いざ出陣…美月

八月最後の週末、いつものように東浪見で過ごします。

何かを求めて出かけるのではなく、最近では日常より普段という言葉がしっくりくる。

週末に近づくにつれ、海のない暮らしに物足りなさを感じ、早く帰りたいと思う。

そう…単身赴任先から自宅に帰えるような感覚です。

[習慣は第二の天性なり]

身についた習慣は、生まれつきの性質におとらないほど、その人の生活に影響する。

私の性質は、生まれた日の月と同じように真っ二つに仕切られていて、好き嫌いがハッキリしてる。

日常生活では円を描いて上手く立ち回る技を幼い頃からの習慣で身につけたけれど、好きなものに対するしつこさは年々増す一方で、先生以外の人が動物に見えるほど先生好きで困っている。

…ん?困っているのは、私ではなく先生の方かな(^_-)-☆

どちらにしても我慢のできなくなる年齢になり、ますます好き嫌いが激しくなってきたように思う。

好きなものは好き

好きなものに理由はなく、条件付きの恋なんて面白くないよね。
美月

なおさんへ…

いつも読んでくれてありがとう(*^^*)

「東浪見には飯を食いに行くのだ!!!」

…と断言する先生なので、東浪見での食事は買い物から真剣勝負です。

今日の目的は、先週食べた生落花生を茹でて食べる為、高級ガソリンをバラ撒きながら海を渡るのですから、食に対する拘りは半端ではありません。

生の落花生は短い期間しか置いていないので、今回、あるかどうか…(^^;;

先生と私は苦手な食べ物が多いので、好きなものに食欲が集中してしまうのかな⁈

まあ、本当にしつこいです。

雲丹は豪華に見えますが、海産物は安いし、野菜は旬のものを食べる。

それでいて都内で食事をする半分の金額で美味しいものをお腹いっぱい食べられるのですから、この生活はやめられません。

先生のことが大好きな私ですが、もし先生と食べ物の好みが違ったら、ここまで長いお付き合いはできなかったかもしれないな〜(;^_^A

夏の終わり…美月

ここ数日、先週の猛暑が嘘のように、めっきりと涼しくなりました。

天気予報では9月に入ると暑さが戻ってくると言っているけれど、

それでも再び夏が巡ってくるわけではなく、 日暮れの早さに夏の終わりを告げられると、

ヒグラシの控えめな鳴き声に切なさを感じる。

季節の移り変わりを人生に例えれば、夏の終わりは中年期に近い感覚になるのかな。

そういえば満月の夜も切ない気持ちになるんだよね。

月光の美しさに魅せられながらも、満ちれば欠けていく儚さに、人の歴史を重ねてみれば寂しさ募るね。

〜 始まりがあれば終わりがある 〜

確かにその通りであるけれど、月を見れば〜終わりがあるから始まり〜があるとも言えるよね。

月讀神社の23日例祭を調べるうちに、「二十三夜信仰」を知り、

二十三日の夜、月待ちをすれば願い事が叶うと言われているので、

誕生日記念に二人で月を待とうと思ったけれど、

「百年の孤独」の魔力に憑りつかれ、深い眠りの世界へと導かれてしまった。

窓を開けたまま眠ってしまったらしく、肌寒さを感じて真夜中過ぎに目が覚めた。

海には今にも消えてしまいそうな薄い月が浮かんでいたよ。

乾いた喉を潤す水をゆっくり飲みながら、穏やかな寝息を数えて何を願おうかと考えたけれど、

この夜はあまりにも幸せ過ぎて願いごとが見つからなかった。

そのかわり、先生にはこっそりお礼を言った。

月は太陽に照らされて形を変えるけれど、女も月と同じだね。

「生まれてきてくれてありがとう」と面と向かって言えるほどトレンディではないけれど、

先生がいることで私の人生は何倍も輝いていると思うと、ドラマチックに愛さずにはいられない。

…と思ったら、先生の寝顔が急に渋くなったので、そっと布団をかけなおし静かに寝かせてあげた。

可哀想に…よほど怖い夢を見ていたのかなぁ〜(^_-)-☆
美月

紅殻格子の日記(27)…百年の孤独

紅殻格子の日記(27) 百年の孤独

先日、美月が書いたように、二人で五十二回目の誕生日を九十九里浜で祝いました。
美月はお祝いに、私が愛する宮崎の麦焼酎『百年の孤独』を準備してくれていました。

この焼酎は秀逸です。
ノーベル文学賞を取ったコロンビアの作家、ガブリエル・ガルシア=マルケスの代表作を冠したこの焼酎は、ほとんど手に入らないことでも有名な一品です。

