街コン…美月

日曜日の昼は中華だったので、夜は吉田町にあるBAR&レストラン(イタリアン)に行きました。

先日、アド街でも紹介されていましたが、近年、吉田町は美食街となっているようで、吉田町ビルにもお洒落なBAR(飲食店)が増えました。

私達の通う店(オーカフェ)も番組に出ていましたが、今回、面白いイベントが店の二階で行われていました。

二階は40名ほどのパーティーが可能なスペースがあり、貸し切りもできるので大学生のコンパなどはよくあるのですが・・・、今回はポータブルサイト主催の街コンでした(^_-)-☆

カウンター席に座りグラスを傾けていると、落ち着いた照明と相反する若い女子が来るわ!来るわ!

でね、「どんなイベントがあるの?」とお店のイケメンお兄さんに聞いたところ、街コンだと教えてもらいました。

そうなると・・・

若い人達のことが気になって気になって仕方がないのがオジサンとオバサンです。

でもね、男の人が来ないじゃない…と思い聞くと、男の人は皆時間に余裕を持って先に到着していたそうです。

う〜ん、その時点で女の子どうよ???

二階のことが気になりながら、私達の座る席の隣から三席が、喫煙コーナーとして設けてあったので、煙草を吸いに下りてくる子の様子は見えるし…。

女の子とは仲良くなれず戸惑っていた男子も、男友達は作れたみたいで煙草を吸いに下りて来てはお互いの成果を話し合ったりする会話を盗み聞きする私達とお兄さんでした。

男性と女性の比率は同じだそうだけど、料金は男性が女性の倍くらいかな?
女の人は美味しいものを格安で食べられて、尚且つ、運が良ければ素敵な男性と巡り合えるというメリットを売りにして参加者を集うのかなあ〜。

では・・・男の人はというと・・・

真剣な人が大半なんだけど、中には世間では三流程度でありながら、このような場所だと比較的人気者になれることに味をしめた下種野郎も数名いた。

そんな中で、一人、とっても素直で可愛らしい男の子がいたんだよね。

年齢は二十歳、建設関係の仕事をしていると言っていた。

昔、ちょこっとヤンチャだったかな…、でも、おどけたピエロはクラスの人気者だっただろうなぁ〜。

勉強が好きそうには見えなかったけど、私達の問いかけに対し、気持ちのよい受け応えで返してくれる彼の人柄に好感が持てた。

埼玉から横浜まで来るのに洋服がないので、一度、実家に帰って来たと言う彼。

「ご夫婦ですか?」との問いに、「うん、そう」と答えると、「いいなぁ〜羨ましいなぁ〜」と言っていたけれど、二十歳で結婚生活を理想のものにしようとする若者に出逢えて嬉しかったなぁ〜。

もちろん「恋愛=即、結婚」でなくてもいいけれど、スタイルに拘るのではなく、真剣なお付き合いを望む女性を探しているという点でいえば、彼ほど熱心な男の子はいなかった。

でも、今回は始めてということもあり?、出会えなかったんだけどね。
先生と私は、彼に相応しい子はここには居ないと思っているので、半分良かったと思っているけれど、彼にしてみたら寂しい帰り道だっただろうなぁ。

イベントが終わり、二階から男女が思い思いの感情を剥き出しに下りてきた。

中には心の声を表に出す者もいて…

レベルが低い…という男子がいれば、来て損した…という女子もいた。

そのくせ女子の半数ほどが、私達が下種野郎と名指した二人の男に付いて行ってしまった。

多分、「この近くに馴染みの店があるから飲みに行こう」と誘ったのだと思うけれど、あんな男が持て囃されるようでは世も末だね。

そのくせ・・・彼らは店を出る時、「今回、ハズレばっか」と言っていたくせに、女を大勢誘うとは何か魂胆があるのかなぁ???

