タコタコタコ…美月

タコタコタコ

土曜日はあいにくの天気だったけど、雨に心落ち着く時もあるんだよね。

晴れているとね、ちょっと足を延ばして予定を重ねてみたりと行動範囲が広がることで時間に追われたりするんだよね。

気忙しい一週間の後は、のんびりとした時間を先生と楽しみたいと思ってる。

今週はまさにそんな休日を満喫できてよかったなぁ。

それにね、食いしん坊の私達だから、美味しいものとの出会いは感動にまで結びつけて確かめ合う。

今回のスペシャル食材は、富津で上がったタコだった。

大きなタコを丸ごと一匹買って、先生が捌いて塩茹でにしてくれた。

先生は何でもできる器用な人なので、初めての獲物も上手に食べさせてくれるし、私は料理をする先生の背中をウットリして見ている。

あっ、時には、ガンバレ!ガンバレ!と応援もするけれど、まあ、私の掛け声がなくても先生はドクターXばりに失敗しないんだけどね。

軽く火を通したタコは弾力といい甘みといい、日本酒が進むこと、本当に最高だった。

とっても大きな栗が売っていたので茹でて、銀杏はフライパンで乾煎りして二人してリスのようにチマチマと殻を噛んで仲良く食べた。

翌朝は睦沢産の新米でタコ飯をタコ刺しをおかずに食べた。

合わせて、たっぷりの鰹節で出汁をとり久留里の名水で作った豆腐の味噌汁を添えて、それと神レベルに美味しいみのりファームの若鶏の玉子で作った目玉焼きと君津産のキュウリ、長生町のトマト…。

どれも東浪見に通うようになってから、丸三年かけて二人の舌で吟味した最高食材だからね、どんな高級宿よりも満足な朝ご飯だし、朝から満腹になるまで美味しいものを食べられることに喜びを感じてる。

お腹いっぱいで満足顔の先生を見ると、幸せだなぁ~と思う。

こんな幸せを何年経っても変わらず与えてもらえてもらえて嬉しいと思う。

休日の過ごし方で人生の価値が深まっていくね。

来週どうする?
何処に行こうか?
何して遊ぶ?

こんな会話が似合うおじさんとおばさんが居てもいいよね(^ ^)

美月

逢瀬に向かう車窓から…美月

先週の土日は先生が会社の人達と海釣りに出かけた為、二週間ぶりに先生に逢える。

一週間逢えないだけでも長く感じるのに、二週間ともなると日にちの感覚が失われる。

メリハリのない時間というのは、ざるで水を汲むようなものかもしれないなぁ。

でも、先生と出逢っていなければ、12年間の楽しい思い出は持てなかったんだよね。

いやいや、そうなればまた違う人生があって、思い出も別に用意されるんだよ!と言ってくれる人もいるだろうけれど、私に限っては無いと思う。

だからと言って毎日空ばかり見て暮らすこともないから、多少の努力はするかもしれないよね。

思い出作り

思い出は作るものなのか?

それとも…振り返って初めて足跡に気づくものなのか?

私の場合、うーん、私が先生に出逢えたパターンで考えると、楽しい未来を描いて行動するので思い出は作られるものだと思うんだよね。

でも、残念なことに先生と出会えなかったパターンだと、自らの意志を持たず行き当たりばったりの時間に起こった思い出は全て上書きの為、数に限りがあるでしょ。

昔、目方でドンというテレビ番組があったけど、思い出も重い方が品数揃っていいと思うんだよね。

もちろん楽しい思い出ばかりではないけれど、幸せと不幸ってね、数え方で違ってくるんじゃないかな⁈

自らを不幸だと語る人の話を聞いていると、小さなマイナスをカウントしていることが多いんだよね。

そんな人の話をうとうと聞きながら、途中で自分のことに当てはめて時間潰ししているうちに、あれ?それなら私は不幸枠に属するではないかと焦ったりもする。

でもね〜人と比べなければ幸せも不幸もないのかもしれないよね。

そうなると幸せも不幸も自分が作り上げているのだと結論に近づいてくる。

あっ、なるほどねぇ〜、じゃあ〜自分可愛い私だから、大好きなことして幸せを手に入れようと考える。

そう…単純だからこそいいのです。

難しく考えても結論が出せない人は、考えれば考えるほど迷いが生じる。

不慣れなことして自らを闇に落とし入れてしまわないようにしないと大切なものまで見失ってしまうよね。

私が先生に出会えなければ、子育て崩壊、人生破綻していたんじゃないかなぁ。

不倫という縛りの中で出会ったけれど、全ての不倫が悪とは限らない。

先生がいれば…

先生がいてくれたら…

未来に描く幸福の形が今を生きる鍵となる、そんな生き方に私は愛着を感じている。

美月

秋も深まり…美月

先週よりめっきり秋めいてきましたね。

色付く木々を見ていると美しさもさることながら、枯れ落ちる葉の舞い落ちる姿に我が身を重ね、このままではいけないと焦りを感じる今日この頃です。

長年勤めた仕事を辞めて一年、先日、久しぶりに仲間と夕食会をしましたが、前回、あった時から半年経ち、みんな随分と老けたなぁ~と思いました。

…ということは、私も同じように年を取っているわけで、思えば去年は週に二度エアロビに行き、週に一度ヨガに行きと時間を有効に使えていたのですが、今は家に帰るだけで精一杯の気力体力しかなく、このままではいけない、このままではいけないと呪文のように唱えている毎日です。