麦焼酎をウイスキーのように樽で長期熟成させるため、アルコール度数は40度もあり、ねっとりとした琥珀色の輝きで飲む人を虜にしてしまいます。

大昔、私が宮崎へ出張した際、ボトルを2500円ぐらいで分けてもらい、その価値もわからず熊本へ移動する高速バスで飲み干してしまったのが最初の出会いです。
当然その夜は足腰が立たなくなるほど酔いましたが、とにかく美味しいんです。

今回美月が取り寄せてくれたのは8500円ぐらいしたそうです。
そもそも美月にこの焼酎を教えたのは、二人で旅行した沼津のお寿司屋さんでした。

私達は事前にガイドブックで調べたりしませんのでたまたま入った寿司屋です。
もちろんミーハー嫌いは沼津港近辺の有名な寿司屋など行きません。

駅前の店ですが、その店は実に魚介類が充実しており、滅多に寿司屋へ行かない二人の印象に今も残っています。

そこに『百年の孤独』があったのです。
私も何十年ぶりですし、飲み屋に置いてあるのに吃驚しました。

早速水割りで飲み始めたのですが、その美味しさに水割りではもったいないのでロックに変えました。
度数は強いのですが、飲み助二人ですからあっと言う間に貴重なボトルを空けるほど飲んでしまいました。

店の人は明らかにもったいないと厭な顔をしていましたね。
今思えば私も何て酷いことをしてしまったのかと後悔している次第です。

今回、美月が買ってくれた『百年の孤独』は、もったいないので九十九里浜で少しだけ飲み、残して私の家に持って帰ってきました。

しかしね・・次回の旅でも持って行きますが、どのぐらい残っているかなあ・・・
いい酒を飲み助に預けたら、当然無くなってしまうものですよね。
と言う訳で、今夜は私が少しだけ・・ほんの少しだけ・・内緒で飲んでしまっています。

100年

諏訪神社…美月

一年前、乗馬を始めるようなり、月に一度は千葉に行こうと決めたけれど、最近は月に二度三度、乗馬がなくても東浪見の海を眺めている。

地元人のように山道をスイスイと走り、大多喜町にある先生お気に入りスーパーオリブ内を無駄のない動きで買い物をする。

千葉に行くたび、一つ二つと知名度の低い名所を訪ねては、

誰にも自慢することのできないオリジナルの感動を見つけ想い出を繋げていく。

今までと違った楽しみを見つけた50代だけど、先生といると好奇心が薄れることはないんだよね。

発見の楽しみに素材自体は特別関係なく、一つの物からどこまで話が膨らむかによって感動ランキングが決定するので、
大抵の場合、人に理解されないものばかりが上位を占めているような気がするなぁ〜(-。-)y-゜゜゜

