ゴールデンウィーク…美月

4日は先生の家の雑草を刈り、いやいや鬼退治と言った方がよいほど奴らは手強かったなぁ。

でも一汗かいた後は、先生の好物の枝豆、春キャベツ、タケノコとフランスパンで優雅なブランチを楽しむことができて、全てはこの一杯の為にあると思ってしまうほど労働の後のビールは美味しかっなぁ。

でね、喉が潤った後に食道を流れる清酒の染みること…日本人でよかったと思う瞬間でした。

夜は先生馴染みの中華料理店に行き、グラス片手にパパ、ママと楽しいひと時を過ごすことができました。

酒を酌み交わし心通わせる間柄に国境はなく、この穏やかな平和がいつまでも続きますように…と願う気持ちは一つです。

そして遠く九州に勤務先が決まり、寮で暮らす長女さんを心配する親心に境界線はありません。

翌日は爽やかな風と皐月の空の蒼さに導かれ、横須賀ヴェルニー公園に汐風を感じに行きました。

園内はフランス式花壇や噴水、洋風あずまやなどが設けられ、フランスの品種を中心とした130品種・約1,400株のバラが彩りを添えています。

海沿いにはボードウォークがあり、潮風の中で散歩を楽しめます。

横須賀本港を一望でき、係留されている艦船を見ることができます。

公園から見て、右手に米海軍基地、左手に海上自衛隊地方総監部が望めます。

ここで先生と私は、美しい薔薇を背に海を見ながらビールを飲んで日向ぼっこを楽しみました。

横須賀は昼酒飲み文化が根付いていますが、さすがにヴェルニー公園の薔薇で花見酒をする人はいませんでした。

あっ、仲間が一人…超丈の短いセーラー服を来た30代のオカマさんが、私達の前を通り過ぎる時、一緒に飲みたそうにしていました。

桜の下には大勢の酔いどれ客がいるのに、薔薇や紫陽花、向日葵、紅葉を観ながら花見酒する人は少ないですね。

まあ、私達が酒飲みと言われる由縁は、飲む為の理由に固定観念を持たない自由さにあるかもしれませんね。

日差しも高くなりビールも温くなったきたので、そろそろお昼ごはんを食べようと街に出ました。

休日のお昼ごはんは当然酒盛りとなってしまうのですが、先生と出会ってから「酒が飲める女でよかったぁ〜」とつくづく感じています。

お酒を一緒に飲みながら、ほろよく酔っていく過程に一体感が生まれるんですよね。

公園を出る際、海沿いに設置されたベンチに座り、一人、海を見ながらお弁当を食べる陸上自衛隊高等工科学校の生徒さんを見つけました。

私達の視点が同時にロックオンされれば、頭の中で物語の粗筋が出来上がるのですが、一人でいることに少しの違和感を感じましたが、ゴールデンウィークで休暇がもらえてのんびり過ごせているのだろうと思い、その場を後にしました。

横須賀の街は人種の坩堝で、様々な言葉が飛び交っています。

店先に掲げられた看板の文字を見なければ、ここが日本であることを忘れてしまうほど肌の色の違う人達が風景の中にスッポリ収まっていました。

そんな町の片隅に、色褪せた里親募集のポスターが貼られていました。

草むらで4.5人の子供達が遠くを見つめる写真の中に、一際目立つ少女がいました。

その少女の姿は、今でいうハーフなのですが、私が幼い頃は混血と呼ばれ、異質な存在として扱われていました。

まだ見たことのない混血児は妖怪に近いものがあり、中学生となり横須賀を訪れるまでその恐怖は続きました。

ドブ板通りは見るもの全てが異国の地であり、金髪でバレーボールのようなおっぱいの女性、丸太のように太く黒い腕をした男性を目にした時の衝撃は、今も鮮明に記憶されています。

当時、一緒に行った友達は、とても外国通で海外バンドの大ファンだった為か、ハーフの子供が欲しいと言っていました。

私も彼女に負けず劣らず音楽としての異国文化に惹かれてはいましたが、幼い頃、何度も耳にした混血という強烈な言葉の印象が歯止めとなり、今一歩、異界に踏み込むことができませんでした。

