逢瀬に向かう車窓から…美月

今週は大好きな東浪見で過ごします。

ご無沙汰しておりましたが、私は何とか元気を維持していますので安心してくださいね。

父の四十九日を済ませた後、長男が喘息の発作で入院したり、大雪が降ったりと慌ただしくて更新できなかった。

書こうと思うことがマイナスのことばかりで、もちろん毎日がハッピーディーではないことは、天下のヨーカ堂さんも言っているけれど、同じ数えるから幸せなことを思い浮かべていたいと思う。

先週は先生の家の庭に住むチッチ君に会えて、日曜日の午後を長閑に過ごすことができた。

悪チビルナちゃんも、今はすっかりと大きくなり、山猫ならではの警戒心は鋭いものの、どことなくのんびりとした箱入り娘になったようにも見えた⁇…ことにしよう(^^)

一昨日の夜、舞い落ちる雪を窓辺から静かに眺めていた。

まだ電車もある時間なのに駅から続く道にも足跡はなく、視界から建物の姿を消してしまうほど雪の白さが眩しい映った。

そうしたらね、笠地蔵の話を思い出して、思わず泣いてしまった。

名作中の名作だから(私的ランキングです)今更、あらすじは書かないけれど、私は昔話に出てくる仲良しおじいさんとおばあさんが大好きで、自分がおばあさんになったこの歳でも、たまに読み返しては感動してる。

子供の頃ね、物凄く考えさせられた話で、最近まで答えが出ないほど私には難問だった。

おじいさん、町まで笠を売りに行って、売れないからといって生活の糧となる笠をお地蔵様に被せてあげるんだけどね…。

そりゃ〜あね、雪の中で動けず寒さに耐えるお地蔵さんに会ったら私もおじいさんと同じことをすると思う⁈

私が凄いと思ってるのは、おじいさんではなく、そんなおじいさんの話を聞いて、おばあさんがニコニコしながらおじいさんの行為を受け入れるところなんだよね。

子供の頃の私ならね、「馬鹿じゃない!、明日食べるご飯もないのに笠あげちゃってどうするの‼︎!!」と責めたあげく、しばらく口は聞かないと思う。

でもね、おじいさんが先生だったらと置き換えてみると、私もおばあさんみたいに笑っちゃうと思うんだよね。

人はね、一緒に生きる人によって善人にも悪人にもなれるんだよね。

本当はね、幸せか不幸かなんて大したことではなくて、愛があれば心豊かに暮らせるのだと感じてる。

愛では飯は食えないと言われ続けて生きてきたけど、お腹が膨れても心が満たされなければ空腹に変わりないよね。

まあね、現代版、笠地蔵なら、先生の代わりに私が笠を売りに行って、たとえは笠が売れなかったとしたら、わらしべ長者となり、お地蔵さんには笠を、先生にはお酒を持って帰ろうと思う。

こんなこと馬鹿げたことを真剣に考えている私のことを知っているのは、この広い世界の中で先生たった一人しかいない。

だから、私は先生を失った瞬間、広い世界も無くしてしまうことになるんだね。

うん、それでいいよね…(^^)

美月

先生へ…ヤマモモのお母さんに会った時、笠地蔵のおばあさんのように幸せに暮らしていたのだろうと思ったよ(^.^)


四十九日…美月

一月十八日、父の四十九日と母の二十三回忌法要を合わせて起うことができた。

住職のお経の有り難みは未だ良くわからないけれど、読経のリズムに合わせて懐かしい思い出が次々と浮かんできた。

目の前の遺影の父が別人のように、若い頃の両親の姿は活き活きとしていた。

あの頃、こんな日をこんな形で迎えるとは想像をしていなかった。

私の隣には母が居て、もう泣かないで…と言っても子供のように泣きじゃくる母を宥めているだろうと思い描いていたけれど、結果というのは予想を遥かに超えてしまうことが多々あるものだね。