前回は睦沢町にある諏訪神社に立ち寄った。

この神社は高台にあり、村を見守るように鎮座しております。

社殿の右側の斜面に、そびえ立つ御神木のクスノキは、樹齢1000年と言われ、睦沢町指定天然記念物です。

諏訪神社 楠木

…と、ここまでの説明は、県、市などのHPでも書かれているけれど、
私達が感動したのは社殿裏の洞窟です。

諏訪神社 洞窟1

なぜ?…社殿裏に洞窟?トンネルを掘ったのでしょう?
洞窟についての説明は一切なかったので詳しいことはわかりませんが…(^^ゞ

天に昇るほどの竹林が光りと重なり、目に見えぬ力で私達を異界に誘導しているようにも思えた。

笹の葉音に導かれるように先へ先へと進んでしまうと先生が、
竹藪に隠されてしまうようで恐ろしくて、
私は先生の名前を呼び続けながら、必死にあとを追いかけた。

諏訪神社 洞窟

洞窟を抜けた先の下向には、まるで現代から取り残されたような空間に民家が数軒建っていた。

きっと何代にもわたり、この土地に根を下ろしているのだろうね。

楠木の歴史と同じほどに、代わる代わる人の時も刻まれているんだね。
美月

なおさんへ…

いつも楽しいコメントありがとうございます。

えへへ、彼は主婦マンですか・・・それは最良かもしれませんね…(^^♪

お付き合いも長くなると、お互いの態度も変わってきますよね。
私のお喋りは変わりませんが、先生は聞き上手ならぬ…、聞いているふり上手になりました(*^^)v

振り返れば、出逢った頃は私がおかしなことを言うと、先生に頭をカラカラと振られたものですが、
この先はどんなリアクションに変わるのかなぁ〜。

老いることは悲しいけれど、先生と歩けば怖くない。
でも、老婆になっても腕を組んで歩ける仲でいたいと思っています。
美月

虹の向こうには…美月

先生と待ち合わせの駅に着いた頃から、空は灰色一色だった。

このところの日照り続きに体力も奪われつつあったので、少しの雨はありがたいと思った。

アクアラインに入り、東京湾トンネルを抜けて地上に出たあたりから雨足は強まり、ワイパーを最強にしても追いつかないほど視界はどんどん狭くなっていった。

目の前で稲光が空を切り裂くと、爆音が瞬時に地面を殴るの繰り返し。

雷は自然が作る光と音の芸術だよね。

雷マニアの私にとっては最高のシチュエーションだけど、運転中の先生には大変危険な走行となっていた。

先生、一生懸命運転してくれていたのに、一人ではしゃいでごめんなさい。

何もない誕生日でいいと言ったけれど、もちろん「先生がいれば…」と前に付くのだけれど…、

東浪見の宿に着き、11階のベランダで海を見ながら祝杯をあげていると、目の前に大きな虹が現れた。

毎日、車を運転しながらも滅多に見れない虹だけど、色鮮やかで大きなアーチを描き、根元までくっきりと映える虹を見たのは初めてのことだった。

きっと11階の高さがよかったのかもしれないなぁ〜。

夏休みということで野外バーベキューする人達が沢山いたけれど、誰も虹に気付くことなく肉や野菜を必死に焼いていた。

虹を見つけた先生の顔が、子供のようにキラキラ輝いていて、優しく微笑みながら私と虹の写真を撮ってくれる先生を見ていたら、なんだか幸せすぎて泣きそうになっちゃった。

昔はね…私が幸せだと言うと、先生は「もっと幸せにしてやる」と言ってくれた。

今はね、私が幸せだと言うと、ふん!とそっぽを向きながら澄ました顔をしている。

月日と共に少しずつスタイルは変わっても、変わらないのは私にとって先生がかけがえのない人だということ。

ずっと傍にいたいと思える人だということ。

52歳の誕生日に思うことは、出逢った日と変わらない。

先生を駅まで送る車中、切なくて悲しくて先生の顔が見れなかった。

初めて逢った人なのに、このまま離れたくないと思った。

今も一人月を見上げれば、あの日の切なさを思い出す。

虹の向こうには何があるかわからないけれど、先生と見た虹は最高の誕生日プレゼントになりました。
美月

なおさんへ…

お誕生日メッセージありがとうございます。
今年も先生と二人で誕生日を迎えられて嬉しく思っています。

10年というと長いようですが、
こうして毎日、先生を思いながらメールを送れる今がある幸せを実感しています。

虹の根元には宝物が埋まっていると何かの話で聞いたことがあります。
私の宝物は先生なので、先生は虹色仮面(レインボーマン)なのかもしれませんね。

なおさんの彼は、○○マンでしょうか!?
私達のヒーロー、永遠に不滅であってほしいですね。
美月

お誕生日おめでとう…美月

お誕生日おめでとう

今日は私達のお誕生日です。
52歳になりました。

