読者の皆様へ  (紅殻格子)

読者の皆様へ(紅殻格子)

ブログをリニュアルしました。
新しく『黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月』というタイトルで内容を一新します。

今までは、私、紅殻格子の『妄想の座敷牢』と愛人美月の『灰になるまで恋を』の二つを別々に主宰していましたが、年を経てお互いの状況が変わり、二人で一緒に居る時間が多くなり共通体験が増えてきました。

ならばこれからは二人で生きていく様を一つのブログを綴っていこうと考えた次第です。
(従来のブログは更新しませんが残してリンクしておきます)

この新しいブログのテーマは不良老人の生き様です。
私達は決して世間から褒められる生き方をしていません。

お互いに家庭がありながら、愛人関係を10年にわたって続けてきました。
しかし私達は籠の鳥になれない情熱に突き動かされてきたのも事実です。

それが若いうちなら未だしも、50歳を過ぎた今でも、二人で一緒なら何でも好きなことができるのです。
否、50歳を過ぎたからこそ、私達は籠を飛び出して自由な大空へ羽ばたけるのだと思います。

もう残りの人生は好きなことだけして生きていこう。

癌に侵されて死を見つめた私は、敢えて子供や親族、友人から不良老人と呼ばれても、しがらみを捨てて美月と自由を謳歌すべきだと改めて決意したのです。

真っ赤なスカイラインに乗り、五十の手習いで馬に乗り、愛人の美月にも一日二回乗り・・

おそらくエロも含めて皆様の嘲笑をかいながら、黄昏時に至った人生を、これから幸福の満月へと膨らむ三日月に喩えつつ、二人で好き勝手に残していきたいと思います。

妄想の座敷牢6
「妄想の座敷牢」

image3.jpg 
「灰になるまで恋を…」

コメントありがとうございます…美月

ゆなさんへ…

ゆなさん、コメントありがとうございます。

いつもながら・・・
長話になりそうなのでコメント欄では書ききれないと思い、こちらでお答えしますね(^^♪

>毎週の様に、お泊りで出掛けていらっしゃいますが、御家族は不審に思われないのですか?

私達も出逢った頃はW不倫でした。

仕事帰り、週に一度の逢瀬と月一度、土曜日は午前中から逢っていました。

それも先生が時間を作ってくれたおかげです。

二時間もかけて自宅に帰る先生を見送る駅のホームは切なくて、今でも思い出すと泣けちゃいます。

先生の奥様が亡くなられて今年で5年目となりますが、
それから赤いスカイライン登場と共に千葉に行くようになり、現在のようなスタイルとなっています。

ご質問の回答としては・・・

私と主人は現在一緒に暮らしてはおりません。

主人が実家に住んでいるのか? 愛人宅に住んでいるかわかりませんが、
自営の会社があるので、毎日、両親と顔を合わせていることは間違いないと思います。

ただ私が週末、家に居ないことは主人も知っています。

そして、私に先生の存在(プロフィールは知らなくても…)があることも知っています。

先生と出逢ったばかりの頃ですが、私が告げたからです。

この先、どうなるかわからない恋を証てしまうリスクは大きなものですよね。

でも、私は主人のように浮ついた気持ちで先生を愛している訳ではないし、
先生にも主人の浮気の腹いせに恋をしていると思われたくなかったんですよね。

主人との不仲は先生に出逢う為の必要条件であり、不幸な出来事も幸福への架け橋だったと思えるのです。

まあ、こんなことを平気で考える頭のおかしな女だから主人に嫌われても仕方ないですし、
先生は先生で、私と出逢ったが為に、常に時限爆弾を背負って生きている状態だったと思います。

心の離れた者同士が一緒にいても何も生まれません。

それではいっそのこと離婚してしまえばいいと思ったことは何度もあります。

でもね…私一人で三人の子供を育てるには経済的にも精神的にも無理だと思ったので現在のスタイルを維持しています。

子供の為に働くことを惜しむつもりはありませんが、生活に追われれば必死に守ろうとした子供達の笑顔さえ見る時間を失ってしまいます。

それでは誰も幸せになれない・・・。

人が新な道を歩む時、その先に幸福を想定して歩き出すものだから、今はまだその時ではないと考えていますが、そろそろ荷物整理はしておかないといけないだろうと思っています。

一昨年、主人の父親と大喧嘩をして会社を追われる身となりましたが、五十を過ぎての転職でありながら、現在の職を全うできているのも先生の支えがあってのことだと感謝しています。

