心配していました…美月

まあやさん、大丈夫かな?

ご主人に対する後悔の気持ちは、まあやさんにしかわからないでしょうね。

かけがえのない人を失ってしまった…

きっと、日が経つにつれ、その思いは強くなっているのでしょうね。

そして…
これほどまでご主人への思いが強まるとは、生前には想像していなかったことかもしれません。

まあやさんの後悔の念ですが、誰もが少なからず抱えているのではないでしょうか…。

ご主人との関係がよかったとしても、悪かったとしても、大切な人を見送らなければならない辛さは同じだと思います。

それでもまあやさんが自分を責める気持ちわかります。

また自分を責めることで、少しずつご主人の死を受け入れようとしているようにも思えるのです。

どんなに後悔しても、どんなに自分を責めても、ご主人は帰ってきてはくれません。

だからといって「前を向いて歩いてください」など無責任なことを私は言えません。

だってね、もし先生が私より先に死んでしまったとしたら…

私ね…、毎日、毎日、泣き続けると思います。

泣いている時間が長かったり短かったり、時に笑って想い出を振り返る日があったとしても…

ふと先生が居ないことに気が付けば、また泣き崩れてしまうと思うのです。

それはどんなに後悔のない時間を過ごせたとしても…別れを惜しむ気持ちは、私が死ぬその時まで続くのです。

そんな自分の姿がしっかり見えるから、私は先生を失うことが怖くて怖くてたまりません。

それが死=永遠の別れなのだと思います。

まあやさん、後悔も相手への強い思いです。

恨みごとだっていいのだと思います。

生きていても、死んでしまっても、何も感じてもらえないほど寂しいことってないじゃないですか…。

ひとりぼっちは辛いじゃないですか…。

ご主人への思いを語ることで、少しでも心が緩やかになるのであれば私に伝えてくださいね。

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は横浜まで遊びに行きます。

本当なら菜の花の絨毯でのんびりしたいところですが、残念なことに宿が取れなかった。

世間が春休みだということをすっかり忘れていたので、目ぼしい宿になると早めの予約が必要としても、まさかと思うような宿でさえ満室なのだから、何を求めて旅行に行くのだろうと思ってしまう。

もちろん旅を有意義なものとするのは自分自身の感性だと思うけれど、なんでもいい、どこでもいい…と言えるのは、よほど旅慣れた人か瘋癲の寅さんくらいだと思う。

旅先や観光地で喧嘩をしている夫婦やカップルをよく見かけるけれど、せっかくの休日が勿体無いことになるよね。

私は先生以外の人、知人、友人と休日に遊ぶことは滅多にないのでがっかりやぐったりが少なくて助かっているけれど、結構無理して出かけている人が多いんだよね。

月曜日、仕事でお客様の家を周ると苦労話を聞かされるけれど、私はいつもその一言が言えず、どうどうと馬のように宥めて帰る。

そんなに嫌なら行かなきゃいいでしょ‼︎

でもね、世間では、それを言っちゃあ〜おしまいらしいよ(^-^)

追伸…

先生、今週は泊まりの出張、総会と落ち着く暇がなかったのに、こうしていつものように逢えるのは嬉しいな〜。

今日はどんな楽しい出来事が待っているのかな?

今年も二人で桜を見ることができて嬉しいね(^-^)