さすがに悪口を見つけて弄るのが好きな私達でさえ、あれほど露骨に人を苔にはできないと感心した。

お・ま・え・ら・な・に・さ・ま・の・つ・も・り・な・の…である。

世の中からおせっかいおばさんが減ったから、街コンもいいよね、出会いの場は沢山あっていいと思う。

でも、人の心を弄ぶような人のいる場所に素敵な人は集まらないよ。

そんな中、最後に下りてきた主催者(女性)に一番愕然とした。

人の幸せを心から喜べる人でないことは顔を見てすぐに分かった。

私の持論はね・・・

人の幸福を願うなら、まず自分が幸せになることだと思っている。

私は生まれ持って心が狭いから、自分が幸せでないと人のことまで考える余裕がなくなるんだよね。

笑っていると顎が上向いているから周りが見えるけれど、腹が立っている時は地面に向かって足蹴りしてるでしょ。

宗教の人が世間回りしている時の台詞を聞く機会が多いけれど、みんな不幸に思えて来るんだよね。

「不幸だった」と過去形で言ってはいるけれど、結果的には今も不幸継続中なのだと思ってしまうんだよね。

理由はどうあれね・・・

話す相手に不快感を与えていると気付けない人は、相手のことを真剣に見ていないからでしょ。

昔、「人の目を見て話しなさい」と父によく言われた。

人を見るというのは、相手への監視だけではなく、自分を見せているということでもあると教えられた。

まあ、少し違ったら優秀なペテン師になっただろう父に言われるのも変な話だけど、常に見せられる自分であることが大切なんだって…。

ちなみに・・・有能なペテン師ほど、人の目をよく見ているので見分けが難しいけどね(^^♪

話が違う方向に流れてしまったけれど・・・

捻くれ者の先生と私ですが・・・
いつか彼が笑顔の素敵な奥さんの手作り弁当を持って、元気に仕事に出かける朝の光景を想像してしまいます。

偶然の、ほんの一瞬の出会いだったけれど、心から幸せになって欲しいと思える人に出逢えたことに感謝します。
美月

  
オーカフェ

紅殻格子の日記(37)…時代をコスプレする

紅殻格子の日記(37) 時代をコスプレする

今回は悪口だらけです。
嫌いな人はスルーして下さい、特にハロウィンなんかを好きな人は。

もうすぐハロウィンと言うことで、日本でも仮装して大人も子供も盛り上がっていますね。
本当に日本人って馬鹿じゃないかと思うんですよ。

大体節分に恵方巻を食べるのもごく限定的な地域の風習で、何も全国規模で真似してやる必要など皆無です。
それがコンビニに乗せられて真面目な顔して頬張っている女性など、人前で男根をフェラするより恥ずかしいことだと笑ってしまいます。

ハロウィンだって日本人はどれだけ知っているんでしょうかね。

是非ウィキペディアで検索して下さい。
おそらく冒頭に出て来る『ケルト人』という言葉すら知らない人が大半でしょうね。

まあ、クリスマスにしても、聖書を読んだことがない人が平気で祝っているのですから滑稽ですよね。
そう考えると日本人って如何に薄っぺらい民族だとわかりますよね?

おっと、今回のテーマから逸れてしまいましたが、最近はハロウィンで仮装して喜んでいる馬鹿な大人がいると報道していました。

映像を観ると、皆アニメや時流に乗った人の真似をしています。
どうして日本人はこんなにダメになってしまったのかと嘆かざるを得ません。

昔から日本人は応用・アレンジが得意な民族です。
その能力で世界と伍して戦って来られたのだと思います。

ところがコスプレ一つ見ても、ただキャラの真似をするだけで何のひねりもありません。
ある事象に対して、自分なりの発想や批判を付け加えることができなくなっているのです。
つまりオウムのように与えられた言葉を繰り返すことしかできないのです。

