座敷牢」
に掲載されている作品には、私が知るものもあれば知らないものもあります。

作品を読むと、出会う前の先生の日常が垣間見えたり、若い頃の想い出が色や形を変えて現代に蘇ってきたりもします。

私が先生と出逢えたきっかけは、メル友掲示板(メル友…なんとなく懐かしい響きですね)に書かれた「官能小説家」というプロフィールに惹かれて返信しました。

まさか本当にお金をもらって小説を書いているとは思っていなかったけれど(笑)、でも、もしも小説が書けるような人であれば、多くを語らなくても私の心の裏まで察してくれるのではないかと思いました。

正直、見ず知らずの人に、私の現状を細かく話す気にはなれませんでした。
顔が見えない相手だからこそ、何を言っても安心と考える人がいるかもしれませんが、私はその逆でした。

日常は仮面を被って生活していました。
仕事柄、明るいイメージが大切なので、型に填った笑顔は作れますが、心まで届く光は見つからなかった。

だからこそ、たとえ一生逢えなくてもいいから、私の話を、一日のうちのほんの少しの時間でいいから真剣に聞いてくれる人が欲しかった。

何から書き出そうか…
あれこれと自問自答しながら、普通の人には話しても理解されないだろう、幼い頃の私の鏡の世界の話を書きました。

この話はくだらない割には長くなるので簡単に説明すると、鏡の世界の中と外(光と影)の二人の私が存在していたという話です。

私はどちらが本当の私なのか、ずっと知りたいと思っていた。

先生から送られてきた答えは、学術的な知識の後に、

「俺にとってお前がどちらでも構わない、お前はお前なのだからね」 と書かれていた。

この夜も嬉しくて泣いたなぁ・・・。
先日も嬉し泣きしながら眠ったら、朝には目が腫れていてお岩さんのようでした。

…と朝の先生のメールに書いたら、俺は東浪見に行くたびお岩さんに逢っていると返信がきました。

あっ・・・逢っているではなく、「出る」というのが正しい表現らしいです。

何かあるたび、いえいえ何もなくても、キンキンとケロンパ夫婦に負けず劣らず、日常の言葉にも感動があります。

それでも作家(先生)の文章に泣かされる私は、かなりのファン(信者)だと思うけどね。

でも私が一番欲しかった答えを、誰よりも信頼する人に言ってもらえたのだから嬉しくなるよね。

それから私の心は一つに近い形となり、先生を神と見立てて慕っています。

閑話休題

いつもながら話が横道にそれておりますが、ここからが本題です。

先日、お酒を飲みながら、男と女の恋愛について語った(^^♪

男は過去の恋愛を名前入りのフォルダーで保存し、女性は上書きして保存するという話。

こんな話を先生は20年近く前の作品に書いていて、おまけに山手のドルフィン(店名はありません)まで登場してる。

山手のドルフィンは、以前、灰ブログで書いたかな?、先生が食道癌の手術をする三日前にサプライズとして連れて行ってもらいました。

私がユーミンの歌「海を見ていた午後」をしつこく唄うものだから、先生は覚えていてくれたんですね。

歌にもなるような洒落たお店なので、「昔、デートで来たんでしょ!?」と聞いてみたら、話をはぐらかされたまま、その日は終わってしまった。

でね…昨日の更新分を読んだら、大学時代の彼女とデートした場面として作品に残されていたので、きぃきぃと猿のように顔を真っ赤にして怒っていたら(笑)、…なんと誰と行ったのか記憶にない!と先生が真剣に悩みだした。

あれれっ? 私の嫉妬心はどこに沈んでしまったのだろう?