でも、この時の怖いもの見たさが、先生と異界を歩く緊張と興奮の原点ではないかと思っています。

つづく…

美月

タコタコタコ…美月

タコタコタコ

土曜日はあいにくの天気だったけど、雨に心落ち着く時もあるんだよね。

晴れているとね、ちょっと足を延ばして予定を重ねてみたりと行動範囲が広がることで時間に追われたりするんだよね。

気忙しい一週間の後は、のんびりとした時間を先生と楽しみたいと思ってる。

今週はまさにそんな休日を満喫できてよかったなぁ。

それにね、食いしん坊の私達だから、美味しいものとの出会いは感動にまで結びつけて確かめ合う。

今回のスペシャル食材は、富津で上がったタコだった。

大きなタコを丸ごと一匹買って、先生が捌いて塩茹でにしてくれた。

先生は何でもできる器用な人なので、初めての獲物も上手に食べさせてくれるし、私は料理をする先生の背中をウットリして見ている。

あっ、時には、ガンバレ!ガンバレ!と応援もするけれど、まあ、私の掛け声がなくても先生はドクターXばりに失敗しないんだけどね。

軽く火を通したタコは弾力といい甘みといい、日本酒が進むこと、本当に最高だった。

とっても大きな栗が売っていたので茹でて、銀杏はフライパンで乾煎りして二人してリスのようにチマチマと殻を噛んで仲良く食べた。

翌朝は睦沢産の新米でタコ飯をタコ刺しをおかずに食べた。

合わせて、たっぷりの鰹節で出汁をとり久留里の名水で作った豆腐の味噌汁を添えて、それと神レベルに美味しいみのりファームの若鶏の玉子で作った目玉焼きと君津産のキュウリ、長生町のトマト…。

どれも東浪見に通うようになってから、丸三年かけて二人の舌で吟味した最高食材だからね、どんな高級宿よりも満足な朝ご飯だし、朝から満腹になるまで美味しいものを食べられることに喜びを感じてる。

お腹いっぱいで満足顔の先生を見ると、幸せだなぁ~と思う。

こんな幸せを何年経っても変わらず与えてもらえてもらえて嬉しいと思う。

休日の過ごし方で人生の価値が深まっていくね。

来週どうする?
何処に行こうか?
何して遊ぶ?

こんな会話が似合うおじさんとおばさんが居てもいいよね(^ ^)

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

先週の土日は先生が会社の人達と海釣りに出かけた為、二週間ぶりに先生に逢える。

一週間逢えないだけでも長く感じるのに、二週間ともなると日にちの感覚が失われる。

メリハリのない時間というのは、ざるで水を汲むようなものかもしれないなぁ。

でも、先生と出逢っていなければ、12年間の楽しい思い出は持てなかったんだよね。

いやいや、そうなればまた違う人生があって、思い出も別に用意されるんだよ!と言ってくれる人もいるだろうけれど、私に限っては無いと思う。

だからと言って毎日空ばかり見て暮らすこともないから、多少の努力はするかもしれないよね。

思い出作り

思い出は作るものなのか?

それとも…振り返って初めて足跡に気づくものなのか?