これではこの国はダメになってしまいますよ。

そこで対比したいのが、先日美月が書いていた横須賀ドブ板での年寄りの集まりです。
最高齢80歳までの老年男女が、あのドブ板で生のブルースを聴きに来ていたわけです。

それだけでも凄いのですが、その年にもかかわらず、黒の革ジャンをはおったりお洒落なハットを被ったり、完全に当時の不良のスタイルを今もしっかり着こなしていました。

皆バラバラの出で立ちなのですが、それが全体で妙に調和して感じられました。
それがとても恰好良かったわけです。

よく考えてみると、彼等は60年代から70年代の時代をコスプレしているのですよ。
ただキャラを真似するのではなく、あの時代の雰囲気にあった個性を演じているわけです。

まだ日本が一所懸命に背伸びをしようとしていた時代に、一人ひとりが創意工夫して輝く文化を築こうとしていたんですね。

これはただのコスプレ話なのですが、日本人がどれだけ創意工夫する能力を失ってしまったかを実感できませんか?

yokosuka shell

あれから二年が経ちました…美月

昨日は二年ぶりに根岸森林公園に連れて行ってもらいました。

以前、先生の食道癌手術の二日前に、ユーミンの歌で有名な「ドルフィン」に連れて行ってもらった時のこと記事に書いたけれど、今回は山手駅からタクシーに乗せてもらい楽して向かうことができました。

タクシーの窓から見える景色はあの日と同じ秋模様だったけれど、気持ちはあの日より晴れていた。

坂道をゆっくり歩いて上りながら、途中の公園で一休み、先生の通った高校の前を通過する頃には先生の若かりし頃の話を聴きながら、小さな一つも聞き漏らすことなく記憶しておこうと思った。

でも、そんなことを考えてしまう自分が酷く小心者に思えて泣きたくなったっけ。

根岸競馬記念公苑で乗馬の練習風景を見ながら、コーチに怒られる子供達を自分達の姿と重ねてハラハラドキドキしたけれど、あっという間の二年の中には、赤いスカイラインを買ったり、千葉で休日を過ごすようになったり、乗馬を始めたりと、いろいろなことがあったんだなぁ〜と思ったら熱いものが込みあげてきちゃった。

だってね…先生が元気でいてくれるから、今の幸福があるのだからね。

森林公園内は大勢の人達が思い思いの休日ライフを楽しんでいた。

根岸森林公園

お弁当を広げた家族連れ、老人会?のお仲間とのピクニック、犬の散歩に恋人との語らい…、
でも、今にも死にそうな顔で走る人の気持ちだけは理解することができなかった。

ヘンデルとグレーテル気分で公園内を散策していると、素敵な建物を発見。
建物の頭の部分だけは森の上から顔を出していたので見えていたけれど、全貌が明らかになるとその美しさに圧巻です。

私達はいつしか廃墟マニアとなっておりますが、根岸競馬場は廃墟というより歴史的建造物と言いたくなるほど美しい。

確かに手入れがされていないので、扱いとしては廃墟となってしまうかなぁ?

だけど歴史の足跡として偽物のお城を建てるものいいけれど、競馬場として建設され、戦時中は日本軍の基地となり、敗戦後は米軍に接収されたり、様々な役割を果たし時代と共に懸命に生きた姿を残してほしいよね。

今はトタン板がはめ込まれた丸窓に夕陽が輝くガラスを入れたら、女王は息を吹き返すことができるのに…。
いつかまた優雅に微笑む日が来るのを静かに待っているように思えてならないんだよね。

そう思うと、廃墟ではなく、今も生き続けているのかもしれないね。

廃墟マニアでなくても、巨大建築でありながら、繊細で上品な姿を前にすると息を飲んでしまうと思う。
機会があったら、ぜひ一度、肉眼で見てみてね。

競馬場根岸

無駄話で長くなってしまったけれど、お目当てのドルフィンはどうだったかというと…
行ってはみたけれど、お料理が出て来るまでに一時間かかると言われて諦めた。

窓側の海が見える席は全て予約席となっていたけれど、今どきはランチも予約する時代なんだね。

でも、今は昔と違って、マンションが立ち並ぶ窓辺からは、海は申し訳ない程度しか見えないのにね!と言ったら、先生が嫌味な女だと言ってきた。

えへへ、先生も私と同じことを思ったことはお見通しなのになぁ〜。

ドルフィンには行かなかったけれど、先生が一緒なら場所なんてどこでもいいんだけどね。
何処に座ったところで、私には先生しか見えていないのだからね(^_-)-☆
美月