紅殻格子の日記(56)…阿波巡礼

紅殻格子の日記(56) 阿波巡礼

徳島へ一泊二日で行ってきました。

もちろん仕事なのですが、取引先を徳島の名所へご案内するため、半ば観光です。

まだ桜には少し早かったのですが、春を待つ山里の景色が心を浮き立たせます。

鳴門の海辺では、ちょうど収穫期ということもあって、塩蔵ワカメをつくる漁師の姿を見ることができました。

昔は灰干しワカメが主流だったそうですが、今はダイオキシン問題による灰の不足や手間がかかることもあり、湯通しして塩漬けにする方法が大半を占めています。

灰干しはワカメに一度も火を通さないので、本来のワカメの味が楽しめると地元の人は言っていました。

食の大切さは誰もが知っているはずですが、いつも犠牲にされているような気がしてなりませんね。

さて、早春の阿波(徳島)と言えば、お遍路さんのイメージが私には強くあります。

まだ耕していない枯れ草が残る田圃、その畔道に疎らに咲く菜の花、そんな山里を白装束のお遍路さんがとぼとぼと歩いて行く風景です。

帰る家もなく、待つ人もなく、ただ命尽きるまでお大師様と四国を巡るのが遍路旅です。

ところが残念ながらそんな切ない光景は、今回一度も見ることができませんでした。

大体歩いている人がいないのです。

疑問を地元の方にぶつけると、今すれ違った観光バスに乗っていますよとの事でした。

時代の流れでしょうか、帰路の徳島空港で白装束の集団がいましたが、皆さん大声でげらげら笑いながら元気に土産物を漁っていました。

スタンプラリーや歩こう会を批判するつもりはありません。

しかし村から石持て追われ、帰るところもなく、ご詠歌を唱えながら寺院を回って死を待つ人々がいたことを知ってもらいたい。

お遍路さんが健康スポーツでなかったことを勉強して欲しい。

あなた方はもう人生を閉じる年齢でありながら、どうしていつまでも己の人生を噛みしめることもなく、他人がつくったリクリエーションに嵩じて死を誤魔化そうとするのか?

お金も時間もあるのに、何故四国を歩いて何かを悟ろうとする意欲を持たないのか?

それは戦後苦労してきたかもしれませんが、その帰結が白装束を着たまま飛行機で老人会の馬鹿騒ぎをすることなのでしょうか?

ゾンビのように意志もなく、人の後を歩き続けなければならないことなのでしょうか?

本当に人生の先輩でありながらがっかりさせられます。

敬老の日が老人を敬う日なのなら、是非若い人に敬われる老人になって頂きたい。

年金を払いたくなるような老人になって頂きたい。

「そう言うお前はなれるのか?」と問われれば、今の老人になるぐらいなら早死にしたいと答えるでしょうね。

桜の開花…美月

土曜日は長年通い続けた上野で楽しい時間を過ごしました。

久しぶりに上野駅で待ち合わせだったけど、先に着いた先生を改札の中から見つけると思わず走り出してしまいました。

あれから10年…私は今も走り続けています。

今回のお昼ごはんは、賑わう飲み屋街を通り抜け、地下にある「ひもの」屋さんで食べました。

…と言っても休日ランチスタイルは変わらず、焼酎のお湯割りを飲みながら、ゆったりとした時間を楽しみました。

ほろ酔い気分で上野公園に向かうと、公園正面入口の大寒桜が咲いていました。

ソメイヨシノより一足早く咲く大寒桜を見るたび、今年も先生と二人で春を迎えられる喜びが込み上げてきます。

長年連れ添うと感性が鈍るという関係もあるでしょうが、年代と共に物の見方は変わるものだと思うと、どの年の桜も愛しく感じます。

だけど、桜の美しさもさることながら、桜の下で酒に酔いしれる人々を見て感動するようになるとは思ってもいなかった。

先生と一緒に歩いた年月が私の心を柔らげてくれたのかな(^^♪

日本全国を巡ることに感動を求める人は多いだろうけれど、実は同じ場所であっても常に景色は違うのだから、数えきれないほど歩いた上野公園だけど、私の目には今も新鮮に映って見えるんだよね(^^♪

昔ね…出逢った頃、四国のお遍路さんに行きたいと、どちらからともなく言うようになって、時折話題にのぼりながら未だに達成していない。

同行二人ね・・・と千葉を歩く前から何度となく打った文字だけど、必ず最後は「先生と二人」で終わっているんだよね。

迷いや苦しみを払う為に行くのでもないし、過去を振り返り懺悔することもない、ただ四国をゆっくりと自分の思うまま歩いてみたい。

だからお遍路さんとは言わないのかもしれないなぁ(^^ゞ

今年も桜の季節がやってきたね…。

ううん、先生の桜時間で数えれば、私達が桜に向かって歩いているのかもしれないね。
美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は都内でデートです。

長年通い続けた上野ですが、今となってはお上りさん気分で車窓の景色を眺めています。

時の流れと共に逢瀬スタイルも変わりましたが、今でも先生のもとへ向かう道のりは、子犬のように心が弾みます。

まあ、リードはなくても、先生の腕にしがみついて歩いているのですから犬の散歩と変わらないかな(^-^)

