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読者の皆様へ  (紅殻格子)

読者の皆様へ(紅殻格子)

ブログをリニュアルしました。
新しく『黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月』というタイトルで内容を一新します。

今までは、私、紅殻格子の『妄想の座敷牢』と愛人美月の『灰になるまで恋を』の二つを別々に主宰していましたが、年を経てお互いの状況が変わり、二人で一緒に居る時間が多くなり共通体験が増えてきました。

ならばこれからは二人で生きていく様を一つのブログを綴っていこうと考えた次第です。
(従来のブログは更新しませんが残してリンクしておきます)

この新しいブログのテーマは不良老人の生き様です。
私達は決して世間から褒められる生き方をしていません。

お互いに家庭がありながら、愛人関係を10年にわたって続けてきました。
しかし私達は籠の鳥になれない情熱に突き動かされてきたのも事実です。

それが若いうちなら未だしも、50歳を過ぎた今でも、二人で一緒なら何でも好きなことができるのです。
否、50歳を過ぎたからこそ、私達は籠を飛び出して自由な大空へ羽ばたけるのだと思います。

もう残りの人生は好きなことだけして生きていこう。

癌に侵されて死を見つめた私は、敢えて子供や親族、友人から不良老人と呼ばれても、しがらみを捨てて美月と自由を謳歌すべきだと改めて決意したのです。

真っ赤なスカイラインに乗り、五十の手習いで馬に乗り、愛人の美月にも一日二回乗り・・

おそらくエロも含めて皆様の嘲笑をかいながら、黄昏時に至った人生を、これから幸福の満月へと膨らむ三日月に喩えつつ、二人で好き勝手に残していきたいと思います。

妄想の座敷牢6
「妄想の座敷牢」

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「灰になるまで恋を…」

紅殻格子の日記(218)  梅酒をつくる。

紅殻格子の日記(218)  梅酒をつくる。

会社の帰りに買い物をするスーパーでたまたま梅の実を売っていました。

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鮮やかな緑色に惹かれて買いたくなりました。

となれば、やはり梅酒をつくるしか使い道は考えられません。

そこで果実酒用の瓶3リットル用と5リットル用を二つ、そして氷砂糖2キログラム、ブランデーベースのリキュール2升(3.6リットル)を買いました。

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梅の実も2キログラムを欲張って買いました。

子供の頃、私の母親が梅酒好きで、家で良くつくっていました。

でも完熟するどころか、まだ漬かり切らない内に全部飲んでしまうのです。

どうしようもない酒好き体質を考えて、多めに仕込もうという作戦です。

そして今回の梅酒では、もう一つ大きな楽しみを仕込むことにしました。

「最高の梅酒をつくる」

これが最大の目標です。

そこで考えたのが、我々が最高に美味いと感じている千葉久留里は藤平酒造の長期熟成焼酎を遣うことです。

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この焼酎はウイスキー樽に3年間、酒粕から蒸留した焼酎を寝かしてつくります。

まろやかでウイスキーの甘味を感じられる一品で、一升4,200円する代物です。

この焼酎で梅酒をつくったら、とろりと甘くてウイスキーの香が沸き立つ梅酒ができる・・はずです。

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まあ、人生に失敗はつきもの。

三ヶ月後にまた結果をご報告しますね。

人生の転機…美月

新な棲家が見つかった。

夜な夜なネットで検索し、立地と値段だけに条件を絞った物件に一度だけ子供達と観に行った。

こんなに簡単で良いのだろうかと思いつつ、本来であれば楽しいはずの家探しが諍いのもとになっていることに心が痛む。

先生も何度か転勤、引越しを経験したけれど、本人はもちろん家族にとっても大変だったろうなぁ〜とつくづく思った。

引越しだけならまだしも、ここに離婚問題が被さってくるから問題はややこしくなるんだけどね。

離婚ってね・・・紙一枚書けば成立してしまうものだけど、死亡届を出す以上にやるべきことが多くなる。

長年、住み慣れた我が家を追われる子供達の心情を思えば非協力的なのもわかるけれど、
親の不仲は別としても、今住んでいる家の買い手も決まったようで、
何があっても出て行かなくてはいけない事実が目の前にあるんだよね。