納骨の際、長らく見ることがなかった母の骨壷を暗くて狭い墓石の下に見つけた。

日当たりの良い場所で眠らせてあげたいと、父が高台に墓を作ってはくれたけれど、それでも墓の中は暗くんだよね。

私もいつか重たい墓の下に閉じ込められるのかと思ったら、子供の頃を思い出し気分が沈んだ。

暗いて狭いところは苦手なんだよね。

いつか押しつぶされてしまうのではないかと思うと息まで苦しくなってくる。

そんなことを思っていたからバチが当たったのか?長男の喘息発作が出てしまい、高速道路を飛ばして帰ることにした。

予約してもらった会食をすることができなくなったから申し訳なかったけど、みんなで四人分を頑張って食べてくれたらしい。

地元に戻り命からがら救急外来を受診すると、家に帰っても夜中に発作が起きると心配だから入院した方がよいかもしれないと説明された。

それでも酸素不足で指先が小刻みに震える息子の眼は、「いやだ、帰りたい、帰る」と書いてあったけど、完全無視して入院させてもらうことにした。

点滴をしながら、途中、二度、吸入をしてもらいながら、病室のベットが整うのを待った。

待つこと3時間半…病室に入れたのは9時を過ぎていたけれど、糸一本で繋がる命を懸命に紡ぐ医師や看護師さんの姿を見ていると文句など言えないと思った。

隣のベットに居た老人は、大部屋が無理なら個室でもいいから早く入院させてくれと騒いでいたけれど、素人の私が見ても重病そうには映らなかったんだけどね。

人それぞれ待ち時間の限界は違うのだろうけど、文句を言う声の間を、お亡くなりになった方とそのご家族が通ったことも見えないほど苦しい状態だったのだろうか?今も疑問は残るけどね。

本当に生きていると色々なことがあるなぁ〜と思いつつ、法要後の説法で住職が言っていたお釈迦様の言葉が浮かんできた。

幸せもあれば不幸もある。
楽しいこともあれば苦しいこともある。

お釈迦様が亡くなる時、色々あるけれど、この世はいいところだなぁ〜と仰ったそうです。

極楽浄土は西方にあるそうですが、夕陽の沈むとき今日があることに感謝することができれば有り難い人生ではないか…と、住職に代わり、現代用語に変換して甥や姪に話して聞かせた(^_^(笑)

東浪見に行くと、先生と二人で灰色の砂浜に腰掛け、夕陽が静かに沈むのを眺めて過ごす。

人生とは儚い夢のようであるけれど、この瞬間の幸福は永遠のものであり、深い感謝と慈愛が満ちてくる。

こんな心穏やかな時間を与えてくれる先生こそが私の教祖様なんだよね。

きっと母にとっても父はお釈迦様より尊い存在だったのだろうと思う。

骨壷も仲良くならび、今まで一人寂しい思いをさせた母の位牌を、父と並べて夫婦位牌に作り変えた。

今頃は再会を喜び、現世の思い出を語っている頃だろうか…。

えへへ、こんなにも頼りない私だけど、死んだ人の心配までするのだから人間って本当にお節介だよね。

でも、私は先生と同じ時代を生きられて幸せだと思っているよ。

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は久しぶりに大好きな東浪見で過ごします。

久しぶりといっても3週間ぶりですが、都会は色々と詰まっているので月日の数え方が違ってくる。

…かといって精神的に豊かかというと心貧しいキリギリスです。

そう言いながら、先生と過ごす休日に場所は関係ないんだけどね。

先週、連れて行ってもらった海芝浦駅は、初めてアクアラインに乗って千葉に向かった日の感動が蘇ってくるほどの大感動があった。

電車のドアが開くと、黒い油の浮いた水面がキラキラと輝く都会の海が広がっていた。

私が子供の頃、観ていた海と同じだった。

先入観で秘境駅というのは田舎にあると思い込んでいたボンクラ頭を金槌で殴られたくらい衝撃だったんだよね。

感性の鈍りともいうのかなぁ〜。

私は何でも物事を疑ってみる癖があるのだけれど、大人になるにつれて疑う必要がなくなってきた。

まあ、多少、小さめな脳みそでも、月日を重ねるうちに経験も積まれていくものだから、答えがはっきり出てしまうようになる。

若い頃と比べても考えることが少なくなるのだから、脳の回転数が下がっても仕方ないのかもね。

だからね、歳を取るほどに好奇心を刺激してくれる同志が必要になるのだと思う。

そうそう、世間でよくいう、お仲間ですよ(^-^)