こんなことは多々あることで、先生は一つ気になりだすと1000ほどのデーターから答えを導きだそうとするから、しばらくマウスポインターがクルクル回った状態になることがあります。

まあ、誰と行ったのか?
今更、ぐいぐいと締め上げて吐かせても、過去を書き換えることはできないのだけどね。

だけど女ってね、好きな人のことになると小さなことから大きなことまでヤキモチ妬きたいでしょ・・(^^♪

でも先生への想いは上書き保存かと考えてみると、それは少し違うような気がする。

だって二人の時間の想い出はどれも宝物として残っているのだから、「油絵の恋」と題した方がしっくりくる感じ。

下地を書いて、何度も何度も色を重ねて仕上げていく。

中学生の時に出逢った美術の先生は、いわゆる少々頭のおかしな人で、一年中体育用の帽子(赤い方が表)を被っている人だった。

でも、絵を描く感性は素晴らしく、放課後になるとこっそりコーヒーを飲ませてもらいに美術室に通いました。

ちなみに私は絵を描かないのだけれど、当時ハンドドリップで入れるコーヒーが珍しくて(美味しくて?)、こっそり飲ませてもらいに行っていました。

今ではうる覚えの記憶だけど、油絵について話してくれたことがありました。

油絵は下絵がしっかり乾いてから重ねて塗るか、乾ききる前に一気に描き上げてしまうか、どのように書き進めるかをちゃんと決めることが大切だと言っていたように思います。

そして一番やってはいけないことは、中途半端にキャンパスに絵具を乗せてこねくり回すことだったような…。

油絵の話なのですが、私はキャンバスと絵具を人生(恋)と重ね合わせて聞いていました。

だけど・・・ふと思うと、50歳を過ぎて恋の話が出来るのですから幸せですよね。

私はヨガを習っているのですが、瞑想の時間は頭を空っぽにして、何も考えない時間を作るように言われます。

他のことはあっさり消えても、先生の顔や言動、仕草と、あらゆる先生が浮上してしまいます。

それから何気ない日常にも先生は常に頭の中にいるのだと気付きました。

まるで目玉の親父のようですが、私の心と体は先生を意識している方がリラックスできているようです。

美月

「妄想の座敷牢」〜官能小説家 紅殻格子の世界〜


仲良し夫婦…美月

お客さんの中に、とても仲の良いご夫婦がいます。

昨日で二度目の訪問だったけれど、人は見かけによらずの奥さんと一時間も外で立ちを話してしまいました。

話の途中でご主人が近所の買い物から帰ってきました。

二人を見た瞬間…素敵な夫婦なのだろうと思いました。

60代前半のご夫婦ですが、お互いが、まだ君に恋している状態であることはすぐにわかりました。

この見かけによらない奥様ですが・・・まず見かけはというと、満面の笑みがよく似合うアンパンパンのような女性です(^^ゞ

でもこの方・・若い頃から旅行が好きで、女性でありながら一人旅で全国を周ったそうです。

子供の頃からギターが好きで、学生時代はギター片手に旅に出ては、ユースホステルで出会った仲間と当時流行った歌を合唱したそうです。

ご主人とは旅先で出会ったと言っていました。

旅の土産は恋だったようです。

偶然にもご主人も旅好きのギター好きということで、運命の出会いを目出度く果たしたお二人ですが、結婚生活には苦労も沢山あったそうです。

奥様の両親を九州から引き取り同居を始めた当初はよかったのですが、両親が二人とも認知症となり介護に追われる毎日は終わることのない地獄のようだったといいます。

でも、この介護生活がきっかけでご主人の優しさを再確認することになったそうです。

駅から離れた場所にお住まいなので、毎日、ご主人を駅まで送り迎えをしていたのですが、帰りの車の中でご主人に愚痴をこぼしながら自宅付近を何度も何度も周った日もあったといいます。

仕事帰りで疲れているはずのご主人ですが、彼女の話を黙って受け止めてくれました。

彼が居たから投げ出さずに介護ができたと、奥さんは言っています。

そして今、現在は、ボランティアでギターとマンドリン演奏会で各サポート施設を周りながら、他にも孤独な人へ手を差し伸べる活動をしています。

それと、年に5,6回程度の旅を楽しんでいるそうですが、さすが旅のプロです、現地まで行ったらレンタカーを借りて自由に見たいものを見て回るそうですが、全てプランを立てるのは奥様。

