紅殻格子の日記(153)  寂しくて、寂しくて

紅殻格子の日記(153)  寂しくて、寂しくて

避妊手術を受けさせるため、先週からルナを獣医さんに預けています。

たった一週間の入院なのですが、私も子供も、年寄り猫のニャンピも、静まり返った家で寂しさを堪えています。

暴れん坊の厄介者なのですが、いなければいないで火が消えたような寂しさです。

最近、また美月と『男はつらいよ』の初期版を観て泣き笑いしています。

寅は後期へ至るほど善人になっていきますが、一作、二作目は柴又へ戻っても相当な悪として描かれています。

死語で言うなら、「鼻つまみ者」です。

私と美月はよく上野不忍池の屋台で昼から酒を飲みますが、香具師の世界は向こう側の世界だと実感しています。

決してこちら側の世界とは相容れない境界があります。

向こう側の世界とは、日常に厄災をもたらす存在であるとともに、実は遠い憧れであることを忘れてはいけません。

フーテンの旅暮らしとまで行かずとも、会社をさぼってぶらぶらしたいと誰もが一度は思いますよね。

相対する世界は常に憧れなのです。

だから寅が恋するのは堅気であって、リリーとは最期まで上手く行かないわけです。

境界――この概念が私と美月には共通して見えるのかもしれません。

即ち、人を分類して定義付けしてしまう。

それは自分の世界に入ろうとする者を遠ざけていくことですね。

だから普段から友達などいるわけもなく、天上天下唯我独尊と世の中を斜に構えて醒めた目で見ているのです。

ところが私と美月の場合、全く同じ能力を有する者が、同じ境界内に存在を認め合ってしまったわけです。

二人にとってこちら側と向こう側の境界がほぼ同一線だということでしょう。

・・・はあ、それにしてもルナがいないと寂しいなあ。

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紅殻格子の日記(152)  幸せとは?

紅殻格子の日記(152)  幸せとは?

ルナが発情期を迎えたらしく、鳴き声が涸れるほどミャーミャー騒いで困っています。

そりゃ、生き物として最も重要な生存証明なのですから必死です。

切なくなります・・でも家の外に出すわけにはいきません。

申し訳ない思いが溢れてきます。

もし山中で拾わなければ、死んでいたかもしれませんが、生きて子孫を伝えることができたかもしれません。

あの時、家に連れ帰ったのは本当に正しかったのでしょうか?

美月は単純に「助けてあげた」と考えるかもしれませんが、幸せとは一体どういうことなのでしょう?

そう考えると、占い師や宗教家、人生相談など何も考えていないと思いますね。

一体幸せとは?

死なないことなのか、金に困らないことなのか、会社を経営することなのか、家族が楽しく過ごすことなのか、自分の道を究めることなのか・・・

全人類共通の「幸せを測る物差し」がなければ判定することができません。

ルナはどう思っているのでしょうか?

美月はどう思っているのでしょうか?

皆さんはどう思われますか?

答えはないのですから、逆に皆死んでいく時に幸せでいられるのでしょうね。

だから結果的には皆幸せなのです。

「幸せを見つける」と言う言葉は、幸せを意識して現状の苦しみを麻痺させることに他なりませんね。

西方浄土のお釈迦様は仏教ですが、地獄の水先案内人である閻魔様も仏教ですか?