誕生日を特別な日とするのではなく、毎日を大切にしようと先生はいいます。

私も先生と同じ気持ちです。

でも、先生の食道癌宣告からは、誕生日を二人一緒に迎えられることに深い喜びを感じます。

これから千葉に向かいますが、誕生日だからと決めたスケジュールはありません。

いつもの週末に今年の日巡りで誕生日が重なっただけのこと。

気負うことなく、荒立てることなく、静かに今日という日を過ごしたい。

海に上る月を待ちながら….
美月

追伸
先生、お誕生日おめでとうございます。

42歳で出会ってから、早いもので十回目のお誕生日を迎えることができました。

これは…俺の我慢の賜物だと、先生はいつものようにいうだろうけれど、
この先、何十年も威張り続けてくださいね。

確かに私は気性が荒いし、強情だし、そのうえ偏屈な気質を持っています。

あっ、先生のことを書いたわけではないのですが、こうしてみると私達は似ているのかもしれませんね。

我が子でさえ理解できないだろうことの多い私のような女と、十年を供にしてくれてありがとう。

嬉しいとき、悲しいとき、どんな時も、私を先生の傍に置いてくれてありがとう。

鶴のようにしなやかではありませんが、狸も女に化けて一生をかけての恩返しをするつもりでいます。

人間世界では、離れない=取り憑かれているというそうですが…(^^;;
私は深愛だと思っています。
美月

手術前日…美月

先生の入院は2012年11月7日の火曜日だった。

明日の手術の為の検査もあって、先に病院に到着した先生は、まだ病人でもないのに窓際のベットに寝そべって私を待っていた。

私は面会開始時間を計り病院へと向かったのだけど、でも、先生…とても不機嫌な感じだった(^^ゞ

私が到着すると、先生は入院着から私服にさっと着替え、昔、観た「卒業」という映画のラストシーンのように二人早足で病院を抜け出した。

でも、久しぶりに子供感覚のスリルを味わえて面白かったなぁ〜。

先生は、「お前のせいで俺は悪い子になった」と言うけれど、私のおかげで見た目良い子から解放されただけのことであって、反逆者的素質は先生の方が長けているんだけどね。

この後、退院するまでの6日間で、どれだけ先生の着替えが早くなったか?動画に収めておけばよかったなぁ〜…歌舞伎の早着替えより早いと思うなぁ〜。

先生ね…
朝から煙草を吸わなかったから鼻がよくきいたらしく、私が病院手前のコンビニで煙草を吸ってきたことをすぐに悟ったみたい。

でね…「お前だけずるい」と言うから、煙草を吸いに外に出たんだけどね。

今思うと、この一回さえなかったら、先生は禁煙に成功していたかもしれないなぁ〜(^^ゞ

面会時間終了まで病院の中を見学したり、外に出たりを繰り返し、普段と違う二人の時間を過ごした。

面会終了時間が近づいてきたので、最後の煙草を吸いに外に出た。

二人揃って、ゆっくりと煙草を吸った。

この煙草を吸い終わったら、「さよなら」の時間が来ると思うと、何本も何本も立て続けに火をつけてしまいたい気持ちになった。
 
帰りたくなかった…先生の傍を離れたくなかった…。

先生を病院に一人残して帰るのが辛くて、院内へと戻っていく先生の後ろ姿をいつまでも追いかけた。

明日、手術だと思うと、言葉にできない思いが胸の中で渦巻いてくる。

大圃先生に出会えたことに感謝しているし、絶大な信頼を寄せているけれど、それでも先生のこととなると心配になるんだよね。

次の日の朝7時を過ぎた頃かな・・・病室の先生からメールがきた。

この病室にずっといたいと思うよ。
窓から朝日が射し込んで、缶コーヒー、上質な音楽、原稿用紙・・
何にも煩わされることもなく、行動は制限されるが時間の使い方は自由。
これらが揃っていれば最高の幸福でしょう。
こんな生活をしたら、おそらく現実の生活には戻れなくなると思う。
たまたまストーンズの”HAPPY”が流れています。

これから手術を控えた先生に、こんなにも穏やかな朝を迎えさせてくれるほど素敵な病院なのだけどね。
私はすぐにでも先生を現実世界に連れ戻したいと思った。

だけどね、あの時のこと思い返すとね…
私が先生に励まされていたように思うんだよね。
美月

  池田山公園

海を見ていた午後…美月

食道癌が見つかった日から、少しでも早く癌を取り除いてほしいと思っていたけれど、いざ入院日が迫ってくると緊張が高まった。

入院を二日目に控えた日曜日、山手にあるドルフィンに連れて行ってもらった。

この店はユーミンの歌「海を見ていた午後」に出て来る店なんだけどね、私はこの歌が好きで、先生に何度か伝えたことがあったけど、真剣に聞いている素振りを一度も見たことがなかった。