ただ一つ、昨年より改善されたこともあります。

それは頭の回転が意外とスムーズで、老いてはきているものの短時間の集中力は昨年より向上しているように思います。

これは毎日、新しい場所に行き新しい人と出会う、そして病院に行き、私の数百倍勉強を重ねてきたドクターと面談する緊張感が脳を刺激しているのだと思います。

時には質問内容が難しくて、回答を頂いても文章に変換するのに四苦八苦することもあるのですが、長年、先生の傍に置いてもらっているおかげで、肩書き上人を恐れることなく破天荒ぶりを発揮しています。

ルナちゃんが先生のお家に嫁いで1カ月が経とうとしています。

小さな子の成長を見守りながら中秋(おばさん世代)を楽しめるのは嬉しいものですが、この先、晩秋、初冬…と厳しい時代を乗り越え、やがて穏やかな春を迎える日まで慎んで過ごしていこうと思っています。

…とは言え、控え目には生きられない性分なので時折大騒ぎすることもあると思いますが、一息つきたい秋だからこそ、月を眺めながら物思いにふけるのもいいかもしれませんね。

それでも月の影に先生の顔を浮かべると、デレデレと三日月眼になってしまう私です。


美月







一食入魂…美月

久しぶりに東浪見で過ごせて心も身体もリフレッシュしました。

本当なら…命の洗濯ができました!と書きたいところだけど、古い言葉を使うと先生は私のことを年寄り扱いするので、横文字の言葉を絡めながら現代話を綴ります。

でもね、私は先生以外の人に昔言葉は使わないんだけどね(^^)

今回も夕食の為だけに全エネルギーを使ってきました。

まさに一食入魂です。

まあ、高速代と宿代をかけてまで美味しいものを食べたいという熱情はどんな趣味より楽しい時間の使い方です。

だから東浪見行きの私達に「時間を潰す」というような曖昧な空間はなく、最近の日の入り時刻ともなると1秒の間に一時間が詰め込まれているようなはみ出した焦りさえ感じてしまう。

もっと優雅にいかないものかと思うけど、時間を意識しているからこそ真剣に遊びたいと思うんだよね。

東浪見に通うようになって一年毎に楽しみが増えてきた。

山里の色合いや匂いで季節を味わうことができるようになった。

星空の美しさを感動と呼び、どこまでも続く海を見ながら無知な自分を小さな貝に乗せて泳がせる。

自然というのは無口だけれどね、翻訳してくれる先生がいるから不自由さ感じない。

本当に先生と一緒にいると楽しいんだよね。

あまりに楽しすぎてしまって、一人の時間とのギャップが激しいけれど、そんな時は沢山の写真を見ながら思い出の中に浸ってる。

それも、いつも一週間前の思い出にね。

だって、出会ってから楽しいことばかりで思い出グランプリは出せないからね。

遠い青空を回想するよりも、雨も嵐も雷も…今を飾る空色に大好きな先生を映して遊べば、恋しくて切なくて泣きたくなる。

きっと、この先、何年経っても先生を思う気持ちは変わらないだろうなぁ~。

こんな時、あの世があったらいいのになぁ~と思うんだよね(^.^)

美月










逢瀬に向う車窓から…美月

午前9時少し前の電車に乗り込み、東浪見に向かう車内はいつもより空いています。

8月最初の土日なので、もう少し家族連れの甲高い声が聞こえると思ったけれど、水遊びを楽しむには怠け者出発なのかもしれないね。

今頃、海に向かう高速道路は渋滞してるかな?

先生と出かけるようになってから、出かけるという行為に対してストレスを感じなくなった。

私は器の小さな人間なので、思い通りにことが運ばないとイラッとしてしまう。

小さなイラっは最初の一歩で、あとは坂道を転がる雪だるまのように、どんどん冷笑が増してきて、終いには帰りたくなっちゃうんだよね。

もちろん狭く貧しい家そのものが安全地帯ではないけれど、出来れば一人、湿っぽい煎餅布団に包まり息を潜めて眠りたくなる。

子供の頃から出かけ癖のついている人は長年の訓練により我慢を取得できているだろうけど、一年に一度、あって二度程度しか半径20キロ圏内を出ることのなかった私にとって外出は修行みたいなものだった。

今では毎週のように「帰りたくない」と先生に向かって連呼するけれど、私の口唇が「帰りたくない」と動く瞬間を見た人はいないと思う。

人って変わるものだとつくづく思う。

でも、実はちっとも変わっていなくて、描いている世界と現実のバランスがズレてしまうことでイラッとなってしまうのかもね。

先生と過ごす時間は、私と過ごす時間でもある。

一人の時間より穏やかな気持ちで居られるのはどうしてだろうかと考えると、私は先生の分身ではないかと思う。

先生の波動によって奏でる音は違って聞こえる。

そうか…今まで気づかなかったけれど、私は太鼓なのかもしれない!

「そうだ‼︎ お前の腹は大太鼓だ‼︎」と、先生の突っ込みが入りましたので、このお話は終わりにいたします。

では…皆様もよい休日をお過ごしくださいね。

あっ、お仕事の方は、今日一日が穏やかでありますように…。

美月
プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
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(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
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