まとまりのない話で済みません。



紅殻格子の日記(151)  ネコパンチ

紅殻格子の日記(151)  ネコパンチ

千葉の山で足が折れた猫を拾って5ヶ月が経ちました。

時の流れは速いものですね。

お陰様でルナは元気に暮らしていますが、我が家に13年住みついているニャンピと言う猫とは未だに諍いが絶えません。

ルナは一緒に遊びたいのですが、激しく動き回る子猫を老猫ニャンピは鬱陶しく思っているようです。

ニャンピ必殺のネコパンチ炸裂です。

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紅殻格子の日記(150)  幸せな朝

紅殻格子の日記(150)  幸せな朝

今週も房総一ノ宮町、九十九里浜南端の東浪見へ行って来ました。

サーフィンの東京オリンピック会場、釣ヶ崎海岸に臨む「グランビュー 一ノ宮」の10階に泊まりました。

朝、そのベランダに椅子を設え、美月と二人で海を眺めながらお茶を飲みました。

大きな弧を描きながら遥かに続く九十九里の砂浜と丸みを帯びた水平線、裏山から聞こえる小鳥の囀り、穏やかな陽射しに抱かれながら隣にいる美月と会話を楽しみます。

幸せな時間です。

忙しく名所旧跡を旅するより、私は何よりもこの幸せな時間を愛しています。

人生の最も大切な一時です。

それを伴に楽しめる美月がいてくれるから、桜のつぼみのように幸せは更に膨らんでいきます。

前夜、二人で『男はつらいよ』の第一作を観て泣き笑いしました。

この作品はもう五回以上観ているのですが、二人で観ると毎回違った発見に感動します。

その中でたまたま寅さんの「猫の肉」と言う台詞を受けて、美月と私はほぼ同時に『マクドナルド』と言い合ったのです。

人間の賢さは、「頭脳の回転率×知識量」で決まると思っています。

私は非常に早熟で、小学校の頃から百科事典を愛読し、学習塾に通ったこともなく慶應大学に現役で入りました。

一方美月は高卒で、私の学歴に出逢った頃から負い目を感じていたかもしれません。

しかし頭の回転率は全く同等です。

それは昔から薄々わかっていたのですが、「やはりそうだったか」と改めて嬉しく思いました。

誕生日が同じ同い年、二人とも裕福ではない下町スラムに育ち、どこか世の中を斜に構えて嘲笑う性格です。

双子のように似ているのも、おそらくほぼ同等の能力を持っているからだと思います。

奇跡のような出逢いです。

そして私は内向的で美月は社交的な性格・・二人は同じ磁力を持った磁石のように惹かれあったのです。

美月と出逢えて良かった。

私はグランビューのベランダで海を見ながら、美月という伴侶を得られたことが、人生の何よりの幸せだったと思いました。

極楽浄土


紅殻格子の日記(149)  再婚

紅殻格子の日記(149)  再婚

家内が亡くなって早いもので四年半が経ちます。

三人の息子も上の二人は片づき、浪人生の三男と二人で生活する毎日です。

三男が中学三年生の時に家内が亡くなり、以来父子家庭ですが、何とかここまでやって来られたと自分でも感心しています。

今日は我が社(古い言葉ですね)グループの部長会議で、夜は40名ほどの懇親会がありました。

私はこの年になっても宴会部長を拝命しているわけですが、最後の一本締めの際、「今年は再婚します」と個人的な目標を申し上げました。

軽い盛り上げのつもりだったのですが、「どうして?」「聞いていない?」などと私に詰め寄る人まで現れて大混乱となりました。

別にいい男ではありません。

社内には40歳から50歳の独身女性がゴロゴロおり、彼女達をどうにかしてやろうと思う人々が、いきなり候補者を一人失ったかと騒いだのです。

まあ、お見合い世話焼き爺や婆がたくさん社内にもいるわけです。

それは年収1,000万円を超えていますし、両親も亡くなっていますし、三男もそろそろ自立する年齢ですから・・まあ、条件的にもてない方がおかしいでしょうね。

でも私はそのような女性達に一切興味が湧きません。

性的な欲望など微塵も感じたことがありません。

それは、おそらく彼女達が真剣ではないからでしょう。

幸せは自分でつかみ取るものです。

でも老齢な女性は、決して自分を捨ててまで冒険することはありませんよね。

このままの生活を維持しつつ、もしかすると転がり込んで来る幸せを蟻地獄のように待っているのです。

リスクをとらずしてリターンはないのです。

そんな都合のいい話があるわけないですよ。

美月は初めて会った時、私を会社の前で刑事のように張り込みしており、出て来たと同時に車で拉致しました。

まあ顔は強張っていて、かなり興奮していましたかね。

でもそれが正しいのです。

もう12年のつきあいですが、美月があの時躊躇っていたら、彼女をここまで愛することはなかったと思います。

感動です。

もっと人は素直に自分の気持ちを表出するべきです。

年を取れば尚更だと思いますね。


プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
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(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
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