秋晴れ…美月

先生の待つ横浜に向かっています。

この時間が堪らなくじれったいけれど、鳥のように翼を広げ飛んでいけないのだから仕方ないよね。

それでも青雲に背中を押され、駅までの足取りは軽く、心はピンポン球のように弾んでいます。

好きな人に逢える喜びを知ることが出来て良かった。

港町に吹く風は塩のの匂いがするというと先生は笑うけれど、少し湿った空気の中にキラキラ光る未来が見える。

いつか船に乗って旅をしたいな。

群青色の海の真ん中で、二人静かに月を眺めて夜を過ごしたい。

人生は思いの外短く、忙しく過ごすうちに消えてしまうから、たまには時の流れを止めて今があることに感謝するのもいいよね。

最後の最後になって、ありがとうと言われても、感謝の言葉に応える時間は残されていないのだから…。

ありがとう…はいらないから、いつまでも傍にいて欲しいと思う。

だから記念日に頼る人間関係は卒業しよう。

毎日が掛け替えのない今日なのだからね。
美月

九十九里浜…美波(美月)

今週の先生は、部長の還暦祝い会の発起人を務めたり、
四国に泊まりで出張に行ったりと、とても忙しかった。

…なので、今日は休養を取ってもらうため、遊びには行かなかったけれど、
明日は先生に逢えると心に言い聞かせ、
「妄想の座敷牢」に連載中の「再びの夏」をワードに打ち直ししながら一日を過ごした。

先生は季節の変わり目に弱いのだけど、最近は気力で乗り越えているみたいです。
だけどあまり無理すると、いつか倒れてしまうのではないかと心配になるんだよね。

「妄想の座敷牢」を始めた当初は、小説とブログの二本立てだった。

小説の数も増えてきたので、小説とブログを切り離して書くようになった。

何度となくブログを作り直し今に至るけれど、
今にして思えば…
ブログは削除したとして、書いたものは残しておけばよかったと思う。

通り過ぎた時間を呼び戻すことができないけれど、
その時だからこそ感じられた思いも沢山あったのだからね・・・。

私の書く文章は、どれも先生と過ごした大切な想い出ばかりなのだから、
自分で捨てたりしたら悲しいよね。

座敷牢を整理しながら、昔書いたブログが残っていたので読み返してみた。

2009/03/03に九十九里浜に初めて連れて行ってもらった時のことが書いてあった。

「九十九里浜に女を連れていくと別れるんだよ」
と、先生のジンクスは何度となく聞かされていた。

でも、他の女を連れて行ったのだから、私も連れて行ってほしいと思った。

ヤキモチに過去も未来も関係ないよね、それが恋というものでしょ(^^♪

それに恋する女は、ジンクスなど恐れることなかれです。

だって運命は変えられると教えてくれたのは先生だもん、私は先生の言葉を信じます。

せっかくなので、昔書いた記事をこちらに添付しておきます。

タイトルは九十九里浜。

そして私は美月ではなく、先生に出逢った頃の名(美波=みなみ)で書いています。

美月は先生が付けてくれた名ので、これからも大切に使いたいと思っています。

余談ですが。。。

私は無宗教なので戒名は必要ないと思っています。
でも、それでは後に残った者が、私を不憫がるのであれば、余計なものは要りません、
石に一つ、「美月」と彫ってほしいと思っています。

美しい波と書いて「美波」としたのは、繰り返し織りなす波に同じものはなく、
穏やかな波も荒々しい波も、一つ一つがその時々の今であるかのように打ち寄せる
波を見ながら、どんな時も今を大切にしていきたいと思い名付けました。
美月