そんな子供達も大きくなり、一番下の子供も来年で二十歳になります。

主人、主人の両親、妹夫婦も・・・いずれ私が出ていくだろうと思っていることと思います。

体裁を何より大切に思う義父母ですが、間違っても私にお金が流れて行かないように、それだけは許せないと考えているでしょうからね。

私と主人は元々どの夫婦よりも喧嘩の少ない関係でしたが、今となっては喧嘩の必要性さえ無くしました。

このような流れを経て現時間が存在しているのですが、唯一心痛むことは、この幸福時間が得られなくても、たとえ死であれ先生から奥様を引き離す出来事がなければよかったと思っています。

先生のお母さん、奥さん、お父さんと、先生が愛する人達と別れる姿を私は見てきました。

いつの時も、最期の時を迎えた報告を最初にもらったのは私かも知れません。

先生の深い哀しみに触れるたび、何もできない不甲斐なさを感じました。

「こんな時、連絡する相手がお前しか居ないんだなぁ…」
と嘆かれたこともありましたが、私には先生しかおりません。

でも一人ぼっちだった私にとって二人きりになればことはプラスであり、これ以上の幸せはないと思っています(*^^)v

あっ、またまた話が横道にそれてしまいましたが・・・

結論として、不倫でありながら好き勝手に暮らせているのは、
先生を愛せる幸せに後悔しない思いが強いからではないからでしょうか。

先生が食道癌を患ってからというもの、ますます先生に対する独占欲が高まっておりますが、
好きになったら命がけ…それほどまでに惚れられる男に出逢えて私は幸せです。

最後に・・・

私は桜が大好きです。

桜のように艶やかに咲き潔く散る、そんな生き方が日本人の気質と合っていると言われていますが、花びらが舞い落ちると可愛い若葉が芽吹いてくるんですよね。

以前は潔く散れたら本望だと思っておりましたが、五十を過ぎると物の考え方に欲が深まり、
美しい花の後に新たな命(時代)が始まる、まさに熟年世代への応援花みたいだなぁ〜と勝手に思っております。

運転者標識に若葉マーク、もみじマーク(枯葉?)がありますが、私は先生の車にサクラマークを付けたいなぁ(^^♪

ゆなさんの恋も時の流れと共に変化していくと思われますが、
現在も、そして未来も、お二人にとって素晴らしい時間となりますように心よりお祈りいたします。

美月



紅殻格子の日記(153)  寂しくて、寂しくて

紅殻格子の日記(153)  寂しくて、寂しくて

避妊手術を受けさせるため、先週からルナを獣医さんに預けています。

たった一週間の入院なのですが、私も子供も、年寄り猫のニャンピも、静まり返った家で寂しさを堪えています。

暴れん坊の厄介者なのですが、いなければいないで火が消えたような寂しさです。

最近、また美月と『男はつらいよ』の初期版を観て泣き笑いしています。

寅は後期へ至るほど善人になっていきますが、一作、二作目は柴又へ戻っても相当な悪として描かれています。

死語で言うなら、「鼻つまみ者」です。

私と美月はよく上野不忍池の屋台で昼から酒を飲みますが、香具師の世界は向こう側の世界だと実感しています。

決してこちら側の世界とは相容れない境界があります。

向こう側の世界とは、日常に厄災をもたらす存在であるとともに、実は遠い憧れであることを忘れてはいけません。

フーテンの旅暮らしとまで行かずとも、会社をさぼってぶらぶらしたいと誰もが一度は思いますよね。

相対する世界は常に憧れなのです。

だから寅が恋するのは堅気であって、リリーとは最期まで上手く行かないわけです。

境界――この概念が私と美月には共通して見えるのかもしれません。

即ち、人を分類して定義付けしてしまう。

それは自分の世界に入ろうとする者を遠ざけていくことですね。

だから普段から友達などいるわけもなく、天上天下唯我独尊と世の中を斜に構えて醒めた目で見ているのです。

ところが私と美月の場合、全く同じ能力を有する者が、同じ境界内に存在を認め合ってしまったわけです。

二人にとってこちら側と向こう側の境界がほぼ同一線だということでしょう。

・・・はあ、それにしてもルナがいないと寂しいなあ。

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逢瀬に向かう車窓から…美月

今週末は東浪見で過ごします。

お日様が輝くと青い海が一層恋しくなります。

春風吹けば神黄に輝く菜の花の鼻にツンと来る香りと蜂の羽ばたきまで聞こえてきます。

春は冬眠ってしていた想像力が目覚める季節でもあるのかな?