子供の頃、一度、引越しを経験したことがある。

生まれた家は賃貸アパートで、外で暮らしていた大家さんの娘家族が戻って来るということで急遽引っ越さなくてはいけなくなった。

下に二軒、上に二軒、それぞれ六畳のネズミ部屋に住み、台所、トイレは共同、二階には物干し台があった。

二階には沖縄から上京してきた姉妹と、隣にある信用金庫に勤める独り者のお姉さんが住んでいた。

うちの隣に住む岡崎さん夫婦は私が生まれた時からのお付き合いで、両親と同じくらい愛情を持って育ててくれた。

家を追われると同時に、長年一つ屋根の下で暮らした家族同然の人達との突然の別れは辛く、

先に越していったお姉さん達の部屋を物干し台から覗けば、あんなに狭かった部屋がやけに広く見えて泣けてきた。

それほど意識して好きだったわけではないのに、「元気でね・・・」と頭を撫でられたら、
喉も奥が灼けるように熱くなって、まともな返事も出来ないまま路地から消える後ろ姿を見送った。

岡崎さん夫婦が引っ越す際は涙ながらの言葉を聞くのが嫌で、そろそろお別れという時に逃げてしまった。

路地は隣の信用金庫の境に二メートルほどの高さの塀で仕切られていた。

塀の上で平均台遊びをして育った私にとって、とっさの時に塀の向こうに飛び込むことは簡単だった。

塀を挟んで別れの儀式が始まった。

長年の恩義に対し、どんなにお礼を言いあっても尽きることのない家族だった。

私は狭い塀の隙間にしゃがみ、岡崎さん夫婦の言葉の中に私の名前を必死に追った。

「●●●ちゃんにお別れできなくて残念だけど、元気でいるように言ってね」と、大好きなおばさんの涙声が聞こえた。

私の為にガーゼのハンカチにイニシャルを刺繍してくれていて、「●●●ちゃんに渡したかったなぁ」とも言っていた。

それでも私は出て行かなかった。

今、出ていけば・・・「行かないで、行かないで・・・」と駄々を捏ねてしまいそうでね…。

ううん、駄々を捏ねてもどうにもならない現実を変える力を持っていないことが悔しくて、ただ歯を食いしばり涙を堪えるだけで精一杯だった。

大好きだった大家さんのおじさんのことも嫌いになった。

とても可愛がってもらっていたのに、それから一言も口を聞くことはなくなった。

元々嫌いだった大家さんのおばさんのことはもっと嫌いになった。

子供の頃から子猫のようにじゃれ合って育った路地裏に住む幼馴染のこともみんな嫌いになった。

好きな人達と理不尽に別れさせられるのはあまりにも辛すぎる。

なぜ別れなければいけないのか?

新天地移動というのは希望へと続く道ではないのか?

それもこれも貧乏のせいだと悟った。

貧乏とは不自由な世界にある水たまりみたいなものだからね。

だから水溜りに住む貧乏人なんて澄み切った空の下に生きる価値などないのだと思った。

今の私・・・あの頃の私とさほどの変わはなく棲家を追われようとしている。

でも、今の私・・・もうあの頃のように歯を食いしばって泣いたりしない。

だってね・・・今の私、いざ飛び立とうとすればどこにでも飛んでいけるんだもんね。

美月




紅殻格子の日記(217)  雑話

紅殻格子の日記(217)  雑話

・爽快とは、自分が言いたくても言えないことを他人が言ってくれること。麻生副総理大臣、そんなに嫌いじゃないよね。

・先週、房総カントリークラブで行われた『日本プロゴルフ選手権』ですが、丁度その前の道路を通っていました。
谷口徹のプレーオフは感動しましたね。

・夏野菜が出始めました。先週は美月と千葉産の枝豆とトウモロコシを食べて感動。
初物ですからまだ夏の匂いはしませんが、もうそこまで夏は来ていますよ。

・東浪見のリゾート、グランビューの管理人さん夫婦が自家製の蜂蜜をくれました。
リゾートマンションの裏山で蜜蜂を飼っているのを見せて貰いました。
美味しい。羨ましい。いつか自分も蜜蜂は飼いたいと思っていました。
前々回に訪れた時は飼っている鶉の卵を貰いましたし・・通い慣れたリゾートでのご近所つきあい。

・先々週、伊豆へ旅した際、三島で『二葉』という小料理屋さんを見つけました。
美人女将、しかも巨乳の熟女姉妹とくれば・・もう濃い常連さんで満席でした。
もちろん初めて暖簾をくぐった店ですが、帰り際に美月が常連さんから「またおいでよ」と言われたとのこと。
旅の楽しさってこういうことじゃありませんか?

・愛車の紅いスカイラインが五年目の車検を迎えます。
フェアレディーZに乗り換えようかとも考えていたのですが、長いつきあいがある日産営業の人に、スカイラインは特別ですよと言われて思い留まりました。
日本企業として日産は存続が難しいですが、何でフランスに買われてしまったのか悔しいですね。

・川崎市八丁畷交差点にあるウェアハウスというゲームセンターは面白いですよ。
九龍をモデルにした廃墟っぽい造りで、美月と少し感動しました。
しかしこれはおそらくセガの『シェンムー』好きの人が造ったのではないでしょうか? 
名作ゲーム『シェンムーⅢ』はいつ発売になるのでしょうか?

・ここ半年、声がかすれるようになりました。また食道癌が再発したかな?

・そんなに人生は長くないでしょう。でもできる限り美月と一緒に過ごしたい。
子供が大学を出たら、私の家に家政婦として勤めてくれるそうです。

ふと、一緒に暮したらどうなるのだろうかと考えます。
囲炉裏をつくって南部鉄瓶でチンチンとお湯を沸かしながら、久留里の藤平酒造さんの焼酎を片手に、
毎日テレビを観ながら馬鹿話をするのでしょう。 それも人生の至福なり。

逢瀬に向かう車窓から…美月

今週は静かさを慈しむ東浪見時間です。

先週はエネルギッシュな週末でした。

地獄見学した後は、三島で地元の小料理屋さんで晩酌。

横浜で泊まり、翌日は石原裕次郎さんの眠る総持寺へと行ってきました。

文章で書くと簡単ですが、大きな出来事の合間合間に馬鹿笑いできることの多いこと…(^-^)

いや、普通の人なら笑わないだろうことを特化して大喜びしてるのですから笑いが絶えるわけがありませんよね。

まったくもって呑気ですが…

その反面、私の日常に大変なことが起きているのも事実です。

老朽化しつつある現在の住まいを売り出すことになり引越先を探しています。

まあ、簡単に言うと、現在の住まいは義父のもので、いずれ死んだ後の財産問題に関わるから元気なうちに処分したい。

それを機に別居中の主人から離婚の申し出があり、子供達と共に家を追い出されることになっています。

まったく勝手な話だよね。

引越先の住宅は主人が買ってくれるらしいけど、ようは手切れ金であり離婚の慰謝料ということになるのかな?

でも2000万円以内となると、いくら地方都市でも中々良い物件は見つからない。

主人の会社で働く私の仲間達は親が金を持っているのだからもっと貰った方がいいというけど、私は次男が大学を卒業し自立できればそれでいいと思っている。

こうしてブログを読んでくれている人は、先生がいるんだもん、将来安泰だよね!と思ってくれるだろうけどね。

もちろん先生は私の太陽だから絶対的存在だけど、もし先生が一文無しになっても私は先生の傍を離れたりしない。

これがね、20〜30代で子育てしなくてはいけない母親としての立場なら話も別だけど、有り難いことに55歳まで生きられて楽しいことも数え切れないほどあった。

あと数ヶ月で56歳となれば、母が亡くなった年まで2年しかないんだよね。

58歳で亡くなった母と同じ年頃になって、改めて早死にだったと思う。

良人は早く死ぬものだと世間は慰めてくれたけど、そんなものは人間の物差しであってね…、

たとえ幾つになったとしても、この世に未練を残して死ぬ者は皆不幸なのだと思う。

だからいつ死んでもいいように断捨離は必要で、今がその時ではないかと思うと、今回の不幸そうな出来事も悪いことばかりではないと思うようになった。

色々と考えて気持ちが歪みそうになる時もある。

でも、先生が居れば、私は鬼に金棒になれる。

幸福な時も悩める時も、いつも思いは一つ…いつまでも先生と一緒にいたい。

この世でも…地獄でもね(^-^)

美月






プロフィール

不良老人カップル

Author:不良老人カップル
___________

(♂) 紅殻格子(べんがらごうし)
1962年8月23日生まれ。
某大手企業に勤めながら官能小説を雑誌に発表する兼業作家。ブログ『妄想の座敷牢』を主宰するも、2012年、妻を亡くし、また自身も食道癌に罹り、文筆活動をしばらく停止していた。

(♀) 美月
1962年8月23日生まれ。
3人の子供と夫を持ちながら家業の役員を務める兼業主婦。ブログ『灰になるまで恋を』を主宰。 偏屈な紅殻格子と10年に及ぶ愛人関係を続けられる自身もまた偏屈で変わり者。
___________

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