九十九里浜

昨日は小雨交じりの空・・・先生と九十九里浜を旅してきました。

冬の九十九里は辺境の地。

観光客と名乗るのがどこか恥ずかしいほど、

駅前商店街はひっそりと静まり返る中で

路線バスを一時間待って海岸へと向かった。

今夜は旅行記を書こうと思っていたのに、いざキーを打とうと思うと進まない。

指が止まったまま・・・

私はただ九十九里の海を静かに眺めている。

先生と二人旅・・・

とても素敵な旅だったよ。

九十九里11-1  

だけどね、茫漠な九十九里の海を文章で表現できるほど

私に文才があるわけもなく、

それ以上に今夜は・・・

胸に秘たる旅情を言葉にしてしまうと、

思い出までがどこかちっぽけになってしまうようで書けないんだよね。

文章で思いを伝えきる自信もないけれど、

今夜はね…余計なことを書くのが面倒なの・・・。

毎日、読んでくれる人がいて、訪れるたび拍手を添えてくれる人がいるのは、
本当にありがたいと感じています。

そうとわかっているのに・・・本当にごめんね・・・。

今夜はまるっきりエロさもなく・・・

こんな取り留めもないブログ書きをするくらいなら、

最初から旅について書かなければいいのにね。

だけどね・・・

私って、こんな女なんだよねぇ。

まだ大人になりきれない部分があるのかな〜。

子供の頃はもう少ししっかりしていたように思うけれど、
先生に出会えて、憧れだった甘ったれになれたのかもしれないなぁ〜。

でもね、面白い話がいっぱいあるんだよ。

いつも二人の旅はハプニング続出の珍道中だからね。

それはまたの機会に書いていこうと思っている。

だから・・・・

今夜は私の我侭に付き合ってね。

九十九里12-2  

私は先生の背中が大好き。

この写真の中に私の旅が詰まっているんだよね。

美波

「再びの夏」 第四章更新しました。

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再びの夏

由紀子は指先についた白濁液に舌で触れた。
苦かった。だがそれが邦彦の分身だと思えば、苦味も甘味へと変わっていく…


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紅殻格子の日記(36) 晩婚化

紅殻格子の日記(36) 晩婚化

私が勤めている会社は昨今急激に成長して一部上場しました。
私が入社した1985年と比べると、非常に優秀な人材が多くなり、そういう若者達がちゃらんぽらんな私の下で働いています。

その一人で、W大学大学院を卒業した30歳になる男性部下がいます。
彼は事務処理能力に長けており、仕事はまあまあできるのですが、人間として男として情けないほど未熟です。

子供なのです。
学歴や今の会社名からして女性にはもてるのですが、30歳になっても恋愛に関して日夜悩んでおり、私も時折相談を受けさせられる始末です。

「本当に好きなのかよくわからないんです」とか、「最初から結婚目当ての彼女なんかと別れた方がいいでしょうか」とか、「別れたらいいのかもうしばらくつきあった方がいいのか自分でもわからないんです」とか・・・

まあ半分自惚れみたいな感情もあるのでしょうが、この国の行く末が心配でなりません。

30歳の自分を振り返ると、もう所帯を持って子供が二人いましたからね。

結婚は男にとって己の精神を鍛えるプロセスなのだと思います。
責任を背負うことで、男として成長する第三成長期なのだと思います。

晩婚化は男の成長機会を遅らせることなのかもしれませんね。
であるとすれば、この日本の男達はどんどん幼稚化しているのでしょう。

変な犯罪が増えたりする理由も、男が大人になっていないからではないでしょうか。
では結婚しない・・否、できない女性はどうなのか?