自分が大変な時であっても、私が喜びそうなことを見つけてくれる先生の気持ちが嬉しかった。

でもね、優しい瞳をまっすぐ見るのが恐くて、遠い未来に今日のことを回想する日のことを考えながら、海を見ていたよ。

店内で語り合う、昔、若かったカップル達は、あの店にいる間、十代の自分を思い出していたのかもしれない。

先生の青春が詰まった場所に、少しだけ?ヤキモチをやいた。

でも、懐かしいメロディーが流れてきても、私の青春は何一つ浮かんでこなかった。

えへへ、先生の居ない過去に興味がないから、今しか見えなくなっているのだと思う。

毎日、今がある幸せを意識しながら先生と過ごした時間が私の宝物だからね。

思い出はいつしか美化されてしまうけれど、泣いたり笑ったり、たまに喧嘩して仲直りして…。

何年経っても色褪せることのない旬な恋を楽しませてくれる先生に感謝しています(^^♪
美月

紅殻格子の日記(26) 医師④

紅殻格子の日記(26) 医師④

先週の水曜日、M先生のところで定期健診してもらいました。

内視鏡検査とCT検査です。
半年に一度の検査ですが、お陰様でまた半年寿命を頂くことができました。

有難いことです。
病気とは真摯につきあっていかなければなりませんね。

さて大圃先生の最終話です。
NTT東日本関東病院に一週間ほど入院し、私は無事浮世に生還することができました。

僅か一時間ばかりの手術で、その日の大圃先生の5番目のオペでした。
かかりつけのM先生も私の手術を見学に来られていました。

後でM先生に大圃先生のオペについて聞くと、あれは神技だと吃驚されていましたね。
簡単に説明すると、食道にできた表層癌の周囲に液体を注射して浮かせて切除するのです。
自信満々の大圃先生は有言実行の人でした。

でもそれだけで4部にわたって記事を書くほど私はお人好しではありません。
この先生が本当に凄いところは、毎日患者のところへ様子を見に来てくれるのです。

それ自体は当たり前のことなのかもしれませんが、如何せん忙しい先生ですから来られるのがいつも就寝前ギリギリです。
それも最初に会った自信満々の態度ではなく、恥ずかしそうにカーテンの隙間から「お加減はどうですか?」と蚊の鳴くような声で聞くのです。

初診の時が嘘のようにいろいろと優しく教えてくれました。
本当はシャイで心優しい先生なのでしょう。
初診の患者の前ではわざと傲岸な態度を取って安心させているのかもしれませんね。

私は大圃先生の大ファンになりました。
美月もずっと病院で付き添ってくれていましたが、大圃先生の大ファンになったようです。

退院前の診察か忘れましたが、私が再発しないために酒と煙草は止めた方がいいか聞くと、
「酒も煙草も構いませんよ。またできたら取ればいいんですから」とあっさり答えられたのには目からうろこが落ちる思いでしたね。