先週、千葉の帰り道でボコに似たゴールデンレトリーバーを見つけました。

甘えん坊でヤンチャそうで飼い主を手こずらけていました。

運転中の先生にも映っただろうボコ似の姿に、先生とボコが桜の下を楽しそうに散歩していた昨年の春の夜を思い出しました。

来年は一緒に見れないかもしれないな~と、夜のメールで呟いた先生。

ボコは今も先生と仲良く歩いているのだと思います。

美月

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駅で弁当を食べる…これこそ駅弁でしょ(^^♪

先生に先を越されてしまいましたが、私達がお弁当を食べたのは無人の飯給駅でした。

こんな体験滅多にできない(いや、…普通はしないが正しいかな!?)
でも、先生の発想はオリジナリティ溢れた逸品ばかりで、いつもながら「素晴らしい〜」とつくづく感じました。

駅のベンチに座り二人で肩を寄せ合い弁当を食べていると、自分達がどこの誰なのかなど小さなことはどうでもよくなってしまう。

何もない長閑な風景の中に一本の線路が続いている。

どちらから来る電車を上りとするか下りとするか…
そんなことを考えるのが馬鹿馬鹿しいほど時間は穏やかに流れていた。

誰にせがまれることのない旅愁の中に身を置くと、俳人が旅を好む気持ちがよくわかるね。

詠む旅人と言われた松尾芭蕉にしても、何もないところに感動を見つける楽しみを知ってしまえば、一つ屋根の下に収まってはいられないよね。

きっと日記を綴るように、観たままを呟く力に長けていたのだと思う。

えへへ、偉そうな物言いでしょっ、まったくどこから視線で見ているだろうね(笑)

まあ、芭蕉ほどではないけれど、こうして私達がブログを書いているのも同じようなものかな(^^♪

お弁当を食べていたら、数名の家族連れが旅の途中なのか?飯給駅を見に訪れた。

でも、菜の花も疎らで桜も咲いていないこの季節、ひっそりと佇む駅舎を見ても感動が拾えなかったのか?
100万円のトイレの柵の中で見事に咲く白梅に目もくれることなく、何を求めていいのかわからず彷徨姿に、都会の美術館の情景が浮かんできた。

(探し物はなんですか?)

先生にいうと嫌味な女だと言われそうだったので、言葉少なに苦笑いで済ませたけれど、そこに偶然にも電車が到着してくれたおかげで(笑)、みなさん大変満足してお帰りになられました。

ただし…

彼らにとって一番印象に残る思い出となったのは、奇妙な男と女が不釣合いな駅で弁当を食べているシーンかもしれませんね。
美月

飯給駅  

飯給駅a

房総珍百選③ 千葉県 飯給駅…(紅殻格子)

房総珍百選③ 千葉県 飯給駅 (紅殻格子)

飯給駅は、房総半島のど真ん中、釣りで賑わう高滝湖の南にある無人駅です。
関東の鉄道マニア、或いは写真が好きな人しか知らない駅だと思います。

ごく俗世的に言えば、小湊鉄道の有名な上総鶴舞駅と並ぶ名駅なのでしょう。
上総鶴舞駅は様々なCMやドラマにも登場する所謂「田舎駅」で、その懐かしい里山の風景に日本人ならば必ず涙を流してしまうはずです。

是非皆さんも房総を訪れた時、何かの拍子で圏央道の市原鶴舞で下りてしまった時は訪ねてみて欲しい駅です。
その鶴舞と双璧をなすのが飯給駅。

ここを人が訪れるのは四月上旬、駅に植えられた桜と駅前の菜の花、そして小湊鉄道の車輛が美しい箱庭の風景を描き出します。

飯給駅①
飯給駅②

ご覧の通り、大変趣がある原日本の駅ですよね。
そしてこの風景には伝説もあります。

ウィキペディアによれば・・・

この付近には壬申の乱に敗れてこの地に落ち延びたとされる弘文天皇(大友皇子)にまつわる伝説がある。
飯給駅前の白山神社は弘文天皇を祭神としている。
「飯給」という地名も、この地の人々が天皇一行に食事を捧げたことから、弘文天皇の3人の皇子が「飯給」の名を与えたとされる。

このほか、「御所塚山」は弘文天皇が仮の御所を置いた地、「安房森」は弘文天皇に随行した安房大納言の旧跡とされる。
安房森には弘文天皇の3人の王子を祀ったとされる3つの祠がある。
飯給の地名に関し、大友皇子にまつわる以下のような伝説がある。
672年、壬申の乱に敗れた皇子は東海道を下ったが、このさい11人の公家を引きつれて川をさかのぼって来る途中、前の川岸では6人が溺れて亡くなった。
疲れ果てた皇子一行を、村人たちは追っ手が良く見える八崎代に案内のうえ、休息をとらせ食事も与えたことに対して、一行は大変喜んだという。
このことから、当地を飯置(いいち)と呼称するようになり、飯を給うたので飯給と呼称するようになったという。