結婚できない自分に正当な理由を与えて安心するのが女性的思考です。
女性は自分自身にではなく、外部に何らかの要因があって結婚できないと考えたいのです。

すると仕事にするか趣味するかは別として、結婚できない理由をどんどん深めていかなければならなくなります。
結婚できない現実から逃避することで自身のプライドを守ろうとするわけです。

勝手に進化させた世界に固執するあまり、幼稚な男達と時間をさくのが馬鹿らしくなってくる。
この負のスパイラルこそが晩婚化と人口減少の要因なんでしょうね。

先進国の現状を見れば、昔のお見合いや新興宗教のように、強制結婚が今後強いられる時代が来るかもしれませんよ。

「再びの夏」 第三章更新しました。

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上野散歩…美月

今も上野駅で待ち合わせすると、改札を出て来る先生を待つ間、女子高生のように心が弾んでしまう。

42歳で出逢ってから10年が経ったのに、今も先生を思う気持ちは変わらない。

それでいて撮りためた写真を整理していると、半年という短い時間の中にも想い出がいっぱい詰まっているんだよね。

長いようで短くて・・・短いようで長く感じることがある。

次に逢える日を待つ間、時間が長く感じられて「早く会いたいなあ〜」と心の中で何度も繰り返してしまう。

でも、先生に逢っていると、まるで時間軸がズレてしまっているのではないかと思うほど時は早く過ぎてしまう。

不思議だけどね・・・写真を見ていると、とても幸せなのになぜか泣きたくなるんだよね。

どの写真も背景に幸せオーラが映りこんでいて、それでいてこの世の儚さを知れば、幸福であればあるほど諸行無常が恨めしい。

日曜日、空は快晴で上野公園の噴水の周りには穏やかな休日を楽しむ人達で賑わっていた。

私達は噴水が見えるように腰かける人達とは逆に、人の様子が見えるよう噴水の側面に座った。

私達の趣味(人間観察)を楽しむには都会の方が適していて、まして上野公園は外国人はいるし、地方から出てきた人はいるし・・・オカマもいれば浮浪者もいる。

まあ、一日中見ていても飽きないんだよね。
気になる人物を見つけると追いかけてまで観察は続く。

その後、先生と二人でどこまでも話が広がってしまうから、一人見つけたら一晩お酒が飲めるほどの盛り上がりようです。
仙人は霞を食べて生きているとされているけれど、私達は人の粗を食べて長生きできそう。

そう思うと・・・テレビの魅力って大したことないなぁ〜。

今回、長年通う上野公園で新たな発見があった。

千葉に行くようになってから江戸彫りや石灯籠などを身近に感じるようになれたおかげで、上野東照宮の素晴らしさを実感することができました。

唐門の美しさは私好みの彫りものも多く、拝殿や本殿の深みのある金箔に、気品と重々しさを感じることができた。

でね・・・発見とはね・・・

上野東照宮内に栄誉大権現を祀られていたんだよね。

まあ、簡単にいうと・・・お狸さまの大親分みたいなお方です。

私のことを狸の化身だと信じてやまない先生は、「お狸さま」の看板をみるなり「狸。狸。」と大喜び(^^♪

世間の人は「…なんでこの人、社を見て喜んでいるんだろう???」と思っただろうなぁ〜。

ちなみに栄誉大権現とは…

四国八十八狸の総帥である。
江戸時代に奉献された大奥で災いをもたらし、その後も安置された大名、旗本諸家を潰した悪業狸として有名であったが、大正年間に東照宮に寄贈されてから災いがなくなったといわれている。

現在は、「お狸様」、「夢見狸」と呼ばれ親しまれ、他を抜く(たぬき)狸という縁起から強運開祖の受験の神様として信仰されていて、毎年多くの受験生が合格祈願のお参りに訪れるという。

まあ、語呂合わせとはいえ、狸が受験の神様というのはどんなものでしょうかねぇ〜(^^ゞ

だけど、歩き慣れた上野公園であっても、まだまだ知らないことがいっぱいあるんだよね。

あれ?上野散歩も千葉で過ごす時間とさほど違わないのかもしれないなぁ。

何か特別なものを見に行くというより、自分達で面白いものを探す旅。

二人旅はスケジュールをクリアすることに目的をおいていないからいいんだろうね。

歴史の中にも自由な発想があっていいよね(*^^*)
美月

「再びの夏」 第二章更新しました。

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再びの夏 

由紀子は指先についた白濁液に舌で触れた。
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プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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