紅殻格子の日記(171)  夕涼み

紅殻格子の日記(171)  夕涼み

猛暑が続く日中ですが、夕暮れになると少し涼やかな風に変わります。

窓を開けて暮れゆく空を一時間ほど眺めていました。

照明もテレビも消して、ただぼんやりと夜の帳が下りるまで。

考えてみると、ぼんやりと何もせずに過ごすことなどなくなってしまいましたね。

昭和の時代にはエアコンもなかったので、縁台に腰掛けてよく夕涼みをしたものです。

熱いアスファルトに打ち水をすると、独特の夏の匂いが路地裏に広がります。

板塀に這わせた朝顔の蕾が愛らしい。

団扇で煽ぎながら飲む冷たい麦茶は香ばしくて美味しかった。

たまには近所のおばさんが西瓜を切って持ってきてくれたりしたものです。

そんな昔に思いを馳せながら行く雲を目で追っていました。

そんな私を猫が不思議そうな顔でじっと見ています。

贅沢な時間です。

何もしないことが実は最も人生で豊かな行為なのかもしれません。

忙中閑有り。

情報が氾濫する現代社会ですが、休みの日ぐらい何もしない時間をつくりましょう。

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紅殻格子の日記(170)  『野良猫』 第五章

紅殻格子の日記(170)  『野良猫』 第五章

麻美が自宅のマンションに着くと、珍しく夫の藤野勇樹が既に帰宅していた。

勇樹は三十七歳、財閥系銀行の本店営業部で上席調査役を務めている。

「遅かったじゃないか」

「うん、昔の女友達と久しぶりに女子会で盛り上がってね。もう夕食は済ませたの?」

「ああ、帰る途中、駅前の立ち食い蕎麦屋で済ませてきた」

「ごめんなさい」

「構わないよ。明日は取引先で資金調達のコンペがあるから、書斎に籠ってプレゼンの練習をしなければならない」

「・・そう」

「お前も疲れただろうから早く寝なさい」

そう言うと勇樹は、自分の寝室兼書斎のドアをバタンと閉めた。

夫婦の関係は冷え切っていた。

過労死しないのが不思議なほど、勇樹の帰宅は毎晩十一時を過ぎていた。
たまに早く帰っても話すのは仕事のことばかりで、今夜のようにテレビも碌に観ず、書斎に籠ってしまうことが多かった。

勿論、休日は得意先のゴルフ接待。

エリート銀行員と一緒になった宿命と言えばそれまでだが、贅沢な生活ができる賃金も立派なマンションも、寂しさの代償としては酷くみすぼらしく思えた。

これで子供でもいれば気も紛れるのだろうが、仕事で疲れているのか最近は寝室を共にすることもない。

(何でこんな男と結婚したのだろう?)

メガバンクのエリートで出世街道を突っ走る勇樹と、工務店の事務員として働いていた麻美とでは、そもそも出逢ってしまったこと自体が不幸だったのかもしれない。

東京大学を卒業した勇樹とグレて高校を中退した麻美との間には、普段道ですれ違っても接触できないように、生い立ちと言う境界がお互いを守っているはずだった。

ところが出逢った刹那、麻美は不幸になることを知りつつ、目に見えぬ深い境界線を愚かにも踏み越えてしまったのだった。

つづく…

紅殻格子の日記(169)  出逢い

紅殻格子の日記(169)  出逢い

今週の土日はいつもの通り、美月と東浪見でのんびりと過ごす予定でした。

しかしいろいろな出逢いが多過ぎて、逆に頭をフル回転させなければならなくなった次第です。

その詳細については美月がしっかりと書いてくれると思います。

水汲み詐欺師に始まり、房総半島の林道を真っ赤なスカイラインで突っ走り、野生の猿や鹿を轢きそうになったり、山奥の感動秘話に涙したり、真夏の虫取り少年に戻ったり・・・