また、地元の言い伝えでは皇子の3人の子どもを村人に預けて、現在の市原市万田野地区を越えて落ちのびたという。
村人は3人の子供達の顔にススを塗るなどして変装させたが、10月の酉の日に追っ手に捕らえられ、現在の駅前に見える白山神社で打ち首になったが、この翌日から付近には白い3羽の鳩が舞うようになったため、村人達がその場所にお宮を建て祀ったところ、その日から白鳩の姿は見られなくなったと言われる。
なお、白山神社の別称として白鳩の宮というのはこの伝承に由来するという。

白山神社は丁度駅の前、深い杉の林に覆われた深閑たる丘の上にあります。
実に神秘的な佇まいをしており、社殿は新しいものの、古代から伝わる伝説の地として相応しく感じます。
ですから花の季節は絶好の被写体となり、多くの鉄道写真マニア達で足の踏み場もないほどごった返すのです。

飯給駅③


飯給駅④


これでは人の頭ばかり写っていい写真など撮れるはずがありません。
そもそも誰かが飯給駅の美しさを写真に納めて発表したのでしょうが、何故同じ場所を真似して撮ろうとするのでしょうか?

私にはその心情が理解できません。
写真が芸術の範疇にあるのなら、先人の轍をのほほんと辿って行くなどあり得ません。

誰かが気づいた飯給駅の景色を自分もコピーしたいと思うのでしょうか?
芸術であれば、歯噛みするほど悔しく感じ、新しい素材を見つけようとするのが本当ですよね。

だから花の季節の飯給駅は無人でなければならないのです。
本当に異様な光景ですよ。

飯給駅⑤

オリジナリティを求めない人間などゾンビにしか見えません。
飯給駅はたまたま通りかかった偶然で見つけたのですが、私はその風景の美しさよりも人々の愚かさが面白くて写真に撮ろうと思いました。

これぞ珍百選なのです。
そんな気難しいことを言う私達は何をしたかと言うと、先週、桜も咲かない季節外れの誰もいない駅のベンチで弁当を食べました。

ただ何も無い静かな山里の水彩画です。
花は咲いていないけれども、春を待つ桜のつぼみにはうきうきするような刺激があります。
誰もこんな風景は撮らないでしょうがね・・・

飯給駅⑥

菜の花列車…美月

梅の香り漂い鶯の鳴く頃になると、菜の花に誘われてローカル線沿線は賑やかになってくる。

乗馬を初めるようになって千葉に通うこと一年半、今のような週末を千葉で過ごすスタイルを始めるようになってから一年が経過した。

月に二、三度とはいえ、広大は平野と低く連なる山並みを昇り降りしながら、どれほど千葉を走りぬいているかといえば、先生のドライビングテクニックの上達ぶりでよくわかる。

最近では車幅の両端5センチ程度の空きがあれば、「前へ進め!」とばかり突き進んでしまう。

出逢った頃は私の方がヤンチャだったけど、月日と共に人も変わるというけれど、「ワイルドだぜ!」を完全に越え、今となれば先生はあばれんぼう君に様変わりしている。

人間関係は継続してこそ面白みが出るのだろうね。

だけど残念なことに私は長年連れ添った友達がいないので知ることができなかった。

でも、今まで出会った人の数が束になってかかってきても、先生の面白さには敵わないだろうなぁ〜(^_-)-☆

日曜日は久しぶりに国吉駅に立ち寄った。

この駅には、いすみ鉄道のキャラクター(ムーミン)ショップがあり、土日ともなるといすみ鉄道応援団の人達が駅弁を売ったりイベントを開催したり、いすみ鉄道と地域の活性化・再生を目指してさまざまな活動をしています。

懐かしの駅弁スタイルでお弁当を売っていたけれど、そもそも車窓越しに駅弁とお茶を買って旅した世代の人達は、豊かな時代を経験するとありきたりな駅弁を好まない傾向にあるようですが…!?

案の定、電車を下りてきた人達に声をかけるのですが、これが売れないんだよねぇ〜。

…というより売り方がなってない(笑)

でもね、お弁当やお菓子を売る地元の人たちのまったりとした和み感が、子供の頃に観たドラマ「ありがとう」シリーズのワンシーンのようで、普段、屁理屈を並べる私達の頭までほのぼのとさせてくれる。

「先生、お弁当を買おうか…?」と提案してみた。

でも、先生がお弁当を好きじゃないことは知っていたので、良い返事は期待してはいなかった。

「ああ、タコ飯の方にして。 景色のよいところで食べよう!」

…と奇跡的な言葉が返ってきたのが嬉しくて、先生の気が変わらないうちに急いでタコ飯を二つ買った。

えへへ、先生っていい男でしょ!