名言です。

いくら用心したって癌はどこにでもできます。
ならばそれを心配してチマチマ生きるのではなく、医師を信じなさいと教えて下さったわけです。

最後に宣伝しておきたいのは、NTT東日本関東病院は本当にいい病院だと言うことです。

変な話ですが、退院する時、「もっと長くこの病院にいたかった」と思いました。
美月と病院をぐるぐる回りながら、ひどく寂しい気持ちになったのを覚えています。

どんな色が好き…美月

土曜日、東浪見の海岸は夏の終わりのような涼しさだった。

花火をする人達の歓声が心なしか寂しげで、潮風に靡く煙と七色の光にマッチ売りの少女の世界を思い出す。

花火と人生は同じかもしれない。

燃えているうちが花で、終われば灰となり煙となって天に召される。

それはね…誰に限らず同じことで、人生長いか短いか…それだけの問題なのだと思う。

ただし、人間というのは非常に我儘な生き物だから、自分の好きな人だけは特別扱いするんだよね。

二年前、先生の癌が見つかった時は、落ち込んだし涙もいっぱい出た。

泣きたくなんてないんだけどね…。

どんなに歯を食いしばっても、楽しかった日々が次から次へと思い出されて、別れの辛さを予感させるんだよね。

でもね、よく考えてみたらね・・・出会った頃から、いつか灰になる時が来るのだろうと思うと切なくなった。

別にね、私自身、死ぬのが恐いわけではないんだよ。

生まれた限りいつかは死ぬと、これだけは生き物すべてに平等に与えられた宿命だからね。

どんなにわかっていても先生と離れるのが嫌で、この自然の摂理でさえ何とかならないものかと考えてしまうんだよね。

まあね、だからこそ時間の有効性を高めるのはもちろんだけど、どんなに長く一緒に居ても諦めきれることはできないんだろうなぁ〜。

先生がNTT病院に始めて行った日の前日、別れ際に大喧嘩をしてしまった。

明日の検査なのにね、こんな時に喧嘩してしまうなんて、どうかしていたのだと思う。

まだ癌とどう立ち向っていいかわからなかった。
相手の正体が見えないから戦い方を知らなかった。

今思うと、不安な気持ちをどう扱ったらいいのかわからなかったのかもしれない。

次の朝、早起きをした。 

先生が許してくれるか?わからなかったけれど、私は躊躇うことなくNTT病院へと向かった。

病院に着くと急いで背の高い人をピックアップした。

先生は見つからなかった。

私ね…どんなに遠くからでも先生の姿を確認できると確信しているのに、気が動転しているのか先生が見つからない。

そうだ!先生は座っていると座高が低いことに気付き、今度は前屈みしながら人の目の高さに沿って歩いてみた。

でも、先生は見つからなかった。

広い病院の中、どういうシステムで人が蠢いているのかわからないまま、先生のことを必死に探したよ。

もしかしたら?診察後に良くない知らせを聞いた先生が、人気のない片隅で小さくなって泣いていたら見つけられないかもしれないと思い、隅々まで探したけれど、やっぱり見つからなかった。

…こうなったら院内放送で呼んでもらおうかと思った時、先生が病院玄関から現れた。

実は先生、まだ病院に到着していなかったんだけどね。

喧嘩したまま迎えた朝、先生は私を見つけると、「馬鹿っ!!!」と一言いうと、鞄を持っていろと当たり前のように差し出し、初診問診表を書き始めました。

私は先生の背中に蝉のように貼りつき、心を震わせ「ごめんね、ごめんね」と鳴きました。

えへへ、相変わらず何をするのも大袈裟でしょ・・・。
先生、ずっと大変な思いをしてきたらしいんだよね(^^ゞ

この後は先生が書いてくれている内容に続くんだけど、検査の待ち時間に近くのコンビニに煙草を吸いに出かけた時、一人のサラリーマン男性と出会いました。

先生と似た雰囲気を持つ彼の病名を先生はすぐに予想し、私も同意した。

先生の予想は的中し、彼と私達は四時間消化器内科の診察室の前で延々と待つことになった。

運命の決断は私達が先に下された。

でも、大圃先生の言葉に救われた私達は、癌と向き合う決意をし、病院の帰りには中華料理店で勝利の祝杯まであげてしまう能天気カップルだった。

だけど、診察室から出てきた彼の肩は完全に落ちてしまっていたんだよね。 

彼は一度もあのスペースから離れなかった。
四時間座り続けて腰もさぞかし辛かっただろうけれど、きっと私達以上に待ち時間が長く感じられたのかもしれない。

多分、彼の様子から察すると、癌であることが会社人生のハンデだと感じたのだろうと思った。

本来であれば先生にとっても癌がハンデになると思うけれど、先生は昔から偉くなろうとしない。

私も地位に興味はないけれど、偉くなるのは嫌いではなく、下にいるより上にいた方が空に近い分、自由な気がする。

まあ、底力を使わなくても偉くなっているのだから、十分といえば十分だけど、でも、出世に興味のない人は大抵の場合、窓際族と呼ばれた人達で(死語ですか?)、窓際と言いながら窓のない部屋で暮らしていることが多いんだけどね。

まだ癌が消えた訳ではないのに祝杯を上げてしまう私達だから、人生の選択も多少ズレテイルとは思うけれど、でも、大圃先生なら先生の命を預けられると思ったよ。

えへへ、それはなぜかと言うとね…
私達が診察室に入ると、椅子をクルリと翻し現れた飄々とした姿が先生そっくりだったから…(笑)

ええぇ〜・・・この人・・・絶対…変わり者でしょぉ〜・・・・( ^^) _U~~
…というのが大圃先生の第一印象です。

ちなみに…
先生に初めて会った時(先生の支社の前のバス停で拉致しました)、この人、偏屈だろうなあ〜と察した私の感は大当たりだったなぁ〜。

あれから10年…綾小路きみまろではないけれど、10年経てば愛の形も変わるものですねぇ〜。

えへへ、お互いの健康を気遣う年になりました。

日々、テレビ番組で健康をテーマにしたものが多いけれど、文句を言いながらも先生の良さそうなものは必ず見て調べるようにしています。

もちろん、呪われた健康オタクになる必要はないけれど、少しずつ生活スタイルを改善していくことで先生の未来を明るい色に染めたいなぁ〜。

先生、何色がいい…???
私はオレンジ色がいいんだけど、先生も私と同じでいいよねっ(^_-)-☆
独善的女 美月より
プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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