「春よ来い♪」の歌詞に出てくる歩き始めたみいちゃんではないですが、心の蕾も早く咲きたいとウズウズしているようです。

そして…春はどの季節よりも今があることに感謝します。

桜時間は先生の暦ですが、また今年も二人で桜を愛でることができる。

様々な気苦労の多い俗世間ではありますが、桜の下にいる間は、ここが私達の西方浄土なのですよね。

死して何処に行こうとも、決して離れることなく寄り添っていたい。

人という字を支え合うと解釈するより、私は男女が仲良く寄り添う姿が浮かんで見えます。

月に住むウサギも牡牝2匹で遠い未来を眺めています。

絶対、お餅つきなんてしていないだろうと、幼稚園の頃から思い続けて早50年の月日が経ちますが、今も裸眼は健在です。

先日、訪問先で左足を思いっきり捻挫してしまいました。

亡きご主人様との思い出を語られる奥様の心があまりにも美しく、微笑むご主人様の遺影が奥様の言葉に合わせて頷いているように感じました。

ついつい話に惹き込まれてしまい、正座を崩すのを忘れた為に、立ち上がった瞬間、よろめいて捻ってしまったのですが…

バキバキと骨の鳴る音と共に痛みより先に頭頂部に浮かんだのは先生の顔でした。

それも、ものすごく怒った顔が信号機のように三つ並んでチカチカ点滅してしました。

こんな時くらいどうして心配そうな顔して出てきてくれないのかなぁ〜と思いながら、先生との約束を思い出しました。

先生より先に死んだりしない。

私は愛する家族を泣く泣く見送った先生のことを知っています。

お母さん、お父さん、奥さん、愛犬…奥様のご両親を含めたら、沢山の哀しみを背負っているのですよね。

さぞかし重く苦しいことと思いながらも、私は何もして差し上げることはできませんでした。

だから私の為に涙を流してほしくないと考えています。

まあ、世の中というのは思い通りにいかないもので、特に人の生き死にともなると予想もつかないような結末も沢山あります。

だからこそ先のことを恐れるあまり、何もできない今を過ごしてはいけないと思います。

あっ、またまた話が外れてしまいましたが、捻挫した足を労わりながらも、今日も心のままに東浪見に向かえることがとっても嬉しい。

だって先生に逢えるんだもん。

まあ、毎週のように車内で惚気ておりますが、日々ハートマーク必須の呪いメールを送られている先生の苦労に比べたら小さいと思っていただけれと幸いです。

では、皆様も心穏やかな週末をお過ごしくださいね。

美月

心の在り方…美月

月曜日、お客さまの家を訪問した際、ついつい情話に気を取られ、長時間、正座のまま急に立ち上がったため、
強烈な足の痺れに襲われて、左足首、甲、指先を捻挫してしまいました。

目から火が出るとは、まさにその通りです。

車の運転は右足が使えるから辛うじて会社に帰れたものの、一歩間違えたら骨折したかもしれないと思うとぞっとします。

この際、仕事はどうでもいい・・・労災で何とかしてもらおう!!!

でも、先生に逢えないのは辛い・・・辛すぎるよね。

怪我や病気をしたら先生に逢えなくなるのだから、気を付けないといけないなぁ・・・。

数日、ルナちゃん足で過ごした。

出逢った頃、骨折した足が痛々しかったけれど、今は可哀想な猫を返上して、悪チビルナと呼ばれている。

そんなルナちゃんだけど、今回、避妊手術を受けるため、一週間ほどのお泊り入院です。

あれほど五月蠅がっていた先生も、静かな部屋が戻ると、ルナちゃんのことを心配してくれています。

昨日の先生の記事で幸せについて問われていたけれど、私はね・・・ルナちゃんは幸せだと思ってるよ。

それは何故かと尋ねたら・・・私が幸福だからでございます・・・です。

私は先生に出逢えて幸せだと思っているし、先生と出逢わずして心満たされることはなかったと思っている。

だからね・・・先生と出逢ったルナちゃんが不幸な訳ないんだよね。

猫と人間は違うって??? そんなことはないよね・・・。

生き物すべて肌の温もりに安らぎを求めているのだからね。

どちらにしても人と比べて幸福を計るものではないから、自分らしく生きたいものだよね。

先生と出逢ってから夢の幅は広がった気がする。

田舎と都会、住み方は様々だけど、いつ、どこにいても変わらないのが心の在り方だと思います。

美月












プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
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