彼女の人生の格言は、「思い立ったら吉日」
若い頃から、どんなこともやってやれないことはない!と思っていたそうです。

これからも愛するご主人のサポートで彼女は輝き続けるのだと思います。

彼女の運命の出会いですか?と聞いたら…運命の出会いがどんなものかわからないけれど、ご主人のような人に巡り合えることは奇跡だと言っていました。

えへへ、運命より奇跡の方がレベル高いよねぇ〜…ごちそうさまでした(・´з`・)
美月

追伸…

昨日、あんなことがあったのに、それでも今夜はほのぼのとした記事が書けました。

それは先生の優しさのおかげです。

一人は気楽かもしれないけれど、二人がこんなにも楽しいなんて思ったことなかった。

今、先生からのメールが届きました。

読んで泣きました…。

泣きながら読み返して、また大泣きしました。

人生ってね、何処から見るかによって見え方が違ってくるものですね。

人から見たら不幸な私・・・それでも今、私の心は輝いています。

「妄想の座敷牢」〜官能小説家 紅殻格子の世界〜

予期せぬ出来事?…美月

今日は会社の会議中、会長(義母)がどうでもいいことで文句を言い出した。

明らかに個人攻撃(パワハラ)だということはわかっているけれど、年寄りに何を言っても貸す耳など持たないよね。

三月で75歳を迎えた義母は、60歳から引退宣言しつつ、毎年のように誕生日が近づくと、今年こそは引退すると言っては何かしらの騒ぎを起こして自分の立場を保持している。

今日も何が気に入らなかったのか?…会議の席に着くそうそう不機嫌で、あちこちに文句をつけ出した。

いつものことながら昼食で自宅に戻った際、義父と些細なことで大喧嘩したのだろうと思うけど、どうして義母は腐るほどお金を持っているのに嫌な相手と離れて暮らさないのだろうかと思い続けて25年が経った。

会社のトップは「会長である私だ!」とここまでは良しとして…

散々文句を言った後、「私は今度一切口出ししない」!!!と断言した僅か30秒後に、今度は私の意見に対して文句を並べだしたので切れてしまった(^^ゞ

「会社を辞めさせていただきます…長い間、お世話になりました」 と言い放ち、会議の途中で帰ってきてしまいました。

まあね、私立高校、大学に通う二人の子供の学費にお金がかかるから辛抱してきた。

世間では子供を育てて一人前の大人になると言われているけれど、確かに我慢強くはなった。

でも働くことを楽しいと思う生き方ではなくなった。

先生と千葉を歩くようになってから…ううん、その前…先生と出逢ってから明るい未来を夢見るようになった。

心の奥にしまって置いた希望の光が輝き出して、子供の頃から母に聞かされてきた愛の歌を私も歌いたいと思うようになったよ。

先生に今日のことをメールで報告した。

先生は焦ることなく、戸惑うことなく的確なアドバイスをしてくれた。

いつも何かあるたび思うけれど、先生の優しさはどっしりとしていて私の心を癒してくれる。

だからね、何も怖くないし、どんな時も前を向いて歩いて行けるのは先生のおかげだと思っている。

美月

追伸… 先生は出逢った頃にも私の身を案じてくれた。

まだ出会ったばかりなのに、「何かあればお前の面倒はみる」と言ってくれた。

人の言葉を信じることができなかった私に、「なぜ俺を信じない?」と言ってくれたのも先生だった。

先生の言葉は今も生き続けていて、事あるごとに私の心に響いてくる。

子供の幸せを願う気持ちはどの親も同じだろうと思うけれど、子供はいづれ巣立っていくんだよね。

定年後は先生と千葉に住む計画を立てているけれど、私は先生と暮らせることが嬉しくて、周りへの配慮が足りなかったことを反省させられた出来事があった。

先生からもらったメールには、子供たちへの優しさが溢れていたんだよね。

田舎に住むのが目的ではなく、田舎でしかできないことがあるから住むんだよね。
日本はやがて食糧難に陥るリスクがある。
だからね、都会に住む子供達のためにも、食料を調達できる地区に住みたいと思っているのだ。

べったり一緒にいるだけが愛情ではないよね。
こういう包み込むような愛し方ができるのも親だからこそなのだと教えてもらった。

先生、いつも傍にいてくれてありがとう…(^^♪

「妄想の座敷牢」〜官能小説家 紅殻格子の世界〜

プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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