私の場合、うーん、私が先生に出逢えたパターンで考えると、楽しい未来を描いて行動するので思い出は作られるものだと思うんだよね。

でも、残念なことに先生と出会えなかったパターンだと、自らの意志を持たず行き当たりばったりの時間に起こった思い出は全て上書きの為、数に限りがあるでしょ。

昔、目方でドンというテレビ番組があったけど、思い出も重い方が品数揃っていいと思うんだよね。

もちろん楽しい思い出ばかりではないけれど、幸せと不幸ってね、数え方で違ってくるんじゃないかな⁈

自らを不幸だと語る人の話を聞いていると、小さなマイナスをカウントしていることが多いんだよね。

そんな人の話をうとうと聞きながら、途中で自分のことに当てはめて時間潰ししているうちに、あれ?それなら私は不幸枠に属するではないかと焦ったりもする。

でもね〜人と比べなければ幸せも不幸もないのかもしれないよね。

そうなると幸せも不幸も自分が作り上げているのだと結論に近づいてくる。

あっ、なるほどねぇ〜、じゃあ〜自分可愛い私だから、大好きなことして幸せを手に入れようと考える。

そう…単純だからこそいいのです。

難しく考えても結論が出せない人は、考えれば考えるほど迷いが生じる。

不慣れなことして自らを闇に落とし入れてしまわないようにしないと大切なものまで見失ってしまうよね。

私が先生に出会えなければ、子育て崩壊、人生破綻していたんじゃないかなぁ。

不倫という縛りの中で出会ったけれど、全ての不倫が悪とは限らない。

先生がいれば…

先生がいてくれたら…

未来に描く幸福の形が今を生きる鍵となる、そんな生き方に私は愛着を感じている。

美月

秋も深まり…美月

先週よりめっきり秋めいてきましたね。

色付く木々を見ていると美しさもさることながら、枯れ落ちる葉の舞い落ちる姿に我が身を重ね、このままではいけないと焦りを感じる今日この頃です。

長年勤めた仕事を辞めて一年、先日、久しぶりに仲間と夕食会をしましたが、前回、あった時から半年経ち、みんな随分と老けたなぁ~と思いました。

…ということは、私も同じように年を取っているわけで、思えば去年は週に二度エアロビに行き、週に一度ヨガに行きと時間を有効に使えていたのですが、今は家に帰るだけで精一杯の気力体力しかなく、このままではいけない、このままではいけないと呪文のように唱えている毎日です。

ただ一つ、昨年より改善されたこともあります。

それは頭の回転が意外とスムーズで、老いてはきているものの短時間の集中力は昨年より向上しているように思います。

これは毎日、新しい場所に行き新しい人と出会う、そして病院に行き、私の数百倍勉強を重ねてきたドクターと面談する緊張感が脳を刺激しているのだと思います。

時には質問内容が難しくて、回答を頂いても文章に変換するのに四苦八苦することもあるのですが、長年、先生の傍に置いてもらっているおかげで、肩書き上人を恐れることなく破天荒ぶりを発揮しています。

ルナちゃんが先生のお家に嫁いで1カ月が経とうとしています。

小さな子の成長を見守りながら中秋(おばさん世代)を楽しめるのは嬉しいものですが、この先、晩秋、初冬…と厳しい時代を乗り越え、やがて穏やかな春を迎える日まで慎んで過ごしていこうと思っています。

…とは言え、控え目には生きられない性分なので時折大騒ぎすることもあると思いますが、一息つきたい秋だからこそ、月を眺めながら物思いにふけるのもいいかもしれませんね。

それでも月の影に先生の顔を浮かべると、デレデレと三日月眼になってしまう私です。


美月







一食入魂…美月

久しぶりに東浪見で過ごせて心も身体もリフレッシュしました。

本当なら…命の洗濯ができました!と書きたいところだけど、古い言葉を使うと先生は私のことを年寄り扱いするので、横文字の言葉を絡めながら現代話を綴ります。

でもね、私は先生以外の人に昔言葉は使わないんだけどね(^^)

今回も夕食の為だけに全エネルギーを使ってきました。

まさに一食入魂です。

まあ、高速代と宿代をかけてまで美味しいものを食べたいという熱情はどんな趣味より楽しい時間の使い方です。

だから東浪見行きの私達に「時間を潰す」というような曖昧な空間はなく、最近の日の入り時刻ともなると1秒の間に一時間が詰め込まれているようなはみ出した焦りさえ感じてしまう。

もっと優雅にいかないものかと思うけど、時間を意識しているからこそ真剣に遊びたいと思うんだよね。

東浪見に通うようになって一年毎に楽しみが増えてきた。

山里の色合いや匂いで季節を味わうことができるようになった。

星空の美しさを感動と呼び、どこまでも続く海を見ながら無知な自分を小さな貝に乗せて泳がせる。

自然というのは無口だけれどね、翻訳してくれる先生がいるから不自由さ感じない。

本当に先生と一緒にいると楽しいんだよね。

あまりに楽しすぎてしまって、一人の時間とのギャップが激しいけれど、そんな時は沢山の写真を見ながら思い出の中に浸ってる。

それも、いつも一週間前の思い出にね。

だって、出会ってから楽しいことばかりで思い出グランプリは出せないからね。

遠い青空を回想するよりも、雨も嵐も雷も…今を飾る空色に大好きな先生を映して遊べば、恋しくて切なくて泣きたくなる。

きっと、この先、何年経っても先生を思う気持ちは変わらないだろうなぁ~。

こんな時、あの世があったらいいのになぁ~と思うんだよね(^.^)

美月










プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
ご訪問ありがとうございます
現在の閲覧者数:
想い出の引き出し
画像をクリックするとアルバムが開きます
ブログランキング
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR