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読者の皆様へ  (紅殻格子)

読者の皆様へ(紅殻格子)

ブログをリニュアルしました。
新しく『黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月』というタイトルで内容を一新します。

今までは、私、紅殻格子の『妄想の座敷牢』と愛人美月の『灰になるまで恋を』の二つを別々に主宰していましたが、年を経てお互いの状況が変わり、二人で一緒に居る時間が多くなり共通体験が増えてきました。

ならばこれからは二人で生きていく様を一つのブログを綴っていこうと考えた次第です。
(従来のブログは更新しませんが残してリンクしておきます)

この新しいブログのテーマは不良老人の生き様です。
私達は決して世間から褒められる生き方をしていません。

お互いに家庭がありながら、愛人関係を10年にわたって続けてきました。
しかし私達は籠の鳥になれない情熱に突き動かされてきたのも事実です。

それが若いうちなら未だしも、50歳を過ぎた今でも、二人で一緒なら何でも好きなことができるのです。
否、50歳を過ぎたからこそ、私達は籠を飛び出して自由な大空へ羽ばたけるのだと思います。

もう残りの人生は好きなことだけして生きていこう。

癌に侵されて死を見つめた私は、敢えて子供や親族、友人から不良老人と呼ばれても、しがらみを捨てて美月と自由を謳歌すべきだと改めて決意したのです。

真っ赤なスカイラインに乗り、五十の手習いで馬に乗り、愛人の美月にも一日二回乗り・・

おそらくエロも含めて皆様の嘲笑をかいながら、黄昏時に至った人生を、これから幸福の満月へと膨らむ三日月に喩えつつ、二人で好き勝手に残していきたいと思います。

妄想の座敷牢6
「妄想の座敷牢」

image3.jpg 
「灰になるまで恋を…」

逢瀬に向かう車窓から…美月

月曜日から入院した先生ですが、昨日、戻ってきました。

3日半の入院生活だったけど、無事、帰って来てくれてホッとしています。

どんな手術であっても心配だからね。

潰瘍から上皮癌の疑いはあるものの、とりあえず切除してもらったので一安心です。

前回の食道癌から8年、普通、五年経過すれば、毎年の健康診断で大丈夫と指示があると思いますが、経過観察を半年に一度、自主的に受けているのがよかったのだと思います。

だから他力ではなく自力本願かな(^^)

私の父も身体は悪いところだらけで命がけの大手術だけでも三回。

その他、事故、軽い入院など数えたらキリがないくらい医療費を使いましたが?86歳でぽっくり老衰で亡くなる瞬間までお酒を楽しんできました。

父の口癖は、私の命は生命力の強さで持っているんだ‼︎と豪語していたけれど、子供達は憎まれっ子世に憚るじゃないのぉ〜と口を揃えていました。

その法則が正しければ、間違いなく先生は仙人になれるくらい長生きすると思います(^_^(笑)

いつまでも…

いつまでも…

一緒にいたいと思う。

あと10年しても同じことを思うだろうし、

もしかしたら死なせてあげた方が幸せかもしれないと思う出来事があるかもしれない。

前回、お盆参りに行ったら、門前に貼られた言葉に妙に納得させられてしまった。

人間は死を抱いて生まれ

死をかかえて成長する

若い頃のものの見方、考え方は未熟であり、現在の死生観とまるで違っていた。

だからと言って命を粗末に考えいたわけでもなく、漠然とした遠い世界であっても若い頃の方が死が怖かった。

でも、老いや病いなどで現実が迫ってくると、死を成熟させていくのかもしれないね。

若い頃は永遠の命に憧れたけど、55歳を過ぎたあたりから…ここまで生きて来れたことに感謝だなぁ〜などと透明人間みたいなことを考えたりする。

先生がいてくれるから希望なんて持ったりするけれど、私一人なら何もしないだろうと思う。

する必要性がないもんね。

だから何歳まで生きると長生きなのか、みんな違っていいんじゃないのかな?

平均寿命まで生きられなくても、立派に人生を生き抜いた先輩方が沢山いる。

最後は、あぁ〜楽しい人生だったなぁ〜と思って瞳を閉じて逝きたいね。

美月



逢瀬に向かう車窓から…美月

今日は入院準備を兼ねて?先生の家で酒盛りです(笑)

来週から月曜日から一週間の入院予定となっているので、先生は禁酒、禁煙の修行に入ります。

もしかしたら手術より厳しい苦行になるのかなぁ?

…なので、明日の夜は早めの食事となり、お酒も控えないといけないので今夜は大宴会といきましょうかね(^^)

二人で飲むお酒は本当に楽しい。

何でも同じことをしているので話題に事欠かないし、過去、未来、現在の話しをしだしたら止まることを知らないんだよね。

何と言っても二人とも想像力を広げて遊ぶタイプだから、歴史上の人物だってリメイクして現代に登場させてしまう。

本当かどうか事実を突き詰める歴史散歩も楽しいけれど、近年、化学の発展により見えなかった過去の嘘がバレちゃったりするでしょ?

もちろん、その当時の見解では妥当な判断だったとしても、名探偵コナン君の一つセリフではないけれど、「真実は一つ」とは限らないんだよね。

そんなことを小学生の授業中に考えながら、社会や歴史の授業を聞いても、ちっとも身に入らず、記憶にも残らない。

それより商店街のおじさん、おばさん達を歴史上の人物に当て嵌めて頭の中でドラマを作って楽しんでいる方が時間の使い方としては有効だったよ。

私は…何故か人の名前や物の名前が覚えられないんだよね。

それも、ものすごく親しい人の名前も忘れてしまうことがしょっちゅうあった。

今となっては年齢的な基準と同じくらいになったから覚えの悪いことを隠さなくて済むから助かってるんだけどね(^-^)

それでも覚えなくてはいけない場面も多いよね。

そんな時は動物に当て嵌めたり、ジャンルやランク付けして区分けして忘れないようにしてきた。

書いて覚える勉強法は向いていなかったのか?

言語能力は会話によって覚えてきたので漢字が書けないしね。

こんな私が先生に出逢えた時の感動は宝くじ7億円の価値に相応いたします、はい( ^ω^ )

頭が良い人って世の中に沢山いると思うんだけど、何故か気が合わなかった。

頭が良くて面白くてとなると中々居ないでしょ。

少なくても私の歩んできた道のりには、すれ違うことはあっても他人行儀なまま通り過ぎていったんだよね。

先生からすれば地獄を一気に引き受けたくらいの不運かもしれないけれど、不思議なことに苦難も慣れてくるものかもしれないね。

お前が言うか‼︎と叱られそうだけど….

先生と私は同じ日に生まれ、同じ血液型であっても、実は似ても似つかない経歴を持ち、42歳まで見知らぬ他人として暮らしてきたんだよね。

これを運命だったと占い師さんなら言うかもしれないし、宗教法人であれば神仏のお導きだと諭されちゃうかもしれない。

でもね、私が望まなかったら未来は変わらなかったと思うんだよね。

だから私が先生を引き寄せたと言うことにしておいてください。

だって本当のことなんてわからないだもんね。

全ては思うがまま、自分を信じて進むしかないよね。

それが人生ってもんですよ。

ドンと生きましょう(o^^o)

美月

追伸…先生と私の共通点は、日によって人格が変わるところかもしれませんね。

このブログの貴重な愛読者さんなら、きっと気づいているかなぁ〜(^ ^)

紅殻格子の日記(322) 招かれざる客

紅殻格子の日記(322) 招かれざる客

「GOTOキャンペーン」が物議を醸しています。

感染者が多い東京を除外して、7月の連休から執行すると政府が判断しましたね。

東京都民のみならず、コロナの感染者が多い首都圏・中京・関西地域の皆さん、歓迎どころか忌み嫌われているのに旅行しますかね?

経済を回すとか大義名分をかざしていますが、来て欲しくないと明言している地域にそれでも旅行しますか?

旅行代金を政府が肩代わりするにしても、来るなと警告を発している地方へ行くのは、貧乏人臭い厚顔無恥な行為だと思います。

皆さん、コロナの感染者数が少ない地方がどう思っているか知っていますか?

私の会社に地方へ異動となった人間がいますが、その人は感染しているわけでもないのに、二週間会社へ出勤するなとバイ菌扱いされたそうです。

本当に地方の人々はそう考えているのですよ。

そんな目で見られるのに行きたいですか?

私は狭小な自己保身する地方の観光地域など潰れてしまえばいいと思いますよ。

宿泊業者は助けたいが、コロナを持つ大都市圏の人間には来て欲しくないなんて勝手過ぎるのではないでしょうか?

地方のエゴですよ。

そんな人間の感性も疑いたくなりますが、それでも安くなるから行こうと考える人間の感性も疑いたくなります。

プライドの欠片もありませんよね。

拒否宣言した知事がいる県など、この先も絶対に行きたくないじゃありませんか?

東京だけの問題ではなく、大都市圏が団結してそんな観光地はボイコットしてやればいいんですよ。

首都圏・中京圏・関西圏、その中で旅行したらいいんですよ。

本当に経済を回すなら、旅行代金の割引云々は無視して、ブロック圏内で、同じリスクを共有している範囲内で活発に動いたらいいじゃないですか。

せこい政府の扇動に惑わされず、浅草や上野、鎌倉や箱根、長瀞や南房総、近場を見直してみたらいいのです。

私も神奈川・東京・千葉を毎週旅していますが、「新しい旅の形」とは、遠くへ行ったりインチキ観光施設に惑わされるのではなく、新しい旅に関する価値観を創り上げることなのだと思いますよ。

南房総のバス旅行で、海鮮バーベキューが昼食でついているのがありますが、ホタテ貝は千葉では獲れませんよ。

観光パンフレットではなく、自分が価値を持てるものを捜す旅が「新しい旅の形」なのだと思います。

紅殻格子の日記(321) 8年前の心情(入院中に書いた文書より)

紅殻格子の日記(321) 8年前の心情(入院中に書いた文書より)

■入院雑記


平成24年11月7日

初めての入院生活が始まった。

昨日は冷たい雨の中、五反田駅から一人、ここNTT東日本関東病院まで歩いてきた。

疾病に対する心細さなど微塵もないが、この浮世から隔絶された世界に身を置くことに不安を感じていた。青年期、大乱歩に人外境の恐怖を植えつけられた私は、その呪縛から解放されることなく老境を迎えている。

見えない境界線を探すことこそが、そして境界線によって差異を明らかにすることこそが、私独自の精神世界観を構築する大きな支柱になっていた。

それ故に、かつて逓信病院と呼ばれた巨大な建物を前にした私は、人には見えない境界線をはっきりと意識できたのである。

そこは荘厳な教会、そしておごそかな修道院であった。

私は覚悟した。

五十の齢を重ねて、初めて死について神と対話しなければならない時が来たことを。

病院こそが、日常生活に紛れて見え隠れする死という真実を、形あるものとして受け入れる控えの間なのである。

そこには厳然と死に面する扉があるだけで逃げ道も隠れる場所も一切ない。

まさにここは、厳然と死と向き合う修練の場なのである。


平成24年11月8日

私は食道癌である。

昨日、ESDと呼ばれる内視鏡的粘膜下層剥離術を行った。

本人は鎮静剤で夢心地故に経過などわからないが、気がつくと病室のベッドへ運ばれて三四時間眠っていた。

9月中旬。

横浜新緑病院で受けた人間ドッグにおいて、食道下部、胃の噴門部に3センチほどの腫瘍があると診断された。

胃の内視鏡検査において見つかったため、同時に生検を行ったところ、二週間後に悪性であることが明らかになった。

後にNTT東日本関東病院のXX先生に言わせると、3センチとは言え、これだけ早期の段階で発見される方が珍しいらしい。

確かに人間ドッグでの内視鏡画像では何の変異も見られず、専門医でも見落としかねない状況であったと言う。

もしこのまま私が完治するとすれば、最も感謝すべきは、見つけてくれた横浜新緑病院のMM先生ということになるだろう。

更にMM先生は、不思議な縁かもしれないが、ここNTT東日本関東病院を紹介してくれたのである。

食道癌の施術例が新緑病院にはないため、MM先生は昭和大藤が丘でも北部病院でも紹介状を書くとあっさり言ってくれた。

私がしばらく迷っていると、この腫瘍は内視鏡で取れそうだからとXX先生を薦めてくれたのだった。

MM先生は内視鏡施術をNTT東日本関東病院のXX先生に教わっていると言った。つまり弟子筋にあたるのだ。

考えてみれば、消化器内科でESD内視鏡手術の第一人者XX先生の弟子だからこそ、私の食道に巣食っていた僅かな病変に気づけたのかもしれない。

実はこのMM先生、当日私の手術を見学に来ていたのである。

私が内視鏡オペ室に入ると、XX先生の隣でちゃっかり私に挨拶してきたのがMM先生だった。


平成24年11月9日

そもそも癌という病気は、今も「宿痾」の暗いイメージを引きずっている。

「宿痾」とは、戦前の肺結核が好例で、長期にわたって完治するのが難しく、ひっそりと暗い奥座敷の布団で一人死んでいくような場面を想起させる。

近年は医学の進歩により、「宿痾」と呼ばれる病気は人目に触れることが少なくなった。

だが脳卒中や心筋梗塞などの器質的且つ即死性が高い病気に比べて、癌は未だに「宿痾」のイメージを残す不治の病である。

家内は乳癌で今年の八月四日に亡くなった。

八年にわたる闘病生活に隣り合わせた私は、ゆっくりと体と心を蝕んでいく「宿痾」たる癌を目の当たりにしてきた。

老人達は長患いして子供に迷惑をかけたくないとポックリ地蔵を崇める。

寝たきりや認知症は恐れるのに、何故確実に死ねる癌を望もうとはしないのか。

そこまで詮索すると、私は人でなしにされてしまうだろう。

私は食道癌と宣告されたが、決して強がりではなく、それほど死への恐怖を感じることはなかった。

それは癌に対する最低限の知識があったこと、家内を通じて死に対する精神的な鍛錬を繰り返していたからかもしれない。

しかしそれよりも将来を生きようとする執着が薄れたことに原因があるのだろうか。

五十年生きてこれから何を望もうと言うのか。


平成24年11月11日

やはり欲なのだと考える。

今朝、散歩で病院の近辺を歩いていると、国道一号線沿いに「幸福の科学」の建物を見つけた。

一体彼等の正体は、否、彼等が人を集めている理由は何なのだろうか?

何故これだけ立派なビルを全国に建てられるのか?

しかも詐欺で訴えられることなく、幸福実現党として政治にまで進出しようとしている。

出資金では詐欺、お布施は合法非課税。

人の心を誑かす・・それは宗教もビジネスも芸術も一緒である。

いかなる手法を駆使しても、人の心を鷲づかみにすれば成功なのである。

その対価はキャッシュの重みによって量られることになる。

私はまだ何も成し遂げていないではないか。

仙人になれるほど、現世を楽しみ尽くしていないではないか。

大川隆法は何十万人かの信者という奴隷を有しているのに。

五十歳、私は夢に一歩も近づいていないことから目を逸らしていた。

折角拾った命。

神がまだ私を生かしてくれているのだ。

大欲を諦めず、叶える努力をするように、神が私に仕向けているに違いない。


プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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