まあ、私には仲間がいませんが、二人歩こう会が生き甲斐です。

人生を楽しむ為に、会長と副会長、部下も居ないから、何でも二人で協力してやらないといけないのだから喧嘩なんかしてる時間がもったいない。

お金持ちも貧乏人も死んだら骨になるだけだもんね。

父の葬儀でお金の有り難みをしみじみ感じた。

お金があると無しとでは霊柩車の値段も違うけれど、火葬される時は、みんな平等なんだなぁ〜と焼き場のドアが閉まる瞬間に思った。

この瞬間こそが宗教なのではないかと悟りながら、この新鮮な感動を分かち合える先生が隣に居ないことが残念だった。

ちなみに、いちよう子供達に触りだけ伝えてみたけれど、「何考えてるの、自分の親が焼かれる時に、親不孝者‼︎」と叱られてしまった。

どうも子供達は比較的まともに育っているらしい(汗)

あぁ〜父なら絶対食い付いてくれたのになぁ〜と思ったけど、そうだ、今、まさにその父が焼かれてしまうのかと思ったら急に悲しくなった。

でも、どうしてかわからないけど、父とよく似た意地悪先生が私の傍にいてくれている。

世の中に二人と居ないと思っていた人がもう一人居るとはね。

生きているとこんな楽しいこともあるんだよね(^-^)

今日は寒気の影響で首をすくめて寒さを凌ぐ人が多いけれど、日の当たる場所では顔も綻んで楽しそうです。

寒がれた山にも少しずつ春の足音が聞こえて来そうな今日という日が今から楽しみです。

では、行ってきます(^^)

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は次男の成人式だった。

無事、この日を迎えることができて本当によかった。

まだ学生なので子育ては続くけれど、でも一つの節目として子供の成長が喜ばしいね。

ここまでの道のりには色々なことがあった。

でも、先生のおかげで一つ一つ乗り越えてこれたんだよね。

不幸の中にも幸福があって、嫌なことの何倍も楽しいことが見つかった。

人を羨み憎む気持ち以上に他人に対しても幸せを願うことができたし、世の中が明るくなればいいと思えた。

自分以外のことに目が向けられるのは心のゆとりを持てたからだと思ってる。

子育てにゴールはないんだろうなぁ〜。

80歳になっても、五十を過ぎた子を思い、生涯、親として現役であり続けることが子供孝行なのだと思う。

老いては子に従えなんて許せないもんね。

だから、私はこれからも泣いたりしない(^^)

でも、内緒だけどね…

暦が戌年に代わると、感極まって、先生に電話しながら泣いちゃった。

ありがとう、と何度言っても足りないくらい先生には感謝してる。

長い間、お世話になったから、これから長い時間をかけて恩返ししたいと思っている。

だから先生には長生きしてもらわないとね。

今日はこれから横浜に向かい、先生の友達の中国人のお店で二人新年会をやるつもりです。

昨年から先生に会えなかったから、進む電車の速度がいつもより遅く感じる。

それなのに逢ってしまえば、高速で駆け抜けてしまう爛漫な幸福。

時間というのは全てにおいて同じ速さではないのかもしれないなぁ〜。

では、いってきます(^^)

美月

独り言…美月

私、今日の出来事を色々と書いていた。

次男が成人式を迎えることで、先生への深い感謝と共に、この13年間という長い月日にあった出来事を長女に話した。

55歳という節目にあたり、伝えておかなければいけないことをブログに書いたけれど、何故か記録されることなく消えてしまう。

まだ役目は終わってないということか?

それとも父の慰めか…?

弱音を吐かせてはもらえないのは、辛いことのようで有難いことかもしれないね。

さっきね、感極まって先生に電話してしまった。

電話嫌いの先生が長い時間、私の話に耳を傾けてくれた。

何かあったら電話して来いよ…と遠い昔に聞いた言葉が今も約束通り通じているのは本当にありがたいな。

先生と出会えて本当よかったと思う。

今夜はそんな心優しい夜だった。

美月

プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
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