とにかく週末は楽しさ盛り沢山なので、その落差から月曜日は半分死んでいる状態です。

人生の豊かさとは何かを考えさせられる旅でしたね。

誰にも平等に与えられた一日ですが、それを如何に濃密に過ごせるかで人生の豊かさが変わります。

私と美月はほぼ同等の感性を持ち合わせているので、久留里駅前で水汲みをしている男と女を見ただけで、一話の短編小説をつくれるほど妄想を闘わせることができます。

出逢う人々の人生を勝手につくりあげて、その妄想に二人で涙を流すほどですから、永遠に会話は尽きることがないと思います。

それは人生で最も幸せなことです。

誰も知らないことですが、二人の濃密な時間は私の人生を豊饒にしてくれました。

山中で野生の若鹿が車の前をいきなり横切った時、その美しさが瞬時に詳細なまでに脳裏に刻まれます。

筋肉の躍動と鮮やかな白い斑紋・・・二人で深くため息をついて「綺麗だね」と感動できる喜び・・・
美月といる人生は理想です。

おそらく私は真剣に勝負できるライバルを探していたのかもしれませんね。


紅殻格子の日記(168)  第三の人生

紅殻格子の日記(168)  第三の人生

人生は、そのライフスタイルから大きく三つに分類できると思います。

一つ目は生まれてから家庭を持つまでの期間、二つ目はそこから子供が自立するまで期間、三つ目はそこから死ぬまでの期間です。

与えられる期間、与える期間、そして生き物としての義務から解き放たれた期間です。

最近は終活期などと話題になっていますが、それは死に方の問題であって、家族や会社と言う社会集団のしがらみが消滅した先の生き方が大切です。

結婚は二度すべきものと私は考えています。

家庭をつくるパートナーと人生を楽しむパートナーは必ずしも一致しません。

勿論、幸せなご夫婦もたくさんいらっしゃると思いますが、その反対も少なくはないでしょうね。

だから子供が成人に達した時点で全員が強制離婚して、三つ目の人生を伴に送る伴侶を選び直したらいいですよね。

別にそのまま一緒にいたいならそれでもいいですが、第三の人生を考える機会を得ることに意味があると思います。

私は『没イチ』(この表現は大変失礼だと思います)・『癌患者』なので、必然的に死ぬまでの生き方を見直さざるを得ませんでした。

そこで美月が登場するのですが、当時は孤独を癒す茶飲み友達が欲しかったわけです。

それが私の目論見でした。

だから逢っても逢わなくても良くて、毎晩メールで話ができれば私としては良かったのです。

しかし今考えれば、性的な接触があるか否かは別として、第三の人生に差しかかってみて、真剣に愛する相手がこの時期にこそ必要なのだと改めて思いました。

自分の人生を本当に楽しむには、それを分かち合える存在が必要なのです。

私は、茶飲み友達と安心していた美月に拉致されて強姦されたようなものですが、それも今考えてみれば良かったのだと自分を慰めています。

最期の人生を共に生きる伴侶、それを選び間違えないようにしましょう。



紅殻格子の日記(167)  『野良猫』 第四章

紅殻格子の日記(167)  『野良猫』 第四章

艶っぽい瞳で麻美に見つめられた男は、青ざめた顔をして頻りに時計を気にした。

「さて、そろそろ帰らないといけないな」

話を早く切り上げたい男は、麻美を無視してあたふたと身支度を整え始めた。

もうこの男は二度と麻美に近づこうとはしないだろう。
もちろん麻美自身がそう仕向けたのだが、器が小鉢ほどの男達への苛立ちが改めてこみ上げてきた。

場末のラブホテル前で別れた麻美は、そそくさと家路へ急ぐ男の後ろ姿を鼻で笑った。

(男なんて皆この程度・・もうつまらない男は懲り懲りだわ)

客引きが屯する歓楽街の通りを折れて、麻美は大きな公園の中を速足で駅へ向かった。

ライトアップされた桜並木が、その淡い花弁を闇夜の空に散らしている。

麻美は歩みを止めた。

蒔絵の図柄にも似た春の切ない風情が、荒んだ麻美の心をゆっくりと蕩かしていく。

(でも・・野良猫だって、いつかはきっと愛するご主人様と巡り合えるわよね)

三十余年待ち焦がれる白馬の王子様を夢想して、麻美は少し強張った表情を緩めた。

桜の名所とうたわれるだけあって、公園の遊歩道には、桜の儚さとは無縁な人々が宴会を催していた。

「おう姐ちゃん、いい女だな。こっちへ来て一緒に呑まないか!」

「いい身体をしているなあ・・一人でこんなところを歩いているようじゃ、今夜は寂しく男旱ってところかな?」

へべれけに酔った中年男達が、コートの裾をはためかして歩く麻美に声をかけてくる。

麻美は再び切れた。

「ふざけんな、一昨日来やがれっ!」

麻美は威勢のいい啖呵を切ると、ヒールの靴で思い切り公園のゴミ箱を蹴りあげた。

(どいつもこいつも・・)

潔い桜の花弁一枚にもなれない男達に、麻美は癇癪を起して駅へと速足で向かった。

つづく…

プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
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(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
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