こんな時、私はとても誇らしい気持ちになる。

好きな女には少々手厳しいけれど(笑)、まじめに働く人と動物には優しい先生に惚れちゃってますヽ(^。^)ノ

さて、お弁当をどこで食べるか? それは後のお楽しみです。
美月

同じ方向…美月

今回の千葉暮らしは、のんびり過ごすと決めていたので特別なプランは用意しなかったけれど、二人で歩けば何もないということはなく、買い物一つにしても観光地に負けないほど楽しい時間となる。

先週は先生の定期検診もあったので、普段以上に二人で過ごす時間が尊いものに感じられた。

検診の結果は先生がブログに書いたけれど、前立腺の再検査が必要となってしまい、また少しの間、心配の継続になるかな。

今回何もなかったとしても、この先も先生の体を案ずることに変わりはないけどね。

でもね、愛する人のことを常に意識して生きられるのは幸せなことだと思うから、病気だけに神経を尖られることなく、良いことも悪いことも全部ひっくるめて、先生のことを大切に見つめ続けていきたいと思う。

先生の提案で東浪見時間をより充実させる為にと、先週、大原のヤマダ電機でDVDプレイヤーを買った。

こうして他県で家電まで買うようになると、ますます地元の人に近づくよね。

二人のお気に入りの映画「男はつらいよ」リリーシリーズを二本借りて観ることにして急いで買い物と調理を済ませて、いざ始まり始まりです。

あれ? 先生、始まりの音楽を見ただけで涙がホロり…(^^♪

リリーの登場するシリーズは、何度見ても泣けちゃうんだよね。

寅さんとリリーを見ていると切なくてね…。

似た者同士でありながら、似た者同士だからこそ…うまく言えないことがあって、喧嘩なんてしたくないのに言い合って、だけど離れると無性に恋しくて…。

駆け引きのない恋心に自分達の姿を重ね合わせて見てしまうのかもしれない。

東浪見での食事スタイルは、テーブルに横に並んで座り、お酒を飲みながらテレビを見て笑ったりふざけたりしながら延々と飲み続け食べ続けている。

最近の私は、外食でも横並びがお気に入りです。

出逢った頃は見つめ合ってお酒を飲んでいたけれど(先生はつい最近まで私の顔を正面から見ていないなぁ〜)、でも月日が流れてからは、同じ方向をみていたいと思うようになった。

「愛することとは、決して互いに見つめ合うことではなく、一緒に同じ方向を見ることだ。」

フランスの作家の言葉で、若い頃にはこの言葉の意味がよく理解できなかった。

でも、先生と出逢い、色々な世界を覗くうちに同じ目を持っていないと見えないものがいっぱいあることに気づくんだよね。

見逃した後にどんなに丁寧な言葉で説明されても、一瞬の感動を伝えることはできないんだよね。。

だからね…、おじいさん、おばあさんになっても、仲良く手を繋いで歩いて行けたらいいなぁ〜。

少々視界が狭くなったとしても、優しい手の温もりがあればどこまでも二人で歩いていけると思う。
美月

追伸…健診で引っかかった先生が私を励ましてくれる。

「大丈夫だ、大したことないだろう」と、私を安心させようと、いつもと変わらず接してくれる。

食道癌の手術の時もそうだったね。

私の顔はそんなに哀しそうに映って見えるのかな…。

先生…私が励ます係りなのに、いつも反対になってしまってごめんね。

逢瀬に向車窓から…美月

暖かい春の陽射しに包まれた行楽日和の土曜日です。

本日、北陸新幹線が開通し、私の乗る電車も東京駅直通運転となりました。

まさにホワイトディーに相応しい白からのスタートですね。

それにしても電車の中は大変混み合っています。

春の兆しを感じると人も虫も動き出すのは、自然摂理システムがプログラムされているからかな⁈

物言わぬ花々に引き寄せられるのも、男と女が引き合うのも、楽しい時には笑い、悲しい時には泣くのも全て天から与えられた性であるなら、思いっきり生き物を楽しみたいよね。

今日という日に感謝してね(^-